勤務医は管理監督者か?

昨日のエントリーのコメント欄から出てきた問題です。Bugsy様のコメントから引用します。

病院の事務や友人の税理士と話して いつも最後に話が食い違うのは「医師は勤務医にせよ開業医にせよ管理職だから 日常業務の延長で病院に朝方まで居残った形の残業を当直と医師側が言い募っても 残業代は払う根拠がない。」と言いまくられるんですな。管理職とは殺しても良い職種らしいです。

このうち開業医は管理職です。管理職も何も経営者です。管理職議論など最初から起こりようのない立場です。しかし勤務医を「同じ医師だから」開業医と同様に管理職と見なしてしまうのは余りにも雑な分類かと考えます。この問題を考える前に管理職の言葉の意味を確認しておきたいと思います。Bugsy様が使った管理職の意味ですが、

    管理職 = 残業代不要職種
この概念にあてはまる管理職とは労働基準法41条に根拠があります。

第41条

 この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。

  1. 別表第1第6号(林業を除く。)又は第7号に掲げる事業に従事する者
  2. 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
  3. 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

この41条2項にあたるものが管理職として労働基準法32条の労働時間の縛りを超越します。もちろん無制限に超越するわけではありませんが、俗に言う残業代が支払われない管理職になります。そういう管理職の事を管理監督者と定義され、もちろんのことですが、

ではでは管理監督者の定義とはになります。もちろん41条2項の定義に該当する者になるのですが、この簡潔な表現ではどこまでが管理監督者がかは判然としません。これについて精力的に調べて頂いたただの(ry様の11/20付エントリーから管理監督者の定義を引用してみます。定義として引用された通達は、昭22.9.13発基17、昭63.3.14基発150・婦発7となっています。

管理監督者の定義

  1. 労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」をいう。
  2. 事業経営の管理的立場にある者、またはこれと一体をなす者のこと。
  3. 一般的には、部長、工場長など労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場にあるもの。
  4. ただし、名称にとらわれず、実態に即して判断する。

時間がなかったので各通達の原文まで確認する余裕が無いのですが、引用先では通達原文の考察も行なわれています。もう一つ、神奈川県商工労働部労政福祉課が作成した労働問題対処ノウハウ集「管理職って何?と聞かれたら」により具体的な基準が列挙されています。

参考となる基準

  1. 労務管理方針の決定に参画したり、労務管理上の指揮権限を有しており、経営者と一体的な立場にある者
  2. 秘書、その他職務が経営者等の活動と一体不可分であり、厳格な労働時間管理になじまない者
  3. 支社や支店のある会社の本社課長、あるいは独立性の高い支社や工場の長以上の者
  4. 上記役職と同等の待遇が与えられているスタッフ職にある者
  5. 一般の従業員より高い給料を得ている者
  6. ある程度の人事権(推薦する程度ではダメ)を有している者
  7. 出退勤が自由である者

順番に検証してみます。

  1. 労務管理方針の決定に参画したり、労務管理上の指揮権限を有しており、経営者と一体的な立場にある者


      勤務医で強いて当てはめれば、病院運営に対して医局会がどれほどの影響力があるかどうかと考えます。医局会は労務管理方針について時に意見や同意を求められる事があります。しかし私の知る限り常にではありません。病院によるのでしょうが、医局会の頭ごなしに業務命令が発せられたり、医局会で同意を求める形態を取っても異論があれば最終的に「業務命令である」と押し通されるのが通常です。

      これをもって決定に参画とは言い難いかと考えます。他職種の類似の例で言えば、新たな労務管理方針が出来上がったときに、所属の長が部下に対し方針を説明し「何か意見は無いか」と聞くのと同レベルです。この程度を「労務管理方針の決定に参画」とか「労務管理上の指揮権限」とか「経営者と一体的な立場」とは見なさないと考えます。


  2. 秘書、その他職務が経営者等の活動と一体不可分であり、厳格な労働時間管理になじまない者


      後半部分の「厳格な労働時間管理になじまない者」は医師の心情として近いものがありますが、実態というか建前上は厳格に管理されています。その証拠に医師の需給に関する検討会報告書に医師の勤務時間が正確に集計されています。この統計は厳格に管理されているが故に集計できた証拠と考えます。

      前半部分の「経営者等の活動と一体不可分」は一般的には間違ってもないでしょう。


  3. 支社や支店のある会社の本社課長、あるいは独立性の高い支社や工場の長以上の者


      病院も様々な形態がありますが、私立病院はややこしくなるので、公立病院をモデルに考えたいと思います。公立病院では設置者は自治体であり、院長も自治体から命ぜられたポストの一つです。つまり「独立性の高い支社や工場の長以上の者」には近いと考えます。ただし役職部長は「支社や支店のある会社の本社課長」かどうかは微妙です。役職部長はせいぜい支社や支店の支社課長と考えるのが実態に近いと考えます。

      蛇足ですが役職部長が課長なら、年齢部長が係長、年齢医長が主任と考えれば一般の職種に近い概念になるかと考えます。


  4. 上記役職と同等の待遇が与えられているスタッフ職にある者


      普通はいません。


  5. 一般の従業員より高い給料を得ている者


      ここで言う「一般の」の定義が問題です。「一般の」が病院職員全体を指すのなら、看護職などのコメディカル、事務職より高給を得ている事は多い(例外は多々あり)かと思います。この項目はある程度満たしている勤務医は多いかと考えます。


  6. ある程度の人事権(推薦する程度ではダメ)を有している者


      これは無いと言って良いと考えます。公立病院では院長すら人事権は無いと考えます。院長が実質的及ぶ人事権は院内の○○委員会の人事権がせいぜいで、医師のクビは愚か、コメディカル、事務職の人事一つ動かせません。院長といえども推薦権を持つだけで、公式の辞令は設置者である自治体から出ます。


  7. 出退勤が自由である者


      事実上いないんじゃ無いかと思います。院長でも自由かどうかは自信を持って言えません。
もうひとつ労働問題対処ノウハウ集「管理職って何?と聞かれたら」にはもう一つの基準があげられています。

参考にならない基準

  1. 労働組合との協定により指定された管理職
  2. 会社が指定している一定以上の役職
  3. 管理職手当受給者
  4. 暗黙の了解による一律課長級以上

管理職手当を貰っている事は管理監督者十分条件ではありません。もちろん漠然と「医師だから」の理由で、管理監督者であることを一律でみなしてしまうのも禁じられています。

参考基準を列挙説明しましたが、管理監督者について調べてくれたリンク先のtadano-ry様は判例を考察の上、

判例の流れは「上に挙げられた1〜7の条件がすべて満たされている者」のみを管理監督者とする、というものです。

判例の考察についてはtadano-ry様のリンク先を御参照ください。管理監督者は相当厳格な基準に基づいて法的には判定される事がよくわかります。

ただし、ただしなんですが、実社会の現状として管理監督者と見なして、勤務時間の縛りや時間外手当の削減は横行しています。そういう場合に頻用されるのは上記した「参考にならない基準」に基づいて行われる事が大部分です。法は管理監督者の認定を厳格にしていますが、法に守られるためには雇用者が自らを管理監督者でない事を立証しないといけない流れになっています。黙っていても誰も助けてくれないシステムです。

最後にtadano-ry様のコメントをもう一つ引用します。

ただ私は民間企業に少し籍を置いていたことがあるのですが、現実には確かに訴訟にでもならない限り持ち出されないものです。

医師も医学以外に法を覚えないといけない時代になってしまっているようです。