大阪市の生保医療機関認証システム構想

ツイッターより、

まるでモラルハザード医療機関主体な印象を与えるのはやめて欲しい。そういう医療機関はあっても一部だろうし、受療者側の問題で現場が困ることはアンタッチャブルなのか? / “橋下市長、過剰診療対策で受診機関を認証へ : 政治 : YOMI…” http://htn.to/wq7gm5

なんちゃって救急医様のツイートですが、元の読売記事は、

橋下市長、過剰診療対策で受診機関を認証へ

 大阪市橋下徹市長が、過剰診療などの不正請求対策として、受給者が診療できる医療機関を、市が独自に認証する制度を検討していることがわかった。

 不正請求を繰り返す悪質な医療機関を排除するのが狙い。過剰診療が疑われる場合は、別の医療機関で診療させる「検診命令」を発令し、従わない場合は保護停止も辞さない構えだ。

 医療扶助は、受給者が自己負担なしで診療や投薬を受けられ、費用は全額公費で支払われる。医療機関側が不正請求を重ねても発覚しにくく、意図的に過剰診療を繰り返す例があるなど、モラルハザード(倫理の欠如)を招きやすいとの指摘がある。

 生活保護受給者が約15万人(昨年12月)と全国最多の大阪市では、2010年度の医療扶助費が、生活保護費全体の約45%にあたる約1292億円に上り、財政を圧迫している。

いくつか思うことを書いてみます。


生保医療機関の指定は実質的に強制である

うちの診療所も生保指定医療機関です。つうか保険医療機関のうちで生保指定の無いところを探す方が難しいと思っています。私だって積極的の望んで指定を受けたわけでなく、開業時に社会保険国民健康保険の指定を受けるのとセットのように指定されています。私の記憶が確かならば、開業に伴う一連の膨大な書類に存在したと言えばよいでしょうか。

これは結核指定医療機関と較べれば理解がしやすいと思います。結核指定医療機関は開業時のセット書類には含まれていませんし、「指定を受けますか?」の案内もありません。うちは町医者の小児科ですから、指定を取っていませんでした。ところが諸般の事情により結核接触児の治療を引き受けざるを得なくなり、急遽指定を受けています。

もちろん開業時に生保の指定は不要と角を立てれば指定は拒否できるでしょうが、開業準備の膨大な作業に疲れ果てている状況では「ま、いっか」程度の受諾です。これは行政側が「指定を受けて当然」の認識の中で、あえて角を立てて不興を買いたくないの心理も正直なところ小さくありません。生活保護法から引用します。

第四十九条

 厚生労働大臣は、国の開設した病院若しくは診療所又は薬局についてその主務大臣の同意を得て、都道府県知事は、その他の病院、診療所(これらに準ずるものとして政令で定めるものを含む。)若しくは薬局又は医師若しくは歯科医師について開設者又は本人の同意を得て、この法律による医療扶助のための医療を担当させる機関を指定する。

読めばわかるように

    医師若しくは歯科医師について開設者又は本人の同意
法自体が「同意」さえあれば指定可能となっています。個人的には行政サイドとして社保や国保と同列に保険医療機関なら指定受けて当然、いや指定をあえて受けない医療機関は広い意味の問題ぐらいの取扱いであると感じています。

当然ですが社保や国保や不正請求を行う不心得者がいるのと同様に、生保でも不正請求を行う不心得者が出ても不思議ありません。医療機関からすれば診療報酬の請求先が違うだけで、どちらも「保険医療の患者」に過ぎないからです。医師全体の職業倫理は低いとは思っていませんが、どんなに倫理が高い集団であっても一定の比率で不心得者が発生するのは不可避です。


医療機関は生保患者を必要としてるか

これは一概には言えませんが、たとえば開業医なら全員が元勤務医です。勤務医の中で生保患者に対して悪感情を持っていない者は非常に少ないと考えています。もちろん生保患者だけにタチの悪い患者がいるわけでなく、社保や国保患者にも厄介至極の患者はたくさんいます。しかし残念ながら比率で言えば絶対数が少ないはずの生保患者で目に付くものが多いのは現実です。

