愛育日赤事件の中間憶測(週刊誌風)

またこの話題かと言われそうですが、大事な事件ですから賞味期限が切れないうちに反芻しても良いと思っています。とは言え情報源のほとんどが記事情報だけですので、憶測の塊になるのは避け難く、週刊誌レベルになってしまうのは御了解よろしくお願いします。

まず二つの事件のごく簡単な時系列です。

    3/13:日赤に是正勧告
    3/17:愛育に是正勧告
    3/25:東京都と「厚労省の担当官」のアドバイス
    3/26:マスコミ報道
愛育と日赤への監査はセットであると考えて良いと思います。ここで前提なのですが労働行政は非常に意図的に行なわれます。労基署は労基法の番人ではありますが、労基法の遵守をゴチゴチに求める機関ではなく、なるべく労基法に則りながら、実情に対して極めて柔軟と言うか、無限に伸びる新素材のような弾力運用を時に行ないます。当然ですが愛育と日赤に対しても何か濃厚な意図をもって行動したと考えられます。

労基署の監督省庁は厚労省ですが、ここは言うまでも無く厚生省と労働省が合併して出来た省です。私企業でもそうですが、合併により旧系列の人間が一瞬に融合するという事はありえません。どこまで言っても旧系列の人脈は残ります。官僚であるから程度が軽いというより、官僚であるから程度は強いと考えたほうが妥当と思われます。厚労省内の力関係はわかりませんが、対立する2つの系列が存在しているとして良いでしょう。

ここでなぜ愛育と日赤なのか、そもそもなぜ監査が行なわれたかの理由が不明です。表立っての理由は至極簡単ですが、労基法違反だけなら首都東京の大病院でもゴマンとあるからです。無いところを探すほうが難しいどころか、そもそも存在しないとしても良いかと思います。今回は愛育・日赤とも総合周産期センターですが、さすがは東京で総合周産期センターだけでも、

の総合周産期センターがいわゆるスーバー周産期に指定されているところです。愛育と日赤がターゲットにされた理由が興味を惹かれます。リストだけからあえて考えると、
    大学病院系列が外されている
これはすぐに目が付きます。9つの総合周産期センターのうち6ヶ所が大学病院系列であるにも関らず、監査に選ばれた2ヶ所はそうでないところです。スーパー周産期と言う見かたをしてもそうで、3ヶ所中2ヵ所が大学病院系列であるにも関らず、そうでない日赤を選択しているとも考えられます。もちろんたまたまの可能性はありますが、やはり作為的な選択がなされていると疑われるところです。

墨東も大学病院系列ではありませんが、ここが外されたのは東京都との関係を考慮したんじゃないかと思います。都立に手を出さば知事がウルサイとの計算です。下手に都知事と衝突するとどんな暴走をやらかすか計算しきれないの思惑ではないでしょうか。労基署の監査はそういうのさえ計算にいれて動くとの観測もあります。

では大学病院をなぜ外したかですが、大学病院の労基法違反の違反の程度が軽いからと考える人間は医師にはいないと思います。むしろ違反が無茶苦茶すぎて下手に監査を行なうと収拾がつかなくなる危険性を考えてのものかと思っています。労基署の指導は労基法遵守によりその事業所を破滅させる事ではなく、事業所が耐えられる程度の指導に留める事が要点とされます。大学病院の違反の度合いは労基署が立ち往生して大火傷を負うのを避けたと考えます。

都知事との衝突を避け、魔窟に近い大学病院を避ければ消去法で愛育と日赤になります。


総合周産期の監査を行なうとの方針が決まり、選択として監査に耐えられそうな愛育と日赤を選んだのは理解するとして、その前の問題である、なぜ東京の総合周産期の監査を行なおうとしたのかの疑問が残ります。これはソースを明示できない情報ですが、厚労省としては各地で医療機関に出される是正勧告や、それがネットに公開されている事態を重く見ているとされています。厚労省と言っても厚生「労働省」でもあるわけですから、厚労省管轄下の医療機関労基法違反に対して、手を拱いている印象はよろしくないとの考えです。

