運命の恋(第29話):その日

 諏訪さんと今泉と話したのは木曜日だったが、翌日の金曜日に美香はまた欠席した。風邪との話だったが、昨日の話もありすごく気になった。スマホでメッセージを送ったが、返信どころか既読にすらならなかった。

 不安だけが広がったが、それだけ風邪がシンドイのだろうと自分に言い聞かせた。しかし土曜も日曜もメッセージへの返信はなく既読にもならない。美香の返信はいつも早いのに、こんな事になったのは初めてだ。

 月曜の朝にもメッセージを送ったがやはり既読にさえならない。風邪をこじらせて入院したかもなんて考えたが、それでも既読にすらならないのはおかしすぎる。駅から降りて美香の姿を探したがやはりいない。今泉と諏訪さんが、

「美香さんは今日も休みか」

 声を掛けてくれた。不安に包まれていたボクは、美香がメッセージすら読んでいないことを伝えると、

「どういうこっちゃ」
「理子のも既読になってないのよ」

 なにが美香に起こってるんだ。やはり入院か、

「入院なら先生から話があるはずよ」

 だよな。朝のHRで欠席の理由説明があるはずだ。

「そうやったらお見舞いに行かないと」

 今泉は暢気そうだが、どうにもそれだけの話じゃない悪い予感が次々に頭に渦巻いてくる。ひょっとしたら教室にいるのじゃないかと思ったけどやはりいない。諏訪さんの推理が心の中でドンドン成長していくのをどうしようもなかった。得体の知れない魔物と戦う気分ってこんなものだろうか。

 美香との関係を破局に導くものってなんだ。まさか、それが起こりつつあるとか。相手は病気か。タダの風邪って言ってたじゃないか。それに入院するほど重症だったら美香の家族から連絡ぐらいあるはず。
だってだよお正月には家族同然、息子同然と言ってくれたじゃないか。メッセージさえ読めない程の重症なら連絡があっても良いはず。

 それでも金曜日からだから、風邪が長引いているだけかもしれない。入院したにしても、ボクへの連絡は美香の容態が一段落してからのつもりかもしれない。なんとか自分を納得させようとしても、納得できない疑問が次から次へと湧いてくる。朝のHRが始まった。ここから出席を取るのだが、耳を疑う言葉が先生から発せられた。

「皆さんにお知らせしなければならない事があります。急な事ですが、五十鈴美香さんは転校となりました」

 クラスがにドヨメキが起こり、次に騒然とした。ボクは茫然とするしかなかった。クラスのみんなが口々に何かを話していたようだけど、まったく耳に入らなかった。そこから何をしたかは覚えていない。

 気が付くと見慣れた美香の家の玄関にいた。インターフォンを押したがおかしい。動いている気配がない。嫌な予感がして改めて確認すると、どこも電気は着いていない。それだけじゃない、窓にカーテンがない。

 のぞき込んでみると、中はカラッポ。どういうことだ。これって引っ越しなのか。他の窓からのぞき込んでも、どう見ても空き家状態。庭に遭った散水用のホースもなくなっていたし、納屋も開いていたが何も残されていなかった。

 なんだよ、一体何が起こったんだよ。先週の木曜日にも美香に会ってるんだぞ。その時に引っ越しの話も、転校の話もなかったじゃないか。だいたいだぞ、高校三年にもなって転校するなんておかし過ぎる。

 気が付くと涙がボロボロこぼれていた。ボクは嫌われたんだろうか。美香に相応しい男じゃないと見限られたんだろうか。それだったら、そう言ってくれたら良いじゃないか。どんなカップルだって、いや結婚したって嫌になって別れることがあるぐらいは知っている。

 別れるにしてもやり過ぎじゃないか。転校して、引っ越すなんて普通はやるか。まるでボクを捨て去ったようなものだ。そこまでして避けて、逃げなきゃいけないのか。そんなに嫌いになったのか。


 どうやって家まで帰ったのかわからなかった。気が付いたら家だった。なんにもする気が起きなかった。ふと思いついて言葉に出たのが、

「また捨てられたか・・・」

 三年前に両親に捨てられ、今度は美香だ。こっちの方がはるかにショッキングだ。美香の家族は血はつながってないけど、本当の家族のように感じていた。もし美香と結婚出来たら、こんな温かい人たちと家族になれるんだって。嬉しかったよ。家族ってこんなに良いものだってね。

 あれも幻想だったんだ。実は嫌われまくられていて、まるで夜逃げするように捨てられた。笑うしかないのか。いや笑う気力すらない。さっきからウルサイのはスマホか。もう見る気もしない、壁に叩きつけたら静かになってくれた。

 思い出すのは美香のことばかり。去年の補習での出会い、告白、文化祭の楊貴妃、お正月、そして円山公園のお花見。全部ウソだったのか。それとも途中で気が変わったのか。気が変わって嫌になったのはいつからだ。

 よく涙が枯れ果てると言うけど、そうは簡単に枯れ果てないものだな。美香の家からずっと泣いてるはずなのに、まだ出やがる。いつになったら枯れてくれるのだろう。なんかどうでも良くなってきた。


 翌日は休んだ、その次の日もだ。学校なんかどうでも良い。学校どころか生きてる意味がもないじゃないか。食欲もわかない。食べる気力さえなかった。体に力が入らない。このままじゃ餓死するか。

 餓死、それも良いか。もうこの世に未練はない。この家で惨めったらしく餓死するのはボクにお似合いだ。誰も知られず、誰にも見守られずに死ぬのがボッチの美学だ。そうボクは陰キャのボッチだ。

 ボクが死んだって誰も悲しまないし、気にもしない。学校だって、クラスだって気づかないかもな。あははは、親だって厄介者がいなくなってホッとするぐらいだろう。葬式も誰も挙げてくれないよな。別に挙げて欲しいとも思わないけど。

 それでも喜ぶ奴が一人いるな。そうだよ、美香は喜ぶさ。ここまで徹底的に嫌い抜いたボクが死んだら祝杯でも挙げてくれるかもしれない。そうやって美香を喜ばせるぐらいの価値はあるか。


 さっきからウルサイのはインターフォンか。勝手にドアを叩くな。近所迷惑だろうが。ボクは留守だよ、この世から留守にするのを邪魔しないでくれ。最後ぐらい静かにボッチをさせてくれ。

 どうもあきらめたようだ。まったく騒々しい。こんな時に誰だって言うんだ。死神か、疫病神か。どっちにも取り憑かれてるみたいだが、そういう連中なら玄関なんか関係ないはずだがな。まあ、静かになればどうでも良い。

『バリ~ン』

 なんだと。窓を割りやがったのか。泥棒か。なんでも好きなものを盗んだら良いだろう。ボクには関係ないよ。なんだよ足音がこっちに向かって来るのかよ。ボクになんの用事だ。命が欲しいなら大歓迎だ。好きにしろ。

「氷室」
「氷室君」
「ジュンちゃん」

 そんな呼ばれ方をされたっけ。なんか遠い昔の気がする。

「しっかりして」
「とりあえず道場に連れて行くから、手伝って」
「よっしゃ」

 何をする。ボクに手を触れるな。ボクはこの世を留守にするんだ。関わってくれるな。さもないと・・・

「ええい、ウルサイ」

 ボクを殴ろうとはイイ度胸だ。

『ドスッ』

 おいおいどういうことだ。腹に強烈な一撃が。それも鳩尾にキッチリ決めやがった。これがこの世の最後か。呆気ないものだ。しっかし、最後まで腹をぶん殴られるとはマナの祟りか。これもまた人生だ。意識が薄れる。じゃあ、さようなら。