非常に醒めた計算ですが、社保や国保患者にもいるタチの悪い患者については商売上の避けられないリスクと見ます。どんな商売を行おうとも一定の比率でタチの悪い客は含まれます。一方で生保患者はこれを排除しても商売に影響しないケースは成立します。なおかつ生保患者を排除する事により、さらなる集患につなげられるメリットさえ生じる事があります。

もちろんですが、立地条件により一概に言えません。生保住民の比率が高い地域では、生保患者を排除しては商売が成立しないところもあります。日本にはそういう地域が残念ながら存在します。それでも勤務医時代に生保患者に多かれ、少なかれ嫌な思いを味あわされた医師の本音としては、可能であれば排除したいが少なからずあると考えています。

あくまでも個人的にですが、開業時に流れ作業のように生保指定を行ってしまうのは、そういう開業する時の医師の本音を噴き出させないようにしているんじゃないかと考えています。完全にチョイスであるとか、開業後に別途申請みたいな手続きになっていれば、それなりの数の開業医がそもそも生保指定を受けないとも思っています。


生保患者ビジネス

医師に感情的に嫌がられる生保患者ですが、診療報酬の審査に関しては社保や国保に較べて甘いとされます。私は小児科開業医なので甘さの感覚がイマイチ実感し難いのですが、伝聞的には甘いとされます。この甘さを逆手にとっての生保患者ビジネスを行っているところがあるようです。一種の貧困ビジネスみたいなものと言えばよいのでしょうか。

それだけその医療圏に生保患者の比率と言うか、絶対数が多い事が成立の前提かと思いますが、正直なところ「よ〜やる」と思っています。上述したように生保患者への対応はマスで言うとラクではありません。精神的にかなり消耗する診療になるのですが、これをあえて積極的に展開すると言うのは、かなりの図太い神経の持ち主だと思います。よほど儲かるんでしょうねぇ。


橋下市長の発想

生保患者ビジネスも商売と言う面から見れば一種のニッチなんですが、この生保患者ビジネスを取り締まろうとされているようです。取り締まって悪いとは全然思いませんが、手法がユニークです。常識的な発想では、生保の診療報酬の審査を社保や国保並みに引き上げると言うのがあるはずです。社保や国保の審査は厳しいと言うより、理不尽クラスが続出しますが、それでも「もっと、もっと厳しく」の方針が続けられています。

社保や国保の審査の厳しさは今日は置いといて、生保患者の診療報酬不正請求が問題であるなら、この審査を厳しくすると言うのが効果的ではないかと言う事です。生保患者ビジネスが成立する背景には審査の甘さがあるからです。また審査が甘い点も認識されています。

ところが読売記事を額面通りに受け取ると、審査の厳格化ではなく、不正請求を行う医療機関を排除する方針を打ち出しています。橋下市長らしい直線的な発想と感じます。たぶん「不正をする奴を篩い落とせば、不正が根絶できる」ぐらいでしょうか。そういう発想もありとぐらいに受け取ります。


認証システムの法技術論

言うまでもなく橋下市長は弁護士ですから、法的な手続きに関しては十全だと考えていますが、素人の疑念だけ書いておきます。認証システムの基本構造はどうなっているかです。考えられるのは、

  1. 大阪市の生保指定医療機関の指定をなんらかの手法ですべて解除し、そのうえで大阪市が認証を与えたところに改めて指定を行う
  2. 従来の指定はそのままにして、大阪市が認証したところにしか実質的に生保患者医療が出来なくする
生活保護法49条にある通り、生保指定は大阪府知事(国立は厚生労働大臣)が行います。取り消しについては

第五十一条

 指定医療機関は、三十日以上の予告期間を設けて、その指定を辞退することができる。

2  指定医療機関が、第五十条の規定に違反したときは、厚生労働大臣の指定した医療機関については厚生労働大臣が、都道府県知事の指定した医療機関については都道府県知事が、その指定を取り消すことができる。

