日赤医療センター 労基署への挑戦

愛育病院と相前後して労基署の是正勧告が出された日赤医療センターの対応の蛇足解説編です。モトネタは4/2付医療維新で、昨日のエントリーにも引用しています。

問題にした発言は日赤医療センター管理局長の竹下修氏のものです。

病院が職員を宿日直業務に従事させる場合には、「断続的な宿直又は日直許可申請書」を労基署に提出しなければならない。日赤医療センターの場合は未提出だ。「申請書を提出しようとしたが、労基署は宿直等ではなく、通常業務の延長であるとされ、受け取ってもらえなかった」(竹下氏)。

これがどういう意味を持つかです。まず「断続的な宿直又は日直許可申請書」とは労働基準法41条3項に基づくもので、条文を引用すると、

第41条

 この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。

  1. 別表第1第6号(林業を除く。)又は第7号に掲げる事業に従事する者
  2. 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
  3. 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

この41条3項による「断続的な宿直又は日直許可申請書」の許可を受けるとどういうメリットがあるかといえば、

  1. 宿日直として正規の労働時間にカウントされない、つまり時間外労働ではない
  2. 時間外労働ではないため法定割増賃金は発生せず、時間給の1/3を払えばOKとなる
時間外労働にもならず、賃金は1/3で医師を当直業務に就かせる事が出来ます。ところが日赤がこの「断続的な宿直又は日直許可申請書」を労基署に提出したところ労基署から、
    宿直等ではなく、通常業務の延長である
こういう理由で許可が下りませんでした。当直業務は正規の労働時間にカウントされず、賃金も安くなるために許可の条件があります。とくに医師の場合は平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」および平成14年3月19日付基発第0319007号の2「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について(要請)」にも明記され、「勤務の態様」として

常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。 なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3.のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。

さらにこれはもっと具体的に通達されており、

  1. 通常の勤務時間の拘束から完全に開放された後のものであること。即ち通常の勤務時間終了後もなお、通常の勤務態様が継続している間は、勤務から開放されたとはいえないから、その間は時間外労働として取り扱わなければならないこと。
  2. 夜間に従事する業務は、一般の宿直業務以外には、病室の定時巡回、異常患者の医師への報告あるいは少数の要注意患者の定時検脈、検温等特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。従って下記(5)に掲げるような昼間と同態様の業務は含まれないこと。
  3. 夜間に充分睡眠がとりうること。
  4. 上記以外に一般の宿直の許可の際の条件を充たしていること。
  5. 上記によって宿直の許可が与えられた場合、宿直中に、突発的な事故による応急患者の診療又は入院、急患の死亡、出産等があり、あるいは医師が看護師等に予め命じた処置を行わしめる等昼間と同態様の労働に従事することが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分にとりうるものである限り宿直の許可を取り消すことなく、その時間について法第33条又は36条第一項による時間外労働の手続きをとらしめ、法第37条の割増賃金を支払わしめる取扱いをすること。従って、宿直のために泊り込む医師、看護師等の数を宿直する際に担当する患者数との関係あるいは当該病院等に夜間来院する急病患者の発生率との関係等からみて、上記の如き昼間と同態様の労働に従事することが常態であるようなものについては、宿直の許可を与える限りではない。例えば大病院等において行われる二交代制、三交代制等による夜間勤務者の如きは少人数を以て上記勤務のすべてを受け持つものであるから宿直の許可を与えることはできないものである。
  6. 小規模の病院、診療所等においては、医師、看護師等、そこに住み込んでいる場合があるが、この場合にはこれを宿直として取り扱う必要はないこと。但し、この場合であっても上記(5)に掲げるような業務に従事するときは、法第33条又は法第36条第一項による時間外労働の手続が必要であり、従って第37条の割増賃金を支払わなければならないことはいうまでもない。
  7. 病院における医師、看護師のように、賃金額が著しい差のある職種の者が、それぞれ責任度又は職務内容に異にする宿日直を行う場合においては、1回の宿日直手当の最低額は宿日直につくことの予定されているすべての医師ごと又は看護師ごとにそれぞれ計算した一人一日平均額の3分の1とすること。

