エミの青春:クラブ建設秘話

 北六甲クラブの敷地は借地。お父さんが乗馬クラブを始めるために足を棒にして見つけてきたところ。

 「資材置き場やってんや」

 北六甲といってもかなり宅地開発されてるんだけど、この辺はそんなものから取り残されたところ。田んぼの奥の奥の行き止まりみたいなところにあるんだ。幹線道路からクルマで二十分ぐらい走らないと着かないし、広さこそあるものの、里山の麓にある引っ込んだみたいなところ。

 ここも元は田んぼだったそうだけど、とにかく水の便が悪くて、昭和の減反政策の時にトットとやめてしまったそう。その後はゴミ置き場になったり、資材置き場になったりで、ますます人が寄り付かないって感じかな。

 「最初は胡散臭い奴って思われて、門前払いやった」

 それぐらいで挫けるお父さんじゃないから、それこそ日参したんだって、あまりに熱心だから地主さん、岡田さんって言うんだけど根負けして会ってくれたんだって。そしたら意外なことに馬好きで、大学の時は馬術部で、競馬のオーナーやってるぐらい。文字通り馬が合って意気投合の世界になったぐらいで良さそう。とくにお父ちゃんの、

 「馬を金持ちの遊びにしたくない」

 これに感じ入ってくれたみたいで、格安どころかタダ同然で貸してくれた上に、

 「使えるんやったらあげるで」

 地主さんはあちこちに貸家や、貸アパート、貸倉庫なんかを持ってるんだけど、その中で老朽化しすぎて使い物にならなくなった建物を譲ってくれたんだ。お父ちゃんは実家からトラック借りて、これを解体して運び込んで組み上げたんだよ。

 「広次郎叔父ちゃんに頼んだら」
 「アホいうな。あいつもプロやで、頼むからにはゼニがいる」

 もちろん最低限は手伝ってもらってた。トラックもそうだし、家建てるんだから工具だって必要。柱だって一人じゃ組めないもの。これも広次郎叔父ちゃんに聞いたんだけど、

 「オレは全部建てるって言うたんや。兄貴の夢やんか。そやけど、

 『広次郎、夢は自分で作ってこそエエもんなんや』

 ほとんど手伝わせてくれんかった」

 広次郎叔父ちゃんはクラブの建設資金も協力してるんだけど、

 「兄貴は水臭すぎるで。そりゃ、オレや康三郎が兄貴にしてもらった事に較べたら、協力するのは当り前やんか」

 お父ちゃん、他人が困っているのを見たら助けたくなる人やけど、自分が助けてもらうのはイヤな人なんだ。広次郎叔父ちゃんは、

 「ホンマにああいうとこは頑固やから」

 厩舎は実家の小林工務店が建てたんだけど、あれも基礎から屋根とかの骨格までで、外装や内装はお父ちゃんが作ってた。これも広次郎叔父ちゃんがコッソリ耳打ちしてくれて、

 「エミちゃん、あの厩舎はどんな地震や台風が来ても大丈夫や。兄貴は安普請にしてくれって言うたけど、ガチガチに作っといた。黙っといてや。こうでもせんと兄貴は受け取ってくれへんからな」

 広次郎叔父ちゃんは悔しがってた。母屋はお父ちゃんが組み上げたんだけど、元が廃屋でガタガタやんか。補強が必要やけど、カネがないからどこから拾ってきたかわからない、これも廃材みたいなものでやってたのよね。

 「元がボロの上にあの補強材やろ。オレがやったって無理やと思うのに、兄貴の腕じゃ・・・なんでやらせてくれへんねん」

 それでもエミは嬉しかったんだ。生れてこの方、ずっと安アパート住まいだったから、とにかく一軒家に喜んじゃったもの。だってさ、だってさ、エミの部屋まであるんだよ。もっとも住むのにはコツがいるんだ。お父ちゃんは下手な大工よりもっと下手ぐらいの腕だから、

 「その窓は開かん」
 「そのドアを開く時は、まずこう持ち上げて・・・」
 「床やけど、その辺は自信ないから、そっと歩いてや」

 とにかくどこを歩いてもギシギシするし、隙間風も入って来るし、雨漏りもある。それでもお母ちゃんも喜んでた。

 「あなたの城よ」
 「ちゃうで、美千代とエミとオレの城や」

 そうそうレストランだけど、あれはもともと従業員にお母ちゃんがご飯作ってたんだ。外に食べに行くと言っても気軽に行けないからね。そのうちお客さんにも出すようになったんだ。お客さんだって食事をするのに不便すぎるもんね。

 お母ちゃんの料理の腕は良かったから、わざわざ馬じゃなくてご飯食べにくる客も出て来たんだよ、そうなると台所では間に合わなくなるし、食べるところも必要って話になったのよね。

 「兄貴、こればっかりは譲らんで。プロの厨房はちゃんとしたもんにせんとアカン」
 「言うけどやな、カネがない。オレが作る」
 「兄貴は美千代姉さんが可愛いないんか。存分に腕を揮える厨房を作らなあかん」

 かなりの押し問答の末に広次郎叔父ちゃんが厨房作ってくれたんだ。

 「エミちゃん、これも黙っといてや。厨房は小林工務店の一世一代の仕事のつもりでやる。もし地震とか、台風が来たら厨房か厩舎に避難しいや」

 広次郎叔父の言葉にウソはないと思う。だって設計したのは康三郎叔父だもの。康三郎叔父は一級建築士だけど、かなり有名らしくて、エミにはピンと来ないんだけど立派な賞をもらってるぐらいなんだ。

 小林工務店が大きくなったのは康三郎叔父の優れた設計と、それを現実のものにする広次郎叔父の技術のコンビネーションでイイと思う。出来上がった厨房はうちのクラブからすると目を見張るぐらい立派な物だった。お母ちゃんも大喜びで、

 「広次郎さん、本当に感謝してます」

 お父ちゃんにも、どれだけ手間がかかっているか、わかってたはずやけど、それ以上はなんにも言わんかった。

 「兄貴、この食堂部分はちょっと」
 「いうな。使えるから問題ない」

 やってもらったら良かったのに。こういうところは頑固なんだから。