原徳壽氏健在

外来管理加算「5分間ルール」導入で勇名を馳せ、5分間ルールの基礎データ捏造疑惑も黙殺で押し通した原徳壽氏です。そんな原氏の略歴は、

経歴
自治医大卒業 1981年
京都府衛生部医療課 1981年
厚生省健康政策局計画課課長補 薬価差問題に関するプロジェクトチームの事務局
保険局医療課課長補佐
1996年
環境省環境保健部企画課特殊疾病対策室長 2001年
文部科学省研究振興局ライフサイエンス課がん研究調整官 2002年
防衛庁運用局衛生官 2003年10月人事
厚労省保険局医療課長 2006年7月人事
環境省総合環境政策局環境保健部長 2008年7月人事


年齢は今年で55歳になられるはずで、1981年自治医大卒業の後、京都府衛生部医療課には情報によると「同年」となっていますから、卒業してすぐ、ないし間もなくと考えます。一説として臨床経験は2年とありますが、京都府衛生部医療課時代に病院勤務があったのかもしれません。ちなみに現在の京都府衛生部医療課の業務分掌は、

  • 医療対策の企画立案及び推進に関すること。
  • 医師、保健師助産師、看護師その他の医療従事者に関すること。
  • あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師、柔道整復師等に関すること。
  • 病院、診療所、助産所及び医療関係諸施設に関すること。
  • 医療法人に関すること。
  • 死体の解剖及び保存に関すること。
  • 災害応急衛生救護に関すること。
  • 救急医療情報センターに関すること。
  • 洛南病院、与謝の海病院及び看護学校に関すること。

これが1981年当時と同じかどうかの保証はありませんが、いろんな解釈による派遣とか研修はありますから、臨床経験が無かったとは調査では言い切れません。中央官庁に上ったのはいつかははっきりとは不明です。上った時期を推測すると卒業から9年後の1990年頃が有力な様な気がします。理由は単純で、自治医大の義務年限、つまり自治体の拘束期限が切れてから厚労省に入ったと考えるからです。1981年から1989年の9年間は自治医大の拘束により京都府勤務、拘束の切れた1990年から厚労省の流れです。

後は官庁の人事なのでよく分からないのですが、

とくに「環境庁文部科学省防衛庁」は左遷人事でないと考えられるようで、この手の人事に詳しいrijin様から、環境庁の後に就任した保険局医療課長は出世コースでは重要なポジションだそうで、この職を無事勤め上げる事により、医政局長への道が開けるそうです。そうなると気になるのは「5分ルール」導入の評価ですが、保険局医療課長から環境庁総合環境政策局環境保健部長へは栄転とは呼べない人事とも言えるそうです。

現在のポジションはともかく、「環境庁文部科学省防衛庁」と巡る内に保険局医療課長に抜擢の功績を積んだ可能性があります。その前の「薬価差問題に関するプロジェクトチームの事務局」時代の功績も少なくないとは思いますが、年齢的にこの時期の評価は「将来のホープ」とか「有望株」に留まるとも考えられ、その評価の下に「環境庁文部科学省防衛庁」時代に保険局医療課長のキップをつかんだと推測します。

少なくともこの時期に大きなマイナス評価があれば、保険局医療課長へのステップは上れない可能性が高くなります。この間の講演記録みたいなものは幾つかあるのですが、さすがに可もなし、不可もなしでよくわからないところです。

あえて気になるのは、厚生省からどういう形の転出か良く分からないのですが、初めて出された環境省環境保健部企画課特殊疾病対策室長と言う部署です。この特殊病対策の「特殊病」とは何かになりますが、どうも水俣病対策のようです。今も昔も水俣病対策は難問で、厚生省から環境省に派遣されたのは医系技官としての能力を買われてのものとも考えられます。

水俣病を巡る経緯は複雑で、私もお世辞にも詳しいとは言えないのですが、概略はwikipediaぐらいが簡略なので参照にしてもらえれば良いかと思います。水俣病対策は訴訟や政治が絡んでの複雑な経過を現在もたどっていますが、

