オーバーベッド問題

病院には許可病床と言うのが定められています。この許可病床数に副って医師などの必要職員数が定められ、さらには各種設備の規模もまた定められています。実態とは乖離する部分が多々あるのですが、運用としては許可病床以上の入院患者は原則として入院させてはならないと言うものです。具体的には医療施行規則にあり、

第十条

 病院、診療所又は助産所の管理者は、患者、妊婦、産婦又はじよく婦を入院させ、又は入所させるに当たり、次の各号に掲げる事項を遵守しなければならない。ただし、第一号から第三号までに掲げる事項については、臨時応急のため入院させ、又は入所させるときは、この限りでない。

  1. 病室又は妊婦、産婦若しくはじよく婦を入所させる室(以下「入所室」という。)には定員を超えて患者、妊婦、産婦又はじよく婦を入院させ、又は入所させないこと。
  2. 病室又は入所室でない場所に患者、妊婦、産婦又はじよく婦を入院させ、又は入所させないこと。
  3. 精神病患者又は感染症患者をそれぞれ精神病室又は感染症病室でない病室に入院させないこと。
  4. 同室に入院させることにより病毒感染の危険のある患者を他の種の患者と同室に入院させないこと。
  5. 病毒感染の危険のある患者を入院させた室は消毒した後でなければこれに他の患者を入院させないこと。
  6. 病毒感染の危険のある患者の用に供した被服、寝具、食器等で病毒に汚染し又は汚染の疑あるものは、消毒した後でなければこれを他の患者の用に供しないこと。

ここに

    臨時応急のため入院させ、又は入所させるときは、この限りでない
この但し書きをどう解釈するかが問題なのですが、とりあえず「臨時応急」のためであれば定員、すなわち許可病床を越えての入院も可能であると医療法では定められているのが確認できます。ですから「臨時応急」で一時的に許可病床を越える入院患者が存在しても、それだけでは問題になりません。もちろん医療戦力的に許可病床を越える入院患者の診療にあたると言うのは問題が生じやすくなるのは言うまでもありません。

オーバーベッド問題が本当に問題になるのは、臨時応急で一時的ではなく恒常的に続いた時です。具体的には平成18年3月23日付保医発第0323003号「厚生労働大臣の定める入院患者数の基準及び医師等の員数の基準並びに入院基本料の算定方法について」が参考になります。まずオーバーベッドの定義ですが、

入院患者数の基準については次のとおりであること。ただし、入院患者数は1月間(暦月)の平均入院患者数とし、その計算方法は別紙1に定めるところによるものとする。

病院の場合

医療法(昭和23年法律第205号)の規定に基づき許可を受け、若しくは届け出をし、又は承認を受けた病床数(以下「許可病床数」という。)のうち病床の種別ごとの病床数にそれぞれ100分の105を乗じて得た数以上

別紙1の計算方法とは、

  1. 1月間の平均入院患者数は、当該月の全入院患者の入院日数の総和を当該月の日数で除して得た数とする。
  2. 入院日数には、当該患者が入院した日を含む。ただし、退院した日は含まない。

具体的な例を示しておくと、100床のベッドで1ヶ月(30日)運用したとします。仮に1ヶ月の入院患者の総和が3000人なら、

    3000人 / 30日 = 100(人)
100人入院と計算するわけです。ここで入院日数の総和が3150人になれば、
    3150人 / 30日 = 105(人)
オーバーベッドの上限は「病床数にそれぞれ100分の105を乗じて得た数以上」ですから、100床のベッドで105人以上になると通達が適用になります。

ここの解釈ですが、瞬間的なオーバーベッドは医療法でも認められていますが、これが恒常的になるのは好ましくない事を通達していると考えます。恒常的の定義を1ヶ月として規定し、さらに許可病床の105%以上になれば問題視するとしています。あくまでも通達上ですが、105%未満の運用が許可病床の上限としているとしても良いかと思われます。

建前上は許可病床の診療に足るだけの職員や施設が備えられていますから、105%までは運用として耐えられるとしているのかも知れません。実態と乖離している部分は多々ありますが、ここは通達の解釈ですから、この程度にしておきます。さて通達の105%を越えればどうなるかですが、、

入院基本料の計算方法については、当該保険医療機関に入院する患者について算定すべき入院基本料の種別ごとに次のとおりとする。

  1. 療養病棟入院基本料、有床診療所療養病床入院基本料及び老人特定入院基本料の場合


      診療報酬の算定方法別表第一医科診療報酬点数表(以下「医科点数表」という。)又は別表第二歯科診療報酬点数表(以下「歯科点数表」という。)に規定する入院基本料の所定点数の100分の90に相当する点数


