今どきの病院経営みたいなお話

某所で実態を教えてもらったお話です。教えて頂いた方はこの手の分野の研究者で、その知識と研究は非常に信頼を置いています。別に名前を出しても差し支えないと思いますが、あえて伏せさせて頂きます。それとこの話は研究者自体が発表と言うか公表(コラム程度のレベルです)したかったそうですが、手際よく説明しにくいので挫折したと脅されました。私の理解できた範囲で頑張って説明してみます。


松前病院の病床利用率

ここのところ、この話題をやっていたのですが、松前病院(100床)の病床利用率から話は始まっています。

年度 2007 2008 2009 2010 2011
病床利用率 84.4% 81.2% 80.4% 86.9% 84.0%


この数字を見てどう思うかです。今どきの病院経営の観点からするともう10%ぐらい上積みが欲しいぐらいとも言えますが、本音で言えば上限の8割以上であっても赤字を余儀なくされるのはビジネス・モデルとして設定がシビア過ぎないかです。せめて8割ぐらいが採算ラインで、9割になれば余裕ぐらいであるのが望ましいんじゃなかろうかです。

こんな平和な感想を垂れていたら、現実はそんなに甘くないの指摘をピシャリと受けたわけです。入院収入は確かに大昔は病床利用率で見れたかもしれないが、現在は見方が根本的に変わっているとの指摘です。具体的には松前病院の病床利用率は8割以上ですが、内容が良くないとの指摘です。松前病院の平均在院日数は2011年度で28.8日です。こんなに長くては病院経営の観点からすると話にならないぐらいでしょうか。現在の入院収入の観点は、

    年間の入院患者数に比例する
病院の長期入院は厚労省の方針により締め上げられ、入院患者がいるだけでは期間が長くなるほど収入が減り、ついには赤字になる仕組みです。あくまでも喩えですが、1つの病床に同じ患者が入院していては医療経営は成り立たず、10日ずつで3人ぐらい入院させて回転させる必要があると言う事です。1つの病床に入院患者1人なら入院患者は1人ですが、10日ずつで3人入退院が行われれば3人になります。これが入院患者数と言う意味です。

可能な限り短期で入退院してくれる患者が多いほど収益構造は良くなるわけで、この病床回転の良さを示す指標が平均在院日数になると考えれば良いぐらいです。松前病院の28.8日では余りにも長すぎ、これでは入院患者から病院経営に必要な収入を得る事は無理ぐらいのお話と思って頂ければ良いかと存じます。


現実はさらにシビア

平均在院日数は病床回転率を示す指標、つまり入院患者から効率よく入院収入を得る事の出来る指標にはなりますが、やはり病床利用率も重要な要素となります。と言うのも採算ラインもまた高くなっているからです。短い平均在院日数で高い病床利用率を達成しないと病院経営の黒字化は無理ぐらいです。ではどれぐらいが採算ラインの目安になるかですが、私が聞かされたのは、

    平均在院日数18日ぐらいで病床利用率95%が採算ライン
「げっ」と正直感じました。開業して10年で病院はそうなってしまっているんだとシミジミ感じました。この情報は冒頭で紹介した信頼している研究者からのものなので、それ以上の裏は取れていません。もちろん病院によって異なる部分は多々あるでしょうが、今日は信用して話を進めます。さて当たり前の話なんですが、
  • 平均在院日数がより短くなれば採算ラインの病床利用率は下がる
  • 平均在院日数がより長くなれば採算ラインの病床利用率は上る
こういう関係になります。もう少し情報があれば方程式なり、早見表みたいなものが作れるのですが残念ながら無理ですので御了解下さい。ここで平均在院日数が長くなった時ですが、採算ラインの病床利用率の採算ラインが上ると言っても、上限は100%までしかありません。ある日数以上の平均在院日数になれば、採算ラインは病床利用率100%を越えてしまう事になります。そういう意味で松前病院の28.8日は例え100%を連日続けても赤字と言う事になります。

平均在院日数は18日より短いところはあるはずです。つうか経営優良病院はそうなっているはずです。平均在院日数が10日ぐらいになれば採算ラインの病床利用率は90%ぐらいに下がるのでしょうか。ここら辺は良く判らないのですが、実態はその辺で動いている気がします。


