セレネリアン・ミステリー:ダンリッチ教授

 ダンリッチ教授は押しも押されぬ斯界の権威。ダンリッチ教授の招聘については、事前に相談もし、了解のうえで参加してもらっている。ダンリッチ教授も子飼いの部下たちを引き連れて勇躍乗り込んで来てくれた。

 月で見つかった宇宙飛行士なのでルナリアンと呼ぶ案もあったのだが、セレネー計画に因んでセレネリアンと呼ぶのを提案したのもダンリッチ教授だ。

 「教授どうですか」
 「まずセレネリアンがヒューマノイド型であるのは将軍にもわかるでしょう」

 完全にミイラ化してはいるが、それぐらいは私にもわかる。

 「だが外見はヒューマノイドであっても、中身はかなり違うだろう」
 「そこはこれからの調査になりますが、骨格については人類と同じです。背骨の数、肋骨の数、その形、想定される機能に至るまで同じと見れます」
 「ヒューマノイド型なら似て来るだけでは」
 「余りにも同じ過ぎます」

 これも一つの結果だが、

 「将軍のお力で比較対象データを取り寄せることが出来ないでしょうか」
 「比較対象と言われても」
 「ヒューマノイド型で、なおかつ人類に非常に近いタイプの異星人を我々は知っております」

 ああ、そうか八年前のものか。

 「そうです。あの時のエラン人のデータが是非必要です」

 これも調べさせると容易じゃないものであった。とりあえずエラン人関係のデータはECOが一元管理していることになっているのだが、エラン人の医療関係のデータの持ち出しどころかその存在さえ答えてくれないありさま。

 統合軍参謀本部から安全保障会議に上げてもらいCIAの協力を仰いだものの、まずCIAにもデータがなく、わかったのはECOでさえ保持していない可能性が示唆されただけだった。国務省を通じて日本政府に問い合わせても同様。CIAの情報として、

 『おそらく当時の小山代表の意向により完全に伏せられたらしい』

 なんのためかについても謎が多すぎるが、当時の小山代表はエラン人たちを地球人に同化させる極秘計画を進行させていたらしいの情報だけはCIAはつかんでいた。これを聞いたダンリッチ教授の顔色が変わった。

 「同化とは地球人として暮らさせるだけでなく、地球人と結婚し子孫を作る意味になります」
 「でも異星人だぞ」

 ダンリッチ教授は難しそうな表情で、

 「同化となるとエラン人と地球人の種が極めて近くないと無理です」
 「当然そうなるが」
 「それを小山代表は知っていたことになります」

 たしかに映像で見たエラン人の外見・容貌は地球人に極めて近かった。いや、知らずに歩いていたら誰にもわからないはず。

 「小山代表はいつから知っていたのだろう」
 「機会は二度あります。一度は八年前、もう一度は四十一年前です」

 そうだった。四十一年前にエラン宇宙船が突然神戸に降り立ち拿捕されている。

 「私が将軍に言うのは僭越すぎますが、あの拿捕も謎が多すぎるものです」

 エラン兵器については十四年前のエラン船騒ぎの時に自衛隊からようやく情報提供されたが、まさに恐るべきものであった。携帯用の銃一つで地球の通常兵器のすべてに対抗して凌駕しかねないまさに超兵器。

 そんなものを百も二百も持ちだされたら、地球上の戦力を傾けても勝てるかどうかは未知数と作戦本部も結論していたぐらいだ。たとえ勝てたとしてもどれだけの被害が生じるか空恐ろしいぐらいとして良い。

 それなのにエラン船は神戸に着陸するや否や軍隊ですらなく警察にあっさり拿捕されている。日本の発表は船内で蔓延していた伝染病のためとしていたが、あれは明らかにカムフラージュだ。しかし、ではどうやって、

 「そこの真相解明については私では荷が重すぎますが、小山代表はあの時にもエラン事件に深く関与しています。そこで情報を得ていたと見るのが宜しいかと」
 「その情報はどこに」
 「だから探して欲しいと」

 私ことエドワード・ダンリッチはこのプロジェクトへの参加を求められた時に飛びあがった。異星人の調査だぞ。これで胸躍らせない生物学者がいるものか。

 エラン人の調査も何度も要請したが、すべて却下された。あれは日本の管轄であったから、やむを得ないとあきらめざるを得なかったが、今度はアメリカの管轄だ。この仕事こそエドワード・ダンリッチの一世一代の仕事になるはずだった。

 身体調査班の主任として仕事に取りかかったが、調査自体はスムーズと言える。ミイラ化しているとはいえ保存状態は月と言う特殊な場所で、五万年前とは思えないぐらい良好だったからだ。

 発見された洞窟は地底五十メートル、太陽光の影響もなく、気温もマイナス二十度で安定。さらに完全なる無菌状態。異星人が所持していたはずの保有菌も、生命維持装置が止まった後には死滅していたと見て良い。

 調査は解剖学的なものから、生理学的ものにも広がって行ったが、データが集まれば集まるほど、心の中で渦巻くのは、

 「そんな事がありえるはずがない。どこかに見落としがあるはず。それは何だ・・・」

 集まったデータを基に身体調査班では連日の激論が繰り返されているが、

 「ダンリッチ教授、データは素直に認めるべきと考えます。ここまで明白なデータが並んでもなお、教授は否定されるのか」
 「いや、教授の意見に私は賛成だ。こんな報告が出来るものか。世界中の笑い者になってしまうぞ」
 「笑われようが、どうしようが、真実はデータに現されているではないか。これをどう読み、どう解釈すると言うのだ」
 「では聞くが、神の悪戯が起ったでも言うのか」
 「いや、ここはそう考えるのではなく、そもそもこのセレナリアンがどこから来たかだ」
 「そうだそうだ、遠い惑星から来たと考えるから・・・」

 これは異星人のデータだけで結論を出すのは危険すぎる。

 「データから指し示すものは一つだが、この結論を報告するには影響が大きすぎる。なにかを見落としている可能性が否定できない。諸君、もう一度データの再検証をしたいと思う。協力をお願いする」

 この議論の前に不思議過ぎるのがエラン人だ。彼らは正真正銘の異星人であるにも関わらず、外見は地球人類そのものであった。これだけでも生物学的に奇跡、いやあり得ること自体が信じられないのだが、セレナリアンもまたそうだと言いようがない。

 そうなるとセレネリアンがエラン人と見るのも出て来るが、壁になるのが五万年。いかにエランとて五万年前に月まで宇宙飛行士を送り込めるかと言われると誰も知らない世界になる。地球の尺度で考えるとエランであっても原始時代である可能性は十分にある。

 しかしだ。エラン人でなければセレナリアンも地球人類と同じになる。エラン人が人類に似ているだけで奇跡以上のものであるのに、三つ目の奇跡が起こったと結論など出来るものか。

 せめてエラン人との比較対象が出来れば、『セレナリアン = エラン人』説が成立する可能性が出て来るのだが、リー将軍の話を聞く限り、アメリカ政府でもエラン人のデータを入手するのは無理なようだ。

 ここで入手できる情報で、謎を解くカギがあるとすればあの手帳しかない。それともう一つのカギは月夜野社長。なにかを知っているはずだ。だがだ、どうして月夜野社長が知っている。あまりにも謎が多すぎる。なにか胸騒ぎがする。謎の行き着き先に何が待ち受けていると言うのだ。