セレネリアン・ミステリー:科学者たち

 エドワーズ空軍基地には特別研究棟が確保され、そこに運び込まれた異星人が無菌状態で保存され、集められた科学者たちの到着を待っている状態だ。

 「将軍、招き寄せた科学者のリストです」
 「簡単にレクチャーしてくれるか」

 まず異星人の身体調査を担当することになるのがエドワード・ダンリッチ教授。生物学の世界的権威でハーバードの教鞭を執られている。ダンリッチ教授が指導的立場になると見て良いだろう。

 宇宙服などの装備研究はラシュワン博士。電気工学の専門家だが、こちらの方はさらに様々な分野の研究者が集められておる。他にも多くの専門家が集められているが、問題はこれをどう統御するかだ。

 とにかく学者と言うのは扱い辛い。意見が合いにくいし、自分の意見を頑として曲げないところがある。一度もめだすと手が付けられなくなる。軍隊とまるで逆だからな。

 それに大統領も言っていたが、今回の科学者の招聘は無茶なところがある。いくら極秘任務で、急を要するとはいえ拉致同然だから、これを宥めるだけでも気が遠くなりそうだ。

 「明日には全員そろうのだね」
 「はい」
 「もう来ている者の様子はどうだ」
 「食ってかかる者も少なくありません」
 「そうだろうな。とりあえず明日の夜に歓迎式典を予定通り執り行う」

 式典はまずサムソン大佐の挨拶と説明から始まったが、予測通り不満の嵐。

 「どういう事なのだ」
 「これは国家的犯罪だ」
 「責任者は君なのか。返答によってはタダではおかんぞ」

 そうなるのはわかるが、ここが肝心。

 「皆様、ご静粛に。このセレナリアン・プロジェクトの責任者のロジャー・リーである。緊急かつ極秘のプロジェクトであるため、諸君に不要な迷惑をかけていることは承知しておる。

 だから先に言っておく。諸君らの生命、財産はこの合衆国政府の名誉にかけて保証する。諸君らがこのプロジェクトに従事する間の留守に付いても、合衆国政府が既に了解を取っておる」

 ここで間髪を入れずにラシュワン博士が、

 「あなたは怪鳥事件の」
 「そうです。どうか責任者になった私を信用して頂きたい」
 「なにを研究するのですか」
 「うむ、スクリーンを見てもらいたい」

 映し出された映像に釘づけ、

 「諸君に研究してもらいたいのはこの宇宙飛行士だ」
 「これはどこで」
 「月面基地建設中に発見されたものだ」
 「どこかの国の遭難者ではないのですか?」

 科学者たちの注目が集まったところで、

 「既に予備調査が行われており、これまで月面基地及び有人探査で行方不明になった者はいなかった」
 「でも中露となると信用できるでしょうか」

 まあこれは出るだろうが、

 「そのあたりの可能性はゼロとして良い。既にいくつかの予備調査が行われており、炭素原子C14による年代測定の結果も確認されておる」
 「何年前ですか」
 「五万年前だ」

 静まり返る会場。

 「だがわかっておるのはそれぐらいだ。この謎を解明するために無理を承知で諸君らに来てもらった。どうかご協力頂きたい」

 科学者は扱いづらい人種ではあるが、自分の興味にあるものなら飛びつく人種でもある。これだけの研究素材が提供されると期待通り歓迎式典そっちのけで、あらゆる可能性についての議論が始まったわ。

 「そこでだが、宇宙飛行士の身体の調査はダンリッチ教授に主任をお願いし、宇宙服などの装備に関してはラシュワン博士にお願いしたい」

 これについてはさしたる異論もなく承認され翌日から調査研究が始まった。最初は混乱もあったが何とか軌道に乗った頃にラシュワン博士とダンリッチ教授の訪問があった。

 「多くの専門家が集まっておりますが、足りない分野があります」
 「なにかね」
 「言語チームです。宇宙服や装備には文字が記されておりますが、これを解読する必要があります」

 なるほど、その点は抜かりがあった。

 「わかった早急に手配する」
 「これに関連してのお願いですが、所持品の中に本と言うより手帳のようなものがあります」

 そういえばあったが、

 「あれを読む必要があります」
 「読めば良いではないか」

 聞くと風化のために傷み切っており、とてもページを開ける状態ではないらしい。

 「では読めんではないか」
 「いや、一つだけ方法があります」
 「なんだね」
 「トライマグニスコープを使えば可能性があります」

 なんだそれは。さらにダンリッチ教授が、

 「身体調査班では一通りの外からの検査は順調に進んでおりますが、最終的には切り開く必要があります」
 「その点については・・・」
 「方針は聞いておりますし、切り開くにしても最小限にするつもりです。そのためにはトライマグニスコープが必要です」

 その場では善処を約束してトライマグニスコープについて調べさせたのだが、

 「まだ発売されておらず、完成品もそのプロトタイプが一台限りと言うのか」
 「はい。さらに、現時点でトライマグニスコープを十分に使いこなせるのは、開発者でもあるハンティング博士のみと見て良さそうです」
 「これは私の一存でも難しい」

 このプロジェクトは統合司令部の直轄事業の形態で、具体的には統合参謀本部直属だ。そのため私も参謀の席に名を連ねる格好になっている。だから、ただちに参謀本部に科学者たちの要望を伝えたのだが、言語班の招聘は問題なかった。統合軍の暗号解読斑をとりあえず回すことになった。言語学者も追い追い集めるとの事だった。


 問題はトライマグニスコープ。これも発売されておれば、価格と納期の問題になるのだが、存在するのはプロトタイプが一台のみ。ドレッド社はそれを使って、これから宣伝・売込みにあたる計画なのだ。

 だからかなり渋られたらしい。そのために予定販売価格に加えて販売計画の遅延による補償まで求められて大変であったらしい。ドレッド社が求めた補償は数兆円にも及んだらしく大統領も苦慮されていた。

 さらに問題になったのはスコープのオペレーター。こちらが望む能力を発揮させることが出来るのは、現時点では開発者でもあるハンティング博士以外には無理だとしていた。

 ここでの問題はハンティング博士が英国人であることだ。これまで集められた科学者はすべて米国籍。だから少々無理な招待も可能であったが、英国人相手にそれをやればイギリス政府との外交問題に発展しかねない。

 さらにドレッド社もハンティング博士を手放すのには難色を示している。トライマグニスコープのさらなる改良に不可欠な人材としているからだ。これらの問題は統合軍参謀本部から安全保障会議に上がった末に、国務省が担当することになった。