地域医療支援センター

冒頭で言い訳しておきますが、もともとは週の初めに出す予定だったはずのエントリーです。ところが今週は24時間テレビとホメパチ問題が突然火を噴き、気がつけば土曜です。賞味期限的には切れそうと言うより、切れてるんじゃないかと言われそうです。この際、今週は24時間なりホメパチで押しきろうとも思いましたが、書いてみると食傷気分だったので、あえて上げます。箸休めぐらいで宜しくお願いします。

8/22付Asahi.comより、

医師不足解消へ、都道府県に派遣センター 厚労省が構想

 厚生労働省医師不足に悩む病院に医師を派遣する「地域医療支援センター」(仮称)を各都道府県に設置する構想をまとめた。事業費約20億円を来年度予算の概算要求に盛り込む。医師不足の病院に医師を送る仕組みを国が全国的に整えるのは初めて。

 医師が不足している地方では、地元大学の医学部に、卒業後に地元で一定期間働く意思を示している人を対象にした「地域枠」を設ける動きが広がっている。そこでセンターは、地域枠出身の新卒の医師らを病院に派遣する。地域枠出身の医師に10年近く残ってもらう地方が多く、多数の若手医師を効果的に配置するには、派遣先を一元的に調整する必要があるためだ。

 同省は全国約8800の病院を対象に、不足している医師数を調べている。結果をセンターに提供し、効果的な派遣に役立ててもらう。

 また、センターは傘下の若手を長期的に育てるため、指導できる医師が多い病院に支援を求めたり、若手が仕事を休んで学会や研修に出席しやすいよう代わりの医師を確保したりすることも検討している。指導できる医師の養成にも力を入れる。

 都道府県によるセンター直営や外部委託が想定されている。派遣とは別に、地域での就職を希望する医師を病院に紹介する事業も手がける。

 医師不足は2004年に新卒医師に2年の臨床研修が義務づけられたのを機に深刻化した。様々な病気の患者を診療できて経験を積める都市部の総合病院が人気を集める一方、大学病院は敬遠され、周辺の病院に派遣していた医師を引き揚げて医師不足を招いた。(月舘彩子)

とりあえずググっていて笑ったのは、株式会社 地域医療支援センター しまね薬局てのが見つかりました。名称からして商標登録は難しそうな気がするので重複しても構わないでしょうが、薬局にすればメリットがあるのかどうか微妙な感じです。

機能的には医師派遣業務を官立で作る構想のようですが、集める医師の対象は、

  1. 地域枠の卒業生医師
  2. 地域での就職を希望する医師
当面の目的は地域枠医師の一括管理でしょうが、なんとなく真の目的は地域で働く勤務医の管理のようにも思えます。記事ですから曖昧な部分は多いですが、「地域」なる言葉がマジックで、日本中どこに就職するにもそこは「地域」です。東京のど真ん中であっても日本の「地域」である事には変わりはありませんから、勢力を拡大して勤務医の人事権のすべてを握っていく構想にも十分見えます。

やり方はかつての大学医局支配と類似のもので、地域枠の医師が欲しいのなら人事を明け渡せの要求です。この方式で大学医局は、ほぼ日本中の病院の人事を支配していましたから、同様の方法を目指しても不思議無いでしょう。ただネックは時代が少々違うので、大学医局の時の様に粛々と抵抗なく広がるかどうかです。

大学医局が支配権を広げた時は、大学医局が医師の供給源のほぼすべてを握っていました。今よりも格段に医師数が少ない時代でしたから、病院も医師の供給を頼るのに他に選択枝があるわけではなく、当時的にはギブ・アンド・テイクの部分もあって成立したと推測しています。今回の厚労省の企画がかつての大学医局支配の様にすんなり広がるかはなんとも言えません。

地方僻地の病院を支配下に置くのはまだしも容易かもしれませんが、問題は都市部の病院をどうやって傘下に収めるかでしょう。即物的には医学部地域枠の拡大が有効ではありますが、どこまで広げられるかの予想はなかなか難しいところがあります。



まあ、そんな事は先の心配ですから置いといて、この地域医療支援センターなるものに既視感がつきまといます。ごく最近に非常に良く似たものを聞いたような気がするからです。地域医療支援中央会議って奴です。地域医療支援中央会議の概略は、

私の記録によると、この地域支援中央会議を含む医師確保対策に2007年度に18億円(27億円説もあり)、2008年度に21億円(40億円説もあり)が投じられたはずです。それでもって地域医療支援センターの事業費は、
    事業費約20億円を来年度予算の概算要求に盛り込む
同じぐらいの金額ですねぇ。実は次のところに失笑したのですが、
    医師不足の病院に医師を送る仕組みを国が全国的に整えるのは初めて
へぇ〜、かつての地域医療支援中央会議は医師不足の病院に医師を送る仕組みではなかったと定義しているようです。じゃ、年間20億円も投じてやっていた地域医療支援中央会議は何だったんでしょうか。地域支援中央会議の仕組みも概略的には、
    地方:都道府県医療対策協議会
    中央:地域医療支援中央会議
こういう風に分けられ、医師の供給源は、
    地方:医療対策協議会からの要請に応じ、医師確保に協力可能な医療機関
    中央:全国規模の病院グループ等
地域医療支援中央会議が機能しなかった理由は単純で、支援を求める病院は多くとも、医師を供出するはずであった医療機関に医師がいなかったからです。いないものを供出し派遣しようとする構想でしたから、無理無理が生じて機能不全に陥ったと見ることが出来ます。そんな事は地域医療支援中央会議の構想が出来た時から指摘され、現実にもそうなっただけの事業です。

