セレネリアン・ミステリー:セレネー計画

 セレネー計画は月にある巨大な洞窟を利用するものです。こういう洞窟はかつての火山活動による溶岩洞窟ですが、セレネー計画では幾つもの洞窟を比較検討した上で選んでいます。深さは五十メートルで、幅は最大で二百メートル、長さは一キロに及ぶと考えられています。

 地表に建設するより手間はかかりますが、それを上回るメリットもあると考えられています。月はほとんど大気が存在しないので、小隕石の衝突のリスクは常にありますが、これだけの洞窟ならかなりリスクを回避できるはずです。

 さらに地表なら放射線の影響や激しい気温変化への対応も必要ですが、洞窟内なら放射線の影響もほぼなく、気温もマイナス二十度程度で安定するはずです。

 「将来的には洞窟内に酸素を充填したいそうや」

 建設が始まったのですが、なかなか順調のようです。とにかく月はなんにもないところですが、今回の計画の目玉として原子炉を運び込むと言うのがあります。この設置運用が一つのポイントでしたが、これがスムーズに運んだのがラッキーだったようです。

 原子炉のメリットはその安定した発電力と熱源の供給になります。二十一世紀初めの月面基地では太陽光発電や燃料電池を用いていましたが、原子炉ならその百倍以上の電力を余裕で供給できます。基地の空調にも有用で、これは原子炉が発生する廃熱を利用できます。

 余裕のある電力と熱源でこれまでの月面基地では安定しなかったレゴリスに含まれるシリカからの酸素の抽出も順調に進んでいるようです。水に関しては、極地からのパイプライン建設が必要で、これは二次計画以降のものになりそうです。

 パイプラインと言っても設置しただけでは水が凍る可能性もありますし、それこそ小隕石が衝突して破壊してしまうのも考えられます。今の計画では設置した上で土を被せる案となっているようですが、宇宙ユンボも必要となりますし、途中でトンネルも必要になる点もあれこれ回避策が検討されているようです。

 「今のところ順調やな」

 コトリ社長も心配していたようですが、工事がスムーズに進むのを確認されてから、追加出資の要請も受け入れています。ここも最初の出資の時のオプション条件がしっかりつけられています。

 プロジェクトによるのですが、こういう出資は初期の投資者が優遇される事が多くなっています。プロジェクトが軌道に乗りかけてからの出資者より、リスクの高い時期の出資者の方が価値が高いとみなされるぐらいです。

 ところがコトリ社長は交渉の末にエレギオン・グループの追加出資は初期出資者と同等の権利を有する権利を勝ち得ています。いつものことですが、どうやってそんな条件を認めさせたのか・・・知っていますが他人に言えないものとだけしておきます。


 セレネー計画には幾つもの狙いがありますが、表向きの最大の目的は月の有人探査です。つまりは学術研究。これは基地建設の第一期工事が終わるとすぐに始まっています。とにかく巨額の資金をつぎ込んでいますから、少しでも早く目に見える成果が欲しいぐらいと見ています。

 そんな時にコトリ社長が嬉しそうに週刊誌を読みふけっておられます。コトリ社長はキワモノ好き。怪鳥騒ぎの時にも真っ先に怪しい情報に飛びついています。ですから読んでいるのも、その手の雑誌。

 「ミサキちゃん、どうも凄いもんが見つかったらしいで」
 「また鳥ですか?」
 「月には鳥はおらんやろ」

 月面基地建設には丸菱の宇宙トラックが活躍しているのですが、これを請け負っているのが丸菱運輸の子会社の丸菱スペース・トランスポート(MST)。ここは宇宙ステーションへの補給も一手に引き受けています。

 「将来は宇宙の宅配便も狙てるらしい」

 MSTもセレネー計画の将来性に懸けて続々と宇宙トラックを投入していますし、宇宙トラックで運ぶものはいくらでもあります。そんなMST社員が月面基地で聞いた噂のようです。

