6月2日の感染地日記

先週の後半から街を歩く人のマスク姿が急減している神戸です。うちの職員からの情報では三宮のマスク姿も激減し、着用している方が浮いて見えたとの感想でしたから、狭い知見ですが神戸市全体でそういう傾向になっているんじゃないかと思われます。もっとも市長が「安心宣言」を出したとは言え、医療体制は公式には「まん延期直前」体制のままですから、そこはかとなくギャップを感じる感染地の日常です。この先、どういう公式の展開になるのかぐらいは注目されます。

そいでもって6/1付け神戸市医師会新型インフルエンザ対策本部の新型インフルエンザ情報(第24報)です。副題に「与党インフルエンザ対策プロジェクトチーム神戸視察に関する報告」とあります。

■5月29日、2名の元厚労大臣が、中小企業庁国土交通省観光庁の行政官とともに新型インフルエンザによる影響を視察するために来神された。有馬温泉、三宮商店街等を視察の後、井戸県知事、矢田市長、神戸商工会役員との懇談の後、神戸市医師会を訪問され、午後1時より神戸市地域医療推進協議会の役員及び神戸市医師会役員の出席のもと、川島会長より各団体からの35に上る要望を内容的に7つに集約してPTメンバーに伝えた。その後、川崎、坂口両元厚労大臣からもコメントがあり、その後約30分ほど意見交換を行い、新型インフルエンザに関する神戸市における医療・保健・福祉の問題点をPTに伝えた。

■出席議員

 自民党川崎二郎(与党PT座長)、盛山正仁(神戸選出)
 公明党坂口力(与党PT座長代理)、赤羽一嘉(神戸選出)

■神戸市地域医療推進協議会の出席者

  1. 神戸市歯科医師
  2. 神戸市薬剤師会
  3. 兵庫県看護協会
  4. 神戸市介護老人保健施設協会
  5. NPO法人神戸市難病団体連絡協議会
  6. 神戸市ケアマネージャー連絡会
  7. 神戸市肢体障害者福祉協会
  8. 神戸市婦人団体協議会
  9. 神戸市民間病院協会
■<要望事項の概要>各団体からの要望を内容的に7項目に集約
  1. 抗インフルエンザ薬の備蓄・流通については、都道府県単位ではなく、政令指定都市単位でも対応できるようにして頂きたい。
  2. 検査キット(迅速検査・PCR検査)・アルコール消毒液・マスク等の十分な供給と経済的なバックアップを求める。
  3. 発熱外来併設の協力病院のさらなる充足と充実をお願いしたい。PPEや設備に対する経済的な援助も願いたい。
  4. 通所系サービス等の中断によるケアプランの継続等の対応や休業補償を求める。
  5. ウイルスの毒性に応じた複数のガイドラインの作成をお願いしたい。
  6. 6月予定の児童の健診が延期されているが、健診時期を延ばすことはできないか。
  7. 発熱外来に出務し、重篤健康被害が生じたとき、労災レベル以上の手厚い公的補償を求める。
※上記のうち、特に1.3.5.6.7.については神戸市医師会より強く要望し、7.については川崎PT座長より「公務員に準じた公的補償の対応を考えている」との見解を確認した。

要は与党の視察団が来て要望を伝えたという話です。来られたのは元厚生労働大臣ですが、川崎氏は先々代で、坂口氏は先々々々代です。先代の厚生労働大臣は参加されていないようですし、議員も兵庫県選出の参議院議員である前官房副長官は参加されていません。おそらくPTに加わっていないからだと考えます。それと「中小企業庁国土交通省観光庁の行政官」と来られたになっていますが、厚労省の行政官も当然来られてますよね。書いてないから来ていないなんて事はないとは思っています。


7つの要望は「こんなものだろう」と思いますが、個人的に関心を引いたのは、

    発熱外来に出務し、重篤健康被害が生じたとき、労災レベル以上の手厚い公的補償を求める。
この労災問題は当ブログでも話題にしましたが、労災の適用条件は法務業の末席様より、「C型肝炎、エイズ及びMRSA感染症に係る労災保険における取扱いについて」(基発第619号、平成5年10月29日)の例を引いての説明が記憶に新しいところです。問題は業務起因性の判断で、

