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「課長」
「課長はやめてよミツル」
「でも、ここは社内ですから我慢してください。それと佐竹とお呼びください」
恋人同士が二人っきりの特命課なんてシチュエーションに、毎日ワクワク・ドキドキしています。でなんですが、あの時に課長は私と聞いていたのですが、驚いたのは正式の課長になっていたことでした。形だけの一時的なものと思っていたのにビックリ仰天しました。だって私はヒラだったんですよ。課長っていえば、主任、係長、課長補佐、課長代理の上です。五階級特進で、コトリ先輩と同じってことになります。もうこれだけでも茫然自失状態だったのですが綾瀬専務は、
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「時限的な設置ではあるが、特命課は正式の課だ。やってもらうのは我が社の最重要業務だ。そこの課長は正規の課長が就くのが当然だ。ましてや佐竹君は係長だから、その上に立つ君がヒラでは組織としておかしくなる」
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「私は特命部にせよと社長に進言したのだが、さすがに部員が二人じゃおかしいだろうと特命課になってしまったんだ」
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『天使伝説の調査』
これは私の考えなんですが、もし以前も天使がいれば、景気に関係しない突然の業績不振や、不自然なV字回復があったはずなのです。データ上だけですが実在の傍証になるはずです。そこで、これまでの業績についての調査は私が担当する事にしました。ミツルの方は資料の掘り起こしと、過去の天使の聞き取り調査を担当してもらいました。
私の方が簡単と思っていたのですが、やってみたら手強いというか、とにかく歴史が戦前まで遡る会社なので、まず手書きのデータのデジタル化に手いっぱい状態になっちゃったのです。そんなデータと格闘している時に綾瀬専務が特命課を訪れられまして、
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「結崎君、こんな単純作業は財務部を使いたまえ。君がやっているのは最重要業務なんだ」
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「君の肩書は課長だが、この件に関しては君の指示や要請は社長命令に等しいことになっている。だから私にだって命令が出来るのだ。このことは重役会議で正式に決定されているし、各部署にも伝達されている」
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「結崎君、そうじゃないんだ。君が行くのではなくて、財務部長を呼び出すんだ」
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「この程度のデジタル化なら、明日までに仕上げさせなさい」
「そんなことをしたら、財務部の仕事に支障が・・・」
「君がやっているのは、それぐらい重要な仕事なんだ」
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「必ず明日の朝一番にお届けさせて頂きます」
それでも、そうやると仕事が捗るのも確かで、景気の循環、同業他社の動向と比較してのうちの会社の業績変化が分析できるようになってきました。これが興味深いもので、戦前とかはさして特徴があるものは見られないのですが、昭和三十年代の半ばぐらいから、妙な動きを示しているところが目につくのです。ちょうどその頃からうちの会社は発展期に入るのですが、景気との連動と外れた動きがしばしば見られます。妙な時にやたらと業績が伸びたり、他社が好景気に浮かれてる真っ最中に深刻な業績不振に見舞われたりです。
その原因についても調べました。それなりのありきたりの理由はありましたが、突然の業績不振が起こった時には、そんな理由が団体さんで突如押し寄せるって感じです。そんな突然の業績不振ですが、回復する時は、それこそある日突然って感じなのです。まるでジェットコースターみたいなものです。それとは別に、妙にギクシャクした業績の時もあります。良さそうに見えたら落ち込み、落ち込んだと思ったら浮かぶみたいな感じです。そんな状態も、それこそある日を境に突如安定するみたいな感じでしょうか。
さらに、さらに、そんな起伏の激しい時期とは別に、平凡というか、なんの特色もない時期もあります。特色のないは語弊があって、その時期は長期低落って感じなのです。なんか数字を見ているだけで停滞って感じがよくわかる感じなのです。でも、この会社の社員なら、ピンと来るものがあります。そうなんです、天使の微笑み伝説との一致です。あの時の動きと不思議なほど符合しています。その辺をもっと明確にするために分析をさらに進めています。
