病院当直の法律的解釈

中間管理職様が怒りのエントリーに注意! 勤務医 当直の追徴課税の恐れあり 「岐阜県の3病院で3400万円 宿直手当で指摘があります。対象記事は、

源泉徴収漏れ:岐阜県の3病院で3400万円 宿直手当で指摘

毎日新聞 2007年11月17日 中部朝刊
http://mainichi.jp/chubu/news/20071117ddq041040015000c.html

 岐阜県は16日、県立の3病院の02年10月から今年9月までの5年間の医師や看護師の宿直手当について、岐阜北税務署から計約3410万円の源泉徴収漏れを指摘されたと発表した。県は不納付加算税を含め約3748万円を15日に納付した。

 3病院は県総合医療センター(岐阜市)▽多治見病院(多治見市)▽下呂温泉病院(下呂市)。県医療整備課によると、病院側は「宿直手当のうち4000円は非課税」と解釈していたが、9月の税務調査で「病棟の見回りなど労働密度が薄い業務は食事や寝間着などの費用が必要なので非課税だが、救急対応で診察や検査を行う場合はそうした費用がいらないので課税対象になる」との趣旨の指摘を受けたという。手当は宿直1回につき医師が2万円、看護師らが5900円。3病院の対象者は5年間で計953人に上る。

 3病院は02年以前も同様の非課税扱いをしていたが、95年の税務調査では徴収漏れの指摘はなかったといい、同課は「解釈の違い」と説明している。県は今後、医師らを対象に説明会を開いたうえで負担を求める方針。医師の追加納付額は多い人で約50万円という。【中村かさね】

少し前の事件になりますが、長崎でも同様の事件がありました。長崎の時は私も力瘤を入れて取り上げたのですが、あの時に医師の当直というものについて法制上の位置付けがなんとか整理できたので、その件も踏まえて解説します。どうしても誤解しやすい部分があるので、できるだけ整理してお伝えしたいと思います。

医師の当直は3つの法律から規定されています。

このうち医療法がもっともシンプルでその16条に、

医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。但し、病院に勤務する医師が、その病院に隣接した場所に居住する場合において、病院所在地の都道府県知事の許可を受けたときは、この限りでない。

簡単に言えば医師が居さえすればOKと考えても良いかと思います。

では労働基準法は当直のなにを規定しているかといえば、その労働形態です。未だに誤解されている方がおられるようですが、当直は通常勤務に含まれていません。勤務時間と異なる勤務形態、簡単に言えばはるかにラクな勤務条件で、当直という特殊な勤務を許可されているのです。ラクな勤務条件である代わりに、時間外勤務と較べて格安の料金での拘束を行なっても良いという宿日直許可です。この許可は労働基準局が申請に応じて認めます。

医師の宿日直規定については、法の定めよりさらに具体的に平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」 の通達も出されています。この通達については繰り返しこのブログでも取り上げていますが、あえてもう一度引用すれば、

宿日直勤務に係る許可基準(抄)


 医療機関において宿日直勤務を行う場合には、下記1及び2の許可基準に定められた事項に適合した労働実態になければなりません。

  • 医師及び看護師の宿直勤務に係る許可基準に定められた事項の概要


    1. 通常の勤務時間の拘束から完全に開放された後のものであること。即ち通常の勤務時間終了後もなお、通常の勤務態様が継続している間は、勤務から開放されたとはいえないから、その間は時間外労働として取り扱わなければならないこと。
    2. 夜間に従事する業務は、一般の宿直業務以外には、病室の定時巡回、異常患者の医師への報告あるいは少数の要注意患者の定時検脈、検温等特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。従って下記(5)に掲げるような昼間と同態様の業務は含まれないこと。
    3. 夜間に充分睡眠がとりうること。
    4. 上記以外に一般の宿直の許可の際の条件を充たしていること。
    5. 上記によって宿直の許可が与えられた場合、宿直中に、突発的な事故による応急患者の診療又は入院、急患の死亡、出産等があり、あるいは医師が看護師等に予め命じた処置を行わしめる等昼間と同態様の労働に従事することが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分にとりうるものである限り宿直の許可を取り消すことなく、その時間について法第33条又は36条第一項による時間外労働の手続きをとらしめ、法第37条の割増賃金を支払わしめる取扱いをすること。従って、宿直のために泊り込む医師、看護師等の数を宿直する際に担当する患者数との関係あるいは当該病院等に夜間来院する急病患者の発生率との関係等からみて、上記の如き昼間と同態様の労働に従事することが常態であるようなものについては、宿直の許可を与える限りではない。例えば大病院等において行われる二交代制、三交代制等による夜間勤務者の如きは少人数を以て上記勤務のすべてを受け持つものであるから宿直の許可を与えることはできないものである。
    6. 小規模の病院、診療所等においては、医師、看護師等、そこに住み込んでいる場合があるが、この場合にはこれを宿直として取り扱う必要はないこと。但し、この場合であっても上記(5)に掲げるような業務に従事するときは、法第33条又は法第36条第一項による時間外労働の手続が必要であり、従って第37条の割増賃金を支払わなければならないことはいうまでもない。
    7. 病院における医師、看護師のように、賃金額が著しい差のある職種の者が、それぞれ責任度又は職務内容に異にする宿日直を行う場合においては、1回の宿日直手当の最低額は宿日直につくことの予定されているすべての医師ごと又は看護師ごとにそれぞれ計算した一人一日平均額の3分の1とすること。


