エミの青春:気になるお客さん

 最初に来たのはシノブさんだった。伊集院さんと一緒だったんでビックリしたもの。続いてシノブさんと一緒にユッキーさんとコトリさんが来たんだ。三人とも二十歳過ぎぐらいに見えたから学生と思ったら会社勤めだって。

 この三人は若いのも目立つけど、とにかく美人。女のエミから見ても、まさに目が覚めるぐらい綺麗なんだ。アイドルとか女優さんだって、あそこまでの美人はいないんじゃないかな。

 それでいて気さく。中でもコトリさんは本当に気さくで、レストランの常連さんともすぐに仲良しになってた。今やレストランに来ただけで、あちこちから声がかかって盛り上がるぐらい。とにかく三人並ぶと美の競演って感じかな。

 それだけじゃないんだよね。馬がビックリするぐらい上手なんだ。あれは上手なんてものじゃないと思う。お父さんに聞いたんだけど、

 「初心者体験コースからやってんけど」
 「ホントに初心者?」
 「それがな・・・」

 馬に乗る時ってヘルメット被って、プロテクター着けて、乗馬用ブーツを履くのだけど、初心者体験コースの人には、この三つをレンタルしてるんだよね。いきなりそろえると、キリでも結構な値段になるから。

 乗馬が気に入って会員になったら、順次買い揃えて行く感じかな。まあ、うちのレンタルはかなりどころでなく、みすぼらしいから、会員になったらトットと買う人が多い。それはともかく、

 「ヘルメットを手に取る様子や、プロテクターの付け方を見てると、どうみても初心者にしか見えへんかってん」

 その時の指導に入ったのは高田さん。いつも通りに、最初に馬と御対面があって、その後に乗り方の一通りの説明をするのだけど、

 「ユッキーさんとコトリさんの時が変やったらしい。馬への合図のやり方を教えるんやけど、聞いただけで全部わかるはずもないから、常歩の時のやり方を重点的に教えるやんか」

 初心者体験コースだったら、普通は常歩で終る人がほとんど。せいぜい軽速歩のマネ事が出来れば上出来ぐらいなのよね。

 「口で教えたって限界があるから、ある程度説明したら、とりあえず乗ってもらうんやけど、かなり詳しく聞いとったらしいねん」

 普通の人の五倍以上だったってお父ちゃんは言うのよね。

 「高田君も変やと思たみたいやけど、やっと納得してくれてホッとして、馬の跨り方を教えようとしたんや。そしたら、いきなり馬に跨ったんや」
 「いきなりって?」
 「踏台も使わずヒラリって感じだったそうや」

 慣れて来ると出来るんだけど、うちでは初心者には踏台使ってるんだよね。

 「そこからだよ、いきなり正反動でトロットやって、さっさとキャンター。輪乗りも、巻乗りも自在やってんよ。トドメはギャロップ」

 高田君に呼ばれたお父ちゃんも見に行ってビックリしたんだって。

 「感心したんは、速度の切り替えがズムーズなんよ。キャンターだって、キャンター状態を維持するだけで最初は大変やのに」
 「やっぱり経験者?」
 「ユッキーさんも、コトリさんもウソつくような人やないし、乗馬経験隠したって意味ないやろ」

 そうなのよねぇ。

「ただ見とって、乗り方がちょっとちゃうんよ」

 お父ちゃんも説明が難しそうだったけど、姿勢も乗り来なし方も見事なんだけど、どういうのかな、正統の馬術のトレーニングした人とどこか違うんだって。

 「それってウエスタン馬術じゃ」
 「それぐらいはお父ちゃんでもわかる」

 お父ちゃんが言うには、あまりにも馬に慣れ過ぎてるんだって。まるで生れた時から馬と共に育った感じかな。

 「後も凄かったもんな」

 お父ちゃんは全国乗馬倶楽部振興協会の技能認定試験を受けるように勧めたんだ。これはもし経験者だったら登録されているはずってのもあったみたい。でもやっぱり登録されてなくて、

