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「リー将軍、怪鳥がこちらに向かうとの連絡がありました」
「わかった。直ちに伝えよ」
なにより驚かされるのが、あの人心掌握術。見る見るうちに我が軍の将兵の心を虜にしてしまっておる。そして指揮に立つ時の月夜野副社長の威風。私でさえ服さざるを得ないものだった。
それにしても怖ろしい程の求心力だ。今なら我が軍の兵士に『死ね』と命じれば喜んで死ぬとしか思えない。もう心酔ではなくて、陶酔しきっておる。それは幕僚たちもそうであるし、私でさえそうだ。
おそらくだが、近代戦以降の名将とは違う、たとえるならマケドニアのアレキサンダー大王、カルタゴのハンニバル、ローマのカエサルが甦ってきて指揮を執っているようにしか思えないのだ。
あれも驚かされた。作戦はあの二人による足止め作戦が第一段階であり、作戦の要になるのだが、作戦会議で月夜野副社長は、
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『合図があったら間髪を置かずに攻撃を開始すること。それも可能な限り一発でも多くお願いします』
『そんなことは出来ません。位置からして友軍の攻撃の巻き添えの危険性が大です。お二人が安全圏に移動してから攻撃を開始します』
これは当然の事と考えたが、
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『そんな時間はありません。足止めと言ってもほんの短い時間です。移動している間に動きだしたら、これだけの準備が無になります』
『では退避壕を準備させて・・・』
月夜野副社長は微笑みながら、
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『鳥なら意図を見破りかねません。この作戦は私と小山が囮となることでのみ成立します』
『待ってください。そんな作戦があってはなりません。民間人を犠牲にすることがどうして許されるでしょうか』
『これは人類の存亡をかけた一戦です。この程度の犠牲で済むのなら軽微なものです』
さらに、
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『足止め作戦が失敗したら、戦わずに撤退すること』
これには幕僚たちが、
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『それは出来ません。味方を見殺しにして逃げるなんて誇りに懸けて許されません』
『たとえ足止め作戦が失敗しても、この場で怪鳥を仕留めます』
月夜野副社長は凄絶な微笑みを浮かべながら、
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『怪鳥が向き直れば、この程度の戦力では全滅するだけです。命を大事にしなさい。そして生き延びて次に懸けなさい。リー将軍、御了解お願いします』
『しかし、なにもせずに見殺しは・・・』
『リー将軍は、誰の命でここに来られ、誰の命を預かっておられるのですか。作戦が失敗した時には損害を最小限に留めるのが鉄則です。つまらぬ見栄とか、感情で指揮を誤ってはなりません』
威に押されるように納得したのだが、その後の兵士たちの反応が異様だった。
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『軍人は命令に服することが使命であります』
反発がなくて安堵したのだが、
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『月夜野副社長は必ず勝利をもたらします』
士気が異様なほど高まったのだ。そう、アメリカ軍の誇りにかけて怪鳥はもちろん、あの二人も必ず助けてみせる。
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「将軍、来ました」
大きい、まさに怪鳥。画像では何度も見てるが、実際に見るとこれほど巨大なものとは。無線を持つ手に汗が、喉も乾いて仕方がない。怪鳥が舞い降りてくるが、なんて静かなのだ、まさに音もなくふわりと降り立ったじゃないか。
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「将軍、射撃の許可を」
「まだだ」
二人の前に怪鳥は立っているが、小山社長が前に進んでいる。なんという度胸だ。なんの恐れもなく、まるで散歩でもしているように、
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『クゥェェェェ』
怪鳥の叫び、そして、小山社長からの射撃開始の合図。
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「撃て!」
怪鳥の背中に次々と命中する砲弾やロケット。まだ倒れないか、また弱点に命中しないと言うのか。
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「撃つんだ、撃って、撃って、撃ちまくれ」
この化物、イイ加減くたばりやがれ、まだ倒れんのか、頼む、頼むから倒れてくれ。無限とも思える時間の後に、
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『ドッスーン』
ついに怪鳥が倒れたぞ。
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「撃ち方やめ」
