豊岡撃沈と効率化

タイトルに2つ「と」で並べるのは昔から効果的といわれていますが、やや程遠いものを並べて話に入ります。まず豊岡小児救急撃沈のニュースです。2/12付毎日新聞より、

但馬の小児医療が崩壊の危機に貧している。公立豊岡病院(豊岡市・竹内秀雄院長)の小児科医が4月から3人になるためだ。昨年12月の「但馬の医療確保対策協議会」で示された公立9病院の再編案では、豊岡、八鹿が急性期医療を担うとしているが、基幹となる豊岡で小児救急に対応できない状態になれば、「但馬全体の医療の安全確保」を目指した再編案は根底から崩れることになる。

 豊岡の小児科医は06年3月まで7人だったが、同年8月に5人に、今年4月には3人となる。いずれも神戸大学病院からの派遣医が引き揚げるためだ。豊岡は、神経、アレルギーなど専門外来があることから但馬全域から患者が訪れ、外来は1日平均100人、06年の入院患者は延べ500人いる。新生児・未熟児にも新生児集中治療室(NICU)で対応しており、但馬の安全なお産も担っている。

 「この規模では最低7人必要」(竹内院長)だが、昨年8月から開業医が日曜日の診療にあたるなど地域で協力、医療の質を保ってきた。小児科医5人は、現在でも2、3日おきで当直勤務に従事。2人減れば、1日おきになり、医師の負担は激増し、現在、十数人いる入院患者への対応のほか、NICUでの病床管理もできなくなるという。吉田真策・小児科部長は「3人で診ることのできない患者を神戸や姫路に搬送すればいいというが、2時間半の移動時間が症状を悪くするケースもある。お産も制限され、但馬の小児医療は崩壊する」と危機感を訴える。

 竹内院長は、3月で義務研修を終える若手医師が「小児科を選んでくれそう」とし、医師1人の確保の見通しがあるとしている。しかし、「即戦力ではないし、まだ1人足りない。何とか県や大学にお願いしているのだが」と話し、解決策を見いだせない状況だ。【山口朋辰】〔但馬版〕

記事にある通り、去年の3月には7人いた小児科医が8月には5人に減り、今年の4月には3人になるとの事。なんと1年間に4人も小児科医が減り小児救急の維持が不可能になったというニュースです。これもまた記事にある通り、但馬の救急は北が豊岡、南が八鹿の体制ですが、八鹿は去年段階で半身不随状態に陥り、辛うじて北の豊岡がつま先一つで支えている状態です。つま先と言っても豊岡でも内科救急が先に危篤状態になり、精神科(冗談ではなくて)が一線に立って辛うじて支えているのは既報の通りです。

但馬における豊岡病院小児科の存在は巨大で、とくに八鹿病院小児科が転んだ後は文字通り最後の砦です。ここが転ぶと但馬の小児救急は消滅するだけでなく、まともに小児科入院が出来る病院が無くなります。豊岡転べば但馬は終わるとは去年から囁かれましたが、春を待たずに現実化したと言えます。もっともそれほど貴重な病院ではあるのですが、待遇面の悪さもまた有名で、薄給激務を絵に描いた様な病院でもあり、この日が来るのもまた必然と言われていたのも確かです。

ところで去年の夏までは存在した小児科7人体制ですが、そんなに優雅な体制と言えたのでしょうか。地方病院で小児科医7人は大人数です。大人数ではありますが24時間365日救急体制となると話が変ります。またまた算数になりますが、その方がわかりやすいのでまたやります。

24時間365日を7人で維持するためには、まずすべての時間外に小児科医を配置しなければなりません。計算しやすいように1ヶ月を4週間28日とすると、1週間の平日が5日、休日が土日の2日になります。平日は16時間の時間外があり、これが5日で80時間、4週間ありますから320時間となります。休日は24時間ですから、これが2日で48時間、これも4週間ありますから192時間となります。あわせて512時間を7人で割ると73時間となります。

この病院では当然のように旧来の医師の勤務体制を取っているでしょうから、平日勤務はごく普通にあります。そうなると医師以外の感覚で言う残業時間は黙っていても73時間は確実にあることになります。これだけでもラクそうではないのですが、一人73時間の時間外労働を行なっても時間外の担当医師は1人です。豊岡には入院病棟もあり、NICUまであります。但馬で実質2ヶ所しかない産科もあります。とうてい一人で、救急外来をこなし、入院患者を見て回り、NICUで治療に当たり、不意の出生時の急変までカバーできません。

そうなるともう一人確実にバックアップが必要です。実体は知りませんが、もう一人を呼ぶ頻度がどうしても増えると考えるのが妥当です。どれぐらいかは勤務していないからわかりませんが、普通に考えて月に30時間はあったとしても多すぎると言う感覚はありません。実態は2人体制と言われても「それぐらいかな」と考えます。豊岡は都市部と違い、他で小児科の治療が出来る病院が遠く(北海道より遥かにマシですが)、救急応需はそう簡単には断れないからです。

そうなると7人体制の小児科医のいわゆる時間外負担は軽く100時間を越えます。一般的には狂気の勤務体制ですが、医師ならよく見る体制です。ただ良く見るとは言え過酷であるのは変わりません。それでもそれだけの時間外手当があれば収入も増えそうなものだと思われそうですし、そんな無謀な勤務体制は労働基準法に問題ありとされそうなものです。しかしここにカラクリがあります。

まず最初の73時間ですがこれは宿日直とされます。宿日直業務は厚生労働省の正式の通達により、防火などの病院管理業務+αしかしない建前に成っています。建前で言えば宿日直中は病院にいるだけでほとんど診療はせず、夜は当然のように十分眠る事になっています。だからこの時間帯は勤務と見なされず「休んでいる」と扱われます。実態とはかけ離れているのですが、「そうみなす」事によってまずここの73時間は時間外労働とも勤務ともされません。

残りの呼び出された医師にはさすがに時間外は出るでしょうが、そこだけカウントするのですから、帳簿上の時間外は圧縮できます。さらに公立豊岡の時間外手当がどれほどかは知りませんが、県立病院並と考えると、本来支払われる額の1/4ぐらいの可能性があります。県立病院では慣行として1/4しか払わない上に月の上限が定められており、それ以上はいくら働いても時間のカウントすらしないものです。

そういうカラクリによって実質100時間以上の時間外勤務があっても、調査するとアラ不思議!どんなに働いても50時間以内に綺麗に収まる算段となっています。厚生労働大臣が「効率化だ!」と予算委員会で吠えていたそうですが、どうやってこれ以上「効率化」するのか聞いてみたいものです。ここまで「効率化」された職場もそうは多くないと考えていますし、現在の効率化の重負担に耐えかねて医師は続々と逃散しています。これ以上「効率化」されたらどうなるか・・・。

でもするんでしょうね。そう言えば新語の「ネットワーク化」てのも飛び出ていましたから、厚生労働大臣の頭の中にはスタートレックよろしく、不足した病院への医師の瞬間転送で補う構想があるのかもしれません。そうすれば足りないところ、患者が殺到しているところへ次々と医師を転送し、さらに次の病院へ瞬時に転送できます。ただ厚生労働大臣にとって気の毒なのは現在ですら人間転送技術が出来ていないことです。となれば今度は転送技術研究予算でも獲得するつもりかしらん。そういえば助産師も「ネットワーク化」されるそうですから、医師だけではなく助産師も転送で全国各地のお産現場に瞬間移動させたいのでしょう。