エミの青春:疑惑

 エミは高校には合格したんだけど、通い始めてすぐに、家が貧乏な事を理由にイジメに遭っちゃったんだ。最初はお母ちゃんに相談したんだけど、

 「お父ちゃんが、エミを高校に行かせるのにどれだけ苦心してるのかわかってるの」

 こんな調子で取り合ってくれなかったの。エミも我慢して通学してたんだけど、ついにダウン。それこそ部屋から出れなくなっちゃったんだよ。これを知ったお父ちゃんが、これもこの時だけじゃないかと思うほどお母ちゃんを叱りつけてた。

 「お前、エミを潰してまう気か」
 「でも、あなたがせっかく行かせてくれた高校なのに」
 「だから、どうしたって言うんや。親が子どもを高校に行かせるのは、趣味でも、慈善事業でもあらへん。娘のためだけや」
 「だから中退なんかもってのほか」

 あの時のお父ちゃんはホントに怒ってた。

 「アホンダラ、イジメに遭って潰してまで行かせるとこちゃうわ。あんな高校、こっちから願い下げや。これ以上、グチャグチャ言うたら許さんぞ」

 次の日からお父ちゃんが走り回ってくれて、エミは私学の高校に転校になったんだ。エミもちょっとどころやなく抵抗があったけど、行って見たらなんとか馴染めてホッとした。とりあえず高校生活は順調になってくれたんだけど、エミにはずっと疑問があるのよね。


 やっぱり気になって仕方がないのが二人の結婚。古臭い考え方たって笑われるかもしれないけど、釣り合いってものがあるじゃない。たとえばだよ、エミが皇太子のお妃に選ばれるなんて考えられないじゃない。

 そこまでは極端すぎるかもしれないけど、自分の親ながら釣り合いが悪いのよね。そりゃ、厩務員とウエイトレスだったら問題なさそうに見えるけど、甲陵のウエイトレスがどれだけ価値があったか知れば知るほどバランスが悪いもの。

 それと学歴。学歴で結婚するものじゃないと言えばそれまでだけど、お父ちゃんは高校中退。お母ちゃんはどう見ても大卒。それも松蔭以上で、海星や女学院でも違和感ないもの。それぐらいお母ちゃんの教養はありそうに見えるんだ。

 職業と学歴に目を瞑っても、身長の問題もあるんだよ。女は自分より背の低い相手は基本的に避ける傾向があるんだよね。絶対じゃないけど、無意識のうちに頭から恋愛対象から外してる感じかな。それでもイケメンとか、抜群に格好良いなら一考の余地も出て来るけど、残念ながらお父ちゃんは間違ってもそうじゃない。

 さらにだよ、打算的になって良くないかもしれないけど、お父ちゃんに財産があった訳じゃないもの。同じ騎手でも競馬の騎手なら、将来性に期待しては残るかもしれないけど、馬術の騎手なんて、言ったら悪いけど金持ちの道楽で、これで儲かる訳じゃないものね。

 それがだよ、駆け落ち同然の大恋愛だって言うじゃない。その証拠に未だにお母ちゃんの実家とは疎遠どころか、行った事どころか、話題にもされないぐらいだよ。お父ちゃんが悪い人でないのはエミが一番良く知ってるけど、そこまで熱中できる相手かと言われると疑問がテンコモリ。

 男と女の仲は理屈じゃないらしいから無理やりでも納得できない事はないし、現実にあの歳になってもラブラブ夫婦だけど、それだけでホントに説明出来るものか、引っかかる時があるのはあるのよね。


 次に気になるのはエミの扱い。下女のように働いてるのは小林家の経済状態からして、なんの不服もないのだけど、どうにもお父ちゃんとお母ちゃんで温度差を感じることがあるんだ。

 普段は感じもしないんだけど、節目節目でお父ちゃんとお母ちゃんの姿勢に温度差が出るんだよ。わかりやすかったのは高校進学の時。あの時のお母ちゃんは、高校進学は無しでも仕方がない感触があったんだよね。一方のお父さんは頭から進学させるものと決めつけていた。