厚労省管轄下と言うのは「厚生」労働省管轄下であると同時に、厚生「労働省」管轄下でもあるのです。厚生「労働省」の直接の管轄下と言える医療機関労基法野放し状態であり、そういう事実が徐々にでもあっても世間に流布される事はどう考えても厚生「労働省」にとって好ましい状態とは言えないどころか、どこかで責任問題が生じる可能性を危惧したとしても良いかもしれません。

ここは2ヶ所同時に行なわれていますが、出先の労基署がタマタマ偶然として同時に監査が入ったとも説明は出来ます。ただインパクトの強い行動ですから、出先の労基署よりさらに上級の部署による判断があると思われます。上級がどこまでになるかですが、厚労省が一体となって動いたかどうかの判断が難しいところです。

印象としては旧労働省系列と旧厚生省系列がバラバラに対応しているようにも見えますし、そういう風に解釈しても説明は可能ですが、そうではない可能性を私は考えています。愛育日赤事件では愛育が主役に、日赤が脇役になって報道されていますが、愛育の動きは厚労省のシナリオから外れてしまったのではないかと考えています。

まずなんですが労基法なんてものを医療現場に忠実に持ち込むと、「厚生」労働省の医療行政は根こそぎ吹っ飛びます。そこで厚生「労働省」の面子を立てながら、アピール度の高い東京の、さらにアピール度の高い周産期関係の監査を企画したと考えます。ちゃんと厚労省は厚生「労働省」の仕事もしていますのパフォーマンスです。だから是正勧告の衝撃に耐えられると判断した愛育と日赤をターゲットに選んだと考えます。

本来の愛育日赤事件の落としどころは日赤路線でなかったかと考えます。今回の監査での狙いは、労基法のうち36協定に関する部分だけであり、極論すれば36協定さえ結ばせれば労働改善のアピールとして必要にして十分であるとの計算です。厚労省としても医師不足労基法で改善できるはずもなく、医師不足が解消できないから、医師の労働実態も改善しようがありませんから、実態はそのままに36協定だけでも結ばせて幕を引かそうとしたんじゃないかと考えています。

実際のところ、日赤はこのシナリオに非常に忠実に動いています。これもあくまでも憶測ですが厚労省サイドのアドバイス

    「36協定さえ結べば事は終わりであり、それさえ行えば、後は今までどおりの運用でOK」
この厚労省シナリオは憶測が一杯詰まっていますが、それでも傍証はあります。3/27の舛添大臣の閣議後記者会見概要で愛育問題に対する返答があります。

 これはまさに私が厚生労働大臣として両方、つまり医師不足の問題への対応と労働者の権利を守るということをやっております。労働基準法に基づいて休日の労働の扱い等をどうするかという三六協定がありますが、やはり病院の方、経営者というのはこういうのはちゃんと管理者として知った上できちんと協定を結んでいただければ違法にならない。まずそこから始まって、そしてこれは、医療の現場が不足しているから違反をやるということを続けていけば決して良くなりません。

 やはりお医者さんも生身の身体でやっているわけですから。一所懸命いろんな手を使って医師不足に対応してきましたが、これもまさに側面射撃としてこの問題を解決しないといけません。たまたま労働大臣と厚生大臣を一人がやっておりますから、あらゆる手を使って過酷な勤務医の状況を改善する。そこは「お医者不足だからそんなこと言われても」ではないのです。皆困った状況の中で頑張っているのだから、医者不足にも対応します。しかし、現場でお医者を辞めないといけないくらい疲弊しきっている勤務医を助けないといけません。

 ですから、良い方向への第一歩で、そこから先は、それぞれの病院と、例えば東京都がよくお話をして私たちもいろんな点でお支えするし、例えば、弾力運用というようなことも考えてくれというのは、聞く耳を持たないわけではありません。それは病院だけではなくて、あらゆる企業に対して三六協定を結んでいなければ指導をやっております。いつも私が言うように、労働法、労働法制というものを社会の中にきちんと定着させる必要がある。三六協定と言って「普通の人は分からない、お医者さんが分かるはずない。」では駄目なのです。やはり働く人の権利はきちんと守るということを礎にするような社会にしないといけないと思っております。そういうことを含めて全力を挙げて勤務医の待遇を良くする、そして職場環境をよくする、そして医師不足に取り組むと、総合的にやるための一歩と思って前向きにこれを捉えていただきたいと思っておりますので、一所懸命頑張って解決したいと思っております。

