女神伝説第4部:天城教授の訪問

 エレギオン・ブームは一時の熱狂は醒めましたが、消え去ったのではなく一定の規模で定着した印象があります。もっともこれは世間での人気であって、考古学会ではホットな話題としてもてはやされています。港都大でも寄付講座だったエレギオン学が大学院の学科に昇格し大学院考古学部エレギオン学科となっています。

 膨大な数の出土品はエレギオン研究センターが建設され、ようやくクレイエールの倉庫から移し終わりました。現在は出土品の研究整理が精力的に進められています。とくに図書館跡から見つかった石板・粘土板の解読は注目されています。そこにはエレギオンの歴史、文化、生活を知る手がかりの宝庫だからです。

 解読の中心になっているのは相本准教授。何度も注目を集める重要な発表を行い、今ではエレギオン文字の第一人者として、考古学学会では世界的にも有名人となっています。相本准教授に話を聞いたことがあるのですが、

    『小島専務の分類は完璧だった。あれがなければ、ここまで研究が進められたか自信がありません』
 相本教授は断片となっていた石板・粘土板を継ぎ合わせて原型近くにまでかなり修復しています。それが出来たのもコトリ専務が発掘現場ですぐさまに選り分けてくれたからだとことです。時系列・分野別に整理された石板・粘土板は世界的には相本分類と呼ばれていますが、相本准教授はあれは小島分類と常々言われております。

 港都大の発掘成功の後に、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなどの発掘調査隊が派遣されています。それなりの成果を挙げてはいますが、港都大の成果には遥かに及びません。そりゃ、港都大は三ヶ所掘っていずれも世界的な大発見を行っているからです。そのために天城教授は現代のシュリーマンみたいな扱いにもなっています。

 港都大のエレギオン研究センターは世界のエレギオン研究者にとって聖地のような扱いになり、世界中から研究者がやってきます。あれだけの質と量、さらに分類整理・研究が進んでいるところは他にないからです。エレギオン学を目指す者は港都大のエレギオン研究センターに勤めることが夢みたいになっているそうです。

 天城教授も、相本准教授もクレイエールとコトリ専務への感謝の念は厚く持たれています。ですので研究成果の報告がてらにしばしばクレイエールを訪れられますし、その時にコトリ専務と話をするのを大変楽しみにされていました。お二人に言わせると、

