あん摩師はり師きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件

最高裁判決(昭和35年1月27日)とも言うらしいのですが、かなり頭の痛くなる判決文です。医療類似行為に対する判決として有名だそうですが、かなり気合を入れて読まないと頭がこんがらがりそうです。とりあえず判決文があるのですが、頑張ってみます。


上告趣旨

これがまあ、段落の無い長文で眩暈がするのですが、むりやり分けて読んでいきます。

被告人の業としたHS波治療行為は所謂あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法によつて禁止した医業類似行為を業としたもので、同法の違反となる処断であるが、被告人の所為が医業類似行為であるとして、同法の適用を受け禁止されるものであるならば、同法は憲法に違反する無効な法律であるので、斯る法律により被告人を処罰出来ないものであると信ずる。

HS波治療行為なるものが問題になっているのですが、あはき法及び柔整法以外の医療類似行為は違反とした事自体が憲法違反と主張しています。

即ち、憲法二十二条に「何人も公共の福祉に反しない限り、居住、移転及職業の選択の自由を有する」と規定し、公共の福祉に反しない限りは永久に侵すことの出来ない権利として吾人に職業選択の自由の権利を附与しているのである。然るにあん摩師等法第十二条には「第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為をしてはならない」と規定し、あん摩、はり師、きゆう師及柔道整復師以外の者は同法によつて治療行為を業とすることを禁止し職業選択の自由権を剥奪しているのである。尤も同法に依れば既得権の保護の為届出を条件として十二条の規定に拘らず、昭和三十年十二月三十一日まで医業類似行為が出来る規定はあるが、この暫定存続期間の存置を理由に憲法違反の難を免れることは出来ないのであつて、問題は如何なる理由によつて、あん摩師等のみを営業権存続を認め、他の一切の医業類似行為を全面的に禁止したかである。

違憲の理由としてあはき法12条であはき法以外の医療類似行為を禁止しているのは憲法22条の職業選択、移動の自由に反すると主張しています。

原判決によれば、禁止した趣旨として、かかる行為は時に人体に危害を生ぜしめる場合もあり、たとえ積極的に、その様な危害を生ぜしめないまでも、人をして正当な医療を受ける機会を失わせ、ひいては疾病の治療恢復の時期を遅らせるが如き虞があり、之を自由に放任することは正常な医療の普及徹底並びに、公共の保健衛生の改善向上の為、望ましくないので、国民に正当な医療を享受する機会を与え、わが国の保健衛生状態の改善向上を図ることを目的とするにあると解されるとし、この趣旨に鑑み同法の所謂医業類似行為に該当するHS波治療行為を以て業とすることは当然禁止されるべきであるとしているが、かかる理由の如き具体的事犯があつたとすれば届出の有無に拘らず禁止されるべきで、かかる場合は何等議論は起り得る余地はないのである。

原判決まで読む気力がないのですが、原判決では

    たとえ積極的に、その様な危害を生ぜしめないまでも、人をして正当な医療を受ける機会を失わせ、ひいては疾病の治療恢復の時期を遅らせるが如き虞があり、之を自由に放任することは正常な医療の普及徹底並びに、公共の保健衛生の改善向上の為、望ましくない
こういう趣旨の判決だったようです。この趣旨のポイントは、
  1. 積極的に危害を生じさせなくとも望ましくない
  2. 病気の治療回復を遅らせても望ましくない
ここでの被告側の主張は、原判決の理由であれば届出の有無に関らず禁止すべきであると主張しています。

