女神伝説第1部:エレギオンの金銀細工師

 コトリ部長は、

    「時差ボケが・・・」
 こう愚痴ってましたが、朝はノンビリしてました。今回の目的はジュエリー・ショップ探しですから、店が開かないと仕事が始まらないからです。今日の予定を三人で確認してからホテルを出発です。出発前にコトリ部長もシノブ部長も一軒あたりで五分でOKとしていましたが、ミサキは五分で何をどう見るのだろうと不思議でしかたありませんでした。そんなことを考えているうちに一軒目に到着。
    「コトリ先輩、違いますね」
    「そうだね、次行こう」
 お二人はショーケースを一目見ただけで店を出られます。五分どころか一分も見ていません。なにがどう違うのかミサキにはサッパリわかりませんでしたが、こんな調子でミラノの予定されたジュエリー・ショップを次々と見て回られます。とにかくこのペースなので、ジュエリー・ショップがあれば予定外であっても見て回られます。中に少しだけ長めに見ているところもありましたが、
    「シノブちゃん、流れは汲んでる気がしない?」
    「でも真似てるだけと思う」
    「コトリもそう思う」
 これだって五分ぐらいです。わたしは視察と言うぐらいですから、店長なりに挨拶して、いろいろ見せてもらうものだと思ってましたが、お二人は店頭に並んでいるものを見るだけでOKなようです。お昼になると、
    「ミサキちゃん、イタ飯、イタ飯」
 これも事前に調べてあった店に行こうとしたのですが、
    「予約は入れてる?」
    「いえ、入れてませんが」
    「じゃあ、予定変更でこの店にする」
 そういうコトリ部長の言葉にシノブ部長も、
    「コトリ先輩も、やっぱりこの店がイイと思うんだ」
 今回のイタリア旅行で不安だったのは、とにかく若い女の三人組である点です。ですからこんな下町の通りすがりのトラットリアに入るのに一抹どころでない不安があったのですが、平気な顔でお二人は入っていかれます。

 店に入るとお客さんの視線が痛い。そりゃ、そうで、こういう下町のトラットリアは地元の人のための店ですし、いくら日本人観光客が多いといっても、下手すれば店が出来てから初めて迎える日本人かもしれないのです。いわゆる『よそ者』扱いです。ミサキが、どうしようと思っていたら、カウンターで料理を作っていたマスターが出てきて、

    「これは、これは、お美しいお嬢様方。当店にようこそ」
 そこからが大変で、他のお客さんも次々に声をかけられてきて大騒ぎってところです。コトリ部長やシノブ部長の美しさはまさにインターナショナルってところかと思ったりしました。ただ、ミサキがビックリしたのが、お二人はちゃんとイタリア語で会話されるのです。それもかなりフランクにです。少し落ち着いてから、
    「イタリア語はどこで勉強されたのですか?」
 そうしたら、機内で読んだ手紙を解読するために神戸に住むイタリア人に協力を求めただけでなく、イタリア語会話もついでに学んだそうです。
    「マルコって言うんだけど、イタリア語を教えてくれるのはイイんだけど、ついでにコトリもシノブちゃんも口説こうとして大変だったの。シノブちゃんは既婚者だからって逃げちゃったから、コトリだけがターゲットにされて、参った、参った」
    「その時にね、いろいろイタリアのことも教えてもらってたの」
    「コトリはイタリア男の口説かれ方を教えてもらったようなものだけど」
 そういって笑い転げておられましたが、これだったら通訳はいらないんじゃないかと思ったぐらいでした。そこで気になったのはお二人はエレギオンを知っているかとお客さんにしきりに聞いていました。ランチはワインも出てきて、たっぷり二時間ぐらい楽しんでから、午後の視察です。

 午後も午前と同じで、次々に店こそ回るものの、どこも却下でホテルに帰ります。まあ、パワフルというか、精力的というか、付いて回ったミサキのほうが疲れてしまいました。夜はホテルでディナー。二人は相変わらず、

    「ワイン」
    「イタ飯」
 これで盛り上がっておられました。とくにコトリ部長は、ランチのときは仕事がまだ残ってるので、トラットリアで勧められたワインをすべて飲めなかったことが残念だったみたいで、夜は遠慮なく飲みまくっている感じです。リラックスしたところで、昼間から気になっていることを聞いてみました。
    「ところでエレギオンってなんですか?」
    「あ、それ。それはね・・・」
 神戸でイタリア語を習ったマルコ氏は貿易商なのですが、家は代々の金銀細工師だそうです。それもかなり古いというか、中世よりもっと前から続いてるとの事です。その家に伝わる古い古い伝承にエレギオンの金銀細工師があるそうです。どうも、コトリ部長が口説かれている時に聞きだしたようです。

