長野からの悲鳴

私も含めた医療系ブロガーが別格として遇しているブログがある産婦人科のひとりごとです。このブログがいかに偉大な功績を残してきたかは誰もが知っていますし、管理人氏がいかに誠実な人柄で、どれだけ産科医療に真摯な情熱を燃やしているかは言うまでもないことです。

その1/6付エントリーの県内中核的病院 産科医3割減 (信濃毎日新聞)から引用します。

長野県内の地域中核病院における産婦人科勤務医数が、最近4年間だけで3割減ってしまった!という非常にショッキングな調査結果が、本日の信濃毎日新聞の第1面に掲載されました。

地域中核病院の産婦人科勤務医数は予想をはるかに超えるスピードで減少しています。多くの地域中核病院が相次いで産科部門の閉鎖を余儀なくされています。現時点で何とか稼動している産婦人科でも、今後、勤務医の離職を補充することができなければ、産科部門を休廃止せざるを得なくなります。

各医療圏では、何とかしてこの危機的状況を打開しようと、それぞれ、地域としての対応策を必死になって協議しています。しかし、協議をするたびに次から次へと新たな難問に直面し、頻繁に対応策の全面的練り直しを迫られているような状況です。

個々の医療圏や県レベルの自助努力には限界があり、このままではこの先、各医療圏の産科医療体制がどこまで持ちこたえられるか全くわかりません。

現在の産科医療の危機的状況を打開してゆくためには、根本的には、国レベルの有効な施策による後押しが絶対に必要だと思われます。

長野県の中核病院産婦人科医数が4年間で3割も減少しているというニュースを引用しての論評です。これは論評などという生易しいものではなく、悲鳴ないし魂の叫びと受け取ってよいと感じます。

データを少し補足しますが、2005.12.1時点で長野県内の産科病院は33施設になっています。その後、昨年末時点で33施設のうち11施設で分娩が休止しており休止率は33%になります。年数が若干相違しますが、産婦人科医数が減った分だけ分娩施設を有する病院が減っている事になります。つまり分娩施設の減少は集約化で充実したわけではなく、純粋に目減りした事になります。

長野県でも少子化の影響はあり、出生数は減っていますが、各種資料をみてもこの4年間に10%も減っていません。5%も減っていないと言っても良いと思います。そうなると分娩施設が減り、産科医が減った分だけ残っている産科医の負担がずしりと重くなります。あくまでも概算ですが2005.12.1現在の産科医実数は109人で産科医一人あたり平均で178件の分娩を取り扱っています。医師が2004年比で3割減ったなれば、出生数の減少を差し引いても最低2割以上の負担増となっているはずで、そうなると産科医一人あたりの平均分娩数は210件以上になります。

産科医一人あたりの適正分娩数は120件とされています。210件以上とは実にその約1.8倍の負担が圧し掛かっています。日本には埼玉県のように産科医一人平均338件(2005.12.1時点)という、産科医が棲息している事自体が信じられない県もありますが、178件でも多すぎますが、200件を越えるというのは異常事態です。

もちろん管理人氏もこの危機に精力的に取り組んでいます。

各医療圏では、何とかしてこの危機的状況を打開しようと、それぞれ、地域としての対応策を必死になって協議しています。しかし、協議をするたびに次から次へと新たな難問に直面し、頻繁に対応策の全面的練り直しを迫られているような状況です。

管理人氏は私のような町医者と違い、中核病院の責任者ですから、実際にこういう協議に出席し、打開策に頭を痛められているのだと思います。管理人氏の持論は集約化による改善策です。この事は管理人氏のブログを読まれた方なら熟知されていると存じます。集約化の真の是非については異論もありますが、現実策としてはもっとも妥当な方策の一つではあります。

集約化のデメリットは妊婦、患者にとって通院時間が長くなることです。しかし長野の実情はそういうデメリットを超えたものがあり、とにかく集約化することにより産科戦力を高め、同時に産科医に少しでも余裕をもたせることで、長野の産科の壊滅を防ごうとの考えです。

