鳥取事変

2/5付読売新聞に医師なら驚愕するニュースが掲載されています。

鳥大救命救急センター 専属医4人全員退職へ

人手不足理由

 鳥取大病院(米子市)は4日、救命救急センター長の八木啓一・救急災害科教授(54)らセンターの専属医師4人全員が、人手不足などによる激務の「心身の疲労」などを理由に、3月末で退職することを明らかにした。病院側は、他科の応援医師の増員などの対策を講じ、治療態勢に支障はないとしているが、山陰の「命のとりで」となる同センターの課題が浮き彫りになった格好だ。

 他の退職者は、准教授と同科の医師2人。病院は、後任の教授と講師級の医師を学外から招くめどがついたとし、残る2人は他科の応援でまかなう方針。

 豊島良太院長と八木教授は同日午後、院内で記者会見。豊島院長は、八木教授の退職理由を「救急専門医を育てようと頑張ってきたが、様々な問題で(辞める)部下を引き留められず、心が折れた」と説明した。

 八木教授は、職場の実情に言及。研修医が研修先を自由に選べるようになった2004年の臨床研修制度で病院に残る研修医が減り、教授が当直をするほどの慢性的な人手不足に陥っているほか▽電子カルテの導入でパソコン操作を手伝う人員も必要▽センターは手術室やコンピューター断層撮影法(CT)室などから遠く、患者を一元管理できる構造ではない――などを挙げ「救急専門医を志す医師に夢を与える職場環境ではない」と述べた。

 豊島院長は「八木教授らの事は理解しており、引き留めることはできない。センターの施設充実は関係自治体の協力も得て何とかしたい」と話した。

 センターは04年10月に開設され、24時間態勢で山陰両県の救急患者を受け入れ。07年度は事故や病気で重篤な約900人を含め約1万3000人を治療。専属医4人と他科応援3人、研修医4人が勤務している。

鳥取大の救命救急センター長の八木啓一・救急災害科教授は個人的には存じ上げませんが、聞くところによると人柄も良く、救急医療に熱い情熱を燃やされていた方だそうで救急分野では高名な教授だそうです。これはssd様のところで紹介されていた記事ですが、2008.10.14付山陰中央新報に、

健康・医療 : ホイスト降下運用開始 医師らヘリから現場へ

 医師や看護師を傷病現場にヘリで運び、直接降下させる「ホイスト降下」の中国地方初の運用について、県は鳥取大医学部付属病院と合意し、先月二十六日から同病院スタッフを対象に運用を開始した。これにより、山岳地帯などヘリ着陸の困難な傷病現場で、上空から医師や看護師を直接投入し、応急処置やトリアージなどが迅速に実施できるようになった。

ホイスト降下ってどんなものかと言うと第11海上保安本部の「潜水士たちの日々の訓練」part2 ヘリからの降下訓練に写真があり

黄色いメガホンで怒鳴っている人が持っているオレンジの輪っかみたいなものにつかまって、ヘリから地上に降りることを指すようです。私は高所恐怖症がそれなりにありますから震え上がりそうなものです。そんな怖ろしい事も「やってやろう」と取り組まれ、運用可能にするぐらい救急医療に熱意をもたれていると言えばよいでしょうか。

それぐらいの人物が辞職です。それもただの辞職ではなく、

    教授
    准教授
    専属医2名
計4名が一斉に辞職されました。4名と言っても、これが鳥取大救急災害科の研修医を除く常勤医全員に当たる事になります。具体的な理由は記事にある限りでは、
  • 研修医が減り、教授が当直をするほどの慢性的な人手不足に陥っている
  • 電子カルテの導入でパソコン操作を手伝う人員も必要
  • センターは手術室やコンピューター断層撮影法(CT)室などから遠く、患者を一元管理できる構造ではない
人手不足については、かつてはどれほどいたかは分かりませんが現状は、

