NPO法人によるADR

4/3付Asahi.comより、

医療紛争、裁判外で 千葉、医師や弁護士会が共同機関

 裁判によらない医療紛争の解決を目指そうと、千葉県で医療関係者と弁護士、法学研究者が共同の解決機関を立ち上げ、4月から業務を始める。医師会や弁護士会といった単独の業界がADR(裁判外紛争解決手続き)に取り組む例はあるが、共同での取り組みは全国初という。医療紛争での医師の負担を軽くすることで、深刻化する医療崩壊を食い止める狙いもある。

 千葉大医学部や法経学部の教官、医師や弁護士が03年7月に設立した医事紛争研究会(会長、植木哲・千葉大教授)が、医療分野でのADR設置に向けて研究を進め、千葉市中央区で「医療紛争相談センター」を始める。

 植木教授によると、これまで医療行為をめぐるトラブルの解決手段は裁判が一般的だった。しかし、時間や金銭面で当事者の負担は大きい。ADRでは非公開で中立的な第三者が助言や和解案を提示し、患者と医療側双方に円満で迅速な解決を目指す。

 相談は、患者側、医療機関側の、いずれからもでき、あっせんや調停が適切だと判断すれば、申し立てを受ける。医療側が応諾すれば、専門分野の医師、弁護士、学識経験者の3人で委員会が設置される。紛争の原因や因果関係を検証して損害賠償額を決め、3カ月から半年をめどに和解案を示す。

 調停に入る際、申立料として、患者側2万1千円、医療機関側4万2千円を支払う。解決時には、損害賠償額の1割程度を成功報酬としてセンターが受け取る。(及川綾子)

中間管理職様が■「医療紛争、裁判外で 千葉、医師や弁護士会が共同機関」 「医療紛争相談センター」という名のぼったくりバーとして酷評されていましたが、感想としては私も同じです。ただそんな単純な「ぼったくりバー」を作るのかどうかに興味があり、いくつか情報を集めてみましたが「どうなんだろう」と言うのが本音のところです。

この「ぼったくりバー」じゃなかった医事紛争研究会の設立主体はNPO法人です。NPO法人としてわずかにある情報では、

法人認証年月日 2007年6月1日
所轄庁 千葉県
主たる事務所 〒263-0022
千葉県千葉市稲毛区弥生町1丁目33番

千葉大学法経学部法学科 植木哲研究室内
目的 この法人は、医事に関する紛争(以下「医事紛争」という。)の当事者双方に対して、裁判外紛争解決手続としての和解の仲介に関する事業を行い、医事紛争の公正かつ迅速な解決を促進するとともに、健全な医療文化の確立に寄与することを目的とする


記事にある「医療紛争相談センター」がNPO法人として収益事業なのか目的事業なのかの疑問がありましたが、どうやら目的事業のように感じます。そうなるとNPO法人設立の要件である、

営利を目的としないこと

これを満たす必要はあります。それならば安心かといえば、この「営利を目的としないこと」の定義は日本全国 NPO法人の設立・運営・助成金専門事務所によると次の通りとなっています。

非営利団体であるので当然なのですが、ここでいう営利とは、 「最後に残った利益を社員である株主に分配しない」という意味となります。よって、NPO自体が何らかの収益活動をすることは認められており、主たる目的遂行のためならば、基本的にはお金を稼ぐことは特段おかしいことではないということになります。

社員である株主にさえ分配しなければ稼いでもまったく問題ない事になります。

     ここで注釈ですが、法人における社員、正会員、役員、株主の定義を少しだけ解説しておきます。法人とは法律上で人格を持った団体なんですが、法人の意思決定を行なう人間が必要です。すごく簡単に言えば経営者なんですが、法人の形態によりますが、基本的には出資者になります。出資の形態が資金であれば社員とか正会員となり、株形式であれば株主になります。

     それと法人を語る上で「社員」とは一般の会社員とは異なります。一般の会社員は従業員で被雇用者になりますが、法人の社員は経営者の一員になります。それと役員ですが、小さな法人では「社員 = 理事」みたいなところも多いですが、認められてより多くの出資金を払える社員を役員にするとも考えてよいかもしれません。大きな法人ではヒラの社員と役員に分かれますが、小さな法人ではすべて役員なんて珍しくもありません。

     NPO法人と営利法人と異なるところは、役員報酬を受けられる役員の制限があり、役員数の1/3以下にするとなっています。10人の出資者がいて10人の理事がいたとすると、3人は役員報酬(上限なし)の理事で、7人は普通報酬(変な言い方でゴメンなさい)の理事になります。「最後に残った利益を社員である株主に分配しない」とは、営利法人なら儲かれば利益を社員で分配してもまったく問題ないのですが、NPO法人では年度の事業計画で決められた金額以上は受け取れないと言うことのようです。

     すごい縛りに一見思えますが、営利法人でも通常は利益が上がっても「山分け」はあまりしません。内部留保に回したり、新たな事業計画に投資したりするのが一般的です。役員報酬に回すにしても、昨年度の事業実績から翌年度に反映するのが一般的と考えますから、事業規模、形態、目的で変わるか部分はあるでしょうが、「非営利」の縛りはそれほど強いとは私は思えません。
それでも何か決まりはあるだろうと思ってみていたら、裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律と言うのがあり、第6条15号に、

申請者(手続実施者を含む。)が支払を受ける報酬又は費用がある場合には、その額又は算定方法、支払方法その他必要な事項を定めており、これが著しく不当なものでないこと。