政府が発病と工場廃水の因果関係を認めたのは1968年である。1968年9月26日、厚生省は、熊本における水俣病は新日本窒素肥料水俣工場のアセトアルデヒド製造工程で副生されたメチル水銀化合物が原因であると発表した。同時に、科学技術庁は新潟有機水銀中毒について、昭和電工鹿瀬工場のアセトアルデヒド製造工程で副生されたメチル水銀を含む工場廃液がその原因であると発表した。この2つを政府統一見解としたが、この発表の前の同年5月に新日窒水俣工場はアセトアルデヒドの製造を終了している。このとき熊本水俣病が最初に報告されてからすでに12年が経過していた。なお、厚生省の発表においては、熊本水俣病患者の発生は1960年で終わり、原因企業と被害者の間では1959年12月に和解が成立しているなどとして、水俣病問題はすでに終結したものとしていた

1968年の時点で政府は「水俣病問題はすでに終結」としています。しかし終結しなかったことは周知の通りで、その後も責任問題と補償問題で延々と住民と国が争う事になっています。今日は水俣病の詳細を記述する事が目的ではありませんから、この程度に留めます。原氏が環境省環境保健部企画課特殊疾病対策室長として水俣病問題に取り組んだ時の状態は、これもwikipediaによれば、

2001年:水俣病事件で国・熊本県の責任を認める初の高裁判決が下り、チッソに対する除斥期間経過も撤回した。関西水俣病訴訟団が国・熊本県に上告を断念するように申し入れたにも関わらず、国・熊本県最高裁へ上告する。

原氏が取り組んでいた時の大きな問題として、国が患者の発生は1969年以降は根絶しているとしていましたが、その見解が訴訟により国が撤回せざるを得ない状態になった微妙である時期である事が推測されます。見るからに難しそうなポジションですが、ここで官僚評価的にプラス評価を上げたのか、それとも大過なく過ごした事だけでも評価されたのはアリかと思います。

原氏は環境省環境保健部企画課特殊疾病対策室長を1年程度で変わり、文部科学省防衛庁と回った後に保険局医療課長に就任しています。中医協での「5分ルール」導入の功績は、従来ならば医政局長へのキップを手にするぐらいの価値はありそうなものです。しかし医療を巡る情勢の変化は激しく、また中医協データ捏造疑惑もどれほどボディーブローの評価になったかは不明ですが、今度は環境省総合環境政策局環境保健部長に就任遊ばされています。

これもrijin様の受け売りですが、かなり微妙なポジションだそうです。ただ今年55歳ですから、ここで大きな功績を上げればまだ医政局長への道ぐらい残されているのかもしれません。水俣病対策は原氏に取って古戦場ですし、かつてはここで保険局医療課長へのキップを手に入れたところかもしれませんから、かなり気合を入れておられる気配があります。


そんな原氏の活躍ぶりを、ごんずいブログ ― 相思社公式ブログ様が現代のニセ患者発現として豊富な資料とともに記録されています。どうもWeb版には無いようなので、ごんずいブログ様の記事の画像を示します。

記事ですからリテラリシーも必要ですし、明らかに朝日記者が患者サイドに感情的肩入れをしている分も考慮に入れないといけませんが、なかなかの発言をしている様に感じます。もちろん原氏は官僚ですから、発言の殆んどは国の意向を代弁してのものであり、どこまでが国の公式見解を述べているだけの部分なのか、どこが原氏自身の独自の見解が入っているのかには注意を要します。少々長いのですが、2日分の記事をパーツに分けながら評価してみたいと思います。

原徳寿・環境省環境保健部長 高岡滋・協立クリニック院長
高岡氏らの検診を受けた人のカルテと、それ以前にかかった病院のカルテと突き合わせると明らかに違う例がある。高岡氏らが「診断し過ぎているのではないか」という疑念がある。その点で、彼らが使っている共通診断書は信用できない。 共通診断書は検診項目や手法を統一するため、水俣病の診断に携わってきた医師らが06年に作った。いま国やチッソなどを相手に熊本地裁で争われている詠訟に、原告50人分のカルテ計2万2千ページを提出している。

患者を2回診察しているが、初回は私が症状を見落とす例もあった。診察に「し過ぎる」という批判は当たらない。中には、かかりつけ医が「異常なし」とした人を、私が水俣病と診断した例もある。その医師も「水俣病を念頭において診れば、別の結果になっていた」と私に明かす。例えば、「頭痛」という訴えだけをもとに診れば、水俣病と直結した結果が出なくても当然だ。