採算ラインへの道

採算ラインをクリアすると言うか、入院収入を増やす方法は上記したとおり、

    必要条件:平均在院日数を可能な限り短縮する
    十分条件:病床利用率を可能な限り上げる
このうち病床利用率は平均在院日数を7日以内にしても80%台の後半がせいぜいではないかと考えています。採算ラインとはあくまでもトントン・ラインですから、収益を確保するためにはやはり90%以上は必須条件と見ます。それに平均在院日数だって無限に短く出来るわけではありません。そりゃ究極は全員日帰り入院(これは入院になるのかな?)なんてのもありますが、現実には7日ぐらいが目一杯では無いかと思っています。

こういう命題に対して行われる対策として誰でも思いつくのは、

  1. 予定入院患者(セットで予定退院)の比率を可能な限り高くする
  2. 入院中は可能な限り効率よく検査や治療を濃密なタイムスケジュールでこなす
  3. 長期になりそうな患者の入院は出来れば避ける
3.は現実的には無理があるかもしれませんが、1.と2.は絶対と考えられます。病床の一番の有効利用は、午前中に退院してもらって、午後には同じ病床に別の患者が入院してもらうです。この手法については前に昼食の有無で入院基本料をどうにかするみたいな規制があったと記憶していますから、どうなっているかわかりませんが、とにかく入院待ちの空きベッドは敵視されることになります。

間断なく入院患者に病床を利用してもらうためには、入院日も退院日も列車のダイヤの様に組み上げる必要があります。不可避とは言え、アクシデント的な突然の入院はダイヤを乱しますから経営的には歓迎されない事になります。予定退院の日が狂うだけでも調整が大変になるぐらいでしょうか。書きながらベルトコンベヤー式の工場を思い浮かべてしまいますが、デタトコ勝負で入退院をやっていたら採算ラインなんて夢の話の気がします。


看護師

ここの説明が一番手強いのですし、私の理解も生煮えなので大雑把な話にさせて頂きます。高効率の入院治療の主役は看護師です。医師も重要なんですが、病棟管理の担当は看護師です。まあ、医師が組んだ処置や治療スケジュールを実行者として動かしているぐらいの理解で良いと思います。効率を高めるためにはマンパワー(人数)が多いほど有利です。有利なのですがネックが出てきます。

採算ラインでも収益分岐点でも良いのですが、これを考える時には支出と収入のバランスで考えます。支出と収入が同じになるところが採算ラインなのですが、支出を考える時に病院で多くを占めるのは人件費です。これはのぢぎく県のある公立病院の人件費の内訳ですが、

区分 人数 平均給与 人件費 比率(%)
医師 84 1256214 105521976 29.4
看護師 381 426511 162500691 45.2
准看護師 6 762625 4575750 1.3
事務職員 30 562220 16866600 4.7
医療技術員 94 563270 52947380 14.7
その他職員 32 532742 17047744 4.7

人件費自体が支出の半分以上をまず占めます。半分以下にするように総務省辺りから「指導」があるようですが、減らせば今度は医師や看護師が集まらなかったり、逃げられたりのジレンマがありますから、この点は難しいところです。もちろんリストラして人数を減らしたりすると病院機能が低下して、これまた赤字に傾きます。縮小均衡が成立し難い理由は・・・これが例の7:1とかあるのですが今日は省略します(つうか煩雑で説明し切れません)。 でもって看護師の人件費がおおよそ半分を占めます。看護師のマンパワーを増やせば当然人件費をさらに押し上げます。高効率化のために2割とか3割増やせば、その分だけ採算ラインがまた上るです。医師も同様ですが、この点から見ると交替勤務が医療経営的に夢物語なのは悲しいほど明らかです。交代勤務のためには最低2倍ぐらいはマンパワーの増強が欲しいところですが、それに耐えられる財務余力は逆さに振っても出て来そうにありません。今だって固定経費としての人件費は大きいのですが、これを減らす事も、増やす事も難しいのが医療経営の一つの側面なのかもしれません。 さてなんですが、病床有効利用のためには入院患者の組み合わせも重要になります。組み合わせの考え方のベースは、
    病棟看護戦力と入院患者の重症度の和のバランス
これがあります。重症患者が増え重症度の和が病棟看護戦力を上回ると、看護戦力が足りなくなった分だけ空床が生じます。そうならないように常に調整が必要になります。看護戦力より重症度の和が高い状態が続くと医療事故の原因になるからです。他にも入院患者の組み合わせは要因があり、
  1. 入退院曜日(祝日、年末年始休暇も含む)の問題
  2. 大部屋の男女別の割り振り
こういう要素を365日考えながら病床の有効利用を図らなければならないと言うことです。この有効利用と言っても採算ラインは90%を越えますから、実質として常に満床であるのを基本として目指す必要があります。たとえば重症患者がたまたま重なる等の理由で、病床利用率80%が1週間続けば、これを取り戻すには1週間の100%満床が必要になります。病床利用率が採算ラインを割るアクシデントはいつ起こるか判りませんから、入院が可能な時には常に100%を目指してちょうど良いぐらいになる感じです。

