それしか無いのかな?

4/18付読売新聞より、

臨床研修で救急医療の能力向上…修了医師調査

 6年前に義務化された臨床研修制度を修了した医師は、それ以前の医師に比べ、救急医療の能力が高く、緊急時対応にも自信を持っていることが、厚生労働省研究班(主任研究者=徳田安春・筑波大教授)の調査で明らかになった。

 新研修制度は医師不足を加速させたと批判されているが、徳田教授は「幅広い診療能力を若手医師に身につけさせることができた」と利点を強調している。

 研究班は昨年11月、臨床研修を修了した4〜6年目の医師(救急医を除く)103人と、制度導入前に卒業した7〜9年目の医師(同)105人を対象に、救急外来を想定した26場面で、正しい治療方法を六つの選択肢から選ばせる質問を出した。その結果、約3か月間の救急医療研修を受けた医師の平均点は26点中15・3点で、制度導入前の医師の平均点(12・8点)よりも高かった。また、自信も臨床研修修了者の方が高いことがわかった。

医療崩壊の主因とまで目の仇にされている新研修医制度ですが、なんとか評価したいのは理解します。そうしないと導入にラッパを吹いた連中は袋叩きにされかねない状況だからです。医療崩壊の本質はそうではないのですが、本質から目を逸らすために新研修医制度をスケープゴートにした報いと言えばよいのでしょうか。

さてと研修修了者の評価は、

    救急外来を想定した26場面で、正しい治療方法を六つの選択肢から選ばせる質問を出した
どんな問題かを現時点で知りようがありませんが、六択のペーパー試験であると判断して良さそうです。結果は、
    旧研修医制度:12.8点
    新研修医制度:15.3点
差し引きすると2.5点上昇しており、この上昇分が新研修医制度の成果と言うわけです。ただなんですが、どんな試験様式であるかが気になります。あくまでもこの記事を読む限りですが、26場面の問題設定で満点が26点と言う事は、1場面の選定問題は六択問題一つである可能性が十分にあります。つまり問題数は1問1点で26問です。

そう考えると正答数の差としては26問中2.5問と言う事になります。それだけでも成果と言えない事はありませんが、比較データとして

臨床研修を修了した4〜6年目の医師(救急医を除く)103人と、制度導入前に卒業した7〜9年目の医師(同)105人

これがイコールかと言う問題は当然出てきます。何が言いたいかですが、2.5問正答率が高い「4〜6年目の医師(救急医を除く)103人」が7〜9年目になっても正答率の結果が同じかの問題です。新研修医制度であっても、さすがに7〜9年目になれば自分の専門を勉強します。専門とする診療科によりますが、救急現場から比較的距離がある診療科を希望する医師も少なからずおられます。医師といえども日常的に使わない医療知識はいつまでも保持できないと言う事です。

私も循環器や新生児を研修しましたし、研修直後はそれなりに知識や技術もありました。しかしあれから20年近くなれば日常診療に使われないものは殆んど錆び付いています。悔しいですが、技術も知識も常に実戦でup dateしておかないと「知っている」だけのものに成り下がると言う事です。おおよそ、どういう流れで治療が行なわれるぐらいは理解できても、実際に自分で担当して治療できるかになれば過去の技術に成り下がります。

実際の現場から1〜2年遠ざかるだけでも、本人の自信と裏腹に「どうするんだっけ」が加速度的に増えてきます。成果を較べるのであれば、現在の7〜9年目の医師の成績と、今4〜6年目の医師が7〜9年目の医師になったときのものを較べるべきだと考えます。それでもスクエアーとは言い難いですが、今回の調査よりはかなりマシです。

それより何より試験の形式も問題でしょう。たった26問しかないのであれば、知っているか知っていないかは、現在の研修医にとってはカリキュラムの設定次第で大きなバイアスが生じます。なんと言っても旧研修医制度の医師は、医師によっては系統だった実地の救急医療の研修などゼロの医師も少なからずいるだろうからです。