以下にも続く話の焦点は1969年以降の新たな水俣病認定患者の認定基準を巡る論争と考えれば理解しやすくなります。長年の訴訟の結果、ある程度は新たな水俣病患者を認定せざるを得なくなった国ですが、それでも可能な限り狭くしたい国と、広くしたい地元医師の論争です。最初の部分は、地元医師が水俣病患者診断のために使っている
    共通診断書
これの有用性の是非です。先ほど新たな水俣病患者認定の是非が焦点としましたが、もっと限定すると水俣病患者の認定のために、共通診断書に従うべきか、そうでないかの論争になっているかの論争になっているとしても良いかと思います。とりあえず原氏は
    彼らが使っている共通診断書は信用できない
ここは国の基本姿勢と理解しても良いでしょう。

原徳寿・環境省環境保健部長 高岡滋・協立クリニック院長
仮に彼らの所見の取り方が正しかったとしても、ある一つの症状だけで水俣病と言えるのかどうかは、我々との対立点だ。国が、水俣病と認定するうえで症状の組み合わせを求めた77年の判断条件を変えるつもりはない。 高齢者の皮膚感覚の低下が、わずかなのは科学的に明らかになっている。もし老化が原因だとするならば、患者の感覚障害のレベルは「数百歳」だ。水俣病以外に原因となる疾患がないかも調べた。環境省の言い方は、ためにする議論だ。


ここは対比のさせ方があまり良くないのですが、新たな水俣病患者認定のための共通診断書の中の、さらに皮膚感覚の低下の所見の取り方がこの論争の大きな焦点になります。共通診断書がどんなものかが良くわからないのですが、水俣病診断においてかなりの比重を占めているのか、もしくは国の「信用できない」の突破口にしているかの、どちらかもしくは両方の理由で焦点にされているように思います。

原徳寿・環境省環境保健部長 高岡滋・協立クリニック院長
高岡氏らが障害の程度を数値化して、客観化しようとしているのは知っている。だが年齢ごとにどれぐらいが正常値なのか、不知火海沿岸以外と広く比較しないと異常かどうか分からない。例えば、高齢者は光による老化で皮膚が劣化し、感覚が鈍くなることもある。彼らがいう感覚障害が正しいかどうかは、あれじゃ分からない。 高齢者の皮膚感覚の低下が、わずかなのは科学的に明らかになっている。もし老化が原因だとするならば、患者の感覚障害のレベルは「数百歳」だ。水俣病以外に原因となる疾患がないかも調べた。環境省の言い方は、ためにする議論だ。


ここは両者の言い分が鮮やかにコントラストをなしているのですが、
    原徳寿氏:だが年齢ごとにどれぐらいが正常値なのか、不知火海沿岸以外と広く比較しないと異常かどうか分からない
    高岡滋氏:高齢者の皮膚感覚の低下が、わずかなのは科学的に明らかになっている

ここは医学的なお話と思うのですが、申し訳ありませんが、私はこういう分野の知見に乏しいので御存知の方はアドバイス下さい。もし高岡氏の「科学的に明らか」に根拠があれば、原氏の主張は詭弁になります。

原徳寿・環境省環境保健部長 高向滋・協立クリニック院長
感覚障害の所見のとり方は、針で刺しても受診者の「(痛みを)感じません」などといった主観的な応答に頼らざるを得ないのも大きな問題だ。受診者がうそをついても、見抜けない。 感覚障害の検査では痛覚針、触毛、筆、コンパスなど六つの静具を使い振動覚、触覚、位置感覚などを数値化する。それを(水俣病を発生させた)メチル水銀に汚染されていない福岡市など3地域と比べ、正常値も示した。受診者の応答に掛るから借用できないというのは論外だ。例えば足の親指を上げ下げして位置感覚を診る際は5ミリ単位で調べる。水俣病なら振動覚、触覚など一連の数値はほぼ相関関係がある。


原氏の根本的な主張は、
    主観的な応答に頼らざるを得ないのも大きな問題だ。受診者がうそをついても、見抜けない。
確かに主観的な検査は患者が「うそ」をついた時にこれをどう見破るかの問題は小さくありません。わかりやすいものなら、刑事事件での精神疾患の有無の鑑定が問題になるのと似ています。ただ医学において自覚症状は主観的なものであり、客観的に評価するのは非常に難しいところがあります。「腹が痛い」一つでも患者の主観的な訴えがないと客観的に察知するのは不可能です。

