海の巨大ダム発電の「ついで」の方の現実性を考えてみる

これの続編です。「またこのネタか?」のお叱りの声も出てきそうですが、ボツネタで水力発電の事を調べていたオマケです。


「ついで」を本命と見てみる

計画の模式図を提示します。

この海底発電部分が第一種永久機関に過ぎないの話はもう良いでしょう。鶴は千年、亀は万年様の必見!智慧得(398)「西岡俊久/『海神』海洋エネルギー大規模発電装置」にもう少し詳しい計画の概略があります。上の図もそこから引用したものです。教授の計画は上部大規模浮体構造物でも途轍もない規模の発電を行います。

すなわち、上部、下部でそれぞれ、原子炉200基、1000基分の発電量を得ることができます。

原子炉は1基につき100万kw単位としていますが、海中部分はどうでも良いとして海上部分の発電量だけで、既存の原子力発電所がフル稼働状態の約4倍の発電量が得られる事になっています。これだけで今の日本なら、そもそも必要にして十分と考えられます。とにかく海面部分だけで原発200基分の潮流発電を行う点は注目されます。「ついで」のような上部構造物での潮流発電の可能性を真面目に考えてみます。


上部構造物の規模と設置場所を考える

フランシス水車型発電機は世界最大のもので73万kwで、その時の羽根の大きさは9.8mてな記載があります。中国の三峡ダムには現実に70万kwの発電機32基が据えつけられています。三峡ダムは1998年着工、2009年竣工ですから、このクラスより大きなフランシス水車型発電機の製作は技術的に難しい傍証と受け取ります。それでも、ここはお話と計算上の煩雑さから、仮に100万kw級のものが開発出来たとします。

三峡ダムの70万kwフランシス水車型発電機
この70万kwの発電機のサイズですが、2006.5.17付サーチナに、

発電機はそれぞれが直径22メートル、重量は38トン

100万kwになるともう少し大きくて、重くなるとするのが妥当でしょう。とにもかくにもこんな巨大なものが海面部分だけでも200基も備え付ける必要が出てきます。事は水流発電ですから、200基の発電機は潮流に対して横に並ぶ必要があります。縦に並んだのでは潮流利用の意味がなくなります。発電機自体の大きさ、発電機間の間隔がどの程度必要なのかの知見に欠きますが、これも仮に30m毎に配置されるとすれば、それだけで実に6kmの長さが必要になります。

これもまた当然ですが、潮流発電を行う場所は潮流の早いところになります。意見として黒潮利用も出るかもしれませんが、黒潮を求めて全長6kmの海上構造物が動けるかも問題ですが、それより送電問題がネックになります。送電に関し教授のプランは、

海底ケーブル等により陸上に送電できる仕組みになります。

ここから海上構造物はほぼ固定と考えた方が良く、そうなれば現実的に海峡部になります。ここなら潮流も早いですし、陸上部への送電も現実的になります。ただ6kmは壁になります。海峡として思い浮かぶのは住んでいる場所の関係もあって、明石海峡鳴門海峡関門海峡が思い浮かんでは来ますが、最大の明石海峡でも3.6kmしかありません。

う〜ん、横に並べたのでは話になりません。そうなると多段構造が必要になってきます。横2段なら3km、横3段なら2kmです。縦の長さがわかりませんが、縦にも30mの間隔が必要とすれば明石海峡の水深が100m程度ともされますから4段はきつくなります。それでも海峡幅からすると2kmが限界とも考えられ、強引でも横3段90mとします。

2kmなら少々現実的な面もあり、ちょうど明石海峡の中心部分を占めるぐらいの距離になります。潮流の一番早そうな中心部で潮流発電が行える事になるからです。


必要海水量を考える

これで場所の問題は苦心惨憺ですがなんとかクリアしました。明石海峡に横3段幅2kmの海上構造物を建設するです。海上交通の問題は今日は目を瞑ります。3kmでも途轍もない大きさですが、これで本当に原発200基分の発電が期待できるかです。これも教授は計算式を提示してくれています。

P=9.8хQхH(kW)

ここに9.8は重力加速度、Qは落水量(m3※立法メートル/s)、Hは落差(m)

発電効率は黒部発電所を参考にしてみます。wikipediaより、

最大出力33万5000kW(建設当時25万8000kW)2007年現在一般水力発電所(ダム式)による発電能力としては日本第4位(1位は奥只見発電所)、使用水量72.0m³、有効落差545.5m。

黒部は計算上で38万4904.8kwの発電が可能のはずですが、87%の発電量となっています。ソースを忘れましたがフランシス水車型発電機の発電効率はそんなものでした。ではでは明石海峡の潮流速度ですが、第五管区海上保安本部海洋情報部に参考情報があります。

海上構造物の設置位置で微妙に変わりますが、最大で平均5ノットぐらいは期待できそうです。ただし常に一定ではなく、最小時にはほぼゼロになります。ですから平均で2.5ノットの潮流が得られると仮定します。でもって1ノットなんですが、

1ノット = 0.514444444m/s

おおよそですが平均1.3m/sの潮流が発電に利用できるわけです。これを落下速度と考え、落差を概算してみるとおおよそ0.1mぐらいになります。これで必要な海水量が計算できます。

