言語学的な習得法

 今日もまた、しつこく、

紹介しておきます。見てもらえればそれでOKぐらいですが、これまた、いつものように感想を書いておきます。ただし、今日は内容に触れません。もうちょっと俯瞰的な雑談を少しやります。


 ある知人。この知人がムチャクチャ優秀な人物で、東大のどっかを卒業してから医者になりたくなって東大の医学部に入り直し、趣味で韓国語を覚えて、さらに道楽で裁判傍聴をやって、法律知識がプロ並みって超人です。ある種のマルチ人間みたいなものです。

 運動だって・・・それは存じません。運動はともかく、興味が向かうところ敵無しみたいな、私から見れば怪物級の人物で人生楽しいだろうなって羨ましい人ぐらいと思ってください。

 さてその知人ですが、東大に二回も合格するぐらいですから、受験英語は完璧のはずです。もっともあくまでも当時の受験英語ですから、私のように英会話が出来ない可能性がかすかに残りますが、あの勢いならたぶん出来ると思います。

 どこまで行っても羨ましい人物ですが、なんとなんと、どっかの外大に聴講生として通った時期まであったそうなのです。どれだけ勉強が好きやねんは置いときます。私が好きでないと言うか、嫌いなのは高~い、高~い棚の上に置いてカギかけときます。

 かの優秀過ぎる、東大の受験英語さえクリアし、英語のテキストであろうが、ペーパーであろうが余裕で斜め読み出来るほどの人物でさえ、英語習得はやはり受験英語でした。というか、他に習得法はないですし、英語習得の短期的な目的は入試クリアですからそうならざるを得ないでしょう。

 受験英語技術を最高水準で会得した人物でさえ、やはり英文法は難物であったようです。もちろん、私ごときレベルとは理解の度合いが桁が二つは余裕で違いますが、それでも容易ではなかったぐらいです。その知人曰く、

    このYoutubeの説明的なことは言語学をかじって理解できた!
 言語学習と言語学は似ていますが違うはずです。言語学なんかやったことがありませんから、ホントのところはわかりませんが、言語の科学的な構造分析みたいなものぐらいに思っておきます。そういう意味でおもしろがってくれました。


 さてですが、英語を学ぶ時に英文法は付いて回ります。これが難物であるのは経験者多数だと思います。難物過ぎて、受験が終われば二度と触れたくない人も少なくないと思っています。今は変わっている部分はあると思っていますが、当時の私は英文章を見ただけで、

    どこかに罠がある
 こうやって身構えたものです。そう英語とは試験問題であり、そこには常に罠が待ち構ているはずだぐらいです。世の中には試験好きもいますが、そうでない者もいるわけで、深く深くトラウマになって今に至るぐらいです。

 日本人は英語知識があっても英会話を苦手とする理由は、リスニング、発音の壁はもちろんですが、常に間違ってはならないの無意識の重圧があるのも理由の一つぐらいに思っています。それも受験英語のトラウマの気がしています。

 英語が話せるようになるには、実際に話さないと出来ないはあちこちに書かれています。世界的には難解とされる日本語を習得された他言語族の人も、実際に話せるようになるには、ネイティブとの会話無しには無理としています。

 単なる言い訳で、自分の能力と、積極性の無さだけの問題ですが、受験英語で間違ってはならないの意識を叩き込まれると、話すのはやめようと思ってしまう一面はある気がします。


 恨み深き英会話の話はこれぐらいにして、このYoutubeで提唱される英語習得法は果たして有用かどうかです。有用なのは間違いありませんが、真っ白な英語初心者にはどうかです。というのも使われている用語のレベルが高いと言うのが気になります。

 それは英語的ではなく日本語的にです。私はごく素直に受け入れられましたが、中学生レベルでどうだろうかです。ぶっちゃけ、受験英語で呪文のように暗記し、とにかく断片的な知識として詰め込まれていた物の整理には目から鱗クラスです。

 ただのっけからこれでスタートしたらどうなんだろうの疑問です。もちろん革命的に覚えやすくなる可能性もあります。ここでどんな学習法でも無理な人は置いときますが、英語の初歩的な文法をある程度覚えたところで、サクッと再整理に使った方が効果的な気がします。まあ、この辺は受験英語による英語戦死者の恨み積りもあるのは否定しません。つうか、それがすべてです。


 それでも良い時代になっていると思います。言うまでもないですが、私の青春時代にはネットなんてSFにすら出てこない世界です。英語学習にしても、学校、塾、参考書ぐらいしかなく、当然ですが教える人物は、受験英語を勝ち抜いた強者です。そうあの方式でも英語が習得できた成功体験者とできます。

 どれだけ英語学習で苦戦しても、他に選択肢がなかったとして良いでしょう。当時でもあったかもしれませんが、ネット時代前の情報伝達力は極めてプアです。当たり前のようにネットがある時代に住んでいるとわからないと思います。

 従来のメソドで討ち死にしそうになった時に、このYoutubeがあれば活路を開くことが出来たかもしれません。そんなことを思わせてくれる優れモノでした。