一方で高岡氏は感覚障害の検査は、複数の検査を組み合わせており、主観的部分を極力排除したものだと主張しています。ただ原氏に同意するわけではありませんが、

    受診者の応答に掛るから借用できないというのは論外だ
ここまで言い切ってしまうのは立場上理解は出来ますし、こういう場での議論では必要な事と思いますが、残念ながら患者も様々ですから、あくまでも「うそ」は鑑別できると一貫しておいた方が良い様に思います。この辺は医学論争なのか、行政論争なのかの差が微妙なところがありますから難しいところです。高岡氏の立場的には「住民がうそをつく」の発言は出来ないからです。

原徳寿・環境省環境保健部長 高向滋・協立クリニック院長
食事歴についても、高岡氏らは「3食とも皿いっぱい刺し身を食べていた」とか、おおざっぱな表現しかしていない。裏を返せば、汚染魚一匹食べても発症するかもしれないという論理につながる。医学的じゃない。

不知火海沿膚では、体調不良をすぐ水俣病に結びつける傾向がある。あそこでは、医学的に何が正しいのかは分からない。
水俣病のふりをしても、医師しか分からないその相関に全部適切に答えるのは不可能だ。


前半の原氏の主張は食事歴の信憑性です。「主観的であるから信用できない」の主張に乗っかってのものですが、食事歴なんて純主観的なものです。それこそ皇族クラスになれば、出生時からの全部の食事内容が客観的に記録されているかもしれませんが、それ以外の人々に客観的な食事記録はまず残っていません。財閥出身である麻生首相でも、たぶん無いかと考えます。ここを力説してしまうのは医学的にどうかと思います。

それと記事による編集もあるのでしょうが、

    あそこでは、医学的に何が正しいのかは分からない。
官僚的発言としても少々不味い発言に感じます。患者個々ではなく、地域住民全員を網羅的に「信用できない」との発言と解釈される危険性があり、そこまでは言いすぎのように感じます。あくまでも「信用できない人も混じるので、必ずしも信用できないことがある」程度にして、検査では「うそが見抜けないことがある」ぐらいに留めるべきかと思うのですが、少々本音が出すぎている様な気がします。

原徳寿・環境省環境保健部長 高向滋・協立クリニック院長
68年にチッソ水俣工場がアセトアルデヒド製造をやめて(有害な工場排水が止まって)から、魚のメチル水銀濃度は急速に下がった。69年1月以降は、急を毎日食べても、それほど影響はない。

69年以降生まれの人のへその緒に水銀値が高い例があるというが、原因は魚かどうかわからない。何が理由かわからず、今はコメントのしょうがない。母親がクジラ好きだったのかもしれない。クジラのメチル水銀値は高いから。
両手足がしびれる、体がふむつくなど、日常生活で感じる約50の自覚症状の頻度を、68年の排水停止の前と後に生まれた人たちの集団で比べてみた。すると、どの症状の頻度も酷似している。つまり時間的な切れ目がなく地域住民に症状があるということだ。

69年以降に生まれた200人以上の認定申請者の症状が何によるのか、環境省はまず調べるべきではないか。


現象と結果のどちらを重視しているかの論争に感じます。原氏は1968年に廃水がなくなってから、魚のメチル水銀濃度が下がって安全になったから水俣病になるはずがないとしています。魚のメチル水銀濃度はおそらく定期的に調査されていると考えますから、これは根拠のある主張に一見思えます。ただこの主張は全体からするとやや強弁である事がわかります。

それと「母親がクジラ好き」の主張は上述した食事歴が信用できないの主張と明らかに矛盾します。原氏が信用できないとした食事歴を自分の主張のご都合で持ち出すのは明らかな強弁手法でしょう。ここは高岡氏の

    69年以降に生まれた200人以上の認定申請者の症状が何によるのか、環境省はまず調べるべきではないか。
こちらのストレートの主張の方が分があります。

原徳寿・環境省環境保健部長 高向滋・協立クリニック院長
健康調査を求められても、当時の(水銀)暴露状況がわからない以上、チッソが出したメチル水銀と症状との因果関係は証明できない。調査してこなかったのは政府だと言われれば、そうだが、今となってはどうしようもない。 不知火海には32年以降、36年間も有害な排水が流され続けた。沿岸住民には今も強い感覚障害などの健康障害を示す所見や数値が出る。排水以外にどんな原因があるというのか。「わからない」ではなく、具体的に示してほしい。


