紹介無しの大病院受診

1/19付日経新聞より、

「紹介状なし」初診の負担増へ 大病院への集中緩和
診療報酬改定の骨子

 厚生労働相の諮問機関である中央社会保険医療協議会中医協)は18日、2012年度の診療報酬改定の骨子をまとめた。大病院への患者の集中を緩和するため、紹介状なしで受診した場合、患者が払う初診料が実質的に上がる仕組みにする。病院の規模に応じた役割分担を明確にし、勤務医の負担を軽くする狙い。焦点だった診療所の再診料の引き上げは結論を先送りした。

 診療報酬は健康保険などが支払う医療費の単価で、診察料の公定価格を示す。2年に1度改定する。政府は12年度予算案で薬剤費などを除く診療報酬本体を約5500億円増やすことを決めている。中医協は2月半ばまでに、この枠内での報酬の配分案をまとめる。

 骨子は、患者が紹介状なしで大病院にかかった場合に病院が受け取る初診時の単価(保険給付と患者負担の合計)を現在の2700円から大幅に下げる方針を明記した。病院は保険給付が減る分を患者から徴収するようになるため、患者の負担は実質的に増える。

 対象となる大病院の範囲は今後詰める。初診時の保険給付がゼロになると、これまで自己負担3割の810円で大病院を受診できた患者は、2700円全額を負担しなければ受診できなくなる可能性がある。

 現在でも、紹介状のない患者に病院が追加負担を請求できる制度(保険外併用療養費)があり、200床以上の大病院の一部が数千円規模の追加料金を徴収している。ただ、すべての病院が追加負担を請求しているわけではない。紹介状作成に費用がかかることもあり、人気のある大病院では追加負担を払っても受診しようとする患者が絶えない。

 このため、患者負担を一段と増やす措置に踏み切ることにした。背景には、緊急性や必要性が乏しいのに大病院を受診する患者の医療費を、健康保険で負担するのはおかしいとの考えがある。

う〜んと、方針的には大病院の外来負担の緩和が狙いである事はわかります。それと今回の診療報酬改訂のトレンドである

    ○○しなければ減算
この手法が駆使されています。大病院の外来については
    紹介状無しなら初診料を保険から払わない
初診料は記事にあるように2700円(270点)ですが、患者が紹介状無しで受診したら保険から支払われないと言う事です。ほいじゃ紹介状無しで患者が受診したら、初診料がタダになって安くなるかと言えばもちろんそうではなく、病院が保険の代わりに保険外併用療養費として患者から独自に徴収せよとなっています。

他に手法としては大病院の初診料に、紹介加算をつけるなりもあります。これは病院が儲かるだけで外来患者数の抑制にはつながらないと判断したのと、なによりカネがかかるので採用されなかったと見ます。もっと単純に大病院の初診料だけ上げるのもありますが、カネの問題で速やかに除外されたとするのが妥当でしょう。

なんと言っても、減算方式なら患者窓口負担増による抑制効果だけではなく、保険からの支出もダイレクトにカットできます。さらに保険外併用療養費徴収で抗議の矢面に立つのは病院事務で、厚労省でも中医協でもありません。


この方針については賛否両論があると思いますが、保険外併用療養費は解釈上は独禁法の守備範囲になるそうです。つまりなんらかの協定で一律料金の公示は出来ないそうです。日経記事では病院が初診料を保険で受け取れなくなった代わりに、収入確保のために患者全額負担で初診料に該当する料金を病院は徴収することになるだろうとしています。

しかしと言うかおそらくと言うか、診療報酬改定上は単に紹介状無しの大病院受診の初診料の打ち切りだけで、その代わりに「必ず」保険外併用療養費が徴収されるとは書かないと言うより書けないはずです。単に「そうしてもいいよ」ぐらいの状態にされると考えるのが妥当です。こういう状況に対して、考えられそうなシミュレーションを幾つか書いてみたいと思います。


既に保険外併用療養費を徴収しているところはどうするか

日経記事には、

    現在でも、紹介状のない患者に病院が追加負担を請求できる制度(保険外併用療養費)があり、200床以上の大病院の一部が数千円規模の追加料金を徴収している
ここは難しい対応を迫られそうな気がします。記事にある「数千円」を日記記事にある
    2700円全額を負担しなければ受診できなくなる可能性がある。
この2700円として、診療報酬改定後も保険外併用療養費を据え置きとして試算してみると、
改訂前 改定後
紹介状 紹介状
なし あり なし あり
初診料 2700円 2700円 0円 2700円
保険外併用療養費 2700円 0円 2700円 0円
病院収入 5400円 2700円 2700円 2700円
患者窓口負担 3510円 810円 2700円 810円
保険外併用療養費が2700円のままでは改定前より病院収入はもちろんの事、患者の窓口負担も減ってしまいます。それでは「勤務医の負担軽減」にはつながりませんから、改訂前と同じ患者窓口負担にするには、保険給付の初診料の3割負担である810円を加えた3510円に保険外併用療養費を上げる必要性が生じます。病院収入を同じにするとすれば5400円です。

