ツバル戦記:ツバル神話

「ユッキー副社長。ツバルで遊ぶのと中国軍の撃退になんの関係があるのですか」
「戦いは緊張しっ放しじゃ神経が持たないからだよ。寝る時に寝て、食べる時に食べて、休める時には休むのが戦場の習いだよ」

 それはそうかもしれませんが、お鮨や天ぷら作ったり、角煮を作るのが中国軍撃退につながるとは、

「あああれ、コトリも休暇を楽しんでるのよ。中国軍が来るまでやることないし」

 ツバル政府の引継ぎと言うか再建はすこぶる付きでスムーズだったようです。中国軍もフナフティを占領こそしていましたが、とくに暴れたりはなかったみたいで、街として壊されたところもなかったで良さそうです。

 ツバルはそれぞれの島の独立性が高く、フナフティ以外は自給自足に近い状態ですから、戦争があったと言っても、フナフティに行けないのが不便ぐらいで終わってしまってる面もありそうです。


 ツバル社会の特徴として平等主義が挙げられます。これはツバル神話に基づくものとされています。ツバル神話の始まりは英雄テホロハになります。テホロハはツバルに渡りパイとバウの二人の精霊を追い払い島を手に入れるところから始まります。

「日本の神武天皇の東征神話に似てるよ」

 テホロハはラベンガ、トゥータキ、フィアオラの三人の息子に役割を与えます。

・ラベンガは戦いのアリキ(アリキ・タウア)
・トゥータキは海のアリキ(アリキ・オテ・タイ)
・フィアオラは即位するアリキ(アリキ・ホポ)

 即位とは首長になることであり、首長位はテホロハからフィアオラになり、フィアオラの子孫が首長になるぐらいのお話で良いはずです。

「当たり前だけどテホロハの直系はツバルでは別格の血筋のはずで王族みたいなものだったはずよ」

 普通はそうなります。ユッキー副社長の推測ではアリキは敬称であり、これが名字に入るのが王族の証だったんだろうと。しかしツバルは大きな国ではありません。今でも一万人程度ですが、昔はもっと少ないはずです。

「王族の血を守るために日本の古代でも天皇家は近親結婚を繰り返してるじゃない。異母であれば兄妹の結婚なんて当たり前みたいに行われてるの」

 どうもそれを繰り返しているうちにテホロハの三人の息子の系統は入り混じり、ラベンガの子孫も、トゥータキの子孫も結果として、フィアオラの系統に吸い込まれてしまったのではないかとしています。


 フィアオラの曾孫の時にアリキ・ホポ家はテイロとテパーの異母兄弟の血筋に分かれ、

テイロの子孫・・・アリキ・イ・ムア家
テパーの子孫・・・アリキ・イ・トゥア家

 この二つの家は現在まで首長家として続いています。現在の首長家はこの二家に加え、トゥイナヌメア家、パーヘイロア家、タウアレプク家とありますが、アリキ・イ・ムア家及びアリキ・イ・トゥア家からさらに別れた分家としてよく、

「徳川御三家とか、御三卿みたいな感じでも良いし、天皇家なら宮家ぐらいかな」

 その証拠と言うほどではありませんが、現在でも首長を選ぶ時にアリキ・イ・ムア家かアリキ・イ・トゥア家の血筋を重視するそうです。首長を選ぶ階級はカウ・アリキなのですが、ここには首長家に加えてトゥーマウ家とポロンガ家があります。

「トゥーマウ家は監督者を選び、ポロンガ家は首長の従者となってるけど、ここでもう一つの大きな神話があるのよ」

 テパーの子孫であるアリキ・イ・トゥア家の十二代目がロゴタウです。ロゴタウが首長の時にギルバート人の来襲がありツバルは大苦戦になり、それこそ滅亡の危機にさらされたぐらいです。ロゴタウは勇敢に戦い抜き、ついにギルバート人の撃退に成功します。

「ギルバート人を撃退したロゴタウは首長を退位し監督者になってる」

 監督者も現在でも存在します。その力は大きく、首長の即位の承認をするだけでなく、首長が不適格と見なせば退位させることも出来ると言うものです。

「お目付け役みたいなものですか」
「それに近いけど、ある意味、首長さえ凌ぐ力を持ち、首長の権力を制限してると良いわ」

 トゥーマウ家とポロンガ家は首長になる資格はありませんが、他の五家は監督者になれる資格はないぐらいの関係です。

「話は脇道にそれるけど、カウ・アリキがツバルの平等主義の源泉として良いよ」
「でもカウ・アリキって階級で七つの家の人間しか属せませんけど」
「そうだよ。でもツバルには七つの家しか存在しないの。だから全員がカウ・アリキになっちゃうの」

