女神伝説第1部:ヴェネツィアへ

 視察旅行は続きます。ミラノを皮切りに、トリノジェノバボローニャフィレンツェ、ローマ、ナポリ。コトリ部長もシノブ部長も疲れを知らないというか、よくあれだけ毎日パワフルでいられるものかと思われるほど精力的に回られます。ただなんですが、観光はほどんどされません。せいぜい、ジュエリーショップを訪ねまわる途中に、

    「見て見てシノブちゃん、あれコロッセウムよ」
    「ホントだ、本物のコロッセウムだ。これは感動、イタリアに来て良かった」
 これでオシマイです。トレビの泉の前を通った時でも、コインすら投げ入れていません。見えるものにはキャーキャー言って大喜びされているのですが、立ち寄るどころか足を止めることさえなく、ひたする次のショップを目指されます。そのくせ食事時になると、
    「ワイン」
    「イタ飯」
 ワインはともかくイタ飯は、ここはイタリア国内ですから全部そうみたいなものですが、そうですねぇ、日本食を求めたりする素振りさえないのです。ミサキの方が味噌汁にご飯が恋しくて仕方がなくなっています。ランチは初日と同様に行き当たりバッタリのトラットリアを利用されます。

 これも不思議なのですが、トラットリアでもいつも大歓迎されます。そのためか毎日二時間ぐらい大盛り上がりになるのですが、ここで時間を使うぐらいなら少しは観光に時間を使っても良いと思うのですが、そうされます。

 エレギオンの金銀細工師については、たしかに実在していたらしいのは回っているうちに情報として集まってきています。と言ってもトラットリア情報ですが、まさかエレギオン情報を仕入れるためにトラットリア巡りをされてるとかでしょうか。

 ショップ巡りの方は相変わらず即断で却下が殆どなのですが、時々店に入り込んでの調査になる事があります。キチンと来店目的を告げて、商品の紹介を受ける感じです。そういう店は、ミサキの目から見てもレベルが高いのですが、それでもお二人がOKを出すことはありません。

 そんなある店で売りものじゃないけどの断りの上で見せてもらったネックレスがありました。かなり年代物の気がしましたが、非常に華やかなのにすこぶる上品なものです。コトリ部長が、

    「エレギオンですか」
    「そこまでお判りになるとは。これは店の宝のエレギオンです」
 後でコトリ部長に聞いたのですが、
    「エレギオンに近いとは思うわ」
    「エレギオンそのものじゃないのですか」
    「弟子入りしてた可能性はあるけど、たぶん本物じゃないよ」
 ナポリでの夜です。相も変わらず、
    「ワイン」
    「イタ飯」
 のお二人でしたが、聞いてみたいことが、
    「シノブ部長は本物のエレギオンを見抜けるのですか」
    「私はそこまでは無理。でもコトリ先輩ならわかるよ」
 コトリ部長は、
    「これはホンマは秘密やねんけど・・・」
 こう前置きして話してくれました。コトリ部長はルチアの天使になられた時に聖堂とは別の天使の教会で秘儀を受けられています。秘儀を受けられた天使の教会は聖職者と天使しか入る事を許されない教会だったそうですが、
    「たぶんだけど、内装も他のものもすべてエレギオンだった思うの。そりゃ、見事で美しいものだったよ。ついでにいえば、天使の教会の中で着せられる服は聖堂と違ってて、それ以外にもアクセサリーをいっぱい付けるんだけど、それも全部エレギオンで間違いないと思うの。だってマルコの持っていたのと、まったく同じ雰囲気だったもの」
 そこにシノブ部長が、
    「聖ルチア女学院が廃校になって、指定文化財だった聖堂以外はすべて取り壊されてるの。もちろん天使の教会もよ。ただ取り壊しの時に作業員が入ってみると、床板から壁板、天井板まですべて剥がされていたのよ」
 剥がしてまで、どこかに持ち去ったのは、それがエレギオンであったからじゃないかの補足説明で、そこまで価値のあるものがエレギオンになります。そうそうエレギオンは美しいだけでなく、不思議な力を持つとの伝説もあるようです。まあ、持つ者を一生幸せにする類のものですが、考えれば法王庁があれほどエレギオンの金銀細工師を大切に保護したのは、そういう不思議な力があったのかもしれません。
    「明日はヴェネツィアね」
    「カポディキーノ国際空港からイージー・ジェットで一時間十五分ほどです」
    「出発時刻は?」
    「八時四五発です」
    「そりゃ、早いわね。それじゃ、今晩はこれぐらいにしておかないと」
 三本目のワインを恨めしそうに見てましたが、この夜はこれでお開きになりました。そうそうコトリ部長の時差ボケは延々ジェノバまで残っていましたが、今は絶好調と言うところです。最後に
    「どうやって空港まで行くの」
    「ムニチピオ広場から空港行きのシャトル・バスが二十分おきに出ていますから、それを利用します」
    「タクシーならどうなの」
    シャトル・バスはタバッキで買えば三ユーロ、三人ですから九ユーロです。タクシーは定額制に出来れば十九ユーロです」
    「じゃあ、バスね」
 タクシーはローマの時に吹っかけられて撃退はしたものの往生しましたから、さすがのコトリ部長もちょっと警戒というところのようです。翌朝は六時起きです。ムニチピオ広場からカポディキーノ国際空港まで三十分は見ていないといけませんから、七時半ぐらいにはバスに乗る必要があります。