原文は単一段落で少々読みにくいので、3つの段落に分けをさせて頂いています。読んでお分かりの通り、舛添大臣は愛育問題について36協定しか実質話していません。3/27はマスコミ報道の翌日で、この時点の厚労省の見解としての問題の焦点は36協定のみであったと考えても良いと思います。そういう意向を額面通りに受けたからこそ、4/2付医療維新にある日赤医療センター管理局長の竹下修氏の、

病院が職員を宿日直業務に従事させる場合には、「断続的な宿直又は日直許可申請書」を労基署に提出しなければならない。日赤医療センターの場合は未提出だ。「申請書を提出しようとしたが、労基署は宿直等ではなく、通常業務の延長であるとされ、受け取ってもらえなかった」(竹下氏)。

こんな発言や、同じく竹下氏の

日赤医療センターの場合、医師の場合、宿直料は1回2万円、日直料は1回4万円。それに加えて、救急患者への対応などの業務を行った場合には、その時間分の時間外労働に対する法定割増賃金を支払っている。

こんな発言が軽々しく為されていると考えます。愛育も同様の行動を取れば厚労省の計算通りであったと思いますが、愛育は厚労省の計算を超えた行動に出ます。是正勧告を重く受け取って総合周産期センター返上の動きを明らかにしたのです。この愛育の動きにも利害計算もあったでしょうが、シナリオからは逸脱した行動であったと思われます。


なぜ日赤ではシナリオ通り進み、愛育ではシナリオから逸脱したかですが、理由は当然不明です。ここで幾つかの推測ができます。

  1. 愛育が是正勧告に勝手に過剰反応し暴走した
  2. 労基署への愛育の指導に手違いがあった
今日は勝手に過剰反応暴走説は置いといて、労基署の指導手違い説の可能性を考えます。手違いは故意かミスかの2つの選択枝はありますが、故意に近いものを推測しています。私の厚労省のシナリオ説は「36協定だけ形だけ結んで決着」ですが、これではあまりにも「厚生」労働省主導で、厚生「労働省」側に不満が出た可能性を考えています。

そこで事前の打ち合わせを逸脱しない範囲で、愛育・日赤の指導に微妙なさじ加減を加えたと考えています。さじ加減により厚労省シナリオに強い不安を感じた愛育病院が総合周産期返上まで動いたと推測しています。この愛育の行動に驚いたのが「厚生」労働省サイドだったと考えています。愛育日赤事件で不可解な行動とされるのが、3/26付朝日新聞にある、

厚生労働省の担当者からは25日、労働基準法に関する告示で時間外勤務時間の上限と定められた年360時間について、「労使協定に特別条項を作れば、基準を超えて勤務させることができる」と説明されたという。

この「厚労省の担当者」が誰かが一時話題になりましたが、外口崇医政局長である事は既に確認されています。言うまでも無く医政局長は「厚生」労働省につながる人物であり、序列としては非常に高いレベルの人物です。これほどの人物が顔を出し、意見を差し挟んだという事は愛育の動きが厚労省シナリオから外れて暴走していくのを何とか食い止めようとした傍証かと考えられます。しかし結果として記者会見に動きが進むのはどうする事もできなかったと考えています。


さ〜てと、憶測の積み重ねばかりなのですが、報道ではあまり表に出てこない大きな問題がもう一つあります。愛育も、日赤も労基法41条3項に基づく宿日直許可を受けておらず、是正勧告に際して許可申請を行なったところ、どちらも受理されていません。この動きが厚労省シナリオにすれば不可解な点です。愛育を最終的に暴走させたのは宿日直許可が許可されなかったためと考えていますが、この宿日直許可問題は厚労省シナリオに果たして含まれていたかです。

ひょっとして、厚生「労働省」が仕掛けたさじ加減はここにあったんじゃないかと考えています。不許可の理由は平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」および平成14年3月19日付基発第0319007号の2「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について(要請)」の通達に基づくとすれば、「厚生」労働省側としても反論し難い点です。ただこれをやられれば、36協定で時間外労働の適法化を行なっても、埋めきれない勤務時間が量産されます。特別条項を用いてもかなり無茶な形にしないと辻褄さえ合わせられません。

