ホワイトカラー・エキザンプションは医者に適用できるか

あんまり受けの良いシリーズではないみたいですが、個人的には関心が深いので経団連ホワイトカラー・エキザンプション(WE)に関する提言に今日もまた絡み付きます。

他の職業の方には申し訳ないのですが、医者がWE適用の対象になるかどうかをもう一度考え直したいとおもいます。まず現在労使交渉中の素案ですが、

[対象労働者の要件等]

  1. 自律的な働き方をすることがふさわしい仕事に就く者は、次のような者ではないか。
    1. 使用者から具体的な労働時間の配分の指示がされないこと、及び業務量の適正化の観点から、使用者から業務の追加の指示があった場合は既存の業務との調節(例えば、労働者が追加の業務指示について一定範囲で拒絶できるようにすること、労使で業務量を計画的に調整する仕組みを設けていること)ができるようになっていること。
    2. 労働者の健康が確保されるという視点が重要であり、以下の要件が満たされていること。
      • 週休2日相当の休日、一定日数以上の連続する特別休暇があることなど、相当程度の休日が確保されることが確実に見込まれること。
      • 健康確保のために健康をチェックし、問題があった場合には対処する仕組み(例えば、労働者の申出により、又は定期的に医師による面接指導を行うこと)が整っていること。

    3. 年間に支払われることが確実に見込まれる賃金の額が、自律的に働き方を決定できると評価されるに足る一定水準以上の額であること。

  2. 上記の事項について、対象労働者と個別の労働契約で書面により合意していることが必要ではないか。
  3. ネガティブリストとして、物の製造の業務に従事する者等を指定して、この制度の対象とはならないことを明確にすることが必要ではないか。

普通に読めばa.は医療という業務の特性から適用は難しいと思うのですが、妙に抜け穴の多そうな文章でどうにも油断がなりません。そこで経団連の要求が具体的に書いてある提言を抜粋します。

適用対象者の要件

  1. 現行の専門業務型裁量労働制の対象業務に従事する者現行の専門業務型裁量労働制の対象業務(新商品等の研究開発、情報
    処理システムの分析設計等)に従事する労働者については、その年収の多寡にかかわらず、ホワイトカラ−エグゼンプション制度を適用する。


  2. 現行の専門業務型裁量労働制の対象業務以外の業務に従事する者現行の専門業務型裁量労働制の対象業務以外の業務に従事する労働
    者については、下記の1.及び2.の要件を充足する場合に限り、ホワイトカラーエグゼンプション制度を適用する。

    1. 業務要件

      次のいずれかの業務に該当すること。

      1. 法令で定めた業務(現行の専門業務型裁量労働制の対象業務を除く。)
      2. 「業務遂行の手段や方法、その時間配分等を労働者の裁量にゆだねること」を労使協定又は労使委員会の決議により定めた業務


    2. 賃金要件
      1. 賃金の支払形態が月給制又は年俸制であること。したがって賃金が週給、日給又は時間給で支払われている労働者については新制度を適用しない。
      2. 当該年における年収の額が400 万円(又は全労働者の平均給与所得)以上であること。年収額が400 万円未満の労働者については新制度を適用しない。


        法令で定める業務に加えて労使で対象業務を定める場合、年収額が700 万円(又は全労働者の給与所得の上位20%相当額)以上の者については、労使協定の締結又は労使委員会の決議のいずれにおいても追加を可能とする。


        また、前記の場合、年収額が400 万円(又は全労働者の平均給与所得)以上、700 万円(又は上位20%の給与所得に相当する額)未満である者については、労使委員会の決議のみにより追加を可能とする。

素案に較べると経団連の提言はかなり具体的です。まず気になるのが現行の専門業務型裁量労働制の対象業務ですが、厚生省のHPに書いてありますの列挙してみます。

  1. 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
  2. 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であつてプログラムの設計の基本となるものをいう。7.において同じ。)の分析又は設計の業務
  3. 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第4号に規定する放送番組若しくは有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律(昭和26年法律第135号)第2条に規定する有線ラジオ放送若しくは有線テレビジョン放送法(昭和47年法律第114号)第2条第1項に規定する有線テレビジョン放送の放送番組(以下「放送番組」と総称する。)の制作のための取材若しくは編集の業務
  4. 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
  5. 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
  6. 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
  7. 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
  8. 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
  9. ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
  10. 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
  11. 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
  12. 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
  13. 公認会計士の業務
  14. 弁護士の業務
  15. 建築士一級建築士二級建築士及び木造建築士)の業務
  16. 不動産鑑定士の業務
  17. 弁理士の業務
  18. 税理士の業務
  19. 中小企業診断士の業務
とりあえず臨床医療は入っていないようです。またこれらも無条件に適用されるわけではなく、以下の条件が課せられています。
  1. 制度の対象とする業務
  2. 対象となる業務遂行の手段や方法、時間配分等に関し労働者に具体的な指示をしないこと
  3. 労働時間としてみなす時間
  4. 対象となる労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置の具体的内容
  5. 対象となる労働者からの苦情の処理のため実施する措置の具体的内容
  6. 協定の有効期間(※3年以内とすることが望ましい。)
  7. 4.及び5.に関し労働者ごとに講じた措置の記録を協定の有効期間及びその期間満了後3年間保存すること
これらの条件を満たした上で、制度の導入には、原則として次の事項を労使協定により定めた上で、所轄労働基準監督署長に届け出ることが必要となっています。

