京都まではちょっとリッチだけど新幹線を使いました。ミツルも初めの頃はJRとか、阪急を使ってたんですが、綾瀬専務から、
-
「時間の無駄」
とにかく訪ねるのが個人の家なもので、タクシー使って近くまではたどりつけても、そこからは一軒一軒見て回って探すことになります。GPSがあるので簡単そうなものですが、そんなにお手軽なものではないのは良くわかりました。家が発見できれば、お話を伺うのですが、何故か天使の存在を知ってる人も
-
「名前は・・・」
この点については実に不思議で、先代天使が現在五十代なら社長クラスなら知っていても良いはずなのですが、誰も覚えていないのです。この辺は、社長にしろ、綾瀬専務にしろ、高野常務にしろ、本社一筋の人ではなく支社からのし上がったところがあり、どうにも記憶に残っていないとされていました。
ここについては、少しだけ綾瀬専務から聞かせてもらったのですが、先代社長が震災による激務で倒れた時に、本来の後継者であった副社長も少し前に亡くってしまっており、後継者が不在であったが故に、かなりというか猛烈に激しい社長の椅子の争奪戦が行われたそうです。
詳細については口を濁されてる面がありましたが、当時の東京支社長であった現社長が、クーデター同様の手法で社長になり、そういう権力闘争の後始末として、当時の本社の社員は管理職どころかヒラまで総入れ替えに近い異動が行われたみたいです。
とにかく本社の管理職クラスは、本社にいた何人かの社長候補のいずれかの派閥に属していましたから、悉く左遷の憂き目に遭い、恨みを呑んでやめて行った人も多かったようです。その結果として、ちょうど先代天使を知っていそうな頃に本社勤務であった人間がいなくなったとされていました。
名前についてはミツルのこれまでの調査からある程度判明しています。
-
『アサカワ』
-
「たとえば、どんな感じの人でしたか?」
-
「あなたの雰囲気にソックリ。いえね、玄関でお会いした時に天使の再来かと思ったもの」
-
「次の人は田中さんって言うんだけど、旧姓は野田さん。天使がいた時代に勤めていた可能性が高いんだ。それだけでなく、天使本人であった可能性さえあると考えてる」
「でも天使の名字はアサカワさんでしょ」
「そうなんだけど、記憶違いの可能性も残ってるからね」
-
「天使と較べられるだけで光栄よ。そうねぇ、較べるのなら、結崎さんって仰ったっけ、あなたクラスじゃないと、私なんて足元にも近づけないわよ。ヒョットして今の天使はあなたなの」
-
「お名前とかご存知ですか」
「天使の名前は、えっと、えっと・・・」
-
「とにかく誰もが天使としか呼ばなかったですからね」
「ひょっとしてアサカワさんて言いませんでしたか?」
「アサカワ? それは違うわよ。それはね・・・」
-
「今でも天使はいるの?」
「はい、おられます」
「だったら同じかもしれないけど、浅川商店は大変な事になっちゃったの」
「わかります」
「天使の恵みを袖にした間抜けな浅川商店ってバカにされてたんだけど、これじゃ長いじゃない。いつしか短くなって『天使の浅川』って、うちの会社だけじゃなくて業界で陰口叩かれてた時期があったのよ」
-
「でも、よくご存じですね。仲が良かったのですか」
「まあね、可愛がってもらってたし。天使の名前なんだけど、当時の社員名簿を探せば見つかるわよ」
「でもお名前を誰も覚えていらっしゃらないのです」
「私も覚えていないけど、とにかく長くて物々しい苗字だったの。そんな苗字だったから誰も呼ばなくなって天使と呼んでたぐらいかな」
-
「そうそう、殆どの人が天使としか呼ばなかったけど、他の呼び方をしていた人もいたわよ」
「どんな呼び方ですか」
「ユッキーって呼んでた人が少ないけどいた気がする」
-
「教えてよ、わかったんでしょ」
「あ、うん」
「もう、これは課長命令よ」
「あ、はい」
-
「京都の野田さんの話に該当する人物は一人しかいない」
「だろうね、そんな珍しそうな苗字の人がたくさんいるとは思えないし」
「これは明日、改めて確認したいんだが、ボクの記憶が間違っていなかったら既に亡くなられている」
「えっ、そうなの?」
「大聖歓喜天院由紀子さんは、既に亡くなられているはずなんだ」