ある大学病院救急のお話

かけだし様から詳細なレポートがあったのでまとめてみます。第一報が2/9、続報が2/13となっています。全文を引用したいのですが少々長いので、要点部分を引用しながらにさせて頂きます。

まずは第一報です。

 私は某地方の大学病院で勤務している者です。当院は「高度」救急救命センターに指定されており、自分の無知を晒すようで恥ずかしい表現ですが3次救急の親玉みたいな病院でしょうか。

 当院でも救急部の人手不足と現場の疲弊は著しく、当直帯は各科から応援(内科系1名、外科系1名、2年目研修医1名)を出してなんとかまわしている状況です。

 それでも足りなくなったのか、各専門科に進んだ3、4年目の医者を3〜4ヶ月間供出せよという案がこの度でてきました。他の病院でもこのようなシステムをとっているところはあるみたいですが、違いは収入増などのメリットがないこと、講師の資格に必要との謳い文句のためもし拒否すれば講師昇格ができないなどの脅し文句がついている点でしょうか。臨床研修制度が始まりただでさえ入局者が減っているこの大学で、しかも来年度の入局者が決まった後出しのこの案・・・。救急崩壊よりも大学病院の崩壊のほうが早いのでは・・・。

 私のいる県は医者の多い県として認識されており、実際人口あたりの医師数は一ケタの順位です。こんなところでも救急の崩壊は進行しているんだと認識させられました。今回私は驚いて投稿しようと考えたわけですが、こんなこときっと日常茶飯事なんでしょうね。

 来週にも研修医、3・4年目の医者からこの案に対して意見を求める会が開かれます。荒れるんだろうなあ。もし場違いな投稿でなかったらまた結果を報告致します。

読んでの通り大学病院救急のレポートです。要点を抜き出して置けば。

  • 高度救命救急センターに指定されている、とある大学病院
  • 医師の多い県とされていますからおそらく西日本のどこか
  • 現在の体制は当直帯に応援(内科系1名、外科系1名、2年目研修医1名)で維持、救急部の医師数は不明
こういう状況下でも救急体制の維持が難しくなり出された提案が、
    各専門科に進んだ3、4年目の医者を3〜4ヶ月間供出せよ
3〜4年目の医師と言えば後期研修医と言う事になります。あんまり喜ばれていない提案みたいですが、当局側はアメとムチの附帯条件を付けています。
    講師の資格に必要との謳い文句のためもし拒否すれば講師昇格ができないなどの脅し文句
私は大学病院勤務の経験がゼロですから、この「講師の資格」がどれほどの条件であるか実感できないのですが、「脅し文句」と言うぐらいですから相当効果的なものだろうぐらいは想像できます。

この案のための意見交換会が続報です。まず現状の説明のようです。

  • 地方大学の付属病院
  • 高度救急救命センターに指定され、1〜3次救急を受け入れ
  • 年間患者数25000人、救急車3600台
  • 救急部で50床の病棟、ICU、SCU、熱傷ユニットあり(ただし看護師不足で現在稼動は30床のみ)
  • ドクターカー、ドクターヘリ所有
  • 消防隊員の教育常時受け入れ
  • 現在専属医師は11人、当直帯は内科医、外科医、2年目研修医各1名が加わる。

各時間帯に何名の救急部医師を配しているのかわかりませんが、もし3交代制なら11人では人員的には厳しいところです。もっとも救命救急センターでは205施設中13施設で救急医がゼロのところもありましたから、さすがは大学病院で11人もいるとも言えます。ドクターヘリ所有もなかなかと思いましたが、50床中20床が看護師不足のために休止中なのは、この大学病院も看護師確保戦争では負け組と言えるかもしれません。

新提案にあった「講師の資格」に対する質疑応答は、

強制ではない。希望者のみとする

これで、

3,4年目の医師達の不安は晴れたようでした

とはなっていますが、簡潔すぎて会議でのニュアンスがよく分かりません。読みようによってはこの続きに、

    希望者には十分配慮する
こういう言外のニュアンスが込められているような気もするのですが、会議の空気はわかりませんから、やはりレポートにある「不安は晴れた」感じになったのだと思います。