こういう風に通達されています。ながい文章ですがあえて短くまとめと、

    特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。
「断続的な宿直又は日直許可申請書」の許可を受けるためにはこの通達の条件を満たす必要があると言う事です。日赤は条件を満たしていないので許可できないと労基署は返答したことになります。労基署の判断は非常に常識的なものと感じます。24時間365日体制の総合周産期センターであるだけではなく、東京都指定の「スーパー周産期」でもある当直の業務が「特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。」であるはずがないからです。ここでなんですが、日赤医療センターの「当直」の勤務体制ですが、4/2付医療維新より、

日赤医療センターの場合、医師の場合、宿直料は1回2万円、日直料は1回4万円。それに加えて、救急患者への対応などの業務を行った場合には、その時間分の時間外労働に対する法定割増賃金を支払っている。

この勤務体制は、

  1. 労基法41条3項に基づく当直として「宿直料は1回2万円、日直料は1回4万円」を支払っている
  2. 通達にあるように当直以外の通常業務(時間外勤務)が発生したときに法定割増賃金を支払っている
これはあくまでも労基法41条3号に基づく「断続的な宿直又は日直許可申請書」を労基署から許可を受けた時に可能な賃金体系です。しかし許可を受けていないのは日赤医療センター管理局長の竹下修氏が明言している通りです。


労基法41条3号に基づく「断続的な宿直又は日直許可申請書」の許可が無い状態の勤務はすべからく通常勤務になります。これについて裁量の余地はありません。病院には宿日直(当直)を置かなければならないのは医療法の規定ですが、この当直は医師が院内に存在すれば良いだけで、医療法に基づいての当直であるからと言って、労基法の当直とイコールでないと言う事です。

つまり日赤医療センターは労基署から労基法41条3号に基づく「断続的な宿直又は日直許可申請書」の許可を受けていないにも関らず、勤務する医師に対して宿日直業務の勤務条件で働かせている事になります。これは明白すぎるほどの違法行為です。日本中の病院で行なわれている「名ばかり当直」とは意味するところは根本的に違う違法行為です。

労基署が日赤の労基法41条3号に基づく「断続的な宿直又は日直許可申請書」を許可しなかった意味合いも明瞭で、平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」に照らし合わせても宿日直業務と見なす事ができないので、通常勤務として扱って勤務体系を組みなさいという事です。こういう場合の対処方法もまた明記してあり、

宿日直勤務中に通常の労働が頻繁に行われる場合労働実態が労働法に抵触することから、宿日直勤務で対応することはできません。 宿日直勤務の許可を取り消されることになりますので、交代制を導入するなど業務執行体制を見直す必要があります。

たとえそれまでに労基法41条3号に基づく「断続的な宿直又は日直許可申請書」を受けていてもこれを取り消し、

    交代制を導入するなど業務執行体制を見直す必要があります
日赤の場合は「どうやら」これまでも許可を受けていなかったようですから、「即こうせよ」の勧告と同様かと考えます。日赤が労基署から受けた是正勧告は、
  1. 「36協定」を結んでない
  2. 労働時間が8時間を超えた場合に、1時間の休憩時間を与えていない
  3. 研修医(1人)の時間外労働に法定割増賃金を支払っていない日が1日あった
これらについては「対応している」と日赤側はしています。ここで36協定を結べば当直問題が解消するかと言えば、そうは言い切れません。36協定は簡単に言うと法定労働時間を超えて時間外勤務を行なう協定の事で、これを結んでも労基法41条3号の宿日直許可とは基本的に関係ありません。あえて言えば仮に労基法41条3号に基づく「断続的な宿直又は日直許可申請書」が労基署から許可されている状態で、当直勤務者を通常業務(時間外勤務)に就かせる事が可能になるだけの事です。

36協定を結んでいない時期の日赤は、労基法上で医師に時間外勤務さえさせる事が出来ない状態であったのです。36協定を結んで初めて、

日赤医療センターの場合、医師の場合、宿直料は1回2万円、日直料は1回4万円。それに加えて、救急患者への対応などの業務を行った場合には、その時間分の時間外労働に対する法定割増賃金を支払っている。

この当直勤務体制のうち

    その時間分の時間外労働に対する法定割増賃金を支払っている
この部分がやっと合法的になるだけの事です。36協定を結んでいなかった日赤は、そもそも時間外勤務をさせること自体が労基法違反であり、たとえ法定外割増賃金を支払っても違法状態です。それを3月に結んだとされる36協定でやっと合法的になります。36協定を結ぶ以前の時間外勤務は法定外割増賃金を支払おうが支払まいがすべて労基法違反に該当します。