私には地域医療支援中央会議を単純に引き継いだのが地域医療支援センターと見えます。中央会議でも官製医局プランを目指していたと考えるのが妥当ですが、物の見事に空振りに終わったために看板を付け替えての再出発です。中央会議の時の失敗の最大の理由は、地方にも中央にも派遣するタマが無かった事で、今度のセンターでは地方に地域枠の医師をタマとして、とりあえず確保しているのが違いと考えます。

もうちょっと言えば中央会議であてにしたタマは、全国規模の病院グループからの供出であったために、最初から全国規模の展開が必要でした。しかしセンターは地域内にタマを確保していますから、活動の主体は地域内にまず重点が置かれ、たぶん次のステップとして足りない地域への医師の供出システムを全国規模で作ろうとしていると考えます。

中央会議とセンターの違いを簡単にまとめると、

地域医療支援中央会議 地域医療支援センター
医師の供給源 ・地域の基幹病院
・全国規模の病院グループ
・地域枠の卒業生医師
・その他
派遣規模 全国規模が主体 地域内が主体
事業規模 20億円程度 20億円程度


中央会議が実態としてどれほど活動していたかは前にまとめた事がありますが、たぶん地方組織の活動が厚労省的には不十分であった様に考えられます。そもそも地域内で回せるタマがなかったので、中央偏重の活動にならざるを得ず、中央もまたタマ不足で大して機能していません。今度のセンターでは地域に安定してタマが供給され、地方組織の仕事が永続的にあるのがミソとも思えます。

記事でもそこについて書かれており、

  • 地域枠出身の新卒の医師らを病院に派遣する
  • 指導できる医師が多い病院に支援を求めたり
  • 若手が仕事を休んで学会や研修に出席しやすいよう代わりの医師を確保
  • 指導できる医師の養成にも力

こういう業務を行なうには常駐の職員が必要です。さらに言えば、どうするかはまだ不明ですが、派遣形態で医師の所属がセンターにするような構想なら、さらに事務仕事が膨れ上がります。抱えるタマが多くなればなるほど、地方組織は肥大化する仕組みと考えられます。

さすがに中央会議で40億円も費やして学習しただけの事はあります。40億円の授業料で今度こそ永続的に存続できる組織を作る構想と私は見ました。そう言えば巨額の年金を費やして作った天下り機関は殆んど消失したはずですから、このセンターが軌道に乗ればかなりの穴埋めが可能になるとも考えられます。最低限47ヶ所は出来ますからね。



さて大学医局と官製医局では何が根本的に違うかです。私も含めてウォッチャーは医局潰しの目的は、医師の人事権を厚労省が握ろうとする目的であったと考えています。大学医局が衰退すれば医師が就職先に困り、官製医局の呼び水を示したら、ゴッソリ寄って来ると考えていたフシがあります。考え方の根底は医師は自力では就職先を探せないであろうです。

ところが官製医局の試みは何ひとつ成功していません。ドクターバンクもその一つですが、ロクに機能したところはなかったかと記憶しています。官製医局と大学医局で何が大きく変わるかと言えば、

官製医局 大学医局
人事権の源泉 契約による法的拘束 医師の自発的な忠誠心
派遣先病院での身分 派遣医師 病院の正式の医師


この対照表のポイントは、人事権の源泉です。大学医局の源泉は由緒さえ不明の
    医師の自発的な忠誠心
ところが官製医局に忠誠心を抱く必要はありません。つうか何故に大学医局にあれほどの忠誠心が抱けたかも、もう20年もすれば誰も説明できなくなると思います。強いて言えば長年の慣行ぐらいしか表現のしようがありません。ですからこの忠誠心は他の人事システム、たとえば官製医局であっても望むべきもないものになります。

病院への医師派遣も、大学医局であれば忠誠心で拘束していますから、医師は病院に正式に就職します。正式に就職しても、人事権は忠誠心で拘束してありますから、命令一つで病院を退職させ、次の病院に再就職させるという芸当が平然と行なえたわけです。

ところが忠誠心が無いとなれば契約で拘束しなければなりません。契約だけではなく就職にまつわる労働者の身分の保障も法に基いて行なわなければなりません。官製医局が単に就職先の斡旋業務に留まれば、一度就職した医師には公式には何の手出しもできなくなります。大学医局のように命令一つで正式に就職している医師を退職させるなんて芸当は不可能になります。