「著しく不当」が

損害賠償額の1割程度を成功報酬

これに該当しないから「医療紛争相談センター」が活動できると認証されたのではないかとも考えます。ただこういう解釈もあるそうで、環境NPO法人設立NAVIに、

あくまでも、特定非営利活動は、不特定多数の利益の増進に寄与することが目的ですので、その対価があまりに高い場合には、特定非営利活動とはみなされない場合もあります。

医療がらみの損害賠償になると数千万円も珍しくありません。その1割となると数百万円となり、10件も手がければ数千万円になります。件数はともかく、対価が時に数百万円になる可能性があるのはNPO法人の目的事業として「非営利活動」になるかどうかの疑問は生じます。準備期間は置いていますし、代表は千葉大学法経学部法学科のたぶん教授か何かでしょうから、クリアしているのかもしれません。

「損害賠償額の1割程度を成功報酬」が妥当であっても、株主(会員)に分配しないのであれば、そんなに「ぼったくりバー」にならないのではないかとも考えましたが國分行政書士事務所によると、

  • NPO法人は「特定非営利活動法人」ですが、「非営利活動」とは、「ボランティア(無料奉仕)」や「非収益」を意味するのではなく、事業収入から経費を差し引いて「利益が出ても団体の構成員に分配しない」ということです。
  • 非営利活動といっても、資金がなければ活動はできません。組織を維持し継続的に活動を行うための資金を得ることは、もちろん許されています。従業員は労働に見合った給料をもらうことはできますし、企業と同じようにボーナスももらうことができます。
  • 利益が出た場合、その利益はどうなるのか?それは、来年度の予算に使われることになります。設備投資などに使ってもいいですし、さらに次年度の会計に利益を繰り越ししても構いません。

会計事務所や行政書士事務所ののNPO法人の設立のすすめを幾つか読んでみましたが、NPO法人設立と会社設立のメリット、デメリットを比較しているところが目に付きました。一般的なイメージと異なるのですが、NPO法人と会社は月とスッポンほどかけ離れた存在ではなく、事業によっては重なり合うというか、案外近い関係にもあるようです。

収益の考え方も、NPO法人にはある程度の縛りこそあるものの、非営利の意味合いは、株主(正会員)に利益分配しないだけで、給与やボーナスと言う仕組みで分配できるようです。正確な理解と知識に欠ける面があるのは御容赦頂きたいのですが、会社なら年度事業計画を上回る収益があった場合に「山分け」する選択が自由にありますが、NPO法人なら年度事業計画の範囲内でしか給与や報酬で分配できないのが「非営利」である定義のようです。

その年度の分配はNPO法人には許されていませんが、収益金は翌年度に繰り越せます。当然ですが繰り込んだ翌年度の事業計画で給与や役員報酬に反映することは可能と解釈しても良さそうです。実務上の縛りはいろいろあるでしょうが、収益が安定確保されれば、その年度は無理でも「そのうち」様々な会計手法で分配は可能と考えても良さそうです。

う〜ん、よく分かりませんが、どう考えても医事紛争研究会なるNPO法人のこれから期待される収入源は会員からの会費とか、ADRの申立料とは思えません。そんな収入では医師や弁護士の報酬はとても賄えませんし、調査費用も出てこないと思えません。あくまでも、

    損害賠償額の1割程度を成功報酬
ここから捻出するのが狙いとしか思えません。そうなるとこのNPO法人がこれから華々しく活躍するためには、資金が必要ですし、資金を1円でも多く確保するには損害賠償を1円でも高くする必要があります。医療機関に賠償責任無しなんて事にすれば

申立料として、患者側2万1千円、医療機関側4万2千円を支払う

患者側と医療機関側の合わせて6万3000円では足が出てしまいます。まさか6万3000円でペイする事が可能なADRを構想しているとは思えません。医師の意見も全診療科にわたるでしょうし、時には複数の診療科の専門家の意見を聞く必要があります。ADRと言っても良く知りませんが、こういう時の意見書や鑑定書は無料であるより有料のほうが信用性が高まるでしょうし、それなりの専門家が無料でホイホイと引き受けてくれないかとも思います。

NPO法人の経営とか事業性と言う面から見れば、

  1. 引き受ける医事紛争は多いほど良い
  2. 事業の収益は損害賠償の多寡に大きく左右される
  3. 患者側が不利の仲介では収益があがらないどころか赤字事業でになる
ADRの費用が申し立て料のみであれば、患者側は2万1000円で弁護士を雇えるのと同じになります。これに対して医療機関側は4万2000円で患者側弁護士を雇うと言っても良いかもしれません。ADRを行なうNPO法人の経営が損害賠償額の多寡に命運がかかっている以上そうなります。損害賠償額を高くするのが患者側だけではなく、ADRを行なうNPO法人にとって共通の利益になりますから、医療機関側から見れば「ぼったくりバー」にしか見えなくなります。つまりNPO法人であるADRの中立性はどうみても確保されていない気がします。

ただなんですが、最終的に判断がつかない部分もあるのですが、これが目的事業でなく収益事業であるなら話は少し変わります。収益事業は目的事業に較べて収益性は厳しく問われないようです。その代わりFASTWAYによると、

その他の事業の支出額は総支出額の2分の1以下であることが必要

これもよく分からない表現なのですが、たぶんNPO法人の収入の半分以下に近い意味と解釈しています。そうであれば損害賠償収入が仮に1000万あればNPO全体の収入は2000万円以上必要になります。ごく簡単には損害賠償収入と同じぐらいの収入を常に確保する必要性が生じます。これならば損害賠償の価格設定に歯止めが自然にかかるとかの効果は期待できますが、やっぱり目的事業でしょうね〜。