  • 一般の宿日直勤務に係る許可基準に定められる事項の概要


    1. 勤務の態様


      • 常態として、ほとんど労働する必要のない勤務のみを認めるものであり、定時的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態に備えての待機等を目的とするものに限って許可するものであること。
      • 原則として、通常の労働の継続は許可しないこと。従って始業又は終業時刻に密着した時間帯に、顧客からの電話の収受又は盗難・火災防止を行うものについては、許可しないものであること。


    2. 宿日直手当


      • 宿直勤務1回についての宿直手当(深夜割増賃金を含む。)又は日直勤務1回についての日直手当の最低額は、当該事業場において宿直又は日直の勤務に就くことの予定されている同種の労働者に対して支払われる賃金(法第37条の割増賃金の基礎となる賃金に限る。)の一人一日平均額の3分の1を下らないものであること。ただし、同一企業に属する数個の事業場について、一律の基準により宿直又は日直の手当額を定める必要がある場合には、当該事業場の属する企業の全事業場において宿直又は日直の勤務に就くことの予定されている同種の労働者について一人一日平均額によることができるものであること。
      • 宿直又は日直勤務の時間が通常の宿直又は日直の時間に比して著しく短いものその他所轄労働基準監督署長が上記アの基準によることが著しく困難又は不適当と認めたものについては、その基準にかかわらず許可することができること。


    3. 宿日直の回数


         許可の対象となる宿直又は日直の勤務回数については、宿直勤務については週1回、日直勤務については月1回を限度とすること。ただし、当該事業場に勤務する18歳以上の者で法律上宿直又は日直を行いうるすべてのものに宿直又は日直をさせてもなお不足でありかつ勤務の労働密度が薄い場合には、宿直又は日直業務の実態に応じて週1回を超える宿直、月1回を超える日直についても許可して差し支えないこと。


    4. その他
         宿直勤務については、相当の睡眠設備の設置を条件とするものであること。

守っているところは稀ですが、労働基準法に依って宿日直許可を受けている病院、もっとわかりやすく言えば医師が当直料をもらっれてる病院は、上記の条件を守らないといけない規定になっています。

最後に問題になるのが税法上の当直です。これが厄介なんですが、所得税基本通達28-1がまず基本になります。

宿直料又は日直料は給与等(法第28条第1項に規定する給与等をいう。以下同じ。)に該当する。ただし、次のいずれかに該当する宿直料又は日直料を除き、その支給の基因となった勤務1回につき支給される金額(宿直又は日直の勤務をすることにより支給される食事の価額を除く。)のうち4,000円(宿直又は日直の勤務をすることにより支給される食事がある場合には、4,000円からその食事の価額を控除した残額)までの部分については、課税しないものとする。

  1. 休日又は夜間の留守番だけを行うために雇用された者及びその場所に居住し、休日又は夜間の留守番をも含めた勤務を行うものとして雇用された者に当該留守番に相当する勤務について支給される宿直料又は日直料
  2. 宿直又は日直の勤務をその者の通常の勤務時間内の勤務として行った者及びこれらの勤務をしたことにより代日休暇が与えられる者に支給される宿直料又は日直料
  3. 宿直又は日直の勤務をする者の通常の給与等の額に比例した金額又は当該給与等の額に比例した金額に近似するように当該給与等の額の階級区分等に応じて定められた金額(以下この項においてこれらの金額を「給与比例額」という。)により支給される宿直料又は日直料(当該宿直料又は日直料が給与比例額とそれ以外の金額との合計額により支給されるものである場合には、給与比例額の部分に限る。)