    『エレギオン学の最高峰はボクでも相本君でもなく小島専務が別格だ』
 ですのでコトリ専務が亡くなられた時には本当に落胆されていました。解読や研究が進んだとはいえ、まだまだ未解明の部分が山ほどあり、そこの解明にコトリ専務の助力が必要だったからです。天城教授はコトリ専務に何度か名誉教授の授与を申し出ていたそうですがコトリ専務は、
    『別にいらん』
 ミサキは歴女の箔づけにあってもイイのじゃないかと話したのですが、
    『クレイエールは黒子の地位を崩しちゃいけないの。コトリは社命で文化事業を担当してただけだから』
 それ以上は取り合ってくれませんでした。今日は天城教授と相本准教授がクレイエールを訪問されました。様子を見るとなにかお二人ともすごく嬉しそうです。
    「香坂部長、今日はお願いがあってまいりました」
    「なんでしょうか」
    「実は・・・」
 再び港都大からエレギオンに発掘チームを送る話が進んでるとのことです。
    「協賛ですか」
    「はい、是非お願いしたいと存じます。発掘調査隊にクレイエールの協賛がないのは許されない事です」
 前回はクレイエールがそれこそおんぶに抱っこして行われました、それぐらい見向きもされなかったエレギオン学なのですが、今回は協賛企業が目白押しになっているそうです。どこに協力をお願いに行っても『ハイハイ』状態だそうです。
    「それだけ他があれば・・・」
    「いや五円でも十円でもかまいません。エレギオン発掘はクレイエールがセットでなければなりません」
 前回のような主催で全面協力は不要とのことでしたが、とりあえずユニフォームの提供を約束させて頂きました。五円、十円ってわけにもいかないですし。
    「それと立花専務に一度お目にかかりたいのです」
    「今日ご希望ですか」
    「できれば。御多忙なら後日でも結構ですが」
 コトリ専務に連絡を取ってみると、今日の昼間は他の用事で時間を空けられないから、急ぐのなら天城教授宅に今晩でもお伺いするとのことでした。天城教授は自宅は拙いと仰られ、外で夕食でも一緒にと言うことになりました。これについては天城教授も相本准教授も恐縮されたのですが、クレイエールで手配させて頂き、ミサキも同席させて頂くことにしました。そりゃ、お二人は立花小鳥としては初対面だからです。店は天城教授や相本准教授にくれぐれも失礼がないようにの指示があり、ちょっと迷ったのですが密談用の料亭にしました。お二人を案内して店に着くと、
    「教授、こ、これは立派なお店ですね」
    「相本君、前に一度呼ばれたことがあるのだが、何食べたか覚えてないぐらい緊張したよ」
    「私もそうなりそう」
 ちょっとやり過ぎたかと思いましたが、お二人も今やエレギオン学の世界的権威ですから、これぐらいは必要と思います。部屋に案内されると既にコトリ専務は待っておられました。
    「立花小鳥です。日中は所用があり、時間を取れずに申し訳ありませんでした」
 ここでお二人がどんな反応をされるのか楽しみだったのですが、
    「専務がイタリア文学を専攻されたのは残念でした。港都大に来ていただければ、どれだけ嬉しかったことか」
    「まあ成り行きがいろいろありましたし」
 えっ、そこまでいきなり話が飛ぶの。
    「専務に折り入ってお願いがあるのですか」
    「なんでしょうか」
    「今度こそ是非名誉教授を受けて頂きたいのです」
 話は飛びまくる感じがするのですが、今回の発掘調査隊長もコトリ専務にお願いしたいとのことです。そのためには肩書が必要なので、名誉教授の話が蒸し返されたってところのようです。
    「どうして私が発掘隊長なのですか」
    「言うまでもないことです。世界最高峰のエレギオン知識を持たれる専務の参加なしで、発掘が成功するはずがないからです」
 そりゃ、コトリ専務が現地に行けば発掘の成功は間違いありませんが、どうして天城教授と相本准教授はここまで話が飛べるのだろうと。念のために聞いてみました。
    「天城教授、少し良いですか」
    「どうされましたか」
    「クレイエールの専務は小島でなくて、今は立花なのですが」
    「ええ、それは良く存じています」
    「だったら・・・」
    「ボクも相本君も専務には遥かに及びませんが、エレギオンの研究者です。それぐらいは常識です」
 ここまで疑問を持たれない人を初めて見た気がします。
    「では教授は立花が次座の女神とお認めになられるのですか」
 天城教授も相本准教授もさも不思議そうな顔をされて、
    「当然ですが、なにか疑問点でも」
 こりゃ女神並だ。ここでコトリ専務は、
    「名誉教授は小島知江ならまだしも、立花小鳥が授かるには無理がありすぎます。それとさすがにエレギオンまで同行するのは今回は難し過ぎます」
 天城教授と相本准教授がガッカリされるのが目に見えてわかります。
    「その代りと言ってはなんですが、発掘場所の選定には協力させて頂きます」
 コトリ専務が取り出したのは一枚の地図です。
    「前回の発掘の時に現地を歩いて、可能な限り修正しておいたものです」
 天城教授と相本助教授が食い入るように乗り出して見られています。
    「専務はどこを掘れば良いとお考えですか」
    「前回の時にわかりましたが、破壊と略奪はかなり徹底して行われています。地上部分については基礎と残骸が見つかるのがせいぜいだと思います」
    「各国の調査団の成果もそのレベルに留まっています。それと主神殿と大神殿及び図書館の周辺及び隣接地帯はかなり調査されています」
 ここでコトリ専務はニコッと微笑まれて、
    「誰でもそうしますよね。そうなると・・・」
 コトリ専務は地図の一点指し示し、
    「ここがお勧めです。ここは今でいうなら移民管理局のあったところです」
    「何が見つかる可能性がありますか」
    「金銀財宝はありませんが、移民教育のためのテキストの類は残っている可能性があります」
 聞くとエレギオンへの移民希望者には二つの条件が必要であったようです。一つは主女神への信仰であり、もう一つはエレギオン語が話せることでした。そのためエレギオン語が話せない移民希望者のために語学学校が設けられていたそうです。
    「それと移民局は翻訳局の役割も兼ねていて、語学関係の資料も出てくるかもしれません」
    「専務、でしたら辞書の類も見つかる可能性があるのですね」
    「完全な形は期待しない方が良いですが、ギリシャ語・ラテン語との対訳辞書は作成されていました。相本准教授の研究の足しになるかもしれません」
 そこからは前回の発掘調査の話に花が咲きました。