エミの青春:宝仙寺の住職さん

 うちのレストランの売りは、

 『美味い、早い、安い』

 お昼だけでなく夕食も繁盛中。さすがに三時頃になるとヒマになりそうなものだけど、今度は喫茶店みたいな感じになって、近所というか、この地区の人のたまり場みたいに良くなってるんだ。とくに日曜なんかはそう。

 今日来てるのは宝仙寺の住職さんと地主の岡田さん。この二人もレストランの常連さん。住職さんは元高校の日本史の先生。今は退職されて郷土史研究家としても有名だそうなんだ。人柄も温厚で、この辺の檀家寺でもあるから、尊敬もされてるぐらいかな。お父ちゃんも加わって話が弾んでます。

 「住職さん、宝仙寺って昔からあそこにあったんですか?」
 「いや、かつては・・・」

 開基は行基ってなってるらしいのよね。行基は東大寺造立の責任者になったのも有名だし、この北六甲にも行基所縁の寺はわりとあるんだよね。つまり始まりは奈良時代末期ってことになるらしい。

 「かつては七堂伽藍の立派なものだったらしいが・・・」

 戦火に遭ったりして衰微してた時代もあったらしいけど、今の場所には江戸時代からあるらしい。建物自体は昭和のものだそうだけど、

 「何回か移転した様だが、最初は泡に泉と書いて泡泉寺と呼ばれてた」
 「変な名前ですな」
 「うむ。これにも謂れがあってな・・・」

 寺が出来たのは、そこに泡の出る泉があったからだって。

 「その泉に入ると万病がたちどころに癒されたとなっておる。寺は泡泉の管理施設みたいな形で作られたぐらいかもしれん」

 とにかく古い時代の話だし、寺も戦火に遭ったり衰微した時代に記録がかなり失われて、はっきりしない部分が多いんだそう。住職さんはこの泡泉寺の由来を研究しているで良さそう。

 「泡泉って、もしかして」
 「私もそう考えている」

 万病に効いた泉って温泉ぐらいが思いつくものね。でも、この辺は近くに有馬温泉はあっても、他に昔からの温泉なんてないけど。

 「実在したのは実在したらしくて、平安初期の貴族の記録にも、泡泉寺に参詣し入浴したらしい記録が残されてるんだよ」

 ここは記録が残ってないからわからないそうだけど、なんらかの理由で泉が枯れ、寺も場所を移動したらしいぐらいしかわからないんだって。

 「泡泉があった最初の寺の位置はどこでっか」
 「それもわからない」

 住職さんがわからいなら誰もわからないんだけど、

 「なんかヒントとか」
 「最初に泡泉寺があった場所は湯田野と呼ばれておったそうじゃ」

 やっぱり温泉だね。お湯が出るところだから湯田野になってたのはわかるけど、この辺に湯田野なんてないし。そしたらお父ちゃんが珍しく考え込んで、

 「この辺は和田って言いますやんか」
 「そうじゃ、古くは卯田と呼ばれてた」
 「それって、湯田が卯田になって和田になったんちゃいまっか」

 そしたら地主の岡田さんが、

 「小林さん、それ無理あるで。この辺はとにかく水が出えへんのや。江戸時代からさんざん苦労しとる」

 岡田さんの家は旧家。江戸時代は庄屋だったそうだし、戦国期はこの辺の小豪族だってお話。元をたどれば鎌倉御家人まで遡るとか遡らないとか。宝仙寺の檀家筆頭でもあるけど、かつては氏寺だったとか。

 「岡田さん、住職さん、こうとは考えられまへんか。宝仙寺が移転したんが泉が枯れたからってなってまっけど、その泡泉だけやなくて水が出んようになったから移転したとか」

 なるほど。泉が枯れて寺が移動したんだろうけど、同時に水も枯れて手に入らないようになったのも移動の理由としてあったとも考えられるものね。そしたら住職さんが、

 「なるほど、面白い見方です。たしかにここなら、かつて七堂伽藍が備わっていただけの広さはある」
 「そやったら、掘ったらまた出て来るかも」

 そしたら岡田さんが大笑いして、

 「出まっかいな。うちの先祖が何本井戸掘っても、なんにも出えへんかってんさかい」

 お父ちゃんが食い下がってる。

 「それでもやけど、掘ってもし出たら」
 「やめとき、やめとき、骨折り損のくたびれ儲けにしかならん」
 「でも、もし出たら」
 「そのときは小林さんのもんや。銭湯でも健康ランドでも好きなもん作ったらエエ」

 そしたらお父ちゃんは、住職さんに証人になってくれって頼むのよね。最初は冗談と思ってたみたいだけど、これも座興と思い直したのか、

 「そこまで小林さんが言うなら、証人になりますわ」

 書類まで作らなかったけど、きっちり録音してた。

 「よっしゃ、これでオレも温泉長者や」
 「そん時には入りにきますわ」
 「楽しみにしてますよ」

 そりゃ、もし温泉が出れば一財産になるけど、井戸掘っても水も出ないところだものね。お父ちゃんは本気で掘るつもりかな。

 「エミ、これで貧乏からもオサラバや」

 あんまり真剣に言ったものだから、住職さんも岡田さんも腹抱えて笑い転げてた。