 遥か紀元前というか、ギリシャ文明の頃からエレギオンと呼ばれる地に非常に高度な技術をもった金銀細工師集団が住んでいたそうです。その技術はエルフから伝えられたものとされ、王侯貴族が争って買い求めたとされます。

 エレギオンでは金銀細工だけではなく、優れた武器も作られており、それによる武力も兼ね備え、非常に富栄えていたとされます。エレギオンは古代共和政ローマの時代にも栄えていたのですが、ポンペイウスクリエンティスになっていたのだそうです。

 ポンペイウスは海賊退治で目覚ましい活躍を残しますが、とくにキリキア沿岸の海賊退治の時にエレギオンが大きく力を貸したのが縁とされています。ポンペイウスは偉大な武将でしたが、政治力に欠けるというか、政治力があり余りすぎるライバルが出現します。ユリウス・カエサルです。

 ポンペイウスカエサルは提携した時期もありましたが、最終的には帝政を目指すカエサルと、共和政派に推されたポンペイウスの間で決戦がおこります。勝ったのはカエサルで、この時にポンペイウスを強く支持したエレギオンカエサルによって滅ぼされてしまいます。

 カエサルに滅ぼされたエレギオンの地は荒廃し、今はどこにあったのかさえ不明となっているそうです。金銀細工師集団も殺されたり、逃げ散ったりしたそうですが、その技術は細々ですが伝えられていったそうです。

    「でも、高度、高度と言われても大昔の話なので、現代技術と較べてどうなんですか」
    「コトリもそう思ってたけど、マルコはエレギオンの金銀細工師が作ったとされるものを見せてくれたの。これがびっくりするほど素晴らしいのよ」
 エレギオンの地を追われた金銀細工師は、細々と技術を伝承していたそうですが、キリスト教が台頭した時にこれと深く結びついたそうです。歴代の教皇にも愛されたそうですが、またもや歴史の荒波にもまれる事になります。とくにムッソリーニが台頭した時に、エレギオンの金銀細工師も連れ出されて協力させられたそうですが、第二次大戦でムソリーニが敗北した時に姿を消してしまったとされます。
    「今はいなくなったって事ですか」
    「いなくなったというか、正統の継承者の行方が不明になったぐらいかな」
 エレギオンの金銀細工師はカエサルに滅ぼされて、流浪の民になった時に、その技術を秘伝にしたそうです。伝えるのは子なり、弟子なりの限られた人のみであったとされます。弟子入りしても最後の秘伝はなかなか教えられることはなかったそうですが、秘伝以外の技術はわりと広まったそうです。
    「マルコがいうには、エレギオンの金銀細工師は今でも実在するそうなのよ」
    「ホントですか」
    「ムソリーニが失脚したときに金銀細工師の一部を法王庁が密かに保護していたらしいの」
    「それでは、コトリ部長やシノブ部長が探されてるのはエレギオンの金銀細工師の作品なのですか」
    「そうよ」
 これでお二人のジュエリーの選択基準が良くわかりました。だから、あれだけ短時間の視察で判断できるんだと。
    「でも、そんな伝説みたいな人が見つかるのですか。それと、見つかっても我が社のジュエリー部門に協力してくれるのですか」
    「うん、とりあえず今やってるのは、ショップを出しているエレギオンの金銀細工師がいないかどうか探してるの。ここで見つかったら話は簡単じゃない」
    「それはそうですが、見つからなかったら」
    「その時はサンタ・ルチアなのよ」
 コトリ部長が奥の手とされるサンタ・ルチアについては、もう少し話をするのは待って欲しいと言われました。そうそう、コトリ部長がマルコ氏の持っていた作品の写真を見せてもらいましたが、
    「これは・・・」
 ミサキも絶句してしまいました。今日一日でたくさんのジュエリー店の商品を見ましたが、写真を見ただけで段違いのものであるのはすぐにわかります。エレギオンの金銀細工師の製品を我が社に導入できたら、成功疑い無しですが、果たして見つかるかどうかです。