神奈川の試み

少し長めの引用ですが、2007年3月31日付毎日新聞より、


救急搬送妊婦:神奈川県が受け入れ先照会 医師負担軽く

 人手不足や過酷な労働条件が問題になっている産科医の負担を減らそうと、神奈川県は新年度から、比較的危険度が高く救急搬送が必要な妊婦の受け入れ先を電話で探す業務を、医師に代わって県職員が担当する。従来は、総合周産期母子医療センターなどの医師が電話で他病院と受け入れ交渉をしていた。同県は「産科医の過剰な負担が少しでも軽くなれば」と話す。日本産科婦人科学会が求める救急情報ネットワークの運用改善のモデルケースになりそうだ。【永山悦子】

 同県では、一般の産科診療所などで対応できない妊婦を受け入れるため、危険度が非常に高いお産を担う基幹病院のほか、中核病院、協力病院の計32病院が参加して県周産期救急医療情報システムを作っている。各病院はインターネットのホームページで、互いのベッドの空き状況などを知らせる取り組みをしてきた。

 だが、刻々と変化する状況をリアルタイムで反映させることは難しく、ネット上では空きベッドなしとされていても、実際に電話で交渉すると受け入れ可能になるケースもある。このため、最初に救急搬送の相談が入る基幹病院(8カ所)の医師自らが、他病院に相談していた。

 奈良県大淀町大淀病院で意識不明になった妊婦が19病院に受け入れを拒否されたことが問題になった。神奈川県内でも「搬送先決定まで2〜3時間かかることは多い」といい、この間、基幹病院の医師は、自病院の患者対応に加え、電話交渉もするため負担が大きかった。

 4月からは、一般の救急患者の搬送先への連絡を受け持つ県救急医療中央情報センターの職員が、24時間体制で電話連絡を代行する。妊婦の妊娠週数▽多胎の有無▽破水の有無−−などの情報と、基幹病院の医師のアドバイスを参考に、受け入れ可能な病院を探す。

 日本産科婦人科学会では、救急情報ネットワークの運用改善と隣接都道府県間の連携の制度化を求める報告書を4月の総会で取りまとめる予定。同学会医療提供体制検討委員長の海野信也・北里大教授は「初めは神奈川県内の病院が対象だが、同様の代行業務を全国の都道府県が始めれば、隣接自治体への搬送も可能になり、搬送先を速やかに決定することが可能になる」と話している。

妊婦の救急搬送先を医師の変わりに県職員が24時間対応で探してくれるというお話。良い話だと思います。修羅場で患者や家族の対応と、電話での入院交渉を同時に行なうのは不可能ですから、この負担から開放されるというのは評価すべき試みだと思います。

それと

各病院はインターネットのホームページで、互いのベッドの空き状況などを知らせる取り組みをしてきた。

 だが、刻々と変化する状況をリアルタイムで反映させることは難しく、ネット上では空きベッドなしとされていても、実際に電話で交渉すると受け入れ可能になるケースもある。

これもやっとわかってくれたようです。いくらIT化と力んでみてもアナログの塊である医療では、必ずしもネット情報が有効に作用し無いと言う事です。空床情報もそうで、物理的なベッドの有無だけではなく、他の入院患者の手のかかり方、その夜の当直医の能力で変わります。また物理的には複数床あったとしても通常は1床として表示する事も多いと聞きます。これも次に受け入れた患者の質で次が受け入れられるかどうかが変わるからです。

では万々歳のシステムかと言えば、少しだけ不安が残ります。たいした不安ではないのですが、

    初めは神奈川県内の病院が対象だが・・・
システムは神奈川県限定で行われる事がわかります。そうなるとある産科施設から救急搬送の要請をコールセンターが受け、常駐の県職員が登録された医療機関に順番に電話をしていく事になります。無事見つかれば折り返し搬送依頼施設に電話して一件落着となるのでしょうが、すべてに断られる可能性があります。奈良事件が有名ですが、首都圏でも報道にならなかっただけでギリギリ結果オーライの類似の案件は、去年段階緒で既に必発しつつあると情報を寄せていただいてます。さらに神奈川の実情についてレジデント初期研修用資料にこんな話がのっていました。