官製医局が医師を異動させる人事権を持とうととしたら、官製医局に正式に所属する必要があります。官製医局と公式に契約していないと人事権の拘束が出来ません。ところが官製医局と公式に契約している医師を、派遣先の病院に正式に就職させる事は出来なくなります。そうなれば官製医局から派遣された医師は病院の正職員ではなく、あくまでも派遣社員の立場にとどまる事になります。


やっている事は官製医局も大学医局も表面上は似ていますが、相違点はかなりあります。ここであえて「昇進」と言う表現を用いますが、昇進とは外形的には

    医員 → 年齢医長 → 年齢部長 → 診療科部長 → 役職部長 → 副院長 → 院長
呼称は病院ごとで微妙に変わりますが、こういう風に肩書きが変わることです。医師の場合、昇進が必ずしも給与の増加と連動しているとは言い難いところもありますが、医師も人の子ですから年齢相応の肩書きを欲しがると言うか、無いと組織内序列が煩雑になります。これからの時代がどうなるかは不明ですが、当分は年齢部長ぐらいまでは慣行で残ると思いますが、診療科部長以上はどうなるだろうがあります。

大学医局制度は上述した通り、外形上は病院に正式に就職(ここも実態が様々あるのは置いておきます)していますから正職員です。正職員ですから病院も正職員として普通に昇進させます。ところがこれが官製医局に代われば、身分は正職員ではなく派遣社員になります。あくまでも予想ですが、診療科部長以上の幹部クラス(診療科部長もピンキリなのも置いておきます)に派遣社員が座れるかの疑問が出てきます。

仮に座れないとなると、座るためには官製医局を辞職し病院の正職員になる必要が出てきます。また別に昇進がすべての医師の目標でなくとも、それなりに目指すなら早いうちに病院に就職しておく方が有利の考え方も出てくる可能性があります。人事は能力の部分も大きいですが、年功の部分もまた無視できないのが常だからです。年功と言ってもこの場合は、その病院での勤続年数が長いというだけを指しています。

大学医局の場合は、年功も能力の評価も病院ではなく大学医局が行なうシステムで、どんなに病院間の異動があろうとも一貫した評価システムであったと言えます。これが官製医局になっても同じ方式が維持されるかどうかは不明です。現在の医師は念頭に大学医局による評価システムが住みついていますが、官製医局になり意識が変わればどうなるかは予想が難しいところです。

現在は過渡期ですから、従来の大学医局システムから他のシステムに人事システムが静かに変動中です。どうなるか判らない状態が強くなれば、人は無難な選択を選ぶ可能性が強くなっていきます。何が言いたいかですが、中堅以上の人事の停滞です。一度それなりの病院のポジションをつかめば、そのまま動かなくなる現象が強まるんじゃないかです。そういう状況に官製医局がどれほど対応を示せるかが一つの焦点でしょう。


そうそう大学医局を礼賛している訳ではありません。大学医局も今日のお話だけなら良い事ばかりのように受け取られる方もいるでしょうが、現実には光と影のコントラストが強烈なシステムです。とくに影の部分に辟易している医師は少なくなく、今さら大学医局人事、華やかなりし頃に無条件に戻したいと考えている者はさほど多くありません。

次の時代に医師が望むシステムは、大学医局の影の部分を可能な限り小さくし、光であった部分が維持できているものです。物指しの指標に大学医局があるだけで、大学医局以下のシステムであれば、論外として生理的に受け付けないとすれば相応しい表現でしょうか。その辺が官製医局の試みが成功しない最大の要因と考えています。

それともう一つの問題は、大学医局が衰退するのに反比例する様に民間業者が力を伸ばしています。現在のところ大学医局が衰えた分を埋め合わせているのは民間業者と言う構図があります。これも官製医局の成立に大きな影響を及ぼします。大学医局華やかなりし頃は実質として勤務医として生きていく選択は大学医局に属する以外の選択も無かったというのもあります。

それが現在は大学医局、民間業者と言う選択枝が生まれているとも見れます。そういう選択枝がある時代での官製医局の存在は、比較対照される一つの選択枝に過ぎないことになります。大学医局は衰退したと書いていますが、今だって数からすれば圧倒的な支配力を持っています。大学医局により異なるところが多いですが、勢力が衰退した分だけ勢力範囲の厳選を行なって魅力を維持しているところさえあります。

また大学医局も旧態依然のところもあるかもしれませんが、危機感から影の部分の解消に尽力しているところもあるとは聞いています。大学医局、民間業者と選択のある中で、官製医局がどうやって割り込み、存在感を強め医師を集められるかが問題のカギであるはずです。旧来の大学医局の強権的な部分だけ取り込んで機能させようと考えているのなら、他の選択枝に自然に医師は流れるだろうと予想します。

ところで今日は何の話だったっけ。話がかなり脱線しましたが、ま、いっか、箸休めだし。