ミツルの方は、私の分析に基づいて、ベテラン社員や、すでに退職された方からの聞き取り調査を進めています。さすがに物故者が多くて、古い時代の調査は大変そうですが、精力的に進めてもらってます。そのため、昼間は特命課といっても、私一人のことが多くてちょっと寂しいです。せっかく二人っきりになれるのにってところです。でもね、夜は打ち合わせと称してデートしてます。それも会社経費で。これについても綾瀬専務は、
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「二人しかいないから変と思うかもしれないが、昼間に外勤で飛び回っている部下から、夕食を一緒にとりながら報告させるのは経費のうちだ。まあ、これはちょっとした好意だが、少々贅沢しても大丈夫だ。ただし、ホテル代は遠慮してくれ」
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「この仕事が終り、小島さんの問題が片付くまでは待ちたい」
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「ミツル、私ってまだ綺麗に見える」
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「正直にいうよ。もう、眩しくて、眩しくて、昼間まで一緒にいたら、目が潰れるんじゃないかと思うぐらいだよ。もしシノブにキスしたり、ましてや抱いたりしたら、そのまま死んでしまわないか真剣に心配してるんだ」
これはサキちゃんに久しぶりに会った時のことですが、とりあえず『課長、課長』って思いっきり冷やかされました。その辺はしかたがないのですが、
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「シノブちゃん、また綺麗になってる」
「もう、そんなに変わるわけないじゃないの」
「じゃあ、最近なんて呼ばれてるか知ってる」
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「今度はなんの鉈になったの」
「もう鉈なんて誰も呼んでないよ。特命課の輝く天使だとか、光る天女ってなってる」
「冗談でしょ」
「ホントよ、総務にも資料依頼来るじゃない。そしたら、鬼瓦部長ったら、絶対に自分で持ってくもんね。私だってシノブちゃんに会いたいから、
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『私が持っていきます』
こう言っても、
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『これは現在我が社の最重要業務だから私が行く必要があるのだ』
こう言ってさぁ、嬉しそうに特命課にイソイソと行くんだもん。それだけじゃないよ、朝一番に聞かれるのが、
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『特命課からの依頼は来てないか』
無いって言ったら、ガッカリした表情がミエミエでわかるのよ」
夜のデートですが、仕事もしっかりしてますよ。最初は雲をつかむような天使伝説でしたが、こうやって調べれば、調べるほど、コトリ先輩に匹敵する人物が存在していとしか思えないのです。これはミツルも同意見です。ミツルの聞き取り調査の方が難航しているのですが、それでも断片的ですが、私がデータ上で天使のいたらしい時代に、それらしい人物が存在しているらしい証言が出てきています。
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「シノブ、この天使A時代と、天使B時代は良いと思うんだけど、天使C時代はどう見る」
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「やっぱり、天使不在の時代の気がするの」
「そう取るのが自然だものね」
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「思うだけどさぁ、この昭和三十年代半ばから、平成に入るぐらいまで天使がいて、そこからいなくなって、次に現れたのがコトリ先輩でイイ気がするの」
「シノブもそう思うか。でも、なぜ、天使の系譜が切れたんだろう。いや、逆に見た方が良いのかもしれない」
「どういうこと」
「どうして天使が続いていたのだろうだよ」
「途切れた理由も、続いていた理由も先代天使なら知ってるかもしれないね」
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「明日は一緒に探そうよ」
「手分けして?」
「やだ、一緒に行くの」
「それは課長命令?」
「当然よ。部下の仕事ぶりをこの目で確認するの」
「それは光栄です」
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「明日はどこ行くの」
「京都を回る予定だけど」
「泊ろうか」
「公私混同はダメだよ」
「意地悪」
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ待とうよ。ボクの予感だけど、この調査はなにかトンデモないところに行き着きそうな気がしてならないんだ」