厚労官僚の超強力電波

産科危機マップのときに作った、2005.12.1時点での実産科医数(推定)に対する県別分娩数ワースト10です。


順位 県名 出産数/医師 病院 診療所 病院医師 診療所医師 総医師
1 埼玉 338 31 44 121 62 183
2 千葉 221 40 92 121 119 240
3 茨城 220 27 30 77 42 119
4 奈良 210 14 16 32 24 56
5 神奈川 198 71 85 259 143 402
6 静岡 194 29 72 87 86 173
7 兵庫 192 56 65 166 93 259
8 宮城 191 22 34 60 46 106
9 三重 185 19 3 46 42 98
10 愛知 180 69 102 227 163 390


産科医一人あたりの年間適正分娩数というのがありまして、
    年間120件
これが150件を越えると明らかな過剰労働となり、アメリカぐらいになれば賠償保険の保険料が目の玉が飛び出るぐらい跳ね上がります。埼玉の338件が魂消るような数字ですので目立ち難いですが、埼玉クラスになると産科崩壊を超えてもう焼野原です。埼玉の次に続く200件を越える千葉、茨城、奈良は産科崩壊が真っ赤になって燃え上がっている状態です。ワースト10にならぶ年間180件を越える県は、統計からも産科の最低レベルであることは明らかです。とにかく奈良県は全国第4位にはいるワースト県である事は間違いありません。

2005.12.1時点で最低レベルでも、その後に改善されていれば問題はまだ小さくなります。残念ながら奈良県のデータは手許にありませんが、参考資料はあります。第27回社会保障審議会医療保険部会の配布資料にあった全国の産科施設減少数です。


分娩施設数及び出生数
年度 総施設数 病院数 診療所数 出生数
1996 3991 1720 2271 1206555
1999 3697 1625 2072 1177669
2002 3306 1503 1803 1153855
2005 2933 1321 1612 1114643


これは1996年から2005年までに1000施設以上の分娩施設が消滅した事を示しています。さらにこれを前回調査からの減少数として計算しなおしたものです。

前回調査比減少数
年度 総施設数 病院数 診療所数 出生数
1999 294 95 199 28886
2002 391 122 269 23814
2005 373 182 191 39221


1996年から一貫して分娩施設が減少しているのが分かります。これが2005年から急速に改善していると予想する人間はまずいないと思います。もしかしたらとまだ思う人がいるかもしれませんが、2005年以降の病院の分娩施設減少数は、確認されただけで141施設あります。2005年以降もこれまでと同じように分娩施設は減り続けており、これは少子化による出生数の減少の3倍以上の速度で進んでいます。

さらにさらにですが、この減少数、減少率からの2008年予想です。

2008年度予想
分娩施設数及び出生数
総施設数 病院数 診療所数 出生数
2553 1121 1432 10858995
1996年調査比減少率
総施設数 病院数 診療所数 出生数
64.0% 65.2% 63.1% 90.0%


統計データから2005年より現在の方が産科事情は悪化しているのは間違いありません。奈良だけ良くなったなんて話は聞いた事がありませんし、むしろ悪化している話しか聞こえてきません。奈良県が2005年当時と変わらず全国ワースト県に名を連ね、状況はさらに悪化しているのは明らかだといえます。ここまでは今さらの話ですが、復習としてもう一度書いておきます。

そんな中、平成19年10月5日に「2007年8月奈良県妊婦救急搬送事案調査委員会(第3回)」が開催されています。10月5日に開催して何ゆえ「2007年8月」なのかは理解できませんが、この辺は奈良タイムなのかもしれません。なんと言っても歴史が古いところですから。

内容については中間管理職様のところで議事録全文を掲載し、詳しい批評が行なわれています。この議事録、出席者はわかるのですが、発言者の名前が伏せられ、確実に特定できるのは「知事」ぐらいのものです。既に読まれた方なら分かると思いますが、病院関係者らしき人物は慎重な発言に終始しています。

知事は周回遅れぐらいの認識ですが、なんとか認識を追いつかせようと競技場内で努力はしています。姿勢が一応前向きに見えるのでトンデモ発言もありますが許容範囲にしておこうと思います。私は心優しいですからね。一方で頻回に発言して電波を飛ばしている委員が一人おります。本当は一人かどうか確認できないのですが、話し振りからして同一人物であると考えます。相当な電波発言でこれだけでも十分エントリーが立つほどですが、その程度の電波を消し去る威力の超強力電波がこの会議では発せられています。

厚生労働省官僚がこの会議には出席しています。出席者を確認すると3人おられるのですが、議事録からは誰かを特定できません。そこで3人とも名前を挙げておきます。このうちの誰かの発言であることだけは間違いありません。


