恐るべき推測

まず2/27福島民報からですが、

 東京電力福島第一原発事故の影響を受けた国際放射線防護委員会(ICRP)の対話集会「ダイアログセミナー」の最終日は26日、伊達市保原町のスカイパレスで開かれ、政府と県への提言をまとめた。地域で行った放射能対策の内容や成果を情報発信し、住民との対話を継続させることが重要−などとし、後日、政府や県、伊達市に提出する。

なぜに引用したかと言うと、ICRPの「ダイアログセミナー」とはなんぞやの説明のつもりです。どうもICRP公聴会みたいなものでしょうか。公聴会より形式としてもっと軟らかい印象がありますが、この程度の理解で今日は良いとします。内容自体は福島民報記事からでも十分と思います。このセミナーに安井至氏が出席され、実際のセミナーの模様を報告されています。この安井至氏とはどういう方かはwikipediaから、

本当に私のリアルの交際と言うか見聞範囲が狭いのは悲しいほどなんですが、実はまったく存じ上げません。ただ安井氏を知っておられる方から聞くと、かなり信用しても良い論者とされていました。安井氏は市民のための環境学ガイドと言うサイトも運用されており、読んでみたらなかなか面白いものでした。

そんな安井氏の2/26付ICRPの伊達市ダイアローグセミナーから少しです。おそらく安井氏が聞き、メモでも取られた範囲でのレポートと思います。内容についてはICRP主催なので放射能被曝問題が中心ですが、下手に紹介すると「今でさえ」炎上の懸念がありそうなので、あえて主要部分はパスします。



そんな中で取り上げたいのは最後の部分です。

最後に散発的な情報

 最近得た関西の某県の職員からの情報:「津波瓦礫の全国処理が進まない一つの要因。関西における自治体へのクレーマーは誰か。それはどうも、福島から関西に避難してきた人らしい」。

 今日得た情報をネットで確認したもの:「福島では医者がどんどんと辞めている。どこかへ移住している。これでは、県民の安心は得られない」。

 この2つの散発的な情報を組み合わせると、関西に移住した医者が、関西の自治体に対して、ガレキを受け入れるなという訴えを毎日やっているのかもしれない、という恐るべき推測ができる。さて、真実はいかに。

 一般の医者の放射線リスクに対する知識は、かなり限られたものなので、本当かもしれないという気がする。

この部分は安井氏がわざわざ書き加えた部分ですから、

    本当かもしれないという気がする  
つまり安井氏は情報として伝える価値があるものと判断されたの見ます。ただ少々論理の飛躍があります。


情報その1:「津波瓦礫の全国処理が進まない一つの要因。関西における自治体へのクレーマーは誰か。それはどうも、福島から関西に避難してきた人らしい」

ソースは

    最近得た関西の某県の職員からの情報
どうもなんですが、セミナーからの情報でなく、安井氏の別ルートの情報であると考えられます。この情報が関西某県の職員の個人的な経験なのか、それとも関西某県だけでたまたま起こっているのか、はたまた関西の府県の職員では常識的な事なのかは確認のしようがありません。

ただ「ありえそうか」と言われれば可能性はあります。チョット前に沖縄の雪遊び騒ぎがありました。青森から沖縄に雪を運び、雪を知らない沖縄の子供たちに雪を経験してもらおうの企画です。この企画は震災前からあったもののようですが、今年の企画に反対が起こります。簡単に言えば「放射能が危険だから中止せよ」です。

この雪遊び中止運動に中心的な役割を果たしたのが他県からの移住者であったとされます。真偽を確認するソースがない(面倒だから探してません)のですが、東京からの避難者であったとの噂もあります。

同様の事が福島からの避難者に起こっても不自然とは言えません。あくまでも一般的にですが、とくに放射能被害の影響を強く懸念されて避難された方は放射能に対して神経質になっています。故郷とは言え、福島からのガレキ搬入に神経を尖らせる方がいても不思議はないぐらいの可能性です。

ここでキッチリお断りしておきますが、本当に福島からの避難者が「クレーマー」かどうかの確たるソースを持っていません。あるのは安井氏のレポートのみです。


情報その2:「福島では医者がどんどんと辞めている。どこかへ移住している。これでは、県民の安心は得られない」

ソースは

    今日得た情報をネットで確認したもの
こうなっています。福島県の医師数は元より少ないのですが、まずはe-statからの公式調査数(医師・歯科医師・薬剤師調査)です。

年度 総数 医療施設従事者
総数 病院 診療所
2004 3750 3601 2263 1338
2006 3816 3663 2255 1406
2008 3905 3760 2298 1462
2010 3880 3705 2285 1420


調査は2年ごとのため、次の調査は2004年度、つまり来年度になります。あえて注目しておきたいのは2008年度から2010年度では医師数が減少している事です。震災後の医師数の推移については確たる情報が乏しくなるのですが、援腎会すずきクリニックのいい透析への道様の福島県常勤医師の増減状況には、2011.3.1と2011.8.1時点の医師数の県による調査数が掲載されています。もう一つ文部科学省(審21)資料4 福島県からの現状等説明も合わせて見てみます。