  2. 1.以外の入院基本料の場合


      医科点数表又は歯科点数表の所定点数の100分の80に相当する点数

一般病床では、その月の全基本入院料の2割が減算される事になります。これだけではなくさらに、

  1. 入院基本料に係る届出及び特定入院料に係る届出並びに入院時食事療養(1)の届出を受理しない。
  2. 「基本診療料の施設基準等」(平成18年厚生労働省告示第93号)の第九の一の1の基準を満たさないものであり、速やかに、変更等の届出を行うものであること。
こういうのも付いてきます。もちろんここでも但し書きがあり、
    災害等やむを得ない事情で1の基準に該当した場合には、当該入院した月については、2の措置は適用しない。
「1の基準」とは1ヶ月で105%以上の病床運用のことであり、「2の措置」とは入院基本料の減額等の事です。問題になるのは「災害等やむを得ない事情」なんですが、阪神大震災ぐらいの災害になればもちろん適用になるでしょうが、「等のやむをえない事情」の適用は相当辛いと聞いています。これは確かBugsy様から頂いたコメントだと思いますが、大き目の交通事故か何かがあり、救急患者が大量に運びこまれ、院長が閉鎖中の病棟の使用で対応しても、その程度では却下です。

医療法と通達で許可病床を越える入院の規定は二段階あると考えています。

    第一段階:「臨時応急」で一時的に越えるのは可
    第二段階:1ヶ月通算で105%を越えるものは不可と言うかペナルティが課せられる
医療機関側が悪意で見れば、満床であっても「臨時応急」で入院を要求されるのに対し、その結果としてオーバーベッドとなれば診療報酬で粛々と減額される関係に見えます。好意でみれば「臨時応急」は要求されても、105%ルールで歯止めがなされているとも言えないことはありません。もっとも「要求」に対しては「この限りでない」の対応で良いとされていますし、あくまでも原則は、
    定員を超えて患者、妊婦、産婦又はじよく婦を入院させ、又は入所させないこと。
こちらが優先されると考えるのが妥当ですから、微妙な関係と言えば関係とは言えます。




ただ面白かったのは入院日数の数え方です。私の勉強不足も半分以上ありますが、

    入院日数には、当該患者が入院した日を含む。ただし、退院した日は含まない。
オーバーベッド問題での入院日数の数え方は退院日を含まないようです。つまり1泊2日入院であれば入院日数は1日と言う事になるようです。正直「エッ」と思って調べなおしてみたのですが、勤務医時代を思い出しても退院日も入院日数に数えていたはずです。ただ良く考えれば誰にも教えられてなかったような気がするので確認してみます。

厚労省統計の入院日数の数え方の定義を見つけるのは案外大変だったのですが、病床利用率の定義には、

在院患者とは、毎日24時現在病院に在院中の患者をいい、入院した日に退院あるいは死亡した患者は含まない。

24時とは深夜零時の事ですから、やはり1泊2日入院なら1日(1人)と数えるのが正しい事になります。オーバーベッド計算法との微妙な相違は当日入院、当日退院の場合で、病床利用率では「含まない」にしているのに対して、オーバーベッド計算法では入院した日を含むが、退院した日は含まないとなっており、「?」なんですが、どうも含みそうな感じはします。解釈に自信がチョットないですけどね。

ここで応用問題みたいなものが平均在院日数です。計算式を挙げておくと、

    平均在院日数 = 年(月)間在院患者延数 / (1/2×[年(月)間新入院患者数+年(月)間退院患者数])
このうち分母に当たる新入院・退院患者とは

その対象期間中に、新たに入・退院した患者をいい、入院したその日に退院あるいは死亡した患者も含む。

当日退院の患者も含むことは明らかですが、分子の年(月)間在院患者延数が同様の定義なのか、それとも病床利用率の定義によるものなのか確認できませんでした。式の構成からして分子と分母で患者数のカウントの定義は同じと考えるのが妥当ですが、しばしばそうならない時も現実にありますから、ここでは「よくわからない」にしておきます。

入院日数(患者延数)のカウント法をまとめておくと、

計算対象 カウント定義
オーバーベッド 当該患者が入院した日を含む。ただし、退院した日は含まない
病床利用率 毎日24時現在病院に在院中の患者をいい、入院した日に退院あるいは死亡した患者は含まない
平均在院日数 入院したその日に退院あるいは死亡した患者も含む


確認してみると微妙ですねぇ。医療機関によっては日帰り入院みたいな診療を多く行っているところがありますが、あれが名前は入院でも保険診療上は外来ならともかく、入院扱いであれば、計算結果がそれなりに変わります。病院はこういう統計を報告しなければならないはずですから、担当者の方は微妙な定義の違いで数えなおしている事になります。

とくに常に満床に近い状態で運用されているところは、数え方を少しでも間違うと大きなペナルティをもらいますから、きっと月末になると帳尻合わせに努力されているんじゃないかと推測します。まあ、個人的な感想としては、微妙な差ですから統一しても良さそうな気がするのですが、連年の統計ですから安易に変えられないんでしょうね。

公衆衛生学の試験に出てきそうなお話でしたが、ちょっと勉強になりました。