屈指の論客が集まって頂いているだけあって問題の核心を皆様よく御承知です。ある程度最大公約数的な集約になりますが、
-
「現時点では個々の逃散によるゲリラ戦術が有効だろうが、近い将来に力を結集する必要がある」
- 下手な結集は医療崩壊のスケープゴートとして鴨葱にされてしまう。
- 労働組合はアレルギーが強い。
- 小異を立てる医師の特性から常に内紛分裂の危険性を孕む。
- 内紛分裂を防ぐためには強力なカリスマヒーローが必要だが、未だ特定できる人材がいない。
昨日の論議を読みながらほのかに悟った事があります。結集は古典的な言い方になりますが、「天の時、地の利、人の和」がそろわないと絶対無理であるという事です。全部とは言わないもののせめて2つぐらいは無いとほぼ無理です。とくに天の時は重要かと考えます。天の時が来た時に人の和が出来上がるような気がします。だから結集法も小さな輪を広げていく手法は医師では難しいかとも感じています。医師の組織は輪が小さいほど小異の立てあいになる傾向が著明で、かえってある程度でかくなって小異が大同に飲み込まれる状態になったほうが安定します。皮肉なものですが皆様はその辺りは実感されるかと思います。
医療危機は確実に進行していますし、誰も止めようとする者はいません。危機はありますが現時点でも医師にはこれからの選択枝が幾つもあります。幾つもある限り医師が自発的に結集する気運はまだまだ熟成しないと言う事です。なぜなら個々の医師が選ぶ選択枝はそう簡単には妥協しないからです。それでも去年段階より選択枝の数は相当減ってきています。危機の進行が選択枝を狭めているからです。それでもまだ選択枝が残りすぎています。おそらく選択枝が極限まで狭まった時こそが天の時であり、その時に人の和が出来上がると考えます。選択枝が結集必要論に収束した時が天の時だと考えます。その時が来るまでは待つしか無いでしょう。
それでもって地の利ですが、結集論にあてはめれば地理的なものではなく、看板すなわち指導者の台頭かと考えています。結集論の温度が臨界状態に達した時に、誰もが「この人物なら信用できる」と目される人物の登場です。出るか出ないかになりますが、出て欲しいと願っています。ひょっとすると、こうやって議論を続け、問題点を煮詰め続けている作業は、そういう人物が天の時を背景に現れるときまでの準備作業なのかもしれません。うちだけではありませんが、種々のブログ、掲示板で行なわれている議論に悲憤慷慨して立ち上がる「その人」を待つための重大な作業なのかもしれません。
どうもいけませんね。今日のエントリーは妙に宗教がかってしまって・・・