このあいだ遊びに来た下級生の話。

  • 奈良県の産科事例、例の18病院が救急搬入を断った話は、現場では誰も驚かなかった。神奈川では、20病院以上に声をかけても搬入先がみつからないのは日常茶飯事だから
  • 産科救急で一番不足しているのが、小児集中治療に携わる医師。30週未満の早産では、生まれた子供は集中治療室でないと処置ができない、NICUのない病院は、そもそも救急搬入に対応できない
  • 小児用の集中治療室が維持できなくなっている。「早産の子供に対応してほしい」という声よりも、「風邪の子供を 24時間診てほしい」という声のほうが圧倒的に大きくて、集中治療室を放棄せざるを得ない
  • 某大学では、病院が24時間救急を受ける方針を決定した。風邪の子供を抱えたお母さんが夜中に殺到して外来が回せなくなり、集中治療室を閉めて対応せざるを得なかった
  • 病院間のネットワークは、すでに十分に機能している。某大学にネットワークの本部があって、電話一本で救急対応可能な搬送先を紹介してくれる。ところが稼働している病院が減っているため、横浜から問い合わせて搬送先小田原とか、神奈川/東京全滅で、搬送先はヘリで千葉県とか、どんどん遠くなっている
  • 搬送中は医師が同乗する。どの施設も人数ギリギリなので、たとえば往復に3時間かかると、その間病棟をみる人が誰もいなくなったり、外来がストップしたりで病院の機能ががた落ちしてしまう
  • 千葉県の亀田総合は「最後の砦」の一つだが、現場が疲弊して、救急対応がいつまでできるか分からない
  • 産科に進んだ同級生で、研修をまっとうできなかった人が何人かいる。その研修医が頑張れなかったからではなくて、病院から産科がなくなってしまったから
  • 妊娠6週ぐらいに予約をしないと、もう分娩病院がみつからない。10万人クラスの市でさえ、産科が対応できない地域が出てきている

もしそうなれば県の対応はどうなるのでしょうか。まさか

    残念ながら神奈川県には搬送可能な病院はありませんでした。またの御利用をお待ちしています。
てな事はないですよね。

それとレジデント初期研修用資料によれば
    病院間のネットワークは、すでに十分に機能している。某大学にネットワークの本部があって、電話一本で救急対応可能な搬送先を紹介してくれる。
どうも類似のシステムは既にあるようです。そうなるとこのシステムとの機能分担はどうなるのでしょうか。県が作ったものは県内限定でスタートのようですから、県内分は県のシステムが検索を行い、県内に見つからなければ既存の大学によるシステムに移行するという事でしょうか。それならば初めから一本化しておくほうが有用な気がしてなりません。もっとも最初は県内限定ですが、この県のシステムは「将来」拡大する構想を持っているようですから、やがて既存の大学によるシステムを廃止に持っていきたいと見るのが自然でしょうか。

それでも不可解さが残ります。

  • 既存のシステムは見つかるまで県内だけではなく、関東一円、受け入れ先が見つかるまで探し続ける。
  • 県のシステムは県内で探索は終了。
既存のシステムの運用実態は知る由もありませんが、探索範囲からすると県のシステムのほうが劣ると素直に思います。まあそれでも県のシステムが出来れば、既存のシステムが県内を探索する負担が除かれますので、その分負担が軽くなるとの見方も出来ますので、神奈川の県内事情的には望ましい事なのかもしれません。ここから先は神奈川の産科事情に詳しい人間で無いとよくわからないと言う事です。

素直に既存の関東一円まで探索するシステムを、県がそのまま肩代わりする方が望ましいと思うのですが、何ゆえ神奈川県限定でスタートするのかが疑問です。やはりお役所の守備範囲の問題でしょうか。