運命の恋(第5話):歴史研究会

 ボクのクラスでの地位はボッチの陰キャ。それは今さらだけど、クラスの女子にもボッチの陰キャがいる。それが諏訪理子さんだ。じゃあ、陰キャ同士で仲良くなるかと言えばそうはならない。

 この辺は陰キャもバラエティがある。陰キャでも隠れオタクの同志愛で仲良くなるのはある。しかしオタクのカテゴリーが違えば距離を置く。その中でもボッチは極北だ。ボッチは誰とも絡まないし、つるまない。

 孤高って言えば格好が良いが、実態は極度のコミュ障。人と関わりたくても、それが出来ないってこと。出来ないは言い過ぎかもしれないが、関わるより一人でいる方が気楽を選んでしまっている寂しい人間だ。

 諏訪さんの髪は重たげなロング、とにかく前髪が異様に長くて顔が良く見えない。髪の手入れも男のボクが見ても良くなさそうな気がする。顔はどうかだが、これが良くわからない。長すぎる前髪だけでなく、分厚い黒縁のドデカイ瓶底眼鏡なんだよな。

 手入れの良くなさそうな髪は顎の方にも巻き付く感じになっていて、まるで髪の中に顔があり、わずかに見えてる部分は黒縁瓶底眼鏡が鎮座しているぐらいだ。だから顔どころか表情もどうなってるのか良くわからない、

 ボッチの陰キャらしく高校に入ってからも、誰とも話しているのを見たことがない。だから声を聞いたのも授業中に当てられた時ぐらいで、その声も小さくて陰気でボソボソして何を言ってるのかわからないぐらいだ。


 諏訪さんとは五月の席替えの時にボクの後ろの席になった。ボッチ同士が席が前後になろうとも接点など生まれようがないはずだった。彼女もボクも相手がボッチであるとわかっているからだ。

 諏訪さんは読書少女で良いかもしれない。休み時間はいつも静かに俯いて本を読んでいる。もちろん朝の挨拶すらしない関係だったのだが、彼女が読んでいる本に反応してしまった。

「諏訪さんはこんな本も読むのですか」

 こう声をかけてしまったんだ。そりゃ読んでたのがガリア戦記だから感心したんだ。ボクは本が好きで、とくに歴史小説が好きで、そこからちょっとした歴史オタクになっている。もっとも自慢できる話ではない。高校生でオタクは避けられる要因になっても評価の対象にならないからな。

 だがそれで終わるはずだった。ボッチはそういう声に反応しないもの。そうやって終わるからボッチなのだ。ところがリアクションがあったのに驚かされた。

「氷室君は読まれたのですか」
「一応だけど」

 そこから弾んだには、ほど遠いけど、たまに話すようになってしまった。あれこれ話しているうちにボクが歴史オタクであるのがバレただけでなく、諏訪さんもそうだったのが一か月ぐらいしてようやくわかったぐらいかな。そしたら、

「よろしかったら歴史研究会に入りませんか?」

 文化会だし、連日活動するような部活でもなく、それこそ歴史オタクが気が向けば集まって活動するぐらいと説明されて、ボッチらしくなく心が珍しく動いてしまった。なんとなくオタク陰キャの同志愛かもしれない。

 歴史研究会は部活じゃなく同好会。会員は代表である三年の香取さんと諏訪さんだけ。ボクが加わってようやく三人。部室なんて無く、図書館の空いた机に集まるだけ。伝統も無くて香取代表によると、

「三年の先輩に誘われて二年前に出来たんよ」

 うちの高校は真面目そうな同好会なら許可が取りやすいらしい。歴史研究会ならうってつけかもしれない。ボッチの諏訪さんが入会したのも不思議だったが、図書室で本を読んでいる時に、香取代表に半ば強引に入会させられたようだ。

「まあエエやんか。真面目なこの手の同好会は潰れやすいねん。諏訪さんと氷室君が入ってくれて潰さずに済んでホンマに良かったわ」

 香取代表は陰キャじゃないで良いと思う。むしろ陽キャ気味のところさえありそう。容姿は色白なのは良いとして、少々豊満と言うか、あの、その・・・

「エエよ。ブタマンやもんね」

 クラスでも容姿でかなりイジられてるで良さそうだ。イジられて籠ってしまえば陰キャになるが。これを逆手に取って笑い飛ばせるキャラで良さそうだ。それでも、もう少し体重を減らせば変わりそうな気もしたけど、

「色気より食い気やねん。卒業した先輩たちもそうやったから、ブタマン三姉妹なんて言われとったわ」

 なんで歴史研究会なんか作ったかだけど、

「先輩たちは内申の点を狙っとったんやと思うわ」

 内申は部活の活動歴はプラスになるけど、こんな同好会の評価がそれほどプラスになるのかは疑問だ。でもそれぐらい先輩たちは進学のための評価点に困っていたのかもしれない。その辺はわからないけど、香取代表は去年は一人で歴研を守っていたことになる。

「守るなんて大げさや。なんとなく惰性でやっとっただけ」

 こんな歴研だが顧問までいる。それが図書室の司書さん。これも名前だけの顧問でなく、ちゃんとサポートもしてくれる。活動の時に使う机も、なんとなく歴研専用になっているのもそのせいだとか。