医師の当直料の非課税規定はこの但し書きの3.に準じて行なわれていると考えます。ここもわかり難いのですが、当直料の規定が給与比例額であれば全額控除となっているのですが、それ以外の金額と合計額の場合では給与比例額のみの控除とされています。このあたりよくわかりません。さらにわからないのが横浜の課税事件で、事件そのものは当直料6400円が全額課税されたものでしたが、その前の病院の課税額が6400円から所得税基本通達28-1の4000円を引いた額になっています。どうも給与比例額の定義がよくわかりません。

給与比例額の謎は今日は置いておくとして、横浜の事件の課税理由が、

しかし、横浜中税務署から、医師・歯科医師に対する宿日直手当に関するこの通達の適用については、業務内容によって課税する場合もあるという指摘を受け、昨日、納税の告知を受けました。

この業務内容によって課税されるのはどんなものかを追いかけます。実は業務内容も税務署から指摘されていまして、

医療施設における入院患者の病状の急変等に対処するための当直勤務は、従前どおり宿日直料の非課税を定めた所得税取扱通達に該当し、非課税であるが、それ以外の勤務については、課税となる。

これの根拠になりそうなのが国立病院等の医師等に支給される宿日直手当に対する所得税の取扱いについてではなかろうかと考えます。このうち人事院規則15-9にこうあります。

第4条 各庁の長は、公務のために必要がある場合には、人事院の承認を得て、職員に、正規の勤務時間以外の時間において、次の各号に掲げる勤務を命ずることができる。

一 警察庁本庁における被疑者等の身元、犯罪経歴等の照会の処理のための当直勤務

ニ 警察庁の本庁若しくは地方機関又は海上保安部の分室若しくは海上保安署(分室を含む。)における事件処理又は警備救難に関する情報連絡等のための当直勤務

三 皇宮警察本部又は地方検察庁における警備又は事件の捜査、処理等のための当直勤務

四 刑務所等の矯正施設における業務の管理若しくは監督又はこれらの補佐のための当直勤務

五 国立大学医学部の付属病院、国立病院、国立療養所その他病院である医療施設における入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務

六 国立大学医学部等の付属病院又は国立病院若しくは国立療養所における救急の外来患者等に関する事務処理等のための当直勤務

七 高等専門学校海上保安大学校その他の教育又は研修の機関における学生等の生活指導等のための当直勤務

八 身体障害者更正援護施設又は国立教護院における入所者の生活介助等のための当直勤務

九 しゅんせつ工事現場に漂泊するしゅんせつ船等又は特殊な安全管理を必要とする原子炉等の施設の安全確保等のための当直勤務

医師に関する部分を抜き出せば、

    国立大学医学部の付属病院、国立病院、国立療養所その他病院である医療施設における入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務
さらに医師の当直勤務のキモを抜き出せば、
    入院患者の病状の急変等に対処
これだけが税法上の当直勤務にあたると考えます。ここで問題になるのは「急変等」の「等」なんですが、時間外患者の対応をどれほど含むかについては明示していません。そもそも含むかどうかも明示していません。どう解釈するかなんですが、KSSニュースの医師の確定申告のチェックポイント に次のような見解があります。

 病院の看護師や医師または歯科医師に対する宿直料または日直料は給与に該当し、従って必要経費となる。しかし、一方で給与所得の源泉徴収が必要となるか否かの問題がある。「次のいずれかに該当する宿直料または日直料を除き、その支給の起因となった勤務一回につき支給される金額(宿直または日直の勤務をすることにより支給される食事の価額を除く)のうち、4,000円(宿直または日直の勤務をすることにより支給される食事がある場合には、4,000円からその食事の価額を控除した残額)間での部分については課税しないものとする」(所基通28-1)とされている。ここで除かれることとされている宿日直とは次のものとされている。

  1. 宿日直を本来の職務とするものの宿日直
  2. 代日休暇が与えられる宿日直
  3. 宿日直料の支給額が通常の給与の額にスライドするように定められた宿日直
 従って、病院に勤務する医師や看護士、事務長などがたとえ病医院長の親族であっても、宿日直勤務をした場合においては、上記の範囲で給与所得として課税されないこととなる。
 なお、同一人が宿直と日直とを引き続いて行った場合にも、通常の宿直または日直に相当する勤務時間を経過するごとに宿直または日直を行ったものとして非課税となる金額の計算をすることとされている。(所基通28-2)
 蛇足であるが、個別通達(昭和53・直法6−8「国立病院等の医師等に支給される宿日直手当に対する所得税の取扱い」)では、医師または歯科医師の宿日直手当について、所得税基本通達28−1但し書きの適用があるものとしている。
 従って、病院が救急患者等に対応するために、医師を宿直させているような場合には、常態として夜間に救急患者等を診察するために医師を宿直させるもので、医師が、医師として本来の職務を行うための宿直手当に該当し、非課税の宿直費には該当しないことになり、給与課税の対象となる。