 ユッキー副社長によると家と言うか誤解されそうですが、日本で言えば氏のようなものだそうです。これも現代の日本人にはわかりにくくなっているところがありますが、

「氏と姓はちょっと扱いが違うのよ。たとえば家康の姓は徳川だけど氏は源なのよね。つまりは源氏の一族ってこと。家康も公式には源家康になるぐらかな」

 日本の氏は、ほぼ源平藤橘に収束するそうですが、これだって戦国期には自称が横行し、

「家康の源だって自称だよ」

 ツバルでも似たような現象が起こったとして良さそうです。ツバルの場合は自称というより、

「自然にそうなった部分が多いで良いと思うよ」

 とにかく住民が少ないところですから七つの家の血縁は入り混じるだけでなく、

「他にあった家にも入り混じるのよ。たぶんだけど五代も遡れば島中の殆どが親戚みたいになってるはずだよ」

 そうなった結果、どの血筋もごっちゃになり、

「その辺はツバルに平等主義の素因もあったんだろうけど、たぶん七つの家の血筋をどこかで引いていればすべてカウ・アリキになったんだと思うよ」

 ツバルには文字はなくすべて口伝による伝承ですから、自称他称も含めて誰もが七つの家の血筋を引き全員がカウ・アリキになってしまったのだろうとしています。そりゃ、カウ・アリキになって損はないですからね。

 この辺は神話でもはっきりしないそうです。ここでですが、イギリス植民地時代に首長制は一旦滅んでいます。独立後に島単位では伝統的な自治体制を採用した時に首長制も復活させているのですが、

「その頃に全員をカウ・アリキにしたと見てる。どうもだけど、イギリス統治以前は首長を選べるのは単にアリキと呼ばれ、まだ他の家との区別は残されていた形跡があるらしいからね」

 ただユッキー社長が気になっているのは首長だけではなく監督者も復活している点です。単に伝統とか慣習で片付けても良さそうなものですが、

「監督者が登場したのはロゴタウからじゃない。だったらロゴタウが首長の時も、それ以前の初代のテホロハまで監督者の制限なしのもっと強い権力を揮っていたことになる」

 まあ、そうですが。

「首長を退位しロゴタウが監督者になった地位は、日本なら征夷大将軍を秀忠に譲った後に、駿府で大御所として君臨していた家康のイメージに近いんだけど・・・」

 秀忠は征夷大将軍にはなりましたが家康に頭は上がらない関係で良いと思います。たしかにイメージとして類似していますが、

「でもあれって二重権力体制で、ある種の奇形なのよね。もっとも日本では良くあるのよね。平安時代の院政もそうだし」

 首長はツバル語ではプレ・フェヌアですが、それとは別にツプもあります。

「ツプは概念として王なのよ。ツバルであえて言えば、ロゴタウが監督者になる前の首長がそうかもしれないけど、英雄テホロハでさえプレ・フェヌアなのよね。神話でもツバルでツプを名乗った首長はいないのよ。でもツプと言う言葉だけは存在してる」
「それって、テホロハがツバルに来る時に持ち込んだとか、他のポリネシアの島から持ち込んだとか」
「別の可能性もあると見てる」

 ツバルではロゴタウはテホロハに匹敵する英雄として良いでしょう。そんな英雄が首長を退位してまで就いた監督者が不自然と見ているようです。

「ロゴタウは首長を退位して監督者に下がったのじゃなく、ツバル全島の王であるツプになったんじゃないかと見てるのよ。その時に役割分担として首長は島々の王で、ツプは全島の王ぐらいにしたんだよ」
「監督者は?」
「ツプであるロゴタウから派遣されたお目付け役だよ」

 これも神話の彼方の世界になりますが、ロゴタウの子孫はツプを何代かは続けていた可能性があり、ロゴタウ王朝が滅んでも監督者の役割だけが残されたぐらいです。

「そうじゃないとポロンガ家の扱いが変じゃないの」

 ポロンガ家は首長にもなれず監督者にもなれない家柄です。それなら一格下の家みたいに思いそうなものですが、

「ポロンガ家が他の家より劣るって事は無いのよね。なにしろテホロハの叔父から始まったってのが自慢になってるし」

 なのに首長の従者とは、

「推測よ。ロゴタウがツプになって王朝やってた時には、ポロンガ家は筆頭大臣みたいな役割だったと考えてる。王朝が無くなった後は首長に次ぐナンバー・ツーぐらいかな。それが今は首長の従者ぐらいになったってこと」

 これがどれだけ真実に近いかどうかはわかりませんが、そういう伝承の世界に生きているのもツバル人で良さそうです。