都立府中病院の不思議な当直

東京都立府中病院は医療法定床821床、予算定床761床の大きな病院です。予算定床とは聞きなれない言葉ですが、実働病床の事のようです。ここの労基法41条3項に基づく「断続的な宿直又は日直勤務許可申請書」の情報をMed_Law様から御提供頂きました。

    東京都立府中病院の「断続的な宿直又は日直勤務許可申請書」
    医師数:61人
    一回の宿直員数:7人
    勤務の態様:入院患者及び救急患者の診察(但し、簡易な診察受付をなし、他診療行為は宿直医以外の医師が診察する。)

    昭和48年4月1日
    都立府中病院長 ◎◎ ◎◎ (東京都立府中病院長印)
    立川労働基準監督署殿
    (昭和48年5月25日 立川労働基準監督署 届け出済み印)

許可を受けたのが昭和48年と言いますから、1973年の事になり実に36年前の許可になります。古いから悪いと言うわけではありませんが、実に不思議な内容です。書式から考えるとこれは医師当直の宿日直許可証かと考えられますが、これだけでは良く分からないので江原朗様の小児科医と労働基準を確認してみると、都立府中病院の宿日直許可証として掲載されています。これを読むと経過は少々複雑で、私の理解するところでまとめると、


Date 宿日直許可状況
1970.9.1 内科1名、外科2名、産婦人科1名、結核病棟1名、汽缶作業1名の計6名の当直申請
1970.9.25 薬剤師1名の当直許可
1973.5.29 上記7名の当直許可
1978.2.7 放射線科技師の1名当直許可
1978.4.21 臨床検査技師の1名の当直許可


この理解で正しいかどうか、いささか自信が無いのですが、あくまでも私の理解するところでは都立府中病院の当直体制は、この9名体制と考えられそうです。医師の当直許可の勤務の態様は1970.9.1申請時点では

入院患者及び救急患者の診察

これだけでどうやら承認されていたようですが、1973.5.29の時点ではこれに加えて、

    但し、簡易な診察受付をなし、他診療行為は宿直医以外の医師が診察する。
この但し書きは「入院患者」も「救急患者」の診察にも適用されると考えられます。当直医が「簡易な診察受付」だけしか従事しないのは労基法41条3号に基づく宿日直許可の趣旨からして正しいのですが、診療行為を行う「宿直医以外の医師」とは誰だという事になります。考えられるのは、
  1. 当直医以外に交代制の勤務体制の医師が存在する
  2. オンコール等で診療行為に必要な医師が呼び出される
この2つが考えられますが、交代性を敷いているのであればわざわざ5人もの「簡易な診察受付」しかしない当直医を置く理由が不明となります。そうなるとオンコール等により必要な医師が呼び出される体制である可能性が高くなります。伝統ある病院には不思議な慣習が時としてありますが、こういう体制でも救急患者が滅多に来ない病院ならありうるかもしれません。しかし都立府中病院は東京ERの一翼を担う病院です。都立府中病院のHPに平成19年度の患者統計がありますので、ちょっと見てみます。時間外の年間実績は、
    入院:3684件(うち救急車1801件)
    外来:25679件(うち救急車4590件)
また休日分の実績は、
    入院:1307件(うち救急車633件)
    外来:13110件(うち救急車1616件)
年間休日は概算で125日ぐらいですから、
* 外来平均 入院平均
総数 (救急車) 総数 (救急車)
平日 52.4 12.4 9.9 4.9
休日 104.9 12.9 10.5 5.1
平日でも50人、休日になると100人を超す救急患者があり、救急車も毎日10台以上が搬送され、緊急入院も連日10人を超えます。かなり忙しい時間外診察である事がわかります。宿日直許可証の勤務の態様を額面通りに受け取ると、
    平日50人、休日100人の救急患者 → 5名の当直医が「簡易な診察受付」 → オンコール医が診療行為
当直医は「簡易な診察受付」だけでも平日で単純平均10人以上を行なう必要がありますから、それなりに大変そうですが、本当にそれだけなら負担は十分な睡眠が必ずしも取れないことを除けばラクな当直です。一方で当直医以外のオンコール医は地獄を見る様な気がします。平日で50人、休日で100人も来る救急外来ですから、どの診療科の患者が来るなんて予想は仕切れません。つうか、一晩にオンコール診療科の救急患者が1人も来ないのはラッキーとも考えられます。

つまり労基法41条3項の宿日直許可条件を遵守する姿勢としては問題は少ないかもしれませんが、その代わりに当直医以外に大きな負担がかかる当直体制とも考えられます。そんな不思議な当直勤務を5名体制で本当に行なっているのでしょうか。個人的には都立府中病院の実態は、5名の当直医で「名ばかり当直」の実質夜勤を行なっているんじゃないかと考えます。

都立府中病院と言えばいつかのコメント(どこだったか忘れてしまいました)で、勤務体制についての抗議運動が先駆的に行われ押し潰された病院であると聞いていますので、そういう病院がこんな不思議な当直体制を行なっているとは考え難いからです。もっともですが、労基法41条3項に基づく宿日直許可が却下されたにも関らず、まるで宿日直許可があるかのような違法体制で「これで問題なし」と胸を張っている日赤医療センターより、「目くそ、鼻くそ」程度はマシとはまだ言えるのですけどね。