分娩医療都市

医療崩壊の対策のキーワードの一つに「集約化」があります。去年の夏ぐらいまでは集約化を早急に進めることが医療崩壊を防ぐ唯一の方策とネットでさえ強く論じられていました。とくに産科では福島事件以降、学会(医会だったかな?)も音頭を取って一人医長での分娩を取り止めるように運動もしたため、他科に較べると先行しているイメージはあります。

集約化とは言葉の通り、1人、2人と分散配置していた医師を1ヶ所に集め、集まったマンパワーで効率を上げようというものです。机上の計算ではうまくいきそうな感じはします。単純に考えれば1人より2人、2人より4人、4人より8人の方が集約効果で多くの分娩をこなせる上に、医師の負担も減りそうな感じには見えます。ところが集まればすべてが解決するかと言えば、そうは言えないとrijin様からのコメントがありました。

質の向上を目的とした分娩医療の集約化が困難なのは、少なくとも医師については小規模施設の方で生産性が良好であるところから来ています。大規模施設になるほど悪くなります。

 病院と診療所で比べれば、医師一人当たりの年間分娩数は、都道府県でのバラツキも大きくて正確な数は算出困難ですが、前者で100〜150ほど,後者で300ほどとなります。病院の中でも、大規模施設では分娩数が少なくなり、中小規模施設の方が多くなります。

 つまり、診療所から病院へ、中小病院から大規模病院へと医師の集約化を先行させると、全体の生産力が低下し、あちこちに過負荷が生じることになるわけです。

 具体的には、医師一人当たり年間200分娩の一人医長病院から年間80分娩の大学病院に医師を引き上げると、120人の妊婦が行き場を失います。大学病院での分娩を選んだ80人はいいのですが、残りの120人は手近の産科医3人の中規模病院に殺到しますが、ここは年間150分娩が限界で、既に400分娩を扱っています。上乗せの120人を引き受ける余力がなく、

 これがドミノ倒し現象の本質です。

このコメントはいろいろに解釈できるのですが、小規模施設では当然のようにローリスクの分娩で数をこなす事に専念します。一方で大規模施設は小規模施設が手放したハイリスクの分娩に対応します。ハイリスクの分娩は当然の事ながら人手も時間もかかります。大規模施設はハイリスクの分娩に対応できるように人手が集められてはいるのですが、そのぶん一人当たりの分娩数は低下します。ハイリスク分娩を数多く行なうほど、一人当たりの分娩数は比例して低下すると考えます。

小規模施設→中規模施設→大規模施設となるに従って、ハイリスク分娩の比率は当然のように増えます。手間も暇も時間も要するハイリスク分娩は医師一人当たりの分娩数を確実に低下させると言うことです。考えてみれば当たり前の事なんですが、現実にもそうなっています。ただこうとも考えられないかの素直な疑問は当然出てくるでしょう。ローリスクもハイリスクも満遍なく扱えるほどの集約化を行い、マンパワーをもっと集めればこの問題を解決できないかです。

rijin様のコメントでは看護師、助産師の集約も含めての総合的対策まで踏み込まれていましたが、今日はそちらに進まずに、素直な「もっとマンパワーを集めたら」の疑問に話を進めます。これについては先日くどいほどやった算数問題に帰着します。数が集まったら本当に効率が上がるかの問題の分析も重要ですが、集めるだけの産科医が本当にいるのかどうかです。計算については続々産科集約化の算数を参照してもらえれば良いのですが、3交代、3人の分娩チーム、外来3診体制を組むのに21人の産科医が必要です。これを50施設作っただけで1000人の産科医が必要です。これ以上は作れないのは先日の計算の通りです。

大規模施設で小規模施設に匹敵するぐらいの効率化を行なえる必要人数の計算はここでは不可能ですが、21人集めた施設を作ろうとしても全国で50しか作れないのです。また残りの産科医が2人づつで分配されても1000ヶ所しか病院は残りません。これも去年の6月時点で3056ヶ所で病院数が1273、有床診療所数が1783となっており、少なくとも2割は減ります。また現実には2人では相当厳しいため、3人とすると660ヶ所になり半減となります。