 でもこれもおかしいと言えばおかしい。今どき中卒なんて、よほど特殊な職業でも目指す者じゃなければあり得ないじゃない。百歩譲っても、高校進学無しを主張するのはお父さんの方じゃないかと思うのよ。お母ちゃんがあんな態度を取るのは不思議過ぎるんだ。

 イジメで苦しんだ時もそうで、あれだけイジメに苦しんでいたのに、お母ちゃんは頑として中退を認めなかったどころか、エミが苦しんでいるのをお父ちゃんに相談すらしてなかったのよ。あれだけなんでも夫婦で話をするのにだよ。

 さらに転校先が私立に決まった時の渋りよう。そりゃ、うちにカネがないのが大きな原因なのはわかるけど、それにしてもの感じがしてならないんだ。どう言えばイイんだろう。お母ちゃんは、エミにカネをかけるのを避けよう、避けようとしてる気がしてならないんだ。


 そうやって考え始めると、二人の結婚にはなにか秘密があるんじゃないかって。職場は同じ甲陵倶楽部だけど、どうにも身分差があり過ぎるんだよね。たとえは悪いけど、ウエイトレスは王女様とかの侍女で、厩務員は下男ぐらいの差がある気がする。

 侍女と下男じゃ口さえ利けないほどの差があるじゃない。そりゃ、大昔と違うけど、甲陵のウエイトレスが相手にするのはセレブの客とかコックさん達ぐらい。だってだよ、お父ちゃんも、

 「甲陵に勤めとったけど、厩務員じゃレストランなんか入られへんねん」

 同じ勤務場所ってだけで、会うどころか、話をする機会もなさそうじゃない。普通の職場結婚だって、あれは同じ部署で同じ部屋で机を並べるから出会いが生れると思うのよね。学校だってクラスや部活の枠を越えてカップルが生れるのは少ないし、学校越えてのカップルなんてエミは見たことも、聞いたこともない。

 そこまで住んでる世界の違う二人が出会って、大恋愛の末に駆け落ちしてエミが産まれたのは事実としか言いようがないけど、どう考えたって不思議過ぎるとしか思えない。

 なにか二人はエミに隠してることがありそうな気がしてならないんだよ。思い過ごしに過ぎないと言えば、それだけど、気になりだしたら気になってしまうのが人間。そんな事が気になりだしたら、夫婦仲にも違和感があるような気がするのよね。

 もちろん夫婦仲は誰が見ても円満だよ。ううん、円満なんてものじゃなくて、あの歳で恋人気分がパンパンじゃない。それを隠しもしないし、堂々と人前で恥ずかしげもなく口に出来るぐらい。

 だけどだよ、よくよく見ると、どこかでお母ちゃんが一歩引いてる気がするんだよ。どう言えばイイのかな。お父ちゃんが、お母ちゃんを引かせないようにしてるように見える時があるんだよね。

 だいぶ前だけど、思い切って広次郎叔父ちゃんに聞いた事もあるんだ。広次郎叔父ちゃんは大笑いしながら、

 「そりゃ、兄貴が美千代姉さんを大事にしすぎたからちゃうかな。兄貴が結婚するって連れてきた時に、オレは腰抜かしたんや。ありゃ、文字通りの美女と野獣やったで」

 美女と野獣は可哀想と思ったけど、正直な感想の気がした。もっともお父ちゃんは野獣ってイメージじゃないけどね。これ以上はわかんないけど、結婚の時になにか大きなドラマがあったぐらいしか今はわかんないよ。

 「エミちゃん、大盛りカツ丼に豚汁頼むは」
 「オレはカツカレー特盛でな。サラダも付けてや」

 おっと仕事、仕事。

 「二番テーブルさん・・・」

 高校から帰ったらすぐに店に入ってる。日曜休日はもちろん一日中。さすがに平日の昼間はアルバイト雇ってるけど、小林家では当たり前の風景。だからエミも高校卒業したら働くつもりだけど、お母ちゃんは、

 「助かるわ。待ってる」

 お父ちゃんは、

 「アカン、大学行くんや。エミなら行けるで」

 やっぱり何かある気がする。