然しながら本件のHS波治療行為は一審、二審に於て確認されている如く、治療効果があり且何等危険はなく有効無害の療法であり、人類の健康、生命に寄与しつつあり公共の福祉に反しないのみか、寧ろ医師、あん摩師等に見離されたる慢性病患者を対象とし、その慢性病患者の治療救済に際り、公共福祉の為貢献している厳然たる事実が存在している。かかる公共の福祉に反しない治療行為を何等具体的事犯に基づかず漠然とした理由により禁止するが如き同法律は不当なものであり正当な自由職業を弾圧するものである。即ち本件HS波治療行為を業とすることは憲法二十二条の公共の福祉に貢献こそすれ、決して公共の福祉に反しない職業であるから、あん摩師、はり師、きゆう師及柔道整復師法は正に憲法条項に違反するもので、正当な職業選択の自由を弾圧するものと信ずる。されば同法は憲法第九十八条によつて、その効力を有しないものである。然らば被告人の本件事案は全く罪とならないものであるから当然無罪の言渡しがあるべきものと信ずる。

結びとしては、HS波治療は「有効無害」の治療法であるから公共の福祉に反せず、憲法22条にむしろ合致するから罪に問われる謂われはないとしています。つまり患者に対して積極的にも消極的にも害を与えず、またこの治療を行なう事により病気の治療回復が遅れることもありえないとの主張です。

後に続くので、もう一度くり返してしておきますが、この訴訟であっても被告側は原判決の趣旨は広い意味で認めています。医療類似行為として認められるのは、あくまでも有効無害であり、正当な医療行為を遅らせてはならないとしています。正当とはなんだろうになりますが、素直に国家が資格を持って認めた医療行為であるとして良いかと考えます。


これも読むのが大変なんですが、

 論旨は被告人の業としたHS式無熱高周波療法が、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法にいう医業類似行為として同法の適用を受け禁止されるものであるならば、同法は憲法二二条に違反する無効な法律であるから、かかる法律により被告人を処罰することはできない。本件HS式無熱高周波療法は有効無害の療法であつて公共の福祉に反しないので、これを禁止する右法律は違憲であり、被告人の所為は罪とならないものであるというに帰する。

ここは被告側の上告理由の部分です。有効無害だから憲法22条に合致するとの主張の確認です。

 憲法二二条は、何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有することを保障している。されば、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条が何人も同法一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならないと規定し、同条に違反した者を同一四条が処罰するのは、これらの医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するものと認めたが故にほかならない。ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではない。しかるに、原審弁護人の本件HS式無熱高周波療法はいささかも人体に危害を与えず、また保健衛生上なんら悪影響がないのであるから、これが施行を業とするのは少しも公共の福祉に反せず従つて憲法二二条によつて保障された職業選択の自由に属するとの控訴趣意に対し、原判決は被告人の業とした本件HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところがなく、ただ被告人が本件HS式無熱高周波療法を業として行つた事実だけで前記法律一二条に違反したものと即断したことは右法律の解釈を誤つた違法があるか理由不備の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。

ため息が出そうなんですが、よく考えながら読んで下さい。まずあはき法および柔整法でその他の医療類似行為を禁止している理由を述べています。

    同条に違反した者を同一四条が処罰するのは、これらの医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するものと認めたが故にほかならない
あはき法および柔整法が、その他の医療類似行為として禁止しているのは公共の福祉に反している時としています。つまり公共の利益に合致している時の医療類似行為は禁止ではないとしているようです。ここのところはより具体的に、
    医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない
人の健康に害を及ぼす業務行為のみが禁止処罰の対象となるとしています。後の少数意見は割愛します。最高裁判決自体は原判決がどんな害を及ぼしているかの事実認定が出来ていないとして差し戻しとなっています。


仙台高裁差し戻し審

これは判決文が見つからなかったので、検証 いわゆる“最高裁判決(昭和35年1月27日)”とはから要約を引用します。

 HS式高周波器の有害性が問題となるのであって、使い方の如何は関係ないと主張するが、もしこの治療器がそれ自体絶対に人体に有害なものであれば、医師といえどもこれを使用することを許さないのが当然のことで、むしろその有害が相対的な場合、すなわち被療者の体質(禁忌症)、病状または使用方法の如何によっては、危険発生の可能性がある場合に問題が残るのである。

