浦島夜想曲:マリーの仕事(1)

 社長に小会議室に呼び出されました。本来なら社長室のはずですが、なぜか使えないので小会議室です。呼び出されたのはマリーとJJことジョナサン・ジョンストン。

    「JJ、あなたのロッコールの仕事は終りよ。マリーに代わってもらう」
    「えっ、もう少し時間を下さい」
    「もう時間と費用の無駄よ。あなたには別の席を用意させてる」

 JJの顔が真っ青になっています。社長がこう言う時は左遷通告なのですが、段階分けがあるのも周知のことで、ちなみに『相応しい席』なら左遷ながらも挽回のチャンスが与えられ、『あなた向きの席』なら努力次第でチャンスはゼロではありません。これが『別の席』となれば、

    『あなたは無能だから不要』

 こう言ってるのと同じ意味です。JJだって良く知っていますから、

    「社長、ちょっと待ってください。今準備を進めてる計画には絶対の自信を持っています。その結果が出るまでは・・・」
    「JJ、話は終ったわ。出て行きなさい」

 怖かった。社長の怖い顔は良く知っていますが、あれが話しに聞く社長の睨みなんだ。関係のないマリーまで震え上がります。JJも口をパクパクさせてるだけで声が出ません。JJは後ずさりしながらドアに近づき、まるで放り出されるように、飛び出していきました。

    「JJも期待外れだったわ。マリー、任せたわよ」

 ロッコールはレンズを主力にした精密機械メーカー。五年前に経営難からクレイエールHDに買収されています。買収後も経営の方は赤字続きで、三年前にテコ入れのために投入されたのがJJです。エレギオンHDでも、これをどうするかが問題になっています。

    「わかりました。お任せ下さい」
 こういう人材派遣による立て直しはしばしば行われ、マリーも初めてはありません。でもロッコールは手強そう。レンズというかカメラ業界はスマホの普及により業界のパイが縮小しています。そりゃ、スマホで撮っても十分綺麗ですし、わざわざカメラを別に持って行くのは荷物になりますからね。そのうえ、スマホなら撮ったその場でネットにアップするのもお手軽です。

 ロッコールも歴史ある企業で、フィルム時代からカメラも販売しており、今でもマニアの間では歴史的名機と珍重されているのもあります。しかしデジタル化には乗り遅れてしまっています。そのために高級品分野での生き残りを目指していたようですが、ニッチもサッチモいかずに身売りとなっています。

 エレギオンHDが買収してからも経営は振るわずJJが送り込まれていますが、JJが何をやったかの検証は重要です。まずは完全なお荷物状態のカメラ部門を閉じています。その上で大規模なリストラを断行し人件費の節減を行っています。

 ここまでは定石通りの支出の削減策です。しかしその程度の支出削減ではまだ赤字で、次は収入の増大策が必要になります。単純には何を売るかです。JJの判断は従来の高級品路線から、中級品・普及品へのシフト・チェンジでした。

 JJの狙いは、高級品イメージのロッコール製品が手頃に手に入るようにしたで良さそうで、この路線チェンジは当初は成果を挙げています。JJの次なる戦略は大幅なコストダウンによる売り上げ増大です。

 そのために中国への委託生産を積極的に展開しています。これも流行の手法ですし、中国製のレベルも高くなっているのですが、JJはやり過ぎたと見て良さそうです。大幅なコストダウンを狙う余りに、製品の質の低下を招いています。ネット時代ですから、欠陥品が一つ出るだけで画像付きでアップされる時代です。出てきた評判が、

    『ロッコール製品にはハズレが多いから買うな』

 このために業績はじりじりと低下。焦ったJJはさらなるコストダウンに走りましたが、質はさらに低下。次には、

    『あれは単なる安物、粗悪品』

 社長がJJをあれほど怒ったのはこの点です。エレギオン・グループは超高級ブランドであるエレギオンの金銀細工師をシンボルとして、高級・高品質をグループ・イメージとしています。これは信用・安心にも連動するので大切に守り育てているのです。この点について社長は何度も強調しており、

    『ミクロ利益の追及に走り過ぎ、マクロ利益を失うことは決してあってはならない』

 JJはエレギオン・グループから見ればミクロであるロッコールの利益を追求するあまり、グループ全体の利益を損ねただけでなく、ロッコールの立て直しすら出来ない無能者と社長はベッタリと烙印を押されています。


 マリーはJJの失敗を繰り返してはなりません。マリーに求められているのは単なる業績回復だけでなく、JJが貶めたブランド・イメージの回復も必要なのです。そのうえ、経営自体に余裕はまったくなく、ある程度の短期間で成果を挙げる必要もあります。