原則として、次に掲げる要件をすべて満たすものについては、業務に起因するものと判断される。

  1. C型急性肝炎の症状を呈していること(前記(2)のハ参照)。
  2. HCVに汚染された血液等を取り扱う業務に従事し、かつ、当該血液等に接触した事実が認められること(前記イの(イ)参照)。
  3. HCVに感染したと推定される時期からC型急性肝炎の発症までの時間的間隔がC型急性肝炎の潜伏期間と一致すること(前記(2)のロ参照)。
  4. C型急性肝炎の発症以後においてHCV抗体又はHCV-RNAが陽性と診断されていること(前記(2)の二参照)。
  5. 業務以外の原因によるものでないこと。

これはC型肝炎ですが、エイズでは

原則として、次に掲げる要件をすべて満たすものについては、業務に起因するものと判断される。

  1. HIVに汚染された血液等を取り扱う業務に従事し、かつ、当該血液等に接触した事実が認められること(前記イの(イ)参照)。
  2. HIVに感染したと推定される時期から6週間ないし8週間を経てHIV抗体が陽性と診断されていること(前記(2)のホ参照)。
  3. 業務以外の原因によるものでないこと。

さらにMRSAでは、

医療従事者等のMRSA感染症は、易感染性患者と異なり、一般的には深部感染は考えにくいものである。したがって、表層感染に限り、原則として、次に掲げる要件をすべて満たすものについては、業務に起因するものと判断される。

  1. 当該医療従事者等の勤務する医療機関においてMRSAに感染していることが確認された入院患者等がみられること(前記(2)のロの(イ)参照)。
  2. 感染症状が認められる部位からMRSAが検出されていること。
  3. 業務以外の原因によるものでないこと。

HCVエイズMRSAで微妙に異なるところはありますが、業務関連性の判断は当該疾患に罹患している事は当然の前提ですが、それに加えて、

    業務以外の原因によるものでないこと。
これが決まり文句のように付随しています。ここで法務業の末席様は、HCVでの適用例の体験談と思われる事をコメントしています。

 C型肝炎の感染罹患だから労政適用されるのではなく、血液感染であるC型肝炎感染が、業務中の針刺し事故以外に感染険路が考えられない場合であるから、業務に起因した感染と認定されるのです。もし仮に被災労働者が、ほぼ同じ時期に血液製剤や輸血を含む治療を受けており、針刺しによる感染なのか輸血治療に因るものか断定できない場合、労災認定は非常に面倒になります。

(医学的に輸血での感染はあり得じ、業務中の針刺し事故以外に感染が考えられないという、業務起因性の科学的証明となる鑑定書作成などが必要になります)

これが新型インフルエンザに適用されればどうなるかですが、

インフルエンザ感染については空気感染ですので、診療中(業務中)の感染なのか、それとも業務に従事していない日常の私生活の中での感染なのか、科学的に証明することが非常に困難です。病院での診療中(業務中)に感染した「可能性が高い」とは言えても、病院以外の家庭や街中で感染した可能性がゼロと証明することが出来ない場合は、労災認定は困難であろうと思います。

これを読めばお分かりのように「業務以外の原因によるものでないこと」とは、業務以外の原因である可能性が「ゼロ」である事を証明しなければならないのが、労災適用の原則である事がわかります。

もう少し具体的に考えると、要望は発熱外来に出務した医師に限定しています。発熱外来の出務システムがどうであったかは不明なんですが、少なくとも発熱外来のみに出務し、病院から一歩も出ない状態で罹患すれば可能性はあると法務業の末席様は指摘しています。つまり、