専属医4人と他科応援3人、研修医4人

他科応援がどういう形態なのかわかりませんが、考えられるのは日替わりで動員されるような感じかと思っています。電子カルテの事はさておくとして、構造の問題は検証できるので見てみたいと思います。救命救命センターがあるのは外来・中央診療棟と呼ばれるところでどうも4階建ての建物のようですが、診療に使っているのは3階までのようです。1階、2階部分を見てもらいます。

画面上からキャプチャしないと取得できなかったので3階部分が切れていますが、3階まで含めた案内図があるのでご参考にしてもらえればと思います。正直な感想として1階部分にある救命救急センターは狭いと感じます。それだけでなくCT室は2階にあり、また2階に上るエレベーターへの動線もかなり長いものです。現在の救命救急センターならCTは救命救命センター内にあるのが常識だとの指摘があります。

MRIも2階部分からの渡り廊下で別の診療等に移動しなければならないようです。手術室もまた同じようで、外来・中央診療棟にはなく同じように他の病棟まで行く必要があると考えられます。外来・中央診療棟1Fにある救命救急センターのスペースからして、機能としては外来だけであると考えて良さそうです。さらにになりますが、重症患者を収容するICU

B棟 A棟
耳鼻咽喉科頭頚部外科、脳神経外科 8 整形外科、リウマチ科、脳神経外科
皮膚科、形成外科、神経内科、老年科 7 呼吸器内科、膠原病内科、感染症・アレルギー内科、腫瘍内科、放射線科、血液内科
消化器外科、乳腺外科 6 消化器内科、血液内科、腎臓内科
乳腺外科、内分泌外科、心臓血管外科、胸部外科、麻酔科 5 循環器内科、内分泌・代謝内科、結核病室
高次治療室(HCU)、救命救急センター 4 集中治療室(ICU
小児総合病棟 3 女性診療科、新生児医療センター
泌尿器科、女性診療科 2 泌尿器科、眼科、歯科口腔外科
精神科・心療内科 1 給食部門、売店、食道、喫茶店


おっと失礼しました。鳥取大ではICUの他にHCUがありそこが救命救急センターの受け持ちのようです。ただこれも外来・中央診療棟とは別棟の入院病棟にあります。平面的な地理関係も知りたいところですが、建物の配置図はあるのですが、画像が不鮮明で十分確認できません。ただ距離は少なからずあると考えてよいようです。

つまり鳥取大の救命救急センター


外来 外来・中央診療棟1F
CT 外来・中央診療棟2F
MRI どこか別棟
手術室 どこか別棟
病棟 どこか別の入院棟の4F


素直に見てかなりの分散配置で

患者を一元管理できる構造ではない

こう言いたくなる気持ちは理解できます。また、

「救急専門医を志す医師に夢を与える職場環境ではない」

日常診療に大きな支障を来たしていた事が窺えます。さらにですが、これは2/5付Asahi.com鳥取からですが、

「プライドが踏みにじられる状態が続き、以前から苦しんできた」

ここまで発言されていますから、職場環境は配置の悪さだけではなく、病院内の軋轢も強かった事がわかります。もっとも救急部門と、患者が救急時が過ぎて各診療科に引き継がれる時に、大なり小なり問題が生じる事はよく耳にしますが、鳥取大病院ではそれが非常に強かったのかもしれません。

豊島院長は、八木教授の退職理由を「救急専門医を育てようと頑張ってきたが、様々な問題で(辞める)部下を引き留められず、心が折れた」と説明した。

これがどれだけ八木教授の本当の言葉を伝えているかわかりませんが、愛弟子たちが燃え尽きて次々と脱落し、さらにそういう状態を何とも出来ない事が続き、八木教授自身も「心が折れた」と考えられます。鳥取大病院にとって緊急事態なんですが、