読めばわかるように指定医療機関が自発的に辞退するか、50条違反に問われる時に大阪府知事が取り消し出来るとなっています。裏返せばそれ以外は指定取り消しは無理になります。ほいじゃ50条とは、

第五十条

 前条の規定により指定を受けた医療機関(以下「指定医療機関」という。)は、厚生労働大臣の定めるところにより、懇切丁寧に被保護者の医療を担当しなければならない。

2  指定医療機関は、被保護者の医療について、都道府県知事の行う指導に従わなければならない。

「懇切丁寧」については主観論があって全医療機関に一律適用は難しいと考えます。では50条2項の

    都道府県知事の行う指導に従わなければならない
これに基づいて「指定を自主的に辞退せよ」の指導を大阪府知事に出させるはありそうです。なんと言っても府知事は実質的に市長の部下みたいなところがありますから、不可能とは言えません。ただしかなり無理な話にはなります。だって50条2項の府知事の指導には逃げ場がありません。そのまま従ったら51条1項に基づき自主的な辞退、従わなかったら51条2項に基づく50条違反による強制取消です。

逃げ場がないと言う点では完璧ですが、そういう逃げ場がない法適用は問題が多そうな気がします。そうなると従来の指定はそのままにして、実質的に生保診療を指定医療機関が受けられないようにする方策が取られると見ます。ここも指導力に富んだ橋下市長ですから、自主的辞退運動を展開して、辞退しない医療機関を社会的に追い詰める手法を取らないとは言い切れませんが、そこまで手間ヒマかけるかは不明です。


ちょっと待った、ちょっと待った。大阪市政令指定都市であるのを忘れていました。地方自治法252条の19には、

政令で指定する人口五十万以上の市(以下「指定都市」という。)は、次に掲げる事務のうち都道府県が法律又はこれに基づく政令の定めるところにより処理することとされているものの全部又は一部で政令で定めるものを、政令で定めるところにより、処理することができる。

この中に「生活保護に関する事務」つうのもあります。政令指定都市でないところは生活保護

第五十三条

 都道府県知事は、指定医療機関の診療内容及び診療報酬の請求を随時審査し、且つ、指定医療機関が前条の規定によつて請求することのできる診療報酬の額を決定することができる。

知事が審査して、その決定分を市町村自治体が払うなんですが、政令指定都市たる大阪市では市長が審査して医療機関に支払うと読み替えても良さそうな気がします。本当にそうなのかは御存知の方は情報下さい。仮にそうだとすると、これまでの知事と市長の二重権限はなくなり、指定医療機関を指定するのも市長になりますし、診療報酬の支払いをどうするかも市長になります。

知事が市長に代わっても強制的な指定返上が困難であるのは同じでしょうが、診療報酬の支払いを大きく左右する事は可能そうに見えます。むしろ強制的な指定返上からの再指定が困難(法的にも難しそう)なので、生活保護法の指定の上に、大阪市独自の診療報酬支払い可能機関の認定を行う意図と考えるのが妥当そうです。

指定自体は残ってますから医療機関は生保患者の診療は可能ですが、認証がないところには大阪市として支払いを行わないです。これが行政訴訟に持ち込まれれば勝敗の帰趨は微妙ですが、なんとなく持ち込まれないような気はします。


認証システムの手続き論

ここを橋下市長がどう考えておられるのか興味深いところです。法技術論でウダウダ考えましたが、シンプルには生保指定医療機関の実質的な再指定です。なおかつ再指定の審査の過程で不正医療機関をふるい落とすのが目的です。そうでなきゃ、こんな面倒なものは単なる無駄です。審査があってある一定の比率で確実に落ちる可能性のあるものは、自主的に参加する事が前提になるはずです。