ここから考えられるのは、当直において「応需があれば急患を診察する事」が原則となっていれば、当直業務でなく税法上は勤務と見なされると考えられる事になります。人事院規則15-9第4条で「等」と含みを持たしているのは、急患を診ないのを原則としていても、医師の応需の義務の兼ね合いで、たとえば玄関に急患が突如運び込まれて診療をせざるを得ない事も想定し、そういう例外的な稀な例を除くぐらいの趣旨と解釈しても的外れではないと考えます。

つまり税法上では、当直でよくある規定である、「かかりつけ患者は診ます」という体制を敷いているだけで「常に救急患者に対応するために勤務している」とみなされ課税の可能性が生じると考えます。「かかりつけ患者は診ます」もピンキリで、それでも非常に忙しい場合と、ほとんど寝当直の場合があります。忙しい場合には労働基準法にも抵触します。一方で寝当直の場合には、労働基準法には抵触しませんが、税法上は応需の体制を敷いているので勤務と見なされる可能性がでてくるわけです。

また労働基準法にある当直時間内の勤務と見なされる時間が発生したときも、それだけで税法上の当直には抵触しませんが、その頻度が多くなれば実質勤務であるとして課税の可能性がでてくる可能性が生じます。もちろんそうなれば労働基準法にも抵触しますが、二つの法の解釈が乖離する余地は十分生じます。

考え方として

  • 労働基準法の当直は勤務実態によって適否が判断される
  • 税法上の当直は勤務体制によって適否が判断される
ここの見解によって変わるようです。そうなると税法上の当直と認めてもらうためには、病院として救急は応需はしないを明確化しておく必要がありそうです。場合によっては診るでさえ微妙な様な気がします。かかりつけ患者は診るとなればアウトの様な気がします。ましてや輪番病院や救急告示病院の当直は完全にアウトです。

ただし記事中にある

    「病棟の見回りなど労働密度が薄い業務は食事や寝間着などの費用が必要なので非課税だが、救急対応で診察や検査を行う場合はそうした費用がいらないので課税対象になる」
この税務署の理屈は調べる限り新解釈です。本当にそういう理屈であったかは不明ですが、税務署自身もその辺の解釈運用に見解のズレがあるのかもしれません。少しだけ突っ込んでおけば、
  • 当直は病棟の見回りなど労働密度が薄い業務である


      労働密度が薄い業務であるのは間違いないが、税法上は必ずしも薄いだけでは当直と見られない可能性があるのは上記の通り。また濃くとも税法上の当直に入らないことも考えられる。たとえば入院患者の急変が重症であり、一晩中悪戦苦闘するような事態になっても、人事院規則15-9第4条5項の範疇に入るとも考えられる。


  • 食事や寝間着などの費用が必要なので非課税


      まず食事に関しては所得税基本通達28-1に「食事がある場合には、4,000円からその食事の価額を控除した残額」と明記されており税務署見解は不可解。さらに「救急対応で診察や検査を行う場合」でも、夜間16時間なり休日の日直8時間中に夕食や昼食さらには朝食も必要であり「費用がいらない」とは摩訶不思議な見解である。

      寝間着などの費用を広く寝具と考えると、そこにかかる費用は寝具の購入代と洗濯費用となり、実質としては洗濯費用と考えるのが妥当と考えれる。洗濯費用は寝具を利用することで発生し、その使用時間の長短は問わないはずである。たとえ10分、20分でも使用すれば洗濯の必要性は発生する。税務署は短時間の寝具の使用ならば洗濯は不要の見解なのだろうか。
この税務署見解が公式のものなら、税法上の当直の範囲とは、
    「救急対応で診察や検査を行う場合」が間断なく続き、「食事や寝間着等」を使う暇が一切ない場合に、これらが不要になるため非課税要件が消滅し課税対象になる。
ここまで多忙な当直はさすがに少ないかと存じます。これぐらいの実態の病院ももちろんありますが、岐阜県の県立3病院の当直はそこまで忙しいのが常態だったのでしょうか。ここまで多忙であるなら胸を張って労働基準法違反を訴え、追徴される税金の代わりに、時間外勤務の費用請求を行なうべきと考えます。元は倍返し以上で手に入るかと考えます。