大規模施設(21人体制)、中規模施設(3人体制)、小規模施設(診療所)と集約再編すれば、大規模50施設、中規模666施設、小規模1783施設(昨年6月段階)となり、大規模施設は人口240万人に1施設、中規模は人口18万人に1施設となります。人口240万人に大規模施設が1ヵ所、中規模施設が13〜14ヶ所の配分になります。

これだけの集約化を行なえば賄えるかですが、東京のような人口密集地帯ではある程度有効に働く可能性はあります。ただ人口がまばらな地方になると試算するまでもなく相当厳しいものが予想されます。たとえばのぢぎく県北部の但馬地方の人口が約20万程度ですから、配分される分娩施設は中規模施設が1ヶ所になり、現在の2ヶ所をさらに半減する必要があります。大規模施設も2ヶ所ですから、のぢぎく県の地理からして、神戸と姫路の2ヶ所になります。

今日の話はまとまりが無くて申し訳ありませんが、書きたかったことをまとめると、

  1. 集約化をすれば必然的に分娩施設は減る
  2. 分娩施設が減れば通院距離は長くなる
  3. 21人程度の集約施設規模でも、50施設ぐらいしか作れないし、そんな事をすれば分娩できる病院は半減する
要は産科医の減少が既にデッドラインを超えており、中途半端な集約ではrijin様が御指摘の産科医一人当たりの分娩数の減少につながり、問題の解決には寄与しないのです。さらに21人規模ですが大規模な集約を行なえば、今度は分娩自体をカバーできなくなる地域が激増する事になります。

ここで大規模集約モデルが有効に働く可能性を考え直してみたいと思います。

  1. 21人モデルならrijin様御指摘の大規模化による効率低下を覆す事が出来るとする。
  2. 対象人口240万人あたり、大規模施設1ヵ所、中規模施設13〜14ヶ所および小規模施設が30〜40ヶ所程度に平等配分できるとする。
  3. 対象人口240万人の出生数は22000人で、従事する産科医の数は約100人なので、一人当たりの分娩数は平均220分娩となるが、大規模施設の効率化が向上する前提で300分娩、小規模施設が250分娩とし、中規模施設の分娩は170分娩程度になるものとする。
これは人口稠密地帯なら成立します。厚生労働大臣答弁ではありませんが、各施設が緊密にネットワークを組めば効率化も期待できます。ただし日本は狭いとは言え、地形も複雑で、人口の粗密の度合いはかなり大きいものがあります。大都市圏では成立しても、地方の県庁所在地クラスでも成立は困難です。

どうしたら良いか、考えられる事は2つで、

  1. 774氏様から前に提案のあった、人口をすべて都市に集中させ、都市以外の居住を原則として認めなくする。
  2. 分娩医療都市を作り、妊婦はそこに一時的に居住して分娩を行なう。
774氏様案はある意味、医療での医師不足を解消できるぐらいの集約案ですが、全国民にそこまでの強制命令を強権を揮うのはかなりの困難を伴うと考えます。分娩医療都市案は、負担を強いられるのが妊婦だけですので、比較的反対の絶対数が少なく、まだしも可能性があります。ただし単に分娩のためにそこに居住せよでは無理はあります。

そうなれば少子化対策という大命題もからめて、物凄いものを作ってしまうというのが支持を集める一法かと考えます。ここからは予算の裏付けを少子化対策の錦の御旗で押し潰しながら話を進めます。分娩のために分娩医療都市に居住してもらうために、そこに居住したいと言う夢を作る事にします。

まず妊娠して母子手帳を交付されれば、いつでもそこに居住できる事にします。居住中の住居費、食費などは基本的に無料とし、居住施設は豪華ホテル並のものにします。そこには妊娠中の健康を維持するために、フィットネスやプールなどの施設もふんだんに備え、映画などの娯楽施設も充実させます。都市居住中の給与は保障され、自営業者もそれなりの生活保障を与えられるものとします。家族も必要なら住む事が可能で、教育施設も当然備えます。簡単に言えば妊婦のための楽園とするわけです。そこまでしておけば妊娠したから分娩医療都市に行かされるというより、妊娠したから分娩医療都市に住めるんだ!の感覚に変わることを期待できるんじゃないでしょうか。

書きながら虚しくなってきました。これじゃ人口強制集中案と実現性は五分五分ですね〜。