集約化には様々な問題があります。大学系列のエゴも出ますし、地域エゴも出ます。そういう問題は一筋縄で行かないのですが、取り組んでいるうちにもっと深刻な問題が噴出しているのが長野の実情かと思います。集約するにも3割も病院産科が減ってしまえば、集約する前に数だけは集約されてしまったのです。つまりこれ以上は集約するにも集約できない事態まで追い込まれていると考えます。

病院数が3割減って、産科医の数が同じなら各病院に3割分の医師の増加が見込めますが、産科医も3割減ってしまったら、薄い配置のままです。長野の地域事情には詳しくありませんが、残っている病院産科をさらに半減して集約は現実として難しい状況にあるんじゃないかと考えています。雪は多いですし、地形も複雑ですからね。

そのために、

個々の医療圏や県レベルの自助努力には限界があり、このままではこの先、各医療圏の産科医療体制がどこまで持ちこたえられるか全くわかりません。

この持ちこたえられそうに無いというのは、本当の実感と思います。出生数はそんなに変わりませんから、櫛の歯を引くように産科医が減れば、残った産科医はますます重い負担を背負います。重くなればまた耐え切れず脱落する産科医が出ます。仕事の負担が限界を越えているのは、残っている産科医もよくわかっていますから、留まってくれと説得するのがいかに無意味かも知っています。醒めた形勢判断なら去っていくほうが余程正しい判断になるからです。

そうなると出てくる結論は、

現在の産科医療の危機的状況を打開してゆくためには、根本的には、国レベルの有効な施策による後押しが絶対に必要だと思われます。

たしかにそれ以外に打開の道は無いと共感します。ところがですが、この国に長野を助ける気はあるのでしょうか。

産科医一人あたりの平均分娩数が210と言えば、2005.12.1時点でほぼ奈良の産科事情に匹敵します。奈良も2006年以降に産科事情が好転した事はありえない県です。ここで平成19年10月5日に「2007年8月奈良県妊婦救急搬送事案調査委員会(第3回)」が開催されています。この委員会は奈良流産騒動の後を受けての対策会議みたいなものです。

そこには奈良県知事臨席の下、奈良の医療関係者、また大阪の医療関係者も参加していますが、厚労官僚も出席しています。会議での厚労官僚の発言は有名なものがあります。発言は二つで、

第一の発言、

    国では医師確保支援チームとして、各ブロック毎に相談に乗る体制は整備している。現在、緊急臨時的医師派遣としていくつかの道県へ医師派遣を行なっているが、それはその地域の医療資源をフルに活用してもやって行けない地域にしている。

    奈良県は全国的にみると、まだ医療資源を総動員する余地があるのではと考えている。関係者一丸となって取り組んでいただきたい。また、コーディネーターを募集しているが、助産師資格を持った人で応募者がいるのかと思う。公的病院に助産師資格を持っていても助産師業務に携わっていない者もあるのではないか。地域の医療機能を評価すれば、新たな面が見つかるのではないか。
第二の発言、
    まだまだ活用の余地があり、最低レベルでないと言うこと。一人で300件の分娩を扱う例もある。
現在の正確な数字は把握しようがありませんが、奈良と長野の数字上の産科事情はほぼ同等かと考えます。その奈良の産科でも国はテコ入れするレベルで無いと明言しています。従って長野がいかに国に訴えでても「まだまだ活用の余地があり、最低レベルでないと言うこと」で門前払いされる懸念があります。

この厚労官僚の発言を考慮すると、管理人氏のイバラの道は必然的に続かざるを得ない事になります。医師ブロガーのすべてが敬愛する管理人氏に対し、なんとかしてあげたいの心情を持たない者はいないとは思いますが、自助努力ではもはやなす術も無く、国に応援を頼んでも門前払いされそうな状態には怒りすら覚えます。

願わくば奈良担当の厚労官僚だけが超電波官僚であり、長野担当の厚労官僚はもっと常識をわきまえた方であることを祈ります。そして長野からでも構いませんから、産科再生のパイロットモデル県になってくれることを願います。さらには長野のモデルが成功して全国に波及してくれる事もです。こういう願いや祈りが、夢や妄想ではなく、現実になる年になってくれないかを念じずにはいられません。