英断だが・・・

2/29付Asahi.comより、

宗教理由に輸血拒否 15歳未満認めず 5学会が指針

 宗教的理由で、輸血が拒否された場合の医療機関の対応を示した新しいガイドラインを日本輸血・細胞治療学会など5学会の合同委員会(座長、大戸斉・福島県医大教授)が28日まとめた。親権者が拒否しても、「患者が15歳未満で、救命のため必要と判断されれば輸血を行う」とした。また、状況によって児童相談所に虐待通告し、裁判所から親権者の職務停止処分を受けてから輸血する。

 今回の方針は、親が子どもに必要な医療を受けさせない行為を「医療ネグレクト」とみる近年の動向を踏まえた。

 ガイドラインでは、(1)患者が18歳以上の場合、本人の文書同意を得たうえで無輸血治療を貫くか、転院を勧める(2)15歳以上18歳未満の場合、親権者か本人のどちらかが希望すれば輸血し、ともに拒否なら、18歳以上に準じる(3)15歳未満の場合、親権者の一方が同意すれば輸血する。双方が拒否する場合でも必要なら行う。治療が妨げられれば、児童相談所に通告して児相から裁判所に親権喪失を申し立て、親権者の職務停止処分を受けて親権代行者の同意で輸血をする。

 親権者の職務停止にまで踏み込んだのは、親が宗教上の考えから子どもの手術を拒否したケースで、親権停止を認める裁判所の決定が出ていることが背景にある。

大戸座長は「子どもは社会が守るべき存在で、親の所有物ではない。ガイドラインは医療施設が治療を選択するのに役立つはずだ」と話した。

記事によるとガイドライン

  1. 患者が18歳以上の場合、本人の文書同意を得たうえで無輸血治療を貫くか、転院を勧める
  2. 15歳以上18歳未満の場合、親権者か本人のどちらかが希望すれば輸血し、ともに拒否なら、18歳以上に準じる
  3. 15歳未満の場合、親権者の一方が同意すれば輸血する。双方が拒否する場合でも必要なら行う。
法的な対抗措置も考慮しているようで、
    治療が妨げられれば、児童相談所に通告して児相から裁判所に親権喪失を申し立て、親権者の職務停止処分を受けて親権代行者の同意で輸血をする。
ただ記者のほうも正確に把握しているかどうか疑問だったので、日本輸血・細胞治療学会のHPを見てみるとちゃんとupされていました。まず宗教的輸血拒否に関するガイドラインを読んでみます。

記事でもこのガイドラインの年齢による適用を18歳以上、15歳以上18歳未満、15差未満に分けてあるとなっていますが、その根拠が書かれています。

年齢区切りについては、18歳は、児童福祉法第4条の「児童」の定義、15歳は、民法第797条の代諾養子、民法第961条の遺言能力、「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針による臓器提供意思を斟酌して定めた。

ここは「なるほど」の感想に止めます。正直よく分からないもので申し訳ありません。

年齢区分は法的根拠を考慮して定められたのは「わかった」として、記事に簡潔に書いてある基準のガイドライン原文を順番に読んでみます。

当事者が18 歳以上で医療に関する判断能力がある人の場合(なお、医療に関する判断能力は主治医を含めた複数の医師によって評価する)

  1. 医療側が無輸血治療を最後まで貫く場合


      当事者は、医療側に本人署名の「免責証明書」(注1)を提出する。


  2. 医療側は無輸血治療が難しいと判断した場合


      医療側は、当事者に早めに転院を勧告する。

免責証明書については引用したガイドラインの最後に掲載されています。気になるのは記事にもあったのですが、「転院を勧告する」の転院先とはどこなんでしょうか。宗教的理由として想定しているのは「エホバ問題」かと考えますが、そうであればエホバ問題に理解がある医療機関となります。エホバ問題ではそういう転院先が長年の経緯によりある程度確保されていると聞きますが、エホバ以外ではどうなんでしょうか。少しだけ疑問を感じたところです。

次は15〜18歳のガイドラインです。

当事者が15 歳以上で医療に関する判断能力がある場合

  1. 親権者は輸血を拒否するが、当事者が輸血を希望する場合


      当事者は輸血同意書を提出する。


  2. 親権者は輸血を希望するが、当事者が輸血を拒否する場合


      医療側は、なるべく無輸血治療を行うが、最終的に必要な場合には輸血を行う。親権者から輸血同意書を提出してもらう。


  3. 親権者と当事者の両者が輸血拒否する場合


      18歳以上に準ずる。

ここでは輸血の意思決定者として

  • 本人
  • 親権者
この二者を上げ、いずれかが輸血に同意すれば可能としています。本人さえ同意すれば親権者が拒否しても可能ですし、本人が拒否しても親権者が同意すれば可能です。ただし両者が拒否すれば輸血はしないとなっています。案としてはよく考えられていますが、本人でもそうですが、とくに親権者が拒否した場合は現実問題として厄介そうです。ベッドサイドで頑張っていますからね。