 マリーはロッコールに乗り込んでから、ひたすら現場を見て回りました。これはパリのルナに叩きこまれています。現場を知らずして、経営なんて出来ないってところです。もちろんマーケティング調査も並行して行わせています。

 現場はJJが行ったドライなリストラ、厳しいコスト・カットで疲弊と士気低下がありましたが、意外なほど熱いものを感じます。単純化すれば、

    『うちの力はこんなものじゃないはず』

 現場の声としてJJの行った安物路線への反発は強く、高級品路線で勝負したいの思いが、かなり強いと受け取っています。マーケティング調査の方も似たような結果で、

    『名門ロッコールに相応しい製品なら買う』

 ならば高級路線に戻せば話が済むかといえば、そうではありません。その路線で行き詰まり身売りになってるからです。ルナに教えられた経営哲学を思い起こしていますが、

    『売りたいものと、買いたいものは同じじゃない』
 今回であれば客が求める高級品を出せば、それなりには売れるでしょうが、それだけではロッコールの再建は無理です。客層を広げて、売り上げを増大させる戦略が求められるのです。

 マリーの判断として、まず新たなフラッグ・シップ・モデルを開発し投入することにしました。これについて社内は沸き立ちました。JJ時代はひたすら安いものを作る事を求められた反動だと見て良さそうです。

 ここでマリーが求めるフラッグ・シップ・モデルは、単なる新製品ぐらいじゃダメなのです。JJ時代の不評を一掃し、世間が驚かせる強烈なインパクトが不可欠なのです。この点に苦慮する事になります。

 そんな時に耳寄りなニュースが飛び込んできました。あの加納さんが現役復帰をするというのです。このニュースは大きな話題になっています。加納さんは三度ほど会った事があり、顔見知りです。さらにエレギオンの四女神と一緒に旅行をするぐらい親しいですし、香坂常務によると。

    『エレギオンHDのVIPぐらいに思ってたらイイわ』

 調べてみると加納さんはロッコール製品の愛用者でもあるようです。マリーはオフィス加納復活祝いをかねて秘策を抱いて挨拶に伺いました。

    「マリー、かつてのロッコールはわたしも好きだったわよ。でもね、今のロッコールには魅力は無いわ」

 これが現状であるのは良く知っていますが、話はここからです。

    「では先生の求める理想のレンズとは・・・」

 これについてはさすがで、語り始めると段々に熱を帯びてきます。脈はあると見て、マリーの秘策を出すことにしました。

    「先生が理想とするレンズを一緒に作り上げたいのです」

 ここが難関で、加納さんはCM関係には出たことがありませんし、こういう協力は好まないの評判があったからです。でも思いがけない展開となり、

    「おもしろうそうじゃない。ロッコールには愛着あるし、やってもイイかな」
 最大の難関があっさり越えられたのでホッとしたのですが、次の難関はギャラです。加納さんへの撮影依頼料は日本一、いや世界一として良いものです。こういう協力に相応しい依頼料はいくらかがまずあります。

 それと悔しいですが、ロッコールにカネがありません。マリーはエレギオンHDからロッコール再建のために派遣されていますが、ロッコールはクレイエールHDの子会社で、金融支援はクレイエールHDからになります。

 これも買収以来の赤字続きで、クレイエールHDの財務責任者はマリーの顔を見るだけで、これ以上はないぐらいの渋面になります。エレギオン・グループ全体の方針としてロッコールはまだ潰さないだけは決定していますが、

    『余計なお荷物、無駄飯食い』

 こういう状態で、マリーが打ち出したフラッグ・シップ・モデル開発資金の調達も泣き落とし状態で、まさに冷やかに、

    『アンダーウッド社長、クレイエールHDは打ち出の小槌ではありません。日本には、仏の顔も三度までって言葉がありますから覚えておいて下さい』

 そうやって調達した開発資金もお世辞にも十分とは言えません。要求額の半分をなんとか引き出せたに過ぎないのです。そうなんです、そもそも加納さんに顧問料なり、監修料を払う余裕さえロッコールにはないのです。でも、タダってわけには行きません。どこから切り出そうと悩んだのですが、直球勝負で挑んでみました。

    「先生、申し訳ないのですが、協力料は・・・」

 これまた加納さんの反応はマリーを驚かせました。

    「ああ、ギャラ。写真じゃないからいらないよ。ボランティアにしとく」
    「それではあまりにも」
    「カネないんでしょ。この加納志織がチンケなカネで仕事を引き受ける方が名を穢すわよ。まあ、いくら稼いでも棺桶まで持って行けないのもあるしね」

 ボランティアならカネはかかりませんが、その代わりに、どれほどの協力があるかが不安になりました。ここはもう割り切って考えるしかなさそうで、新製品の開発に加納さんが関わっただけで満足しないといけなさそうです。