在宅支援診療所の算数

私は開業医とは言え小児科単科標榜で、申し訳ありませんが高齢者医療に関わりが薄いので実態は良く知りません。昨日のお話で在宅支援診療所1万ヶ所の実態はどうなのかの議論で、現在在宅医をされている先生方からの貴重な現場レポートを頂きました。まろ様、shin-nai様、ある町医者様からのお話をまとめてみます。

  1. 診療のキャパシティから60人が限度で、経営的には50人で余裕で黒字
  2. 24時間365日で在宅支援診療所に特化しているところはおそらく1割もないだろう
  3. 殆んどのところは通常の外来業務に支障の無い範囲の患者しか抱えていないし、手を上げただけで実質稼動していないところも多いんじゃないか
  4. グループで業務を行なえば勤務医なんかより確実に休日が確保される
他にもありますが、実感レポートとしてはこれぐらいで良いかと思います。

このレポートからものを考えるには高齢者数のデータが必要です。総務省統計局の全国,年齢5歳階級,男女別人口(平成18年10月1日現在確定値,平成19年3月1日現在概算値)によると、平成18年10月1日現在確定値で、総人口のうち20.8%、2600万人が65歳以上であり、さらに9.5%、1200万人が75歳以上となっています。

また死亡者は三菱総研の分析では、2003年で100万人程度ですが、内訳は75歳以上が60万人、65〜74歳が20万人、その他が20万人となっています。これが2005年111.7万人、2010年124.5万人、2015年137.6万人、2020年149.3万人、2025年158.5万人と5年ごとに10万人以上死亡者数が増加するものと推計されており、ピーク時には170万人になるとも厚生労働省は推測しています。

現在の施設医療ですが、平成12年3月末現在の老人保健施設数は2,554施設、入所定員は223,498人、平成15年10月1日現在の特別養護老人ホームは5084施設、定員が346 069人となっています。老健、特養の上流に療養病床があり、ここが38万床あるのですが、合わせると95万人分ぐらいの収容能力があります。厚生労働省の決定された計画として、療養病床を15万床に削減し、削減された23万床を老健、特養に予定通り変換されても、収容能力は100万人程度であると考えてよいでしょう。

現在は数字上では死亡にいたる患者を一般病床も含めて医療施設で収容できますが、収容能力の拡大には厚生労働省は極めて否定的です。死亡者が増えて施設で看取りできない患者は在宅に物理的に押しされる事になります。もう一度死亡者の数を再掲すると、


年度
推定死亡者数物理的在宅数
2010年111.7万人9.4万人
2015年137.6万人30.1万人
2020年149.3万人39.4万人
2025年158.5万人46.8万人


物理的在宅数というのは、死亡者のうち、まず施設入居者100万人を差し引き、その上で必然的に急性期病床で死亡する者が2割いると想定した数です。もちろん私が勝手に考えた試算です。この試算法の正確さの論議も出るでしょうが、現時点では1万ヵ所の在宅支援診療所の推定患者数は10万院弱となり、1施設当たり10人弱です。そうであれば現場レポートのような、片手間で数人診ている、ないしは事実上開店休業のところが大部分でも賄える事になります。

ところが2015年になるとそうはいきません。1施設当たり30人になり、どの在宅支援診療所もかなりの患者を抱えないと賄えない事になります。さらに2020年、2025年と進んでいくとほど状況は深刻化します。深刻化というのは現場レポートにある採算ラインの兼ね合いです。50人で余裕で黒字となっていますが、大雑把ですが40人で採算ラインかなと考えます。またこの採算ラインは現時点の優遇点数配分での採算ラインですから、今後は削減される事があっても増額される可能性は極めて低いと考えます。そうなると近い将来に50人が採算ラインになる可能性が出てきます。キャパシティが60人で50人が採算ラインは厳しい数字ですが、それぐらいの政策変更は医療界では日常茶飯事です。

2015年の30万人を1万ヶ所で賄う計算をしてみます。現場レポートでは在宅特化施設は1割ほどになっていますから、このままなら特化施設で5万人、残り9000施設で25万人、すなわち1施設当たり28人になります。28人と言う数字が中途半端な数字で、おそらくですがその人数では経営はペイせず、一方で外来診察はかなり規模を縮小せざるを得なくなります。診療所の外来は時間数が減った分だけ外来患者が減るのではなく、外来時間数が減れば急激に患者は減少します。外来はいつも開けているからこそ患者数が維持されるのです。アブハチ取らずで苦しい状態が予想されます。

在宅特化施設が1割のままであるというのは想定として非現実的なので、今の倍の約2割、2000施設が特化したとします。そうなると特化施設で10万人、残りの8000施設で20万人、これでも25人平均が必要です。では30万人ならどれだけの施設が特化すれば、残りの片手間型でも賄えるかと考えると、まず現在が10万人を1割、1000施設、5万人カバーし、残りの5万人を9000施設、1施設当たり5.6人です。これに近づけるには、5500施設が特化して27万5000人をカバーし、残り2万5000人を4500施設で診れば1施設当たり5.6人になります。

現在の1割弱と想定される在宅特化施設を約5.5倍の5500施設にしないと2015年、すなわち8年後の在宅医療は維持できません。またこれはあくまでもマスの計算ですから、地域による偏りを計算に入れると1万ヶ所で賄えるかどうかはかなり難しいと考えます。もう今日はしませんが、在宅でない高齢者医療の診療所の数も在宅に特化されると自動的に減りますから、算数の帳尻が合うのかも難しいところです。

もっとも急性期病棟を半減して勤務医の必要数が減れば、それが押し出されて在宅支援診療所となって帳尻が合う計算もされているかもしれません。この算数はもう少し考える必要がありそうです。