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「・・・それでね、由紀恵。大聖歓喜天院家は蘆屋道満の末裔ってぐらい古い家なんだけど、今に継承される不思議な能力を伝え始めたのは十七世紀の初めぐらいだそうなの」
「関ヶ原の合戦の後ぐらい」
「そうみたい。その頃は兵庫津で大聖歓喜天を祀る寺の住職みたいな感じだったそうなのよ。その寺はなくなちゃったけど、寺の資料は来迎寺に残されていて、お父さんはそれを読んだらしいの」
「来迎寺って築島寺ね」
「来迎寺も空襲に遭って多くの資料が焼失したけど、奇跡的に断片が残っていて、そこにはこう読める文章があったそうよ、
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『異人漂着、様々なる不思議あり』
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これ以上は読めなかったそうよ」
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「女性版の浦島太郎みたいな話ね」
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『誰も手出し適わず』
それとだけど、この人を寄せ付けない力だけど、日本への渡航中だけでなく日本に帰って来てからも見られたって話になってるらしい。
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「この兵庫津に帰ってきた女性なんだけど、生まれ変わったって伝説があるらしいの」
「生まれ変わるってどういうこと」
「あくまでも伝説なんだけど、その女性が死んだ後に、その女性の能力を受け継いだ女性が出て来たってお話なの」
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「じゃあ、その生まれ変わった女性が大聖歓喜天院家に入ったとか」
「どうやらそうらしいの」
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「生まれ変わった女性なんだけど、どうも二人になったらしいってなってる」
「一人じゃなくて二人なの?」
「古い時代のお話だから、確かめようもないんだけど、もう一人の女性は兵庫津に女性が帰ってきた頃に登場したとなってるらしい」
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「お父さんの高校の同級生に桐山教授って人がいてね」
「もしかして大学の考古学部の教授?」
「そうよ。ここから先の話は二人であれこれ調べてたみたいなの。由紀恵はきっと知りたがるだろうからって、お父さんは紹介状を用意してくれてる。知りたければ、行ってらっしゃい。由紀恵が港都大に進んだのも何かの縁かもしれない」
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「君が木村の娘さんか」
「いえ姪の由紀恵です」
「聞いてるよ。本物の娘より可愛いって、いつも自慢してたからな」
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「エレギオンは二千年前にカエサルに滅ばされたんだけど、エレギオン人は絶滅した訳じゃなくて、シチリアに強制移住させられたとなっている」
「シチリアにですか」
「そうだ、さらにエレギオン人は神政政治であったらしく、それも女神信仰であった」
「なるほど」
「その女神なんだが、活き神様でもあったそうなんだ」
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「エレギオン人の女神信仰はシチリア移住後も続き、これが途絶えたのは十七世紀の初めに女神が魔女狩りの嵐に引っかかり、火炙りにされからなんだ」
「えっ、十七世の初頭って」
「君は優秀だそうだな。木村の奴も自慢しまくってた。そうだよ、木村もどう調べたのかしらんが、エレギオンの女神と兵庫津の女性の話が結びつくんじゃないかと考え、ボクのところに相談に来たんだ」
「どうなんですか」
「ボクも可能な限り記録を照合してみたが、年代的には成立可能だ。エレギオンの女神が火炙りにされた三年後に兵庫津に例の女性が現れたと見ることが出来るからだ」
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「エレギオンの女神について知っていることを教えてください」
「それがほとんどわかってないんだ。木村も怒ってたよ、
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『それでも考古学部の教授か、それもエレギオン研究が専門やろ』
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てさ。ところで古代ローマ帝国の末期にキリスト教が広がった話は知っているね」
「はい、三一三年にコンスタンティヌス一世によるミラノ勅令が出されていますし、テオドシウス一世は三八〇年のテッサロキニ勅令を始めとする一連のテオドシウス勅令を出し、三八八年の元老院決議により古代ローマ宗教の廃絶だけでなく現在に至る三位一体派が国教になっています」
「即答で出るとはさすがだ。この流れに角を立てないようにエレギオン人は女神信仰と聖ルチア信仰を巧みに融合させたんだ。だからエレギオンの女神の伝承と聖ルチア伝承は混同されて伝わってるものが多く、エレギオンの女神の実態についてはほとんどわからないとして良い」
「エレギオンの女神は二人だったのですか」
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「由紀恵君も飲むかね」
「ありがとうございます」
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「木村の奴も同じことを聞いたよ。聖ルチア信仰との区別が難しい点は残るが、エレギオンの女神は二人じゃない五人だ」
「五人?」
「そうだ、聖ルチア信仰には四人の天使がいるとなっているが、あれはエレギオンの女神と見て良いと考えてる」
「では聖ルチアと四人の天使の関係がエレギオンの五女神の関係に置き換えたとしたら・・・」
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「木村の奴が自慢するはずだ。どうだ医学部辞めて考古学教室に来ないか。まあ、それは冗談だが、聖ルチア信仰も火炙り前と後ではかなり変わっている部分があるのだ。火炙り後は形而上の聖ルチア信仰と、形而上の天使信仰だが、火炙り前は違ったていたらしい」
「それはひょっとして、火炙り前には生身の聖ルチアと生身の四人の天使がいたとか」
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「素晴らしい。我々がそこまでたどり着くまで二十年かかった。これとて確証はないが、たぶんそうだと考えてる」
「では教授は本当にシチリアにいた五人の女神が日本に逃げて来たとお考えですか」
「話の辻褄は合う。火炙り後は信仰が形而上のものになっているのは、存在した生身の女神がいなくなったからと説明できるし、古代エレギオンから延々と女神信仰が続いていたのは、女神と呼ばれた女性になんらかの受け継がれる能力があったとするのも合理的だ。さらにもう一つ確実な証拠さえある」
「なんですか」
「君がいる。木村の話を最初は信じられなかったが、大聖歓喜天院家には確実に継承される能力者が存在し、今も続いている。こんな継承される能力が何系統もこの世に存在するとは思えない」
「わたしは・・・」
「悪いが君の入試の答案を見せてもらった。ボクも教授会の一員だし、出題ミス対策もあったからね。腰を抜かしたよ。どこの世界の受験生に解答不可能の証明をやってのけた上に、正しい出題内容の推測を付け加えることなんて出来るものか。あれは満点を越える回答だった。あれが出来るだけで能力者と信じられる証拠になる」
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「聞きたいことがあるなら、また遊びにおいで。木村の娘みたいなものだから、いつでも大歓迎だよ。それにしても、そこまでの能力を持ちながら、医者になるのは惜しすぎる人材の気がするよ」