どうだ、やったか。
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「将軍、怪鳥が」
「うむ。救出班を向かわせろ」
「既に向かっています」
生きててくれ、頼むから生きててくれ。
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「月夜野副社長は重傷ですが、生きております」
「小山社長は!」
「・・・」
「どうしたんだ。小山社長は無事か」
まさか、まさか、
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「小山社長は名誉の戦死を遂げられました」
運び出された二人に、兵士たちが一斉に挙手の礼を。小山社長は攻撃の影響で見る影もない姿に。
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「我々はついにあの怪鳥を倒しましたが、余りにも大きすぎる犠牲です。我々が撃ち殺したようなものじゃないですか・・・」
泣くな、私だってどれだけ辛いか。月夜野副社長も重傷を負っていましたが、なんとか意識があり、
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「今回の勝利はリー将軍とアメリカ軍のものです。前にも確認したとおり、私と小山が関わった事を決して口外なさらないように」
「そんな、そんなことが出来るものですか」
「将軍は大統領の命で動くもの。これはジョンストン大統領との約束です」
私はアメリカに凱旋。まさに地球を救った英雄扱いです。ニューヨークでは熱狂的歓迎のパレードが行われ、さらにホワイトハウスに招かれ、大統領から感状とともに名誉勲章を授けられたのです。でも私の心は晴れません。少しも嬉しくないのです。
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「大統領、一つ申し上げたいことがございます」
「なんだね」
「この勲章を受けるのに相応しいのは私ではありません」
ジョンストン大統領は静かに、
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「君の言いたいことはよくわかる。しかし彼女たちは合衆国軍人ではない」
「ではなぜ大統領自由勲章を授け、その栄誉を称えないのですか」
大統領はじっと天井を見つめ、涙をこらえるように、
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「これが今回の作戦の小山社長と月夜野副社長の絶対の協力条件なのだ。たとえ私でもこれを破る事は出来ない」
「二人の働きは米軍三万の戦闘部隊の誰もが見ております。あれだけ偉大な功績を見て見ぬふりをすると申されるのですか。そのうえで、その功績を横取りして自分の手柄にするのが、この国の偉大な精神と仰るのですか。私にこんな勲章を頂く資格はありません」
大統領は諭すように、
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「リー将軍、君は名誉勲章を授かるに相応しい働きをしておる、君の働きがなければあの怪鳥は倒せなかったからだ。君は合衆国だけでなく世界を救った英雄だ。恥じることなく勲章を受け給え」
「それでも・・・」
大統領は天井を見上げて、
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「私は小山社長と月夜野副社長に合衆国大統領の名誉を懸けて誓ったのだ。小山社長は亡くなられてしまったが、月夜野副社長は生きておられる。どうしてこの誓いを破れるものか」
「大統領!」
大統領は私の目を見つめながら、
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「月夜野副社長にお願いした。これ以上はないほど渋られたが、私は何度も何度も頭を下げてようやく了承してもらった」
「では自由勲章を」
「それは断られた。月夜野副社長はシドニーから日本に向かう途中にアメリカに立ち寄ってくれることになった。怪鳥派遣軍の全将兵にも出席してもらう。もちろんリー将軍、君もだ」
某米軍基地。周囲は広範囲に厳重に警戒されています。そこに降り立つ我が軍の輸送機。車椅子で降り立つ若い女性に対して、四軍挙げての前例のない規模の栄誉礼が行われた。大統領は、
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「地球を救った勇敢なる戦士に捧げる。そして彼女たちを合衆国名誉元帥として永遠に称えんことを」
合衆国には名誉大佐はあっても名誉元帥はない。だから正式の授与でもなく、他人に使える称号でもない。これを条件に月夜野副社長は非公表を条件に受けて頂いた。彼女たちこそが真の英雄。あれほどの英雄が地球に存在してくれたからこそ地球は救われたのだ。飛び立つ前に、
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「リー将軍は立派に使命を果たされました。損害ゼロの勝利は古今の戦史を見ても、これ以上の勝利はございません」
「ゼロではありません。大きすぎる犠牲が一名存在します」
月夜野副社長はニッコリと微笑み、
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「私の計算では二名になるはずでした。それが一名になったのは将軍のお力に依るもの。また、縁があったらお会いしましょう」