 また、電気・光線を使用する医業類似行為はすべて医療の系列に属するものとして是認したものでないことはもちろんのこと、さらにそれが健康に無害なものとして放任したものではないのである。そして、公共の衛生管理を達成するためには、例えば、あん摩・はり・きゅう、柔道整復の場合におけると同様、人体の生理、病理その他の必要な基礎知識および電気療法についての技術を一定期間修得した者で、所定の試験に合格した者に免許を与え、免許者に限ってこれを施行することを業とすることができるとするのが当然のことであるとし、医学上、科学上の見地から検討して、免許制度に改めることとした趣旨である。

 電気・光線を使用する医業類似行為は、すべて医療の系列に属するものとして是認したものでないことはもちろんのこと。さらにそれが健康に無害なものとして放任したものでないのであると述べています。

二審はHS波治療に関する有害性の認定について争われたので、そういう趣旨の判決文になっていますが、注目しておきたいのは、

    むしろその有害が相対的な場合、すなわち被療者の体質(禁忌症)、病状または使用方法の如何によっては、危険発生の可能性がある場合に問題が残るのである。 
有害が相対的な場合にも問題は残るとしています。医療行為の大部分は作用に対する副作用の問題は常にあり、主作用のメリットが副作用のデメリットを上回った時に行なわれます。その判断については国家が免許を与え資格を与えたものに行なわせているとしています。


この判決の解釈

あはき法12条は

第十二条

 何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。

ここの「第一条に掲げるものを除く」の第1条とは、

第一条

 医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。

条文だけ読めばあはき免許を受けたもの以外は医療類似行為はできないになるのですが、この最高裁判決では憲法22条との関連が最高裁で争われています。

第22条

 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

法律の素人から見れば「どういう関係?」と思ってしまうのですが、とにかく関連性は最高裁でも問題になっています。最高裁の解釈はあはき法12条で禁止した医療類似行為はあくまでも、

    医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない
ここの解釈は私が理解するところでは、公共の福祉に反しなければ医療類似行為は認められるになるようです。たぶん、こういう最高裁の解釈があるので、あはき法や柔整法の資格者以外でも医療類似行為、すなわち各種代替医療が現在でも公然と行なわれていると根拠となっているように思われます。

ここで公共の福祉に反する定義ですが、「人の健康に害を及ぼす」かと考えられます。原判決の展開の詳細が不明なのですが、この訴訟でも「人の健康に害を及ぼす」医療類似行為を認めよの争いになっていないと考えられます。そういう行為は当然取り締まられる行為として被告側も主張しています。この訴訟でのHS波治療は「有効無害」であるから公共の福祉に反しないとの主張で、この「有効無害であるなら公共の福祉に反しない」の被告側の主張を認めています。

さて問題は「有効無害」の定義が治療そのものだけなのか、治療法が及ぼす影響まで含まれるのかになります。これは破棄された原判決にあるのですが、

    人をして正当な医療を受ける機会を失わせ
原判決は破棄されていますから、この判決文に基本的に有効性はないとは解釈は出来ます。ただ原判決が破棄されたのは、この部分の事実認定を争ってのもではありません。この判決の後、この字句について争われた訴訟があるかどうか私にはわかりません。ただもし争われれば再び認められる可能性は非常に高いと考えます。最高裁判決の、
    人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為
ここを狭く取るか、広く取るかの解釈論になるのでしょうが、ごく当たり前の感性として、正当な治療を行なえば有効と周知されているものを、ある意志によって阻害し、患者に不利益をもたらせば注意責任義務が生じると考えられます。少なくとも「正当な医療」の範囲内での治療であれば、この責任は非常に重く、厳しく問われます。トンデモ医療訴訟でよくあるパターンの「○○の時点でA治療でなくB治療を行なっていれば救命できたはずだ云々」です。