それの傍証になるかとも思うのですが、出席していた教授や医長クラスからも異論も出たようで、

  • 人手不足は救急部だけではない。無い袖は振れない
  • 今回入局が決まった後出しというのはあまりにもひどいのでは
  • 講師昇格という脅しのような条件は撤回してほしい
  • 当直にインセンティブをもっとつければ自分から進んで当直なりをしようという医師もあるのではないか
  • 今後大学に残る医師がさらに少なくなる

現状の厳しさを反映した率直な意見ですが、一つだけ場違いと感じるのは、

    当直にインセンティブをもっとつければ自分から進んで当直なりをしようという医師もあるのではないか
どんなインセンティブなのかが興味深いのですが、ひょっとすると「講師の資格」支持派の意見かもしれません。スッタモンダの末のこの会議の結論は、

結局3,4年目の医師にとっては希望者のみとなったので良かったようですが、希望者がたくさんいるわけもなく(聞いた話では一人だけとか)

3、4年目医師が何人だったか分かりませんが、希望者は「一人」みたいです。その一人ですが、救急現場が好きだったのか、それとも「講師の資格」の条件に引かれたのかは分かりません。否定はされても無言の配慮ぐらいはありえるの計算はたちます。これだけ嫌がられているのですから、あえて志願すれば何らかの見返りは皮算用できます。もちろんそうでなく本当の志かもしれません、真相は闇です。素直に両方と言うのもあります。

なんとなく事件は一件落着したみたいな感じですが、新たなフラグも立ちつつあるようです。

再来年度には現在より規模の大きい新救急棟が完成するため、それを稼動させるには来年度以降強制案がでるのではないかという意見が専らでした。

看護師不足で稼動していない20床を稼動させ、稼動させても耐えられる救急部の医師「確保」が先決と思うのですが、現実は構造的な人手不足を抱えたまま「新救急棟」を建設中のようです。箱だけ作ってどうするんだろうと思いますし、その予算があればそれこそ勤務医の待遇改善のために使えばと素人目には考えます。しかしこういう予算は出所で使用用途が限定されますから、マンパワーを無視してハコモノだけは出来上がるようです。

それと救急部の院内での評判みたいなものが書かれています。

救急と他科の軋轢がかなりあるようで、このまま救急部の人手不足が続けば他科からの応援は期待できず崩壊は時間の問題かなと感じました。

難しい問題のようです。参考になるのはAsahi.comの特集記事の「内憂」「志」くじく低い地位に表れているように思います。これはこの記事を引用したssd様の低い地位は原因か結果かに明快に解説してあります。

まず記事では救急医の不満をこう書いています

 この病院の「稼ぎ頭」は、人工関節や脊椎(せきつい)の手術で1カ月先の予定も埋まる整形外科。急患の骨折を治療する余力はなく、救急医が手当てを終えた骨折の患者を治療せずに転院させていた。そのうち整形外科の急患を断るようになった。

 理想とかけ離れていた。

 かつて高次医療を受け持つ救命救急センターで腕を磨いたが、一見軽い症状の中に隠れている重い病状の患者を自分の診断で救いたい。そう考え、様々な患者が駆け込む一般の救急病院を仕事場に選んだはずだった。

 「今度こそ」。06年の初め、公的病院に移ると、救急車を断らない姿勢を貫き、1日15台前後を受け入れた。病院の収入は増え、救急に関心のある研修医が集まった。「助かっている」。院長にも救急隊にも感謝された。

 半年後、肺がん治療に力を入れる呼吸器科医らが最初に音を上げた。高齢の肺炎患者が次々運び込まれ、入院後のケアが重荷となっていた。「こちらの立場もわかって」と訴えられ、しばらくして院長にも言われた。「うちはがんが大事」