ま、現在の生保指定だって厳密には「指定を受けてもらいますが良いですか」を懇切丁寧な説明の上で医療機関に自主判断させる必要があるはずですが、上記したように現状は形骸化しています。しかし今度の認証システムは本気で審査して、不正医療機関を排除しようが言うまでもない目的です。簡単には「やる気がある奴は審査する」です。

そういう状況になれば出てくるのが「この際、やめよう」です。ここも本当に辞めたいのなら、生保指定を正式に返上する手続きもあるのですが、これはこれ、一律指定を原則としているものを角を立てて返上すれば「江戸の仇を長崎で討つ」式の有形無形の嫌がらせを懸念します。保険医療機関にとって行政の存在はそれぐらい重くて、陰鬱であると言う事です。

これが無理に参加する事はないに変われば、そのまま無難に辞めてしまう選択が生じると言う事です。生保患者が経営上なり医師の信条として不可欠と判断しているところは申請するでしょうが、必ずしもそうでないところは「この機会に辞めよう」は少なからず出ても不思議とは言えません。また申請はしたものの、なんらかの理由で落とされた時に

    あそこは不正請求があったから落とされた
こういうレッテルを貼られるのも嫌なところです。ここは申請もしていないから不正請求の脛に傷をもっていると疑われる懸念もありますが、審査自体で落とされるよりマシと言うところでしょうか。

もう一つ、こういう微妙な選択枝が突きつけられれば開業医は横の連絡を取ります。「お宅はどうする」です。ここで近隣医療機関に返上派が殆んどいない、もしくは非常に少なければたぶん申請します。認証されても従来と変わりないからです。ところが返上派がある程度多いと悩みどころになります。返上派が多いと、返上した医療機関からの生保患者が必然として流れ込んできます。そういう事態をどう判断するかです。

とりあえず神戸で良かったと思っています。


認証指定機関数への思惑は

返上医療機関が多いと読んでいるのか、少ないもしくは限りなくゼロに近いと読んでいるのかで今後の展開は変わります。多いと読んでいる可能性もあります。今回の認証システムの主目的は生保医療費の削減です。おそらく認証による不正医療機関の排除だけではなく、不十分と見れば診療報酬審査の厳格化も行う算段とみるのが妥当でしょう。この診療報酬審査の厳格化も算段のうちに入れているのなら、審査する医療機関数は少ない方が好都合と見れます。

少ないないしほぼゼロと考えている可能性もあります。今回の不正医療機関排除は診療所でもありますが、病院、とくに生保病院と言われるところを狙っていると見ても良いかと思っています。また病院は公立はもちろんですが、私立でも生保認証を申請せざるを得ないと見ています。もう少し言えば、診療所なんて黙っておいても申請するに決まっているの見方です。

診療所が黙っておいても申請する根拠としては、病院も同じかもしれませんが、生保指定が一つの利権と見なしているからだと見ます。ゼニゲバの開業医がそんな利権を手放す事なんて考えられないです。マスコミ論調もそういう感じはありますし、マスコミ論調が橋下市長の影響を受けているとしたら、市長もそういう判断であるかもしれません。

市長が予想している結果としては、不正医療機関、とくに生保病院を狙い打ちして排除。その他の医療機関はそのままみたいな感じです。そうなる可能性も十分にありますが、少し流れが変われば、診療所の多数脱落も可能性としてありうると思っています。


橋下市長は診療所の脱落を読み込んでいるのかそうでないかは興味があります。先見性に富む人ですから、両面を既に読んでいるかもしれません。つまり、

  • 診療所が脱落しなければ、不正医療機関だけ排除できてそれでヨシ
  • 診療所が多数脱落したら、第二弾の診療報酬審査厳格化にとって都合よろし
どっちに転んでも大阪市にとって不利益はないです。さてさてどうなる事やらです。対岸の火事ではありますが、飛び火する可能性もないとは言えません。どういう展開になるのか注目しておきます。もしこの認証システムが成功すれば、他の自治体にも波及はありえますから、大阪市医療機関がどう対応し、橋下市長がそれにどう対応するかは先例として重要です。