    落水量 = 発電量 /(9.8 × 有効落差)= 100万(kw)× 200 /(9.8 × 0.1)= 20408.1万(立方メートル/s)
これに発電効率も加味すると23000万立方メートル/sです。発電機1基あたり115万立方メートル/sになります。

では3kmの巨大上部構造物でそれだけの海水を獲得できるかです。潮流は1秒間に1.3m/sしか動きません。1.3m/sに対し3kmで正対していますから、水深1mあたりで3900立方メートルの海水になります。深さ90mまで取水口があったとしても、35.1万立方メートルです。これでは発電機1基を動かすのも難しくなります。


この手の算数は桁が多すぎてしばしば間違うので、検算みたいなものをやってみます。海上構造物の長さを2kmとしましたが、これに匹敵する地上のダムが三峡ダムで、堤頂長が2309.47mです。このダムの発電量は70万kwが32基で2240万kwの計算になります。有効落差が調べてもよく判らなかったのですが、堤高が185.0 mで有効堤高が175mとなっており、仮に100mとしてみます。

必要落水量は発電効率も計算に入れると2.5万立方メートル/sになります。これが発電機1基あたりにすると0.08万立方メートルですが、三峡は70万kwでありこれを100万kwに換算すると0.1万立方メートル。明石と三峡では有効落差で1000倍の差がありますから、たぶん正しいになります。(潮流1.3m/sで有効落差は正確にはは0.1mを切ります)


超大規模は想像を絶する

仮に明石海峡並みの条件としてどれほどの取水口面積が必要かと計算してみます。1.3m/sの潮流で水深90mまでとすると幅1kmで11.7万立方メートルしか得られません。必要なのは23000万立方メートルですから、

    23000万 / 11.7万 = 1966(km)
概算で2000kmになります。ただ現実的に水面下に90mも沈ませるのは余りにも無理がありそうです。明石海峡の条件を外せば、1列に横に並ぶと考えれば水深10m程度の方が現実的とすれば長さは9倍になりますから、
    18000km
こりゃ万里の長城さえしのぐ様相になります。教授は、

超大規模海洋発電装置

こうされていますが、言葉にまさに掛け値なしです。ここまで大規模とは凡人の想像力を絶するものがあります。潮流の有効落差換算を仮に1mにしても、その1/10ですから1800kmになります。ただ1mの落下速度を得るためには4.42m/sの潮流が必要となり、8.6ノットの平均潮流速度が必要になります。どちらにしても津軽海峡で20km弱ですから全然足りませんし、対馬海峡でも200kmですから足りません。

あくまでも参考ですが、ハワイまで6430km、さらにハワイから米本土まで3990kmですから、太平洋を横断しても足りなくなります。でもって建設費用の概算も示されています。

原子炉一基の製造費用は3000億円から5000億円であり、千基分の費用は300兆円から500兆円になります。従って、これが海神の金額的価値です。一方、海神の建造費は原子炉一基の三分の一から五分の一程度と見積もられています。

どうも100兆円で建設可能としています。これは例の海底発電部分を含んでいますから、これを除けば50兆円以下で建設可能と見て良さそうです。18000kmの海上構造物が50兆円で建設可能とは到底思えません。1800kmでもちょいと無理そうに感じます。そもそもどこに作るんだろうかです。


蛇足の試算

私が行った試算では海上部の潮流発電に23000万立方メートルの海水が必要です。これがもし教授の海底部分の永久機関が作動したらどうなるかです。

    9.8 × 23000万(立方メートル)×1000 = 2254億(kw)
100万kwの原発が、エ〜ト、225万4000基分に匹敵します。ただ海中部分について教授は1000基分としています。これは教授の計算として潮流発電のために取り込んだ海水で海上部分で200基、そこから1000mの落差をつけて1000基になると推測します。そうなると海中部分に必要な海水量は、
    1000 × 100万(kw)/ (1000 × 9.8)/ 0.87 = 11.7万(立方メートル)
海底部分だけならこれだけ(それでも三峡ダムの4.7倍)の海水量で事足りますが、この海水量で200基の海上発電機を稼動させる有効落差は、
    200 × 100万 / (9.8 × 11.7万)/ 0.87 = 200.5(m)
この場合62.6m/sの潮流が必要になり、121.7ノットになります。水力発電は有効落差で効率が変わります。潮流発電では有効落差の代わりに潮流その物になりますが、10mの有効落差を得るだけで14.0m/s、つまり27.2ノットの潮流が必要になります。渦潮の鳴門海峡の最大時でも10ノット、関門海峡で9.4ノットとされます。

それとここまで巨大であれば黒潮利用さえ何の問題も無くなりますが、黒潮をもってしても最大流速2m/s、幅はたったの50kmしかありません。2m/sとは有効落差にすれば0.2m程度にしかなりません。黒潮は数百メートルの深さがあるとされますが、100mまで利用したとしてmaxの落下水量は1000万立方メートルで、

    9.8 × 0.2 × 1000万 = 1960万(kw)
やっと発電機20個分ほどです。もっとも黒潮にこれほど負荷をかけたら気候変動を巻き起こしかねません。教授の基礎計算はどうなっているのだろうと興味が尽きないところですが、「ついで」の方の現実味も机上でさえ薄いと私は考えます。