これが「有効無害」である事が前提の医療類似行為において、免責になるとは私には思いにくいところがあります。どう考えても「正当な医療」と同等の注意責任義務が発生する考えるのが妥当です。正しい理解であるかどうか自信が持てない部分もあるのですが、強引にまとめますと、

医療類似行為とあはき法の関係
治療効果 治療自体の副作用 治療が正当な医療
に及ぼす影響
あはき法への抵触
あり なし なし なし
なし なし なし たぶん無いが詐欺の可能性はあり
あり あり なし あり。これは国家資格者の判断が必要
あり or なし なし あり 可能性あり


ここのポイントは医療類似行為自体が「有害」であるかどうかと考えます。絶対的な有害はもちろん論外ですが、相対的な有害であっても
    むしろその有害が相対的な場合、すなわち被療者の体質(禁忌症)、病状または使用方法の如何によっては、危険発生の可能性がある場合に問題が残るのである。 
つまり適応によっても有害の可能性のある治療法は国家資格者の判断が必要になるとの考え方です。もう一つ、正当な治療の阻害は微妙なところが残るのですが、正当な治療よりも有効性があるならば認められるかもしれません。しかし明らかに劣る場合には問題視されるとしても良いかと思います。正当な治療も万能ではありませんが、それでも絶対的に有効性が確立している治療は幾つもあり、その治療機会を阻害し、重大な結果をもたらせば問題になると考えられます。


そしてホメオパシー

ホメオパシーは医療類似行為です。それに対しては誰も異論はないと考えます。医療類似行為が日本で存在が許されるのは、「公共の福祉に反しない」つうか「公共の福祉に寄与する」ことが必要です。そしてその医療類似行為が「有効無害」である事も必要です。ここでは単なる砂糖粒の有効性はあえて深く論じませんが、砂糖粒だけなら有効はともかく、限りなく無害に近いとしても、まあ良いと思います。

ホメオパシーはレメディ以外にも色々あるみたいですが、それも含めて有効性については置いておきます。おそらくそれらの治療法自体は「無害」であるだろうからです。

ホメオパシーの治療自体は無害であっても、ホメオパシー治療を受ける事により「正当な治療」を妨げたらどうなるかの命題が今問われていると考えています。とくに重症患者や意思表明のできない子どもの場合です。成人はまだ自己責任で正当な治療を忌避する自由は許されていると思いますが、子どもに決定権はありません。子どもに正当な治療を受けさせず重大な結果をもたらせば、これは「無害」とは言えなくなると考えます。

成人であっても、有用な正当な治療をあえて拒否する意思決定の厳格さは非常に煩雑なものです。不利な意志決定の結果、不利益がもたらされたとなれば、相当な後出しジャンケンであっても、その手続きの有用性は非常に細かいところまで問われます。一点の曇りないぐらいの厳格さがあると言えばよいのでしょうか。

ホメオパシーが体質的に正当な治療を忌避させる医療類似行為の性質を持っているとすれば、それだけで「公共の福祉に反する」可能性が出てくると考えます。そうなれば最高裁判決に照らしても医療類似行為として認められない事になります。またこれを放置することは厚労省の怠慢につながります。

あくまでも「どうやら」ですが、医療類似行為が認められるかどうかの境目は、厚労省がその医療行為を「有効無害」として黙認するかどうかだけに係っていると見る事も出来るからです。厚労省が有効無害と黙認すれば「公共の福祉に寄与している」となりますが、認めなければ、あはき法に基いて禁止される行為になる寸法です。

訴訟はあくまでも助産師個人のものですが、訴訟の展開によっては厚労省の出番があるとも考えています。そういう意味で注目しているのですが、厚労省は動かんでしょうね。ただ厚労省の動きは鈍くとも、厚生労働委員会の質疑には誰か出してくれるんじゃないかと期待しています。秋の国会は9月後半ですが、それまでにこの話題が立ち消えになるのか、それとも朝日が執念深く取り上げて話題として続いているかが鍵になりそうです。