経団連の提言は

  1. 制度導入の制限を取り払い、これらの職種であれば問答無用でWEを適用せよ。
  2. 無条件で導入できる職種を法令で拡大せよ。
  3. 「業務遂行の手段や方法、その時間配分等を労働者の裁量にゆだねること」が出来る職種なら、法令で定められてなくともWEを可能な限り拡大適用せよ。
医師がWE適用になる可能性はここに生じます。まず労働法制の見直しについては来年の国会に上程する政治スケジュールが決定済みです。どういう事かと言えば、経団連と政府は既に合意済みと言うことです。合意の既定の事実は強力で、素案が労使協議で紛糾した時、是正案として再提出されたものは、労働者が不満とするものは素案から一切変更されず、経営者が不満とするものは見事に骨抜きされた内容になっています。官僚および政府サイドではもう決定事項であるとの態度が濃厚です。

政府+財界 vs 労組の対立構図は、弱体化が著しい労働側はやがて押しきられる可能性が大です。押しきられると言っても無条件降伏では労組の顔が立ちませんから、最後はお情けの条件闘争になると考えられます。考えられそうなのは

  1. WEに無条件になる業務の拡大制限闘争
  2. 指定業種以外の指定条件厳格化
これぐらいが目一杯かと思います。無条件にWEになる業務拡大対象ですが、ここについでに医療が放り込まれる可能性が十分あります。業種指定には業界ごとの駆け引きがあるでしょうが、勤務医はこれを支える組合がありません。医者の団体といえば日医ですが、これは開業医の集団であり、勤務医の利害について積極的に加担する可能性は低いと見ます。日医がやられそうな駆け引きとしては、WEの適用と診療報酬削減をリンクさせて黙らせてしまう事が一番有力です。何と言っても勤務医にWEを適用すれば大幅な人件費の節約が見込まれ、引いては錦の御旗である「医療費削減」に通じるからです。

ここでもう一度素案のWE適用条項を見直してみます。要点にまとめてみます。

  1. 使用者から具体的な労働時間の配分の指示がされないこと
  2. 使用者から業務の追加の指示があった場合は既存の業務との調節ができること
    1. 労働者が追加の業務指示について一定範囲で拒絶できるようにすること
    2. 労使で業務量を計画的に調整する仕組みを設けていること
ここで使用者を院長、労働者を勤務医と仮定して考えると、
  1. 勤務医の日常業務は院長から直接指示を受けながら行なう事はなく、勤務医が当日の業務量に合わせて、自らが労働時間の配分を行なっている
  2. 院長から追加の業務、たとえば緊急入院を受け入れよと指示された時
    1. 人命に関わる事なのでこれは「一定範囲の拒絶」を越える可能性が高い
    2. 勤務医に実質労組は無いので、これに代替するものとして各病院の医局会がこれに対応するとしても、医局会は各診療科の利害が剥き出しになるところであり、有効に作動しない可能性が高い。ましてや医局会は労組ではないので、団体としての労使交渉を認めず、勤務医と院長の個人交渉になる可能性がある。
まとまりの悪い仮定でしたが、勤務医のWE指定を妨げる勢力が無いのなら、素案のWE適用に相応しい業務になる可能性は高いということです。つまり来年からは勤務医もWEとして勤務しなければならない可能性が相当高いということです。

 WE適用の医師の生活はどうなるか。まず給与はすべて年棒制になります。業務としての基本は外来診察、入院業務、当直で、患者の容態急変時の対応も含まれるかと思います。勤務条件としては現行と一緒と考えれば良いかと思います。ただし時間外手当も、当直料も、休日手当も無くなります。就業時間という概念すら無くなり、夜間に緊急呼び出しがあったとしても、労働時間の配分として年棒のうちにすべて含まれると解釈されます。就業時間の概念がなくなれば、好きな時に出勤し、帰宅しても良いとなりそうなものですが、医者以外のコメディカルや事務の大部分はWE適用になるとは考えられず、まともに医療をやろうとすれば就業時間に出勤せざるを得ません。

 給与評価はおそらく成果主義。基準は前年度実績で、外来患者数、入院患者数、病床利用率、手術件数、外来単価、入院単価などが考えられます。上がれば昇給し、下がれば減給するでしょう。ただ前年度実績というのは曲者で、そう何年にもわたって前年度実績を上回るなんて事は不可能です。当然上限は来ます。既にどう考えても上限のところはあるでしょう。現状態で上限目一杯青息吐息状態のところは、少しでも前年度実績が下がれば減給査定の対象になります。少なくとも昇給にはなりません。

 こんな息詰まるような条件での勤務がバラ色には私は見えません。間違い無く焼野原への大型爆弾となりそうです。