正直なところ書きながら息が詰まりそうになりました。これまでに救急医療で救急部とその他診療科の間で軋轢が起こりやすいとしたのも、これで判りやすくなったんじゃないでしょうか。救急部からの入院は当然の事ですが、アクシデント的な入院であり、その重症度も事前に予測は不可能です。救急部からのアクシデント入院が頻発すれば予定入院のスケジュールが狂うだけでなく、病棟看護戦力と入院患者重症度のバランスを崩す結果を引き起こすからです。

アクシデント入院の結果、余分な空床が発生したら経営的にマイナスになります。救急患者の入院が増えて収入が増えるよりも、その影響によりスケジュール入院が狂わせられる方が困るぐらいでしょうか。そうそう誤解無い様にお願いしますが、あくまでもこれは経営的な視点での迷惑であって、前線の医療従事者はそんな経営の事はあんまり念頭にありませんから、その点は宜しくお願いします。せいぜい後日の経営会議なりで部長クラスがネチネチと嫌味を聞かされるぐらいです。


ハイコスト・ローリターン

高い採算ラインになっている上に、支出の半分以上は固定経費である人件費で占められています。これより何が起こるかと言えば、採算ラインの高さゆえに

    儲かっても限度がある
現実的に100%の病床利用は無理です。かなり高いところでも95%ぐらいが目一杯ではないかと推測します。この時に採算ラインが90%で利益は5%です。採算ラインがもう少し高ければ利益率は薄くなりますし、病床利用率が少し下がれば。これまた利益率が下がります。ですから優良黒字病院と言っても2%程度ぐらいしか利益率がないところが多いのはそのためだと考えています。それ以上は頑張っても儲けられないです。

儲けも限度はありますが、赤字転落もまた早いです。もともと2%ぐらいしか採算ラインを上回っていませんから、少しでも業績が下がると赤字に転落します。この少しの差は働いている職員にとっては感じようもないぐらいの差だと考えられ、黒字にそこそこ近い赤字病院でも医師が死にそうなか顔をしている事になります。つまり現在の病院経営のシステム設計は、重装備のフル稼働を356日続けてやっとこさ黒字になるかどうかぐらいに置かれているです。

言い換えれば繁閑期による調整が効き難い業種になっており、つねに繁忙期の体制が必要になり、さらに繁忙期が1年中コンスタントに続かないと成立しないぐらでしょうか。


舞鶴型モデルを考える

舞鶴医療崩壊で深刻なのは病院機能が短期で失われ不便になるだけではありません。医師がいなくなって医療収入がなくなるのは誰でもすぐ判りますが、固定支出がなかなか減らないところが長期に影響します。病院職員は公立病院に就職してる公務員だからです。つまりは辞めてくれないです。仕事がない病院では「やりがい」がないとトラバーユする者もいますが、一方で仕事がなくとも給与が保証されていますから、結構な割合でそのまま居残られるです。地方であるほど公務員は「勝ち組」就職場所の色合いが強く、さらに地元出身者の比率が高いので他所に出て新たな就職場所を探すより、そのまま居残られるぐらいでしょうか。

民間病院なら給料が出なくなった時点でしがみつく理由はなくなり、食うためにトットと去っていきますが、公立病院では給与は保証されますから残る率が高くなります。行政側からしたら完璧な余剰人員になる上に、他への転用が難しい人員にもなります。居るからには有効活用したいのですが、有効活用するには逃げられた医師を集めないといけませんが、舞鶴型を起すような経営母体の病院に医師なら近づきたくないところです。舞鶴市は10年ぐらい有効再利用に悪戦苦闘していましたが、その間にも赤字がドンドン累積する事になり、自治体は処理に苦悩する事になります。



・・・やっぱり説明は難しいなぁ。難しいのは私の知識と理解が漠然としているのが主因ですが、冒頭で紹介した研究者が手際よく簡潔に書けないので、公表するのを挫折した理由が良く判りました。