ここも原氏が少々分が悪いところです。メチル水銀は大量に排出されており、排出が中止されても消えてなくなったわけではありません。排出中止後に拡散したと考えるのが科学的です。時間が経過して薄まったのは確かですが、薄まっても水俣病様の患者が発生しているのなら、その原因調査は行なうべきの様に思います。仮に原氏の主張のようにメチル水銀が関係ないのなら、新たな病原物質による可能性さえあり、それを調査しないのは手抜きと呼ばれると思います。

それと

そりゃそうで患者の体内から発見されたメチル水銀の一つ一つに「チッソ」の刻印があるわけではありません。しかしそれで済むのなら、チッソはその時点で責任は問われていないはずです。チッソだけではなく、アスベスト問題も同様ですし、四日市喘息や、イタイイタイ病も同様です。

原徳寿・環境省環境保健部長 高向滋・協立クリニック院長
69年以降生まれで認定申請中の二百数十人も、うそだとは言わないが、医学的には、ヒステリー性とか、心因性とかある。だが、ちょっと(水俣病だとは)考えにくい。

受診側の問題として昔から言われるのが、診察時に針で刺されてもわからないふりをする詐病。他の症状を、水俣病に結びつける傾向もある。

何らかの神経症状があれば医療費の自己負担が補助される新保健手帳も魅力的なはずで、近年急増した。カネというバイアスが入った中で調査しても、医学的に何が原因なのかわからない。
診察せずにヒステリーかどうか診断できないように、調査もせず「体調不良をすぐ水俣病に結びつける」などと、住民全体にヒステリーのレッテルを張るのは許されない。

それとも、カネ目当てで万単位の人が詐病を言い立てていると言うのか。この地域には、長年多くの人が差別などを恐れ、水俣病と名乗り出られなかった歴史がある。私たちの精緻な検査では、うそを貫き通すことも不可能だ。


ここも原氏の基本主張の一つである「患者全員が信用できない」に立脚したものです。読みながら思うのですが、本当にここまで繰り返し述べられているのなら、水俣病に認定されたら名誉毀損訴訟の一つぐらい起されそうですし、国会審議のタネになりそうな気もするのですが、とりあえず衆議院は解散中ですから大丈夫なんでしょう。

原徳寿・環境省環境保健部長 高向滋・協立クリニック院長
救済法で対象となる万単位の人も、水銀の影響かどうかわからない。だから損害賠償として補償はできない。95年の政治決着と同様、「水銀の影響だと思うのも無理からぬ」と、地域の問題としてまとめて救済しようと位置づけた。 低濃度のメチル水銀で知能などへの影響が出るという研究もある。被害者のすそ野は極めて広い。環境省水俣病の実像や広がりを解明しようとする者に反論し怒り、否定したりする姿勢ばかりを見せてきた。予断を捨てて沿岸の全住民を調査し、事実をもとに科学的な主張をするべきだ。最高裁判決で被害の拡大責任が確定した国こそ先頭に立って、公害の実態を調べるべきではないのか。


95年の政治決着とは、2007-07-04 朝日新聞 朝刊 3社会より、

認定申請の増加や棄却された患者による提訴が相次ぎ、95年、当時の自民、社会、さきがけの与党3党が未認定患者の救済策をまとめた。一時金260万円を支払い、障害の程度に応じて「医療手帳」「保健手帳」を交付して医療費などを支給。対象者は約1万2千人だった。だが、04年の関西訴訟最高裁判決が、行政の認定基準より緩やかな基準で患者救済を命じたことから、新たな申請者が急増。事態収拾のため、与党は「第2の政治決着」を目指している。

ちなみ朝日記事で触れられている「第2の政治決着」とは、7/8付朝日新聞より、

水俣病救済法が成立 第2の政治決着、対象は2万人超

 手足のしびれなどの症状がありながら水俣病と認定されない被害者らを救済する特別措置法が8日午前、参院本会議で賛成多数で可決、成立した。村山政権下の95年の政治決着に続く「第2の政治決着」で、一時金などが支給される対象者は2万人以上になるとみられる。

 救済対象者は、国の認定基準を満たした「患者」と区別し「水俣病被害者」と位置づけた。95年決着と同じ手足の先ほどしびれる感覚障害か、全身性の感覚障害、視野が狭くなるなど新たに加えた四つの症状のうち一つでもある人。自民、公明の与党が150万円、民主党が300万円とした一時金の額は、被害者団体などとの協議に委ねた。