 「あない簡単に障害二級とって、馬術連盟B級取ってもたんや」

 あれはエミも驚いた。試験で何をするかを聞いただけで、ほとんど練習もせずに一発勝負で合格だもの。でもお父ちゃんが言ってたけど、馬術自体は優れているけど、試験自体は初めて受けたようにしか見えなかったって。


 他にも面白いところはあって、三人で来た日にはレストランで晩御飯食べて帰るんだけど、とにかく良く食べるし、良く飲むんだよね。それこそ牛飲馬食って感じ。ユッキーさんなんてあの華奢な体のどこに入るかと思うぐらい。

 他のお客さんと大盛り上がりしながら飲むものだから、そりゃ、もう楽しいって感じになっちゃうんだ。仕事の関係で週末しか来ないし、来ない週もあるんだけど、三人組目当てで来てるお客さんも多いから、

 「え~、今日はお休みなんか」

 すっごくガッカリされたりするぐらい。もっともお蔭で週末のレストランは大盛況になってるけどね。そういう意味では福の神。エミもよく話をするけど、

 「へぇ、昼間は高校行って、夜や休日はここを手伝ってるんか」
 「えらいわね。じゃあ、中ジョッキ三つね」
 「それと焼き鳥五人前と、唐揚げも五人前」
 「明石焼きも五人前」

 こんな調子でオーダーがバンバン入るんだけど、酔って乱れる様子なんてゼロ。飲む量も、食べる量も半端じゃないんだけど、その姿は上品なんだよね。お母ちゃんも感心してた。

 「エミ、あれは筋金入りのマナーが叩き込まれてるよ。そうじゃなきゃ、あれほど自然に、あんな食べ方出来ないよ」

 コトリさんなんて、時にがさつそうに食べてるように見えるけど、全然そんなこと無いのよね。箸使いも見事で、お母ちゃんに箸が殆ど濡れてない事を指摘されて、ビックリしたもの。

 「どこかのお嬢様とか」
 「そうなるはずだけど、だったら、どうしてうちに来てるのかが不思議なのよね。あのクラスのマナーは甲陵の会員でも満足に出来るのが少ないのよ」

 うちはレストランと言っても大衆食堂みたいなものだから、柄はお世辞にも良くないんだよね。良く言えば庶民的、悪く言えば下品。なのにあの三人組はすんなり馴染んじゃってるもの。

 さらに不思議なこともあったんだ。どうも美女三人組の噂を聞いてナンパしに来た奴がいた。そういうのも多いけど、来たのがこの辺でも評判が悪いチンピラみたいな連中。あの連中なら、強引にどこかに連れ込んでしまうはず。

 お母ちゃんはエミに急いでお父ちゃんを呼びに行かそうとしたんだけど、他のお客さんの反応の方が早かった。あの三人組にチンピラどもが絡もうとした瞬間に、わらわらと十人以上が席を立って取り囲み。

 「兄ちゃん、なにするつもりや」

 チンピラ連中はいきがって、

 「黙っとれ、オッサン」

 こうは言ったものの、建設会社の土木作業員とか、トラックとかダンプの運転手とか、とにかく腕っぷしが見るからに強そうで、なおかつ厳つい顔のおっさん連中ばかりだから明らかにビビってた。

 「ワシら話し合いは苦手や。外で相手しよか」

 首根っこ、とっ捕まえて叩きだしちゃったのよね。その後はいつも以上に大盛り上がりで大変な騒ぎになっちゃったけどね。後でお母ちゃんが言ってたけど、

 「チンピラが絡もうとした時だけど、三人とも、まるで眼中になかったのよ。まるでチンピラなんて、そこに存在しないぐらいにしか見えなかった」

 とは言うものの、そこからコトリさんがビールを奢りまくってたんだけどね。その時に耳に入った会話が不思議なものだった。

 「ユッキー、助かったな」
 「そうね、叩きだすのは簡単だけど、騒ぎになっちゃうし」

 なんか武術の心得でもあるのかな。とにかくあの三人組は北六甲クラブの名物的な存在になってる。