病院は、後任の教授と講師級の医師を学外から招くめどがついたとし、残る2人は他科の応援でまかなう方針。

確かに頭数は補充できますが、システムが変わらなければ後任の教授や講師も同じ状況に見舞われることになります。ここは補足情報があり、読売記事では内定もしくは確定に近いニュアンスで書かれていますが、2/4付山陰中央新報には、

 後任教授の確保について豊島良太病院長は「四月一日にすぐ着任できる方向で検討している。規則的には可能」と話す。同病院長によると今回は通常の公募でなく、病院側が一人または複数の候補者を指名し、受諾した候補者を学内の選考委員会で審査する異例のノミネート方式で選ぶ予定。

 教授以外の救急専属医は公募するが、確保のめどはたっていない状況で「万一、救急専属医不在が生じれば、救命救急センターでの応援経験がある他科の医師で対応することになる」という。

ノミネート方式ね・・・。豊島院長の口ぶりから次期教授は内定しているのかもしれませんが、「病院側が一人または複数の候補者を指名」しても指名に応じるかどうかは、今回の事変の情報が広く知れ渡った後ではどうだろうかと不安を感じます。それと次期教授が就任しても、前任の八木教授は鳥取大のためと言う情熱がありましたが、後任の医師は八木教授以上の情熱と鉄人以上の体力がないと短期に燃え尽き心が折れる可能性を危惧します。これも2/5付Asahi.com鳥取からですが、

豊島院長は「3、4年かけて設備を拡張するなど改善を計画している。今後、国や県に支援を求めていきたい」と話した。

真剣に取り組まないと新たに招聘した救急医も逃げ出してしまうと忠告しておきましょう。いずれにしろ鳥取大病院の救命救急センターの機能低下は避けられないのですが、鳥取県内にこれを肩代わりする救命救急センターがあるかどうかです。日本救急医学会のHPに全国救命救急センター一覧があります。そこの鳥取県のところを見てみると、

少しだけ解説を加えますが、救命救急センターこういう風に分類されるそうです。3つの機能の違いはwikipediaによると、

特に高度な診療機能を提供するものを高度救命救急センター、より小規模で既存のセンターを補完するものを新型救命救急センターと呼ぶ。

ちなみに鳥取県立中央病院は普通の救命救急センター鳥取大病院は新型になっています。と言う事は鳥取大病院は従来から鳥取県立中央病院の補完的役割であった事になります。そうなると気になるのは鳥取県立中央病院の救急科がどれほどのスタッフがそろっているかになります。鳥取県立中央病院HPの救急科を確認してみると紹介されている医師は、

部長:岡田稔(昭和60年卒)

この方のみです。鳥取県立中央病院の他の診療科の紹介を見ると平成16年卒の医師の分までありましたから、本当に岡田医師1人しか常勤医はいないと考えて良さそうです。大丈夫なのかと不安になると同時に、元もと鳥取県にある2つの救命救急センターには常勤医が5人しかおらず、今回の件でそのうち4人が辞める大事件である事もわかります。読売記事では後任に2人が来そうな書き方になっていますが、地元ローカル紙の情報では最悪の場合、しばらく後任が決まらない可能性も感じます。そうなると鳥取救命救急センター2ヵ所の救命医の常勤は1人状態になる可能性も有ります。

鳥取大病院に取ってもそうですが、鳥取県民にとっても大きな損失であると感じます。もう一つ、これも2/4付山陰中央新報からですが、

 島根大学医学部付属病院(出雲市塩冶町)でも〇八年七月、救急部の坂野勉教授(57)が辞表を提出しており、三月末で退職する。後任は未定だが、既に後任教授の公募は終了しており「教授不在期間は長くても一カ月程度だと思う」(同教授)。同院では四月以降も、准教授と講師ら三人の救急専属医は残る。

この坂野教授も救急の世界では高名な方らしいのですが、この方も辞職されるようです。もっとも島根県救命救急センター

こうなっていますから、島根県救命救急センターの戦力ダウンには直接つながっていないと言えなくはないのですが、これも厳しいニュースに感じます。