交代勤務制を導入するには変形労働時間の許可が必要であり、その上で36協定で結んだ時間外労働時間の上限を考慮しながら勤務シフトを組まなければなりません。当然のように夜勤勤務者が増えれば日勤勤務者の減少が起こります。聞くところによると日赤は「3人当直体制」であるとのことですから、時間外勤務を考慮に入れても、従来の勤務体制とは大きく変わってくるはずです。日赤の産婦人科医数は僻地の産科医様の情報によると、

    確かに「産科医は研修医を含めて24人」ですが、問題はその内容です。
    昨年度(昨日まで)の状況は以下の通り。

    1年目研修医 2人(産科当直したことなし、産科志望というだけ)
    2年目研修医 2人(産科研修中のみ当直。2年で半年くらい研修)
    3年目研修医 5人(一人は他県の日赤に長期出張中)
    4年目研修医 3人(他科を研修したりで、普通勤務は2人)
    6年目くらい 2人(来年度専門医取得予定)
    7−9年目  2人
    10年目以上 8人
    当直できたのは、結局18人くらいしかいませんでした。

          今年度に入って、動きがあって、
    7−9年目専門医が2人退職。
    6年目も一人退職。
    2年目は一人は転科。

    そして、代わりに就職される方々が、
    20年目の大ベテラン、 3年目一人、
    6年目くらいの産休明け2人(週3日の日勤のみ)
    1年目2人(当直せず)。

私もこのソース元を知っていますが、非常に信頼できる情報です。労基法41条3号に基づく「断続的な宿直又は日直許可申請書」の許可の有無はこれだけ深刻な影響を及ぼします。だからこそ同じように許可を得られなかった愛育病院があれだけ大騒ぎしたとも言えます。

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手短に条文と通達の説明を簡略にしようと試みましたが、見事に大失敗で、解説だけでいつものような長文になってしまいした。日赤と愛育はほぼ同じ時期に労基署の監査が入り、同じような是正勧告が行なわれています。日赤は「ウチは軽い」と主張していますが、私の見るところでは表に出てこない是正勧告のポイントは、

    労基法41条3項に基づく宿日直許可を与えない
愛育も日赤も驚くべき事に36協定も労基法41条3項に基づく宿日直許可も取っていなかったですが、36協定は労使で結べば取得可能です。ところが労基法41条3項に基づく宿日直許可は労基署の判断が入り、日赤も愛育も許可が下りませんでした。どちらの病院への労基署の判断は「通常業務である」で、今回の是正勧告の特徴となっているかと考えます。これは担当労基署の判断がたまたま同じだったと考えるより、労基署の上級庁の労働局、さらに上級の厚生「労働省」の意志が働いていると考えられます。

ここで愛育に対して東京都及び厚労省の対応を思い出して欲しいのですが、

  1. 都は25日、「労基署の勧告について誤解があるのではないか。当直中の睡眠時間などは時間外勤務に入れる必要はないはず。勧告の解釈を再検討すれば産科当直2人は可能」と病院に再考を求めた。
  2. 厚生労働省の担当者からは25日、労働基準法に関する告示で時間外勤務時間の上限と定められた年360時間について、「労使協定に特別条項を作れば、基準を超えて勤務させることができる」と説明されたという。
この愛育に行なわれた指導は日赤にも行なわれたと考えるのが妥当です。とくに東京都の見解と言うか対応法は、労基法41条3項による宿日直許可がない状態での、

宿直料は1回2万円、日直料は1回4万円。それに加えて、救急患者への対応などの業務を行った場合には、その時間分の時間外労働に対する法定割増賃金を支払っている。

こういう違法勤務体制の勧めであったと考えます。厚労省の見解と対応の趣旨は、是正勧告下ですから時間外労働のカウントが厳格になり、そのため36協定の告示による上限時間をオーバーする可能性が非常に高く、そうなった時の予防策の伝授と見る事ができます。つまり2つはセットで「アドバイス」されたと考えます。

厚労省のアドバイスは36協定下の時間外労働時間の上限の融通方法のアドバイスですが、東京都の方法は労基法41条3項の宿日直許可がない状態では完全に違法になります。別に社労士でなくとも「無理筋どころでない」と考えても不思議ありません。是正勧告下でこういう違法を行なえばさらに厳しい指導が入ることは容易に予想され、愛育院長の