「文化祭の準備には図書室附属の小会議室も使わせてもうてん」

 そう、こんなちっぽけな歴研でも文化祭には参加するそうだ。というか、具体的な唯一の活動実績になる。

「香取代表は去年は一人で」
「まあね。司書さんにだいぶ助けてもうたけど」

 今年の発表の準備も進めているみたいだけど、テーマはローマ史、それもユリウス・カエサルに焦点を当てているようだった。香取代表は、

「一般受けを狙ってるんや」

 だから諏訪さんがガリア戦記を読んでいた理由がわかったけど、ちょっとディープ過ぎるよな。カエサルだってシーザーと読めば少しは知っている人もいるかもしれないけど、それだって、

『ブルータス、お前もか』

 このシェークスピアの名セリフをどこかで聞いたことがある程度の気がする。一般受けを狙うのだったらクレオパトラにすべきじゃないかと意見したけど、

「ガイウス様はわたしの推し」

 あくまでもちなみにだけど、カエサルのフル・ネームは、

ガイウス・ユリウス・カエサル

 これの読み解き方はユリウス一門のカエサル家のガイウスになる。これは日本の昔の家の名乗りに似てるんだよ。徳川家康を例にすると家康の苗字は徳川だけど、これは姓で、その上に氏族名がある。家康は源氏だから、源一門の徳川家の家康になる感じだ。

 そんなスノブな話はともかく、聞いている限り歴史研究会の発表など真剣に見に来てくれるような人はなく、それどころか見に来てくれる人も殆どないようだから、なにをテーマにしても変わらないそう。

 こんな歴研だが、妙に居心地の良さを感じ入会した。というか香取代表の来たからには逃がさない殺気を感じた気もした。とはいえ、歴研なんて校内でも知ってる人がどれだけいるか怪しい同好会で、そこにボッチの陰キャのボクが入会しても話題にもならなかった。なるわけないか。


 話題にはならなかったが諏訪さんとの関係は変わって行った。三人しかいない歴研の会員になったのもあるけど、それ以上の関係にもなっていったんだ。歴研が終わると帰宅になるのだけど三人とも電車通学なんだよな。

 駅までは一緒になるのだけど香取代表は下り電車、ボクと諏訪さんは上り電車。つまりって程ではなく帰りの電車は諏訪さんと同じになる。そう二人っきりになる。でもそこからは恋は芽生えそうもなかった。

 諏訪さんは悪い人ではないとわかっているつもりだけど、申し訳ないけど恋愛対象にするのに無理があった。恋をするには異性を感じ、その人を愛おしいと思う感情が必要なはずだけど、異性であるのは認めても愛おしいとするのはさすがに出来なかった。

 これは諏訪さんも同様で良いと思う。諏訪さんだって恋をするだろうけど、ボクをその対象にするのは無理がアリアリだったはず。この辺の心理は、やはり恋人にするなら男なら五十鈴さんクラスになるし、女なら言いたくないが池西クラスだろう。

 当たり前だがボッチの陰キャを恋愛対象にする物好きは、陽キャにいないのはもちろんだが、ボッチの陰キャにすらいないって事だ。ボクだってそうだから諏訪さんだって同じでしかないってことだ。


 それでも諏訪さんとの帰り道は楽しかった。教室や歴研の時より彼女は積極的に話してくれる気がした。ボクだって異性とこれだけ話したのは小学校の低学年以来だから嬉しくないはずがない。

 ここも異性と断りをつけるより、友だちと話というか、雑談めいた事をするのが小学校から以来なんだよな。そう諏訪さんはボクに久しぶりに出来た友だち。

 さすがになんでも腹を割って話せる仲には程遠いにしても、こういうおしゃべりはタイムはボクの気持ちを弾ませてくれた。もっともこう書くと高校生らしいキャピキャピした会話を思い浮かべるかもしれないが、そんなものじゃなかった。

 周囲から見たらいかにも性格が暗そうな二人が、ボソボソ話しているだけに見えたと思う。さっき諏訪さんが積極的と表現したが、あくまでも学校にいる時に比べての話で、無愛想だし、口だって重い。余計なことは殆ど話さないし、話題だってブチっと感じで切り続かない。

 でもそれはボッチの陰キャ同士の会話だからボクは気にもならないよ。その辺は諏訪さんも同様に感じているはず。お蔭かどうかわからないけど、ボクと諏訪さんの関係を疑われるどころか、話題にさえならなかった。

 こんな高校生活のスタートだったけど、これでもボクは満足してる。ずっと転校生とか、余所者のレッテルが貼りつけられ、ボッチ生活を余儀なくされていた頃から比べると遥かに、いや劇的に良くなっているとしか思えなかった。

 青春を謳歌しているような陽キャ組から見れば鼻で嗤われそうだが、陰キャにとって学校内の居場所の確保は大事業なのは散々経験させられた。この高校には歴研と言う居場所があり、さらに諏訪さんと言う同級生の友だちも出来た。ついでじゃないけど香取先輩もだ。これ以上を望むのは贅沢だよ。