25.3

とりあえずソース元です。

この3つの記事から情報を拾い上げると、
  1. 医師は79歳の末期がん患者に栄養剤を、25.3ml/hの輸液速度で48時間投与する様に指示した。
  2. 看護師はこれを253ml/hと勘違いし4時間40分(計算上は4時間48分)で投与した。
  3. 点滴終了時の午後7時頃から容態が急変し、午後10時ごろに心肺停止となった。
  4. 2日後の午後7時15分に死亡。
謹んで亡くなられた男性の御冥福をお祈りします。ここでなんですが個人的に一番気になるのは医師が指示した1時間あたりの輸液速度の
    25・3ミリ・リットル
こんな指示がどこから湧いてきたのかを考えて見ます。まず得られた情報から状況を推測補足しておけば、末期がん患者への点滴ルートはIVHが確保されていたとするのが良いでしょうし、「栄養剤」は高カロリー輸液であったと考えます。輸液量は25.3ml/hで48時間ですから、単純計算で1214.4mlになります。高カロリー輸液なんて10年単位でやっていないのですが、ベースはトリパレンぐらいが可能性が高いかと推測します。

トリパレンなら1200ml製剤があるのですが、1200mlを48時間で投与なら25ml/hで十分です。ただですが高カロリー輸液の場合にはベースにビタミン剤などを入れて調整します。末期がん患者なのでモルヒネも入れられた可能性もあります。そうやって最終的に出来上がった輸液の総量が1215ml前後になったのではないかと考えられます。1215mlを48時間で輸液しようと単純計算すれば25.31ml/hですから四捨五入して「25.3ml/h」と指示した経緯です。

医療の現場を知らない人間なら「そんなもんか」と思われるかもしれませんが、はっきり言ってトンデモ指示です。小児科は成人の診療科に較べると輸液量の設定は一般に細かいとされますが、小数点以下の輸液量指示なんて滅多にありません。未熟児治療ならライン4本で1.5ml/hとか2ml/hみたいな指示も珍しくもありませんが、それ以外では殆んどお目にかかるものではありません。

あるとしたらドパミン製剤ぐらいですが、それでも通常は1ml/h単位ぐらいで、これが細かくなっても0.5ml/h単位ぐらいまでです。ドパミン製剤以外にも微量調節を必要とする薬剤はありますが、0.1ml/h単位で調節を行なう薬剤は存在するかどうかぐらいのお話になります。

もうちょっと話を一般化すると、輸液を行う時にも、その内容により非常に細かい設定を必要とするものと、もう少し大雑把に行うものがあり、栄養剤の輸液指示は大雑把な方に分類されます。大雑把とはせいぜい5ml/h単位ぐらいの指示で、1ml/h単位なんてのも非常に珍しいと考えてもらえれば良いかと思います。つまり1215mlを48時間で輸液しようと考えても25ml/hとするのが常識で、小数点1位までの指示まで行わないと言う事です。

もし「25.3ml/h」なんて指示を出せば、指示を受けた看護師から面と向かって、

    25.3ml/hになっていますが、25.0ml/hでは何故ダメなんですか?
こういう風にとっちめられます。つまり実地の医療として不要な細かさと言うわけです。不要な細かさは不要なミスの原因になりますから、少しでも経験を積んだ医師なら絶対に行なわないと言う事です。


なぜこんな指示が出てきたかを考える必要はありそうです。情報が乏しいのですが、患者への輸液指示がいつ行なわれたかです。IVHベースの指示は状態が大きく変わらない限り、そうそう変更はされません。前からの継続指示なら、看護師サイドも「25.3ml/h」の指示を受け、この日まで実行していた事になります。ところがベースの輸液装置は小数点以下の設定は無かったようなので、指示通りの輸液の実行は困難になります。

忠実に行なうのなら、ラインを2本連結とし、1本は25ml/hとし、もう1本はシリンジポンプで0.3ml/hで輸液する必要が生じます。そこまでの精密輸液を行なう輸液でないのは看護師でもすぐにわかるので、継続指示であればすぐに医師に問合せが行なわれると考えるのが妥当です。

そうなると当日に医師が指示を行い、看護師も25.3ml/hを何の疑問も無く実行しようとしたと考えられる事になります。看護師サイドの話は置いといて、医師が「25.3ml/h」をどういう思考回路で導き出したのかに興味が移ります。

考えられるのは2つです。1つは指示したのが経験の非常に浅い医師が、指導医なりの指示を受けて行なった可能性です。指導医は研修医に「これこれのIVHを48時間で投与せよ」と指示したかと考えます。経験の非常に浅い医師は指導医の指示のうち「48時間」の方に重いウェイトを置き、可能な限り48時間になるように単純計算で25.3ml/hを算出し指示した可能性です。

もう一つは、最近の現場を知らないので推測テンコモリですが、オーダリングにそういう補助機能が組み込まれていた可能性です。輸液量を設定し、投与時間を入力すると、輸液速度が自動的に計算されるみたいなシステムです。そのうえで医師が最終的に輸液量を設定するものであったのが、医師が最終調整を忘れた可能性です。

そんな補助機能が実際に存在するかどうかにまったく自信がありませんし、私が病院で使った時にはもちろん存在していませんでした。ただ私が知っている時代から10年以上過ぎていますから、そんな機能が加わっても不思議はないかもしれないぐらいの推測です。

医療安全的には、医師のトンデモ指示を看護師サイドなりがチェックアウトできなかったのも問題ですが、医師サイドもそういう指示が出てしまったメカニズムを検討しておく必要があると考えます。


実は書きながら自信が無いというか、最近の病院の医療現場から離れて久しいので、輸液指示の実態が変わっている可能性は懸念しています。私が知っている頃には、まだ輸液ポンプが十分に無い小児三次救急病院なんてのもあり、実際にそこで働いていましたから、輸液指示は常にポンプが無くても可能な量を行なうことを要求されました。

ポンプを使わず手落としで調節するのが原則であった時代と、ポンプを使うのが常識の時代では輸液指示の細かさは当然変わります。ポンプを使えば1ml/単位で指示しても看護師サイドもさほど困るわけでは無いので、指示感覚が変わっているかもしれないとの懸念です。医師もそういう感覚での指示に慣れていたので、つい「25.3ml/h」なんて細かい指示を出してしまった可能性もあるかもしれません。

この辺の感覚は一線の医師の方々の意見を聞かせて頂きたいところだと思っています。