「“担当部長の意向”だけでは、今後人事移動などにより判断が変わる可能性もある。周産期医療協議会で検討を行った上、文書で回答をいただきたい」としている。

違法状態のお墨付を求めた展開になったと考えられます。その後の愛育への根回しはどうなったかの確報はありませんが、交代勤務制を充足させる医師がいない以上、東京都は文書提出なしでの愛育説得が続けられていると考えられます。ここで愛育はまだ難色を示しましたが、日赤は一切の難色を示していません。おそらく東京都及び厚労省のアドバイスをそのまま受け入れたと思われます。

問題になると考えられるのは2点で、

  1. 愛育が当初、東京都及び厚労省の「アドバイス」に難色を示し、違法裏技アドバイスの内容が広まってしまった
  2. 日赤が平然と裏技アドバイスを行なっている事を公言した
おそらく日赤は愛育と違い、違法裏技アドバイスを東京都及び厚労省のお墨付と受け取ったかと考えます。愛育も日赤も黙って受け入れていれば、どんな裏技が行われ、どんな決着になったかは「誰も知らない」でウヤムヤになるところだったのでしょうが、愛育が違法裏技アドバイスの内容を暴露しただけではなく、日赤が違法裏技アドバイスの実行を口にしてしまった事です。

労基署と言うか厚生「労働省」の今回の真の意向はどこであったかは不明です。ただ首都東京でこれだけの事を断行したのですから、それなりの目的はあったはずです。労基法41条3項による宿日直許可も黙って与えれば、違法裏技アドバイスにしなくとも普通の指導になるからです。わざわざ違法裏技アドバイスになる状態を病院側に強いるのは不自然だからです。

もっともこういう事も考えられます。指導に回った厚労省サイドの足並みの乱れです。二つの意向が厚生「労働省」と「厚生」労働省から出た可能性です。

  1. 厚生「労働省」側から医療現場の労務管理適正化の意向
  2. 「厚生」労働省側から労務管理適正化を骨抜きにする意向
ここは1.が打ち出されて2.の対応が行なわれたと考えることもできます。内情はもっと混乱したものであったかもしれませんが、とにかく労基署の決定した労基法41条3項の宿日直不許可状態を覆す事は難しいですから、不許可状態のまま許可があるかのような状態での宿日直体制の黙認による現状の維持です。こういう対応に対する厚労省内の根回しがどうなっているかは藪の中です。

もし厚労省内の厚生「労働省」と「厚生」労働省の意向が相反していた場合、いやそれなりに手打ちが行なわれていたとしても、日赤の違法状態が公言されたら厚生「労働省」の立場は微妙な物になります。手打ちがあってもおそらく厚生「労働省」側は「知らなかった」の立場でいたいはずですから、騒ぎが大きくなれば看過できなくなります。言っても労基法の元締めですから、指導しておいて違法を黙認したとなれば責任問題が生じます。日赤内部から誰か訴訟を起そうものなら絶対に勝てません。

「厚生」労働省の綱渡り的対応の優等生であったはずの日赤ですが、m3の取材への対応は大きなミスであったと見ます。せっかく表沙汰になっていなかった宿日直許可問題を表面化させ、さらに違法裏技アドバイスの実行を明言してしまったのです。日赤医療センター管理局長の竹下修氏すれば東京都及び「厚生」労働省のお墨付の方法ですから、どこに出しても、誰に話しても「何の問題もない」との考えかもしれませんが、やはり表に出れば困る問題です。

厚生「労働省」の労基法に対する態度は表と裏がありますが、裏で黙認している事も表に返れば問題になります。日赤の姿勢は労基署への挑戦と受け取られる可能性が十分出てきます。根回しがあっても、表に出たものを黙認すれば労働行政として極めて不都合な事態になり、官僚の忌み嫌う責任問題に発展します。こういう黙認は愛育・日赤の問題だけではなく労働行政全般に波及してしまうからです。

第2幕は果たしてあるかになります。第2幕は、

  1. 労基署が自ら開く
  2. 労基法違反訴訟が起され引きずられる
日赤の内部情報として、医師の大勢はこの問題に無関心だそうですが、その中の一人でも立ち上がれば司法の場では黙認問題は通用しません。今頃、息を呑んで問題の展開を見守っているかもしれません。