 04年の最高裁判決で、対策を怠った国が被害を拡大させたと認められたことを受け、政府の責任とおわびを明記。また、国から金融支援を受け、熊本県への多額の借金がある原因企業チッソが、患者への補償金などを確保するため、補償会社(親会社)と事業会社(子会社)に分社化できる仕組みを盛り込んだ。

 これまでに、救済を受け入れる姿勢を表明している被害者は熊本、鹿児島の約4千人。一方、熊本、新潟の約2千人が「分社化は加害者の責任逃れを許すことだ」と反対し、訴訟を続ける意向だ。

ちょっとまとめると、

項目 第一次政治決着(1995) 第二次政治決着(2007)
対象 約1万2000人 2万人以上
一時金 260万円 被害者団体と協議



※自民、公明の与党が150万円、民主党が300万円
医療費の支給 障害の程度に応じて「医療手帳」「保健手帳」を交付 記事情報なし


おそらく原氏は1995年政治決着の拡大策である2007年での決着を命じられているのだと考えます。そうなると気になるのは政治決着以外の水俣病患者の扱いはどうなっているかです。これがかなり複雑でして、水俣病かん者の補償・救済についてにあるのですが、まとめるだけでも眩暈がしそうなのですが、あくまでもどうやらですが、
  • 熊本県や鹿児島県に水俣病と認定された患者(チッソとの補償協定)


    • 一時金:1600〜1800万円
    • 医療費の補償
    • 年金:毎月6万8000円〜17万3000円(2001年4月現在)


  • 水俣病医療事業(1995政治決着)


    • 一時金:260万円
    • 障害の程度に応じての医療費の支給
    • 療養手当:1万7200円〜2万3500円
これが基本で、これ以外にも別途訴訟で異なる一時金(賠償金)、医長費補償を獲得されている患者もいるそうです。水俣病問題が複雑なのは、患者の認定法の違いによって補償条件が複雑に変わる一面もあるようです。チッソ水俣病の補償で莫大な支出を余儀なくされているのですが、これ以上チッソに払わせるとチッソが倒産して補償自体が消滅するところがあるのも複雑です。

チッソから取れないので、国の監督責任を問題にしている面もあるのですが、直接の加害企業と国の責任は同じではないが、国の基本姿勢であり、原氏の言葉にある、

  • 救済法で対象となる万単位の人も、水銀の影響かどうかわからない。だから損害賠償として補償はできない。
  • 95年の政治決着と同様、「水銀の影響だと思うのも無理からぬ」と、地域の問題としてまとめて救済しようと位置づけた。
つまり国の基本姿勢として
    損害賠償でなく、救済措置である
この線は一歩も譲らないが出てきます。原氏もこの意向に非常に忠実である事はよくわかります。さらに原氏の主張から
    救済範囲は出来るだけ狭く
これらは国からの重い指令と考えてよいでしょう。この指令の実現のために原氏は頑張られているわけですが、頑張る手法と言うか、主張の組み立てが中医協のときと類似しているような気がします。あの時は医師相手でしたから、いくら医療費を削減するとしても、とりあえず世論を左右するマスコミは敵に回ったりしませんでしたが、水俣病問題は強者と弱者の立ち位置が異なります。

朝日記事は原氏発言を好意的に編集した可能性は低く、「善の高岡氏」「悪の原氏」にかなり仕立てている可能性は十分あります。九州では研修医発言捏造記事を朝日は掲載したばかりですから、ここは好意的にとって「捏造」とか「創作」はないとしても、前後の説明をカットして切り貼りして印象操作を行なうのは常套手段ですから、これからもそういう姿勢で報道は行われると見て良いかもしれません。

原氏の発言は国からの指令を伝えている部分が殆んどだと考えますし、これを補強するために医系技官としての「医学的見解」を付け加えていると思っています。しかしマスコミバイアスを通されると、悪代官の立場に追い込まれるとも見えます。総選挙の結果は微妙ですが、マスコミが「悪代官」に仕立てた人物を次の政権が重用するかどうかは、これまた微妙すぎる問題です。

原氏の出世街道は保険局医療課長時代に医療の流れが微妙に変わりつつあった時代に影が差し、現在の地位もまた官僚的功績をあげればOKにならないように思います。そんな逆風を跳ね返して医政局長へのキップを再びつかめるかどうかは、外野からはほんの少しだけ興味がもたれるところです。