 こうやって一緒に旅行しているとわかるのですが、シノブ部長はもちろんですが、コトリ部長の肌がお綺麗なのには本当に驚かされます。あの若々しさは化粧で誤魔化してる部分などないのが本当によく判りました。いつもコトリ部長は、

    「化粧はメンドクサイ」
 口癖のように言われて、ほんの薄化粧なのです。これはシノブ部長も同様です。ある日にコトリ部長は寝坊されてスッピンでしたが、全然違和感はありませんでした。なにかミサキだけが入念にメイクしているみたいで、お二人に、
    「まだか、まだか」
 こうせかされる事がしばしばありました。とりあえずホテルで朝食を取って、空港までスムーズに移動。飛行機も問題なく飛んでくれて、十時にヴェネツィアのテッセラ国際空港に到着。ここは別名マルコ・ポーロ国際空港とも呼ばれます。飛行機の窓からヴェネツィアが見えた時の二人は、
    「あれこそ水の都ベニス」
    「ずっと見たかったんだ。こうやって飛行機で上から見れるなんて最高」
 まさか、ヴェネツィアを上から見るためにわざわざナポリから空路にしたとか。まあ、ミサキも堪能しましたから、それはそれでイイかも。空港からはバスか水上バスの選択がありますが、水上バスの半額以下のバスをコトリ部長は当然のように選びます。

 空港を出て道路を渡るとそこがバス停。券売機で六ユーロのチケットを買って5番乗り場に。どうも十五分おき程度に出てるみたいで、十分もしないうちにバスが到着、乗りこんでいざヴェネツイアに。バスはリベルタ橋を渡ってローマ広場のバス停に到着します。そこからは一路サンタ・ルチア駅方面に。

 ローマ広場からサンタ・ルチア駅に向かうにはコスティツチオーネ橋を渡るのですが、どうもそうは呼ばれていないみたいで、カルバディーニ橋となってるみたいです。この橋はアーチ状になっている上にダラダラと階段が続いていて、スーツケースを引っ張る観光客には辛いのですが、なんとか渡り切るとコトリ部長とシノブ部長のテンションが上がる、上がる。

    「シノブちゃん、これこそ水の都ヴェネツィアよ」
    「そうですよコトリ先輩」
 大運河を挟んで中世の街並みがまるで映画のセットのように広がっています。そこからヴァポレットに乗ってホテルを目指します。船の中でもお二人は興奮しまくって大変で、
    「見て、見て、ゴンドラよ、ゴンドラ」
    「あっちにもゴンドラがいるよ」
 どうみたって会社の重役の視察旅行ではなくて、若いOL三人組の観光旅行です。それにしても、他の街でもそうでしたが、あれだけ興奮しまくるのに仕事だからと言って観光しないんですよね。記念写真ぐらい撮っても良さそうなものなのに。ホテルに到着し荷物を預けてヴェネツィア視察に出発です。

 ミサキが気になるのは、わざわざヴェネツィアを後回しにした理由です。見る限りでは、お楽しみを最後に取っておいたぐらいにしか思えないのですが、肝心のジュエリー・ブランドはまだ見つかっていません。これもエレギオンが目的なのは教えてもらいましたが、ここまで知る限りでは本物のエレギオンの宝飾品さえ見れていません。なにかこのヴェネツィアに手がかりでもあるのでしょうか。