こういう風に研修からの期間、研修の有無の条件があるにも関らず、その差がたった2.5問しかないのはある意味驚きです。厚生労働省の研究班の予定調和として「2.5問も優秀」と結論付けていますが、あれだけ研修をやっても「2.5問しか差がない」と評価も可能と言う事です。もう少し言えば、現在4〜6年目の医師が7〜9年目になった時に差が「1問以下」になる可能性も十分あるとは考えています。

差が1問以下になっても「新研修医制度の偉大な成果である」と胸を張って発表できるかどうかは個人的に疑問です。


もう一つ、不思議でならないのは何故にペーパー試験であるかです。試験は救急医療です。救急医療で重要なのは咄嗟の反応です。短時間で病状を把握し、的確な診療手順を見つけ出し実行する事です。であるならば、ペーパー試験ではなくせめて口頭試問で試験を行なうべきではないでしょうか。そうすればカンでのまぐれ当たりも排除できますし、その医師がどういう全体把握で治療にあたっているかも判断できます。

実地の医療は正解を出す事も重要ではありますが、大ハズレを回避しながらの診断治療技術と言うのも大切だからです。細かい鑑別診断をデータから完全にルール・アウトできていなくとも、大筋で正しければ、少々遠回りしても治療としては問題ありません。診断治療を考える時には必ずしもピンポイントで考えるのではなく、ゾーンで外さないのも重要です。

経験年数を重ねるほど、ピンポイントで当てる事に熱中するよりも「こういう例外ケースもある」の幅を持った治療診断能力が向上するようにも思います。そういう能力はペーパーでは計りにくく、診断治療戦略の考え方を広く聞き出す方が能力の評価としては適切な様な気がします。診断も治療も唯一の正解を探り出すのが医療ではなく、いかに漏れがないように全体戦略を構築するかが実戦では重要と思います。

もう一つ言えば、ペーパー試験の六択の設定ですが、他の方法が間違いであるかどうかも微妙な時があります。実戦と理論の乖離と言うのは確実にあります。判り難いかもしれませんが、基本はAから始めるが実戦ではスキップしてBから始めるみたいな場合です。もうちょっと言えばA〜Fの六択があっても、どれかから順番にやるのではなく、実地では同時進行で準備が出来たものから行なうと言うのもあります。

日常診療では同時進行ですから、あえてどれかを1番にするかと言われれば、ペーパー試験の問題としては悩む事も出てくる事があっても不思議ないとも考えられます。実戦的にはこれが1番とか2番の感覚が乏しい事柄も多々あるだろうからです。救急医の認定試験ならともかく、

    救急医療の能力向上
教科書的な「知識」を評価するのならペーパー試験でもまだしもですが、「能力」を評価するのなら実地能力を問うべしと考えます。たとえば医師国家試験でも今の学生と現役の医師が受けても、現役医師の方が点が良いとは必ずしも言えません。自分の専門分野だけならともかく、全診療科のペーパー試験の点数であれば同等であったり、劣る事もあるだろうからです。それでもって医師としての能力が優れているとは言えないからです。

それとこれも批判が多い個所ですが、

    自信も臨床研修修了者の方が高いことがわかった
「それがどうした」みたいな意味のない評価です。4〜6年目の根拠の乏しい自信と、7〜9年目のより怖さを知った上での自信を何のために比較しているのか理解不能です。根本的には4〜6年目の医師と、7〜9年目の医師では、医師の質がまったく違います。そのうえで研修システムが異なりますから、医師としての評価・能力を救急医療のペーパー試験のみで優劣を断定するのは、何が言いたいか理解できません。

現物の報告書を読まずにマスコミ報道を鵜呑みする批評は如何の意見も出るかもしれませんが、この研究班調査の目的は「新研修医制度のメリットの報告」です。報告書には他にも色々書かれているとは考えますが、厚労省が報告書の内容のうち、マスコミに報道させた部分のみが今後活用される事は説明の必要もないかと思います。

報告書の他の部分は「書いてあるだけ」であり、極論すれば二度と陽の目を見ない事も十分にありえると言う事です。もっとも研究班まで作って新研修医制度のメリット部分を探した成果が「これだけ」とは、裏返せば物凄い報告書かも知れません。他の部分はマスコミにも出せないぐらい「凄い」の解釈も成り立つからです。そういう意味で一度読んではみたいものです。