小林秀幸厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課 課長補佐
橋本史郎厚生労働省医政局指導課 医療放射線管理専門官
内田玄祥厚生労働省近畿厚生局健康福祉部 医事課長


実は厚労官僚の発言はたったの2ヶ所しかありません。相当長い会議であったようですが、たったの2ヶ所です。たったの2ヶ所ですが、その内容は電波委員を宇宙のチリに変えるほど強烈です。最初の発言は、産科一次救急を二次三次病院にも負担させようとする県の提案がやんわり否定され、会議が一段落したところで知事が出席していた厚労官僚に発言を求めた時です。知事の厚労官僚への振りも温和なもので、
    厚労省から何かないですか。各地の情報などありませんか。
ここで第一の爆弾発言が炸裂します。
    国では医師確保支援チームとして、各ブロック毎に相談に乗る体制は整備している。現在、緊急臨時的医師派遣としていくつかの道県へ医師派遣を行なっているが、それはその地域の医療資源をフルに活用してもやって行けない地域にしている。

    奈良県は全国的にみると、まだ医療資源を総動員する余地があるのではと考えている。関係者一丸となって取り組んでいただきたい。また、コーディネーターを募集しているが、助産師資格を持った人で応募者がいるのかと思う。公的病院に助産師資格を持っていても助産師業務に携わっていない者もあるのではないか。地域の医療機能を評価すれば、新たな面が見つかるのではないか。
なんと奈良県は全国的にみると医療資源を総動員する余地があるとの御託宣です。奈良は厚生労働省的見解では産科余裕県と明言されています。周回遅れの知事も少し驚いたようで思わず聞きなおしています。
    医療資源は医師が重要となるが、奈良はまだ余裕があるという意見か。
それまでの会議で産科医が足りないと散々論議を重ねていたので、それを踏まえての発言と思います。これに対し厚生労働省官僚は第二の爆弾発言を行なっています。
    まだまだ活用の余地があり、最低レベルでないと言うこと。一人で300件の分娩を扱う例もある。
これが厚労官僚の超強力電波発言のすべてです。第一の発言の要旨をまとめると、
  • 厚労省は医師確保の体制は整備している。
  • 医師確保の整備に手を貸すところは「それはその地域の医療資源をフルに活用してもやって行けない地域」である。
  • 奈良県の産科は該当しない。
どの程度の産科危機が進行すれば、厚労省が支援必要と考えるかが第二の発言に出ています。
  • 奈良県は最低レベルでない。
  • 300件の分娩も産科医は可能である。
上記の産科統計データで明らかなように、奈良県は全国ワースト4であり、1位の埼玉は別格としても、2位千葉、3位埼玉とほぼ遜色ありません。奈良県が最低レベルでないのなら、2位の千葉も3位の茨城も最低レベルでなくなります。そうなると厚労官僚の見解では、
    全国で最低レベルの県は埼玉県だけである。
つまり埼玉以外には産科危機は存在しないと厚労官僚は明言している事になります。そして産科が最低レベルである指標もまた明言しています。
    年間300件以上の分娩を行なう
この300件も「それぐらいは」の含みが濃厚に感じられ、300件は最低ラインと解釈したほうが妥当かと考えます。つまり年間分娩数が300件を越えて、「忙しいかもしれない」との厚労省感覚に初めて触れる可能性があるということです。下手すると埼玉も全国最低レベルと言えないと言われかねません。

この発言の重要さは公式発言であることです。奈良県知事が主催する産科救急の公式会議で、オブザーバーとして招かれた厚労官僚が、知事の求めに応じて公式に発言したものです。議事録を確認してもらえればわかるように、会議の流れの中で曲解された発言でも無いと言う事です。むしろ会議の流れに棹をさし、それまでの奈良の産科医は不足しているからの議論に、氷水を浴びせかける発言です。

出席された厚労官僚の肩書きからではどれほどの立場の方々なのか私にはわかりません。しかし少なくとも知事臨席の公式会議で発言するからには、個人の勝手な見解を述べたとは考えられず、厚労省の公式見解を述べたと考えられます。この発言は非常に重要だと考えます。

幸か不幸か現在は国会開催中です。この厚労官僚の発言につき、その真意を質疑にて厚労大臣に質して頂きたいと思います。厚労大臣は現在の医療危機について、前厚労大臣より深い理解をしている趣旨の発言を行なっています。漠然と私もそう考えていましたが、産科危機を

    産科医が年間300件の分娩するまで問題はない
この程度の見解が本音であるなら、非常に大きな問題と考えます。もしこのブログを読まれ、医療問題について国会質問を考慮されている議員の方がおられたら、是非お願いしたいと思います。これは私だけではなく、全医師の願いでもあります。