ソース 3/1 8/1 12/1
福島県 2040 1995
文部科学省 2013 1942


これは病院の常勤者数なのですが、3/1(震災前)が福島県データで2040人、文部科学省データで2013人です。ここも総務省データ(元は厚労省データでせう)と医師数の数え方が同じかどうか確認出来ないのですが、もし同じであれば2010年時点より大幅に減っています。幾らなんでも1年で200人以上も減っていないと思うので、たぶん福島県文部科学省データは常勤医の実数、総務省データは常勤医換算数ではないかとみます。開業医についてはサッパリわかりません。

今日は別に震災の影響による福島の医師数の推移や影響を調べているわけではなく、福島から流失した医師数を概算しようとしているだけです。福島県調査でも文部科学省調査でも70人ほど減っているのはとりあえず確認できます。減っていると言っても様々な要因があり、たとえば後期研修医(これは常勤医にカウントされていると思っています)が期限を終えて次の勤務地に予定通り異動したもあるはずです。

減ったほうばかりが注目されますが、震災被害に対して福島入りした医師もいるはずです。また福島を去った医師も放射能問題だけが理由でないはずです。それと「わからない」とした診療所医師ですが、開業医なら勤務医より地元への愛着が一般的に強いと考えます。この辺はドンブリになるのですが、震災後に福島を去った医師数は100人ぐらいじゃないでしょうか。

多く見積もっても150人ぐらいと考えます。さらにその中で放射能の恐怖に怯え切って去ったものはさらに少ないと見ます。


2つの情報からの安井氏の推測

福島の医療にとっては大きな減少である点は今日は置いといて、安井氏はこの2つの情報から、

    関西に移住した医者が、関西の自治体に対して、ガレキを受け入れるなという訴えを毎日やっているのかもしれない、という恐るべき推測ができる。
ごくありきたりの推測ですが、福島から移動した医師は食うためにも医業を続けているものが大部分とするのが妥当です。正直なところ福島と関西は単に地理的な距離だけでなく、感覚的にもかなりの遠さの位置関係にあります。福島から脱出したにしても、わざわざ関西に職を求めるのではなく、地理的にも感覚的にも親しみのある関東圏なり、せいぜい東海圏などの東日本が多いんじゃないかと思います。

もちろん放射能問題に強い懸念を抱いて関西で職を求める医師が居たとしても良いのですが、全部関西に来ても150人程度です。実数としてはもっともっと少ないと考えるのが妥当でしょう。ごくありきたりに考えて50人もいるとは思いにくいところで、私の本音としては10人もいるか疑問です。


ま、関西まで放射能問題を懸念して避難して来るような医師なら「クレーマー」になる素因はあります。しかし関西、たとえば近畿2府4県のガレキの受け入れをすべてストップさせるほどの力を発揮しているは、ちょっと発想の飛躍が過ぎるような気が私はします。

もっともクレーマーはクレームを付ける事をある種の生きがいにしているところがありますから、少数であっても大きな影響力を発揮するのは否定できません。それと関西某県職員が指す「クレーマー」の中に福島から移って来た医師がいたとしても、これも否定できません。医師とて放射能被爆について十分な知識を持たない者は少なくありませんから、ヒステリックになる医師がいてもおかしくないからです。

ただ医師以外の方に較べると、その比率が圧倒的に高いとは思いにくく、同等かそれ以下でしょう。それと、とくに勤務医であれば関西であってもそんなにヒマでは無いので「訴えを毎日やっている」も実際には難しいと私は思っています。役所に文句を言える時間は、一般的に病院勤務時間と見事に被りますからね。

いやはや豊富な情報からの「恐るべき推測」です。

    さて、真実はいかに
へい、へい。避難した福島県民の皆様も、医師も笑い難いところです。


参考データ

震災前の2008年度から2010年度の都道府県別の医師数の「増減」をごく簡単に補足しておきます。医師数の指標として一番良く使われる指標として、人口10万人あたりの医師数と言うのがあります。医療施設での従事者としての統計ですが、


都道府県 2008 2010 増減
福島 183.2 182.6 -0.6
鳥取 266.4 265.9 -0.5
富山 223.6 223.6 0.0
山口 231.9 233.1 1.2
愛媛 234.3 235.8 1.5
和歌山 257.0 259.2 2.2
高知 271.7 274.1 2.4
島根 248.4 250.8 2.4
埼玉 139.9 142.6 2.7
全国 212.9 219.0 6.1

もう少し細かくみて医療施設従事者の実数で見ます。
都道府県 2008 2010 増減
福島 3760 3705 -55
鳥取 1585 1565 -20
富山 2462 2445 -17
山口 3392 3383 -9
愛媛 3384 3376 -8
高知 2100 2095 -5
和歌山 2601 2598 -3
島根 1801 1799 -2
岩手 2410 2413 3
全国 271897 280431 8534

では医療施設従事者数のうち病院はどうかですが、
都道府県 2008 2010 増減
福島 2298 2285 -13
高知 1540 1532 -8
鳥取 1038 1032 -6
愛媛 2167 2162 -5
島根 1162 1163 1
富山 1685 1691 6
岩手 1546 1563 17
和歌山 1537 1561 24
香川 1601 1627 26
全国 174266 180966 6700

以上あくまでも参考まで。ちなみに私程度では、このデータから推測できる事など「可愛い」ものです。