どうもなんですが、元は厚労省シナリオがあり、これに不満を抱いた厚生「労働省」サイドが宿日直不許可のさじ加減を加え、愛育が反応したのが今回の事件の裏舞台のように感じます。宿日直問題が大きくなってしまったのは、「厚生」労働省サイドにしても不本意な結末だと考えています。この問題が大きくなれば、これだけで医療行政は根底から揺らぎます。

箱を開ければ医療の矛盾が凝縮されているのが当直問題ですし、取り組むにも手の施し様が無いというのが当直問題です。現状追認の当直を認めようものなら、労働行政の整合性は無茶苦茶になりますし、医療崩壊問題の駄目押しになりかねません。おそらく愛育日赤問題で開きかけた当直問題を全力で閉じようとしているのが「厚生」労働省側であり、厚生「労働省」側は高みの見物状態じゃないでしょうか。


実はと言うほどではないですが、こういう展開を受けてと考えられる舛添大臣の微妙な発言があります。場所は4/14に行なわれた参議院厚生労働委員会での質疑です。僻地の産科医様が文字起こししてくれているのですが、愛育日赤事件の当直問題が背景にあると考えると実に微妙な陰影を感じる答弁が行なわれています。一部抜粋しますが、

まずおんなじ宿直という言葉が使われていて、ふたつの法律の概念が違うとこれあまり法治国家としてよろしいことではないと思っています。だからせっかく厚生省と労働省がいっしょになったんならこういうところに手をつけないといけないと思うのです。これみんなで法改正すればいい訳です。

ちょっと注釈を加えておくと、大臣答弁の当直とは医療法の当直と労基法の当直の位置付けの違いです。その程度の問題は初歩と言うか基礎知識ですし、正直なところ矛盾なく並立する法概念と思うのですが、どうにも大臣の思考としては法改正まで行なう必要がある「よろしいことではない」になっていると受け取ります。この補足として、

でも根本は、おんなじ省がもっているふたつの法律で同じ言葉が書いてあって概念が違う。というのはちょっとこれから含めて検討する必要があると思います

一部だけ取り上げて批判するのは好ましい事では無いので、他の部分もリンク先を読んで頂きたいのですが、全般的には医師に好意的な部分は多くあります。ただ大臣の法改正の主張は現場の矛盾を強引にねじ伏せる狙いも含まれている様な気がしてなりません。医師不足は本来望ましいはずの交代制勤務の実現を阻みます。医師不足だけではなく、医療費削減による病院経営の悪化は交代制勤務に必要な医師数の雇用を阻みます。また患者のニーズにのみに合わせた医療制度の変更も政治を考えれば現実として不可能です。

なんにも出来ないから何もしなければ、医療崩壊が進行します。愛育日赤事件の狙いは医師への36協定と言う飴だけ与える戦略であったのでしょうが、当直問題と言う扉に手がかかってしまっています。当直問題は3つの問題を含みます。

  1. 宿日直許可がないと膨大な時間外勤務が発生する(宿日直許可の下の当直時間は労働時間ではない)
  2. 時間外勤務には割増賃金が必要になり病院経営を圧迫する(宿日直許可の下の時間給は1/3)
  3. 当直時間を労働時間にカウントすると過労死ラインを簡単にクリアしてしまう
これらは労基法がある限り、弾力運用を行なってもクリアできない問題です。せいぜい特別条項で驚異の時間外勤務協定を黙認するぐらいの選択しかありません。それを解決するための法改正ではないかと私は危惧しています。考えられそうなのは
  1. 医師の宿日直許可は他の業種と切り離したものとする
  2. 当直時間は許可された当直ですから労働時間にカウントしない
  3. その代わりに医師の当直の時間給はもう少し色をつける
こういう法改正を行なえば比較的少ない出費で現状を糊塗できますし、労基法を盾に騒がれる事もなくなります。もちろん舛添大臣の真意はどこにあるかは不明ですし、実際に法改正まで進めるかは政治情勢からして不透明ではあります。ただ舛添大臣の答弁全体に漂う歯切れの悪さは、こういう真意を秘めているのではないかの疑念を私に感じさせます。

杞憂でありますように。