続いて15歳未満です。

親権者が拒否するが、当事者が15 歳未満、または医療に関する判断能力がない場合

  1. 親権者の双方が拒否する場合


      医療側は、親権者の理解を得られるように努力し、なるべく無輸血治療を行うが、最終的に輸血が必要になれば、輸血を行う。親権者の同意が全く得られず、むしろ治療行為が阻害されるような状況においては、児童相談所に虐待通告し、児童相談所で一時保護の上、児童相談所から親権喪失を申し立て、あわせて親権者の職務停止の処分を受け、親権代行者の同意により輸血を行う。


  2. 親権者の一方が輸血に同意し、他方が拒否する場合


      親権者の双方の同意を得るよう努力するが、緊急を要する場合などには、輸血を希望する親権者の同意に基づいて輸血を行う。

まずここの記述を読むと、15〜18歳の親権者は両親双方である事がわかります。15歳未満のガイドラインでこれ以上の年齢との相違は、患者本人の同意は必要なくなっています。その上で親権者の一方でも承諾されれば輸血を行ない、双方が拒否すれば児童相談所から親権喪失手続きをして輸血するとなっています。簡単に言えば本人はもちろんこと、親権者にも「No」を言う事を認めない姿勢と解釈すれば良いかと思います。あくまでも親権者が「No」を貫けば親権を喪失するという事です。

じつに明快なのですが、ここでもちょっとした疑問が残ります。輸血に対する説得が始まったら即座に「転院希望」が出されたときです。15〜18歳でも18歳以上でも、輸血の同意が得られないときには「転院を勧める」とあります。当該病院で治療の継続を希望し、輸血を拒否した場合にはこのガイドラインは有効かもしれませんが、転院を希望されたらどうなるかです。

まさか転院を許さず、親権喪失まで進行させるのでしょうか。そこまでの強権は医療としては揮い難いところかと考えます。あくまでもこのガイドラインは治療に輸血が必要な時に、親権喪失の手続きまで行なって輸血する決意を示したものです。治療を行なわせずに「退院する」なら児童虐待の防止等に関する法律を拡大解釈した対抗措置もとれそうですが、「転院する」となれば対応は難しくなりそうです。

もう一つ難しいと感じたのは、宗教的理由だけならこのガイドラインで輸血を断行するとしていますが、宗教的理由以外のものを持ち出されたらどうするかです。輸血治療そのもに対するインフォームド・コンセントについてもガイドラインでは触れており、

 厚生労働省は平成17年9月、「輸血療法の実施に関する指針」(改定版)及び「血液製剤の使用指針」(改定版)を通知し(平成17年9月6日付、薬食発第0906002号、医薬食品局長通知)、その中で医療関係者の責務として次のような内容を盛り込んだ。血液製剤の有効性及び安全性その他当該製品の適正な使用のために必要な事項について、患者またはその家族に対し、適切かつ十分な説明を行い、その了解(インフォームド・コンセント)を得るように努めなければならないことを記し、さらに輸血による危険性と治療効果との比較考量に際し、輸血療法には一定のリスクを伴うことから、リスクを上回る効果が期待されるかどうかを十分に衝量し、適応を決めることとした。

まず輸血療法を行なう時には宗教的理由に関係なく同意書が必要となっています。説明と同意を得るべき項目として、

(1) 輸血療法の必要性
(2) 使用する血液製剤の種類と使用量
(3) 輸血に伴うリスク
(4) 副作用・感染症救済制度と給付の条件
(5) 自己血輸血の選択肢
(6) 感染症検査と検体保管
(7) 投与記録の保管と遡及調査時の使用
(8) その他、輸血療法の注意点

これらの項目について十分な説明を行い、

輸血の同意が得られない場合、基本的に輸血をしてはならない。

この「基本的に」をどう解釈するかになりますが、宗教的理由ではなく輸血リスクによる拒否とされた場合はどう対応するのかが問題になりそうな気がします。


ここで誤解をして欲しく無いのですが、チクチクとアラ探しめいた事を書きましたが、このガイドラインの決定自体は英断と考えています。これまでグレーゾーンとされてきた、未成年者への輸血姿勢への態度を明確にした点は非常に評価されます。アラの個所は学会の勉強不足とか不注意と言う性質のものではなく、現行法上の枠内で極力可能な事を精一杯盛り込んだ上での限界と考えています。これ以上は法的整備が行なわれないと学会レベルでは踏み込めきれない領域と考えます。

それでも心配なのは、もしガイドラインに従って輸血をすれば必ず訴訟が発生すると予想します。訴訟の対象は病院ないし担当医師で学会ではありません。訴訟が負けるとは思えませんが、この問題に関する法的整備はガイドラインの限界を見るように十分でなく、裁判所による判断として確立するまでに人柱が何本も必要な気がしてなりません。