 流れは止まらなかった。そのうちほかの科も救急を敬遠し始め、1年後には内科医が一斉に退職。とどめだった。

 今、小さな病院の内科に籍を置く。「救急崩壊の原因は医師不足だけではない。専門医志向の医師の世界には、救急医療を見下す風潮がある」。再チャレンジには、ためらいが残る。

記事の論調は言うまでもなく救急医の立場を支持しています。ところが救急医が使命に燃えて行なった医療の結果、

  • 整形外科病棟が骨折患者で埋まる
  • 呼吸器病棟が高齢の肺炎患者に埋まる
  • 負担に耐えかねた内科医が1年後に一斉に退職
この行為に対しssd様は、

 いわゆる、「救急医」というものの地位が低いというならば、それは、こうした記事でも読み取れるような、相手の立場を考えられない、無神経なふるまいが原因であろう。

 所与のリソースでやるしかない地方の病院で、都市部の大病院と同じような医療を行えば自滅は子供でもわかる自明である。このケースでは100%救急医が悪いのだろうに、自己反省もなく、「地位が低いから」とかトンチンカンな恨み言をマスゴミ相手にぶちあげる神経。

 典型的な「救急医」。もちろん、ここで、いう救急医=救急に携わっている医師ではない。

 他科の医者が、自分の領分で「できません」というのは相当の屈辱である。しかし、恥を忍んで、そう「救急医」に伝えるというのは大人な振る舞い。それなのに、相手が辞めても理解しないというのは、断言するが、この「救急医」はどんな場末の職場に行ってもうまくやってはいけないであろう。

ssd様の切り口はいつもの事ながらシャープで颯爽としているのですが、私はもう少し奥歯に物の挟まった感じになります。記事の救急医は救急科の正義は貫いていると思います。救急科の大義からすると間違っていないという事です。これはかけだし様の大学救急も似たようなものです。しかし病院全体から見ると浮いた存在になってしまっています。なぜ浮くかが問題です。

理由はssd様が指摘した通りなんですが、結局のところ病院に余力がないことに尽きます。現在のほとんどの病院はどの診療科も目一杯を越えたところで維持されています。足りないところを努力でカバーして辛うじて支えている状態です。救急科ももちろん同様なのですが、救急科は自前で治療を完結できない部分が多分にあります。これは救急科が悪いのではなくそういう性格の診療科なのです。

救急病床を十全に生かすには十分な後方病床が必要です。絶えず「救急病床→後方病床」の流れを確保しないとすぐに目詰まりを起します。ところが後方病床つまり一般病床も余力が非常に乏しいということです。一般病床にもそれぞれの診療科が医療を展開しています。その診療を賄うだけでもうほとんど余力は無いのが実情です。そんな状態のところに活発な救急科から次々に患者が送り込まれればたちまち麻痺してパンクします。単なる救急の下請け病床になってしまうのです。

これは「地位が低い」とか「専門医志向」なんて陳腐な理由ではなく、算数レベルの問題です。救急部が十全な力を発揮できる十分な後方病床が確保できるのと同じスタイルで、限られた病床数しかない病院、地方で行なえばすぐに問題は露呈します。救急一人で病院のリソースを食い潰しては医療は成立しない見本です。そこには妥協が必要です。救急としての大義は正しくとも、大義を実現させる戦力は無いというわかりやすい現実です。

かけだし様の大学病院でも救急から見れば正しい事なんでしょうが、他の診療科から見れば「無い袖は振れない」の本音が滲み出ています。どこも余るほどの人手があるわけでなく、足りない人手で懸命に現場を支えているのが実態です。救急に人手が足りないのは理解しても、供出するほどの余力なんて到底無いと言う本音がしっかり出ています。

足りない医師を極限まで薄く伸ばしてカバーしているのが日本の医療です。もう薄くなりすぎてあちこちに亀裂が生じているとも言えます。そういう状態で救急に限らず特定の診療科のみに偏重して充実させようとすれば、その部分が厚くなった分、他の部分がさらに薄くなり新たな亀裂が次々に生じます。まさしく「貧すれば鈍す」そのもので、どん詰まりの日本の医療を象徴していると感じます。