これは現在の保険外併用療養費がいくらであっても同じような動きになり、最低限として従来より810円は値上げが必要で、後はどこら辺に落としどころを作るかになります。ドライに5400円(現在の保険外併用療養費の2倍)とかそれ以上に設定するところもあれば、そこまではやり過ぎの意見も出てきそうなところです。なかなか悩ましい問題です。


現在保険外併用療養費を取っておらず外来患者を減らしたくないところはどうするか

前回の診療報酬改訂により幾分持ち直したとは言え、病院とくに公立病院の経営は苦しいところが多いです。経営が苦しい時にはあらゆる収入源は大切です。至極簡単には外来収入も経営上かなり重視されると言う事です。厚労省が勤務医のために外来負担を軽減させたい方針を出しても、経営のために外来患者増をしたい病院も確実に存在します。

保険給付の初診料がなくなったのを逆手にとって、ディスカウントを打ち出すのも経営戦略の選択枝として生じるかもしれません。これは純病院経営だけではなく、公立病院では保険外併用療養費を実質的に認可する権限を持つ地方議会も絡んできます。「患者負担増に反対」の議員の声です。そうなると初診料ゼロ円はさすがに無理として、従来の自己負担分である810円程度にしようなんて動きが出てきても不思議ではありません。これも表にしておくと、

改訂前 改定後
紹介状
なし あり
初診料 2700円 0円 2700円
保険外併用療養費 0円 810円 0円
病院収入 2700円 810円 2700円
患者窓口負担 810円 810円 810円


経営戦略として行うところは初診料収入が減った分は再診料以下で回収しようです。当然ですが初診料が減った分の回収のための外来の負担は増大します。それでも、これが経営戦略で算盤勘定が合うのならまだしも、議員のスタンドプレイ的なものなら、単に収入減となり病院経営をさらに圧迫する結果をもたらす懸念があります。名目上は分けられていますが、自治体会計も病院会計も回りまわって財布は同じです。自治体会計も苦しくなり、病院関係も苦しくなる構図もありえます。

それとこういう事は高い方にも安い方にも突出するのは避けたいが心理として出てくるはずで、消えた保険給付の2700円を中心に従来の自己負担810円、保険給付の2700円の二つの価格の間で他院の動向を見ながらの動きがあるところと見ます。ここでのポイントは外来収入の増減が病院経営をかなり左右するところでは、保険外併用療養費の設定は非常に悩ましい問題であり、勤務医の負担軽減のために病院経営がより傾いても本音では困るです。


病床を持たない診療科の存続問題

どれほどの規模なら「大病院」とするかの情報(どこかに500床説はありました)を持っていませんが、かなりの規模の病院でも入院病床を持たない診療科があります。これは常勤医が不在となって入院がなくなったところもありますし、もともと外来だけトータルサービスのために維持しているところもあります。もう少し言えば、診療科特性で入院より外来に収入の比重が高いところもあると考えます。

そこまで考えているかどうかは正直なところ不明ですが、病院の外来を抑制した分は入院収入でバーターが基本になります。黒字の病院でも利益率はほんの数%のところが殆んどですから、そうならないと外来収入だけ抑制されると、その分だけその分だけ収支を悪化させます。

外来が不採算部門に陥ると、外来収入減をカバーする入院部門を持たない診療科の維持が少々微妙になってきます。ま、この辺はこの際に潰して集約化を考えるべしの意見もあるでしょうし、外来だけならもともと経営に占める割合が微々たる物なので問題とならないの意見もあるかと思います。それより今回は本当の意味の大病院であれば、あんまり関係ないかもしれません。


勤務医の負担軽減

私も開業医になって長くなっているので感覚がずれているところもあると思いますが、日勤帯の外来数が減る事は勤務医の負担減にはなるとは思います。増えるより減る方が負担減にはなります。ただ本当に減らして欲しい負担は外来なのでしょうか。至極簡単には日勤帯の外来負担減の代わりに24時間365日救急体制の推進では負担減は帳消しどころではないと思います。

まあ、ここも24時間365日救急体制の充実の代わりに日勤帯の外来負担軽減ぐらいはしてやろうかもしれません。両方負担増よりマシと言うところでしょうか。


混合診療への道

今回は大病院の紹介状無しの初診料の保険給付を消滅させる案ですが、これがすんなり導入されれば、次期次期改定にはこの手法がさらに拡大される可能性は十分にあります。保険外併用療養費とは公認の混合診療とも言えますが、従来は謙抑的に運用されていたように感じています。しかし大病院に限定とは言え、初診料と言う基本的な保険給付に手を出した意味は小さくないと考えています。

この手法は厚労省的と言うより財務省的には大歓迎のはずです。だって保険給付を純粋に打ち切るだけで、これまた純粋に医療費(この場合は広い意味の公費)を削減できます。大病院で成功したら次にはさらなる拡大が行われても何の不思議もありません。なおかつ混合診療の規模や内容を厚労省がコントロールできるメリットもあります。

いつまで厚労省がコントロールできるかは別として、なし崩しに混合診療に向っていく一里塚になるように感じています。今日は混合診療の是非については置いておきますが、そうですねぇ、後3回ぐらい改訂を重ねれば皆保険体制の様相はかなり変わっているのかもしれません。