インフルエンザの潜伏期間は概ね7日ということのようですが、仮にその潜伏期間を超える日数を、インフルエンザ診療の医療機関から1歩も外出せず(夜間の仮眠や食事も含めて)に診療業務に従事していた医療労働者が感染した場合、業務以外での感染の可能性が否定できますので、労災認定はされると思います。

仕事が終われば、帰宅途中はまだ業務に認定される可能性は残るかもしれませんが、家に帰れば業務で無くなり、買い物等にでも出かければ業務以外の感染の可能性が「ゼロ」ではないが出現する事になります。労災認定の原則としては、帰宅後の行動中にインフルエンザに罹患しなかったとの科学的証明が必要になり、そんなものは事実上無理であるとの解釈です。

神戸ではどうも行なわれなかったようですが、地域によっては開業医の出務による発熱外来を企画していたところもあるようです。開業医なら、出務する発熱外来以外でも自院の診療もあり、普通は連日帰宅します。感染地で診療をやっていればわかるのですが、発熱相談センターや発熱外来があっても発熱患者は受診します。患者の判断で受診することもあり、発熱相談センターに相談の上に受診されることも沢山あります。そうなれば、発熱外来で感染し、発熱外来以外で感染した可能性は「ゼロ」であるとの証明はさらに難しくなります。

さらにと力むほどの事はありませんが、神戸のようにある時期から一般医療機関でも新型インフルエンザ疑い患者を受け入れだしたら、要望項目にある「発熱外来への出務」の条件はどうなるかも注目されます。あくまでも行政が設置した発熱外来に出務した者だけが適用されるのか、診療体制の変化により一般医療機関にも適用されるのかです。そう言えば協力病院と言うのもありますから、あれもどうなるのか少々疑問です。


ちょっと長くなりましたが、労災適用の原則論では難しそうな新型インフルエンザの労災適用が、「さも当然」の前提として要望項目に書かれているのに少々引っかかります。この辺はどこかで厚労省役人がそういう口約束をしたなり、覚え書みたいなものが医師会と取り交わされているのかもしれませんが、個人的には見たことはありません。聞いた事は噂でそういう説明がどこかであったはとされますが、それ以上は不明です。

HCVエイズMRSAでは労災適用の原則が明文化されていますから、新型インフルエンザも是非明文化して欲しいところです。アスベスト被害ではかなり柔軟な運用がされていますから、ひょっとすると私が把握していない厚労省通達にあるのかもしれません。もしあるのなら情報お持ちの方はよろしくお願いします。

ここでなんですが、労災適用の話がもし曖昧なものであるのなら、要望項目の主要な眼目である

    労災レベル以上の手厚い公的補償を求める
これが空約束になる懸念が出てきます。どんなに手厚い補償を約束されようとも、補償が労災適用者に限るとされ、さらに労災適用が原則論で壁として立ち塞がったら、絵に描いた餅になってしまうからです。世の中にはそういう事がしばしば起こるのが怖いところですからね。


もう一つだけこの要望に対する与党PT座長の口頭の返答ですが、

    川崎PT座長より「公務員に準じた公的補償の対応を考えている」
あくまでも視察先の口頭の返答ですし、これが実現するには東京に帰ってから与党PT会議の合意を得、さらに与党の合意を得、そこから先はどのレベルの承認が必要なのかは不明ですが、予算が必要なことなので国会での何らかの承認の手続きが必要と考えます。国会の会期は7月末まで延長されたようですが、御存知の通り総選挙を目前に控えた微妙な時期ですし、この返答が今国会中に具体化するかは非常に不透明と考えています。総選挙が終われば誰が政権を担当しているかも不透明な政治状況ですし、PT座長も含め視察に来た議員も10月にはどうなっているのかさえ不透明です。

かなり心細い感じもするのですが、それは仕方が無いとして「公務員に準じた公的補償」とは具体的にはどんな内容なんでしょうか。調べた範囲では地方公務員災害補償法とか国家公務員災害補償法みたいなものにも思えるのですが、どんなものを念頭に置いて「公務員に準じた公的補償」と返答されたかも興味深いところです。