 「とにかく月面基地がテンヤワンヤの大騒ぎになるぐらいの発見らしいで」
 「でも地球ではなにも報道されてませんけど」
 「この手のものは、まず隠すのが政府や」

 セレネー計画は民間からの出資もありますが、メインは国、それもアメリカが最大の出資国です。アメリカの直営ではありませんが、会社で言えば大株主で経営の実権を握っているぐらいでしょうか。これは実態もそうで、月面基地の運営はNASA、管理はアメリカ空軍の管轄になっています。

 「ほいでもMSTの社員の口まで塞がれへんやろ」

 なにが見つかったかですが、

「宇宙人の死体らしいで」
「エラン人ですか?」
「さすがに実物は見てへんらしい」

 ホンマかいなって部分もありますが、日本だけではなく世界のゴシップ誌ぐらいでしばらく騒がれましたが、半年もしないうちに消えていきました。そりゃ、アメリカの公式発表は、

 『そんなものは存在しない』

 これでチョンですから。そうしたら、

 「ミサキちゃん、トライマグニスコープって聞いたことがあるか?」
 「話だけなら。イギリスのドレッド社が開発中の画期的な非破壊検査装置とか」
 「あれがプロトタイプ段階までになったらしいけど・・・」

 コトリ社長によれば、製品販売に備えてデモンストレーションを兼ねての大規模な発表会が近々行われ予定だったのですが、それが突然中止になっただけではなく、発表会も無期延期状態になったとか。発表会が中止になったのは科技研にも招待状が来てましたから、それぐらいは知っていますが、

 「なにかトラブルが起ったのでは。あれだけ画期的な精密機械ですから、重大な不備が見つかるのはよくある事です」
 「それはそうやねんけど、開発主任のレイモンド・ハンティング博士もドレッド社を辞めたらしいとなってるんよ」

 レイモンド・ハンティング博士は気鋭の物理学者。トライマグニスコープの基礎理論を発表し、そこからドレッド社に招かれて製品開発に当たられています。

 「それとこれはアングラもエエとこやけど、トライマグニスコープのプロトタイプはイギリスの倉庫から消えたって話もある」
 「どういうことですか」
 「開発主任のハンティング博士とセットで考えると興味が湧かへんか」
 「でも、あんな巨大なものを抱えて他の会社に売り込みになんて行けませんよ」

 コトリ社長はニヤニヤと笑いながら、

 「ちょっと前にMSTが地球上運輸テストやったやろ」

 宇宙トラックは地球と宇宙の往復のために作られていますが、巨大な輸送機として地球上でも使用できないかの実証実験とか聞いています。

 「あれはロンドンからアメリカに飛んだんやけど、アメリカのエドワーズ空軍基地に降りとる」
 「ええ、そうなってますが」
 「怪しいと思わへんか。その時にトライマグニスコープのプロトタイプを運び込んだんちゃうやろか」

 宇宙トラックなら可能ですがなんのために?

 「半年前の月面基地で宇宙人死体発見騒ぎがあったやろ。もしその死体を地球に運び込んだんやったらエドワーズ空軍基地が一番怪しい」

 よくまあ、そんな怪しげな情報を結びつけること。それでも宇宙人死体を調べるのならトライマグニスコープは有用そうなのは確かです。それでもですが、

 「あれって販売価格で一兆円なんて話も出ていましたが」
 「ドレッド社からの打診はそんなもんやった。たしかにごっつい機械やけど、開発費用は半端ないし、飛ぶように売れる代物でもないし」

 科技研も欲しがっていましたがコトリ社長は、

 「もうちょっと数が出てから考える」

 エレギオンHDでも安易に手が出にくい製品です。

 「なんか段々つながってる気がせえへんか」

 そりゃ、そう見ればそうですが、ミサキに言わせればそう見えるように、わざわざパズルを繋いでいるしか思えません。

 「ミサキちゃんはロマンがないなぁ」
 「コトリ社長にあり過ぎるのです」

 とは言うもののコトリ社長は次座の女神。時に先が見えられます。怪鳥騒ぎの時も見えていたに違いありません。

 「なにか見えてるのですか」
 「ちょっとな。ワクワクしてるねん」

 なんか女神の仕事の予感。でも月に行くのは・・・一度ぐらい話のタネに行ってもイイか。