大橋俊夫氏の提論

7/12付神戸新聞6面の「地域提論」と題される特集です。内容は医師不足の解消法を二人の論者が提唱しています。そのうちの一人、大橋俊夫氏の提論を紹介したいと思います。大橋氏の略歴は記事によると、

1949年茨城県生まれ。2003年から信州大医学部長。全国医学部長病院長会議の会長を務める。

どこかで見たことのある肩書きとお名前と思ったら、地域医療支援中央会議の委員も務めてられます。私の勉強不足もあり、大橋氏の医療への姿勢や見解を存じ上げないので、かなりまとまった分量でもあり御紹介する価値はあると思います。新聞記事なので編集もあるかと思いますが、考え方の一端は分かると思います。少し長いですが、順次引用解説してみます。未だにOCRが未整備なので、手打ちで頑張ります。

今「医師不足」が叫ばれているが、問題は医師の医師の著しい地域的偏在だと認識している。さらに高度な医療技術を持つ総合病院などに患者が集中し、不足感が増している。医師の偏在が起きたのは、もともと医学校が西日本に多いことに加え、2004年度から(医学生の希望に沿って研修が決まる)新臨床研修制度が導入され、大学の医師配置機能が喪失したためだ。

ここでは医師不足の原因は「著しい地域的偏在だ」とまず定義しています。これだけで山ほど反論は返ってきそうですが、地域的偏在の原因として、

  1. もともと西日本に医学校が多い
  2. 臨床研修制度により大学の医師配置機能が喪失した
この二つがどれほどの説得力を持って、医師不足の原因が「著しい地域的偏在」だけと説明できるかは皆様の判断にお任せします。話はもちろん続いていきます。

制度導入の狙いは、いわゆる「講座制」をつぶすことだが、日本の医療が崩壊しそうになってしまった。講座制には、人事権を持つ教授が”天皇”のようになるなど弊害もあったが、質の高い医師だけを派遣し、指導もできた。派遣会社などは質を担保できない。結果的に泣くのは患者だ。

新研修医精度がここで言う「講座制」いわゆる医局人事つぶしの狙いがあったとはよく言われていましたが、本当にそうであった事の証言がここで為されています。少々驚きました。どうも大橋氏も医局つぶしの目的のために新研修医制度導入に努力した一員である事がわかります。新研修医制度導入の効果は大橋氏も語るように医局人事を著しく衰退させましたが、一方で、

    日本の医療が崩壊しそうになってしまった
さらっと流してますが、これははっきり言って「大失態」じゃないのですか。私はそう思うのですが如何でしょうか。どんどん話は続きます。

医療現場はかつて内科と言えば三人の医者で頭から足の先まで病気を診ていたが、今は心臓内科、循環器内科など十以上に分かれ専門化し、高度化した。開業医は増えているのだが、患者は安心しないため、いきなり大学病院や総合病院に来る。患者が集まると見かけ上、医師不足となる。

編集の都合かもしれませんが、心臓内科と循環器内科も別の診療科なんでしょうか。内科の細分化は進んでいるので完全に分かれているのかもしれません、ごめんなさい小児科なのでよくわかりませんので、ここは良いとして、

    開業医は増えているのだが、患者は安心しない
そういう事も無いとは言えませんが、十把一からげで言われると、開業医としてはかなり傷つく発言です。一応開業医なので反論しておくと、本来的には病院と診療所の機能は重なると言うより分担して存在するものかと思っています。まあ反論はその程度にしておいて、開業医が信頼されない結果、患者が病院に集中して「見掛け上」の医師不足となるとしています。ハズレではありませんが、少しピントがずれているような気もしないでもありません。話を追いかけます。

医師の定員を増やしても同じように偏在が出てくるだけだ。長野県では松本市は人口10万人当たり医師が300人以上いて開業医が失業しかねない状況の一方、別の地域では150人以下というように同じ医療圏でも偏在が起きている。

教員のように資格があるけど職に就けないようでは、税金の無駄遣いだ。医師を増やせば医師不足が解消されるというのなら、根拠を出して見通しを立てないと禍根を残す。現在のパイで最大の患者満足度を得られる配置を考えるべきだ。

前段の最初の部分は後段に続くようなので、その他の部分を考えると、言わんとするところはわからないでもありません。ただし松本市の地理的事情が把握できていないのでわかりませんが、医療圏という設定自体が、現在の交通事情と乖離してきているの指摘はあります。また例としたのは松本市を含む医療圏で松本市は医師が多く、その周辺が少ないから「偏在だ」の指摘ですが、同じ医療圏であればそれほどの問題なのでしょうか。むしろ指摘するなら医療圏同士の偏在を指摘した方が相応しいと思うのですが、どんなものでしょう。

後段冒頭の「教員のように資格があるけど職に就けない」は少し笑いました。私の知っている限り、「就かない」医師はいますが「就けない」医師はあまり聞いたことがありません。「就きたい」けど「就けない」医師がかなりの割合で日本に存在しているとお考えと受け取れてしまいます。この辺はドクターバンク推進の理論的背景と考えればよいのでしょうか。

続きも興味深いものです。

    医師を増やせば医師不足が解消されるというのなら、根拠を出して見通しを立てないと禍根を残す
講座制を潰すために新研修医制度を導入したら、日本の医療が崩壊しそうになったのは誰の話でしたっけ。その程度の見通しと根拠で良いのなら何をやっても問題ないと感じてしまいます。医療が崩壊しそうになっても新研修医制度導入の責任は誰も取っていませんし、むしろ自画自賛の声しかなかったと記憶しています。講座制をつぶす方が医療を崩壊させるより重要との判断で「禍根を残す」の表現は失笑してしまいました。

最後は医師増員不要論からのここでの結論のようで、

    現在のパイで最大の患者満足度を得られる配置を考えるべきだ
最後になります。

国はこのほど緊急医師確保対策を講じたが、すべて応急措置だ。医者側は「これでうまくいくとは思えない」と受け止めている。抜本的改革には首相直轄で省庁縦割りを排除した「医療再生会議」のようなもので、法律による医師配置機能を整備する必要がある。例えば信州大を卒業したら何年間かは地域で医療をやるというようなものだ。職業選択の自由との兼ね合いは難しいが、国民が税金をかけて医師を育成している部分がある以上、医師側も社会的責務を負ってしかるべしだ。

大橋氏の医師不足のへの主張は、

  1. 医師は足りている偏在だ
  2. 足りているから現在の医師数で賄わなければならない
  3. 地域的偏在が「著しい」から強制的に医師を配置できる法律が必要
突っ込みどころが多すぎて、やりだすとキリがないので私はこの程度にしておきます。わかっているのはこういう思想の持ち主が、地域医療支援中央会議の医学部及び大学病院代表で出席されている事です。明日から院内慰安旅行で3日間ブログを休載しますので、置き土産としてお楽しみください。