どうして奈良は奈良なんでしょう

ソースは遺憾ながら奈良のため8/27付タブロイド紙ですが、

 奈良労働監督署などは今年5月、労使協定を結ばずに医師や看護師に時間外・休日労働をさせていたとして、県立奈良病院奈良市)、県立五條病院(五條市)と運営する県を労働基準法違反容疑で奈良地検書類送検した。同様に協定を締結していなかった県立三室病院(三郷町)を含め、3病院は7月末までに労使協定を締結し、労基署に届け出た。

 協定では、医師の年間の時間外労働は、奈良が1440時間▽三室が1440時間▽五條が1300時間を上限とし、「特別な事情」があれば協議のうえさらに360〜460時間延長できる。

 労基法は、時間外労働の上限を年間360時間としているが、労使双方が合意すればこれを超えて上限を決められる。3病院は、救急医らの勤務実態に基づいて上限を決めたという。しかし、「過労死ライン」とされる月の超過勤務80時間を超えており、労基署に届け出た際に縮減するよう指導を受けた。県立病院の担当者は「医師の確保など、縮減できるよう努力したい」と話す。

しばらく労基法をやっていなかったので復習が必要なんですが、36協定で結べる年間の時間外労働の上限は360時間です。これはなんとなく慣行でそうなっているものではなく、労働省告示第154号で定められたものであり、

第3条

 労使当事者は、時間外労働協定において一定期間についての延長時間を定めるに当たっては、当該一定期間についての延長時間は、別表第1の上欄に掲げる期間の区分に応じ、それぞれ同表の下欄に掲げる限度時間を超えないものとしなければならない。

第3条に書いてある別表第1の内容は、

期間 限度時間
1週間 15時間
2週間 27時間
4週間 43時間
1箇月 45時間
2箇月 81時間
3箇月 120時間
1年間 360時間


こう告示で決められているわけです。さらに平成20年厚生労働省告示第108号「労働時間等見直しガイドライン」(労働時間等設定改善指針)も出されており、

 なお、労働時間を延長する場合であっても、労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準(平成10年労働省告示第154号)を遵守すること。また、同基準第3条ただし書に規定する特別条項付き協定を結ぶ場合は、同基準の例外が認められる特別の事情とは臨時的なものに限ることを、その協定において明確にするとともに、限度時間を超える時間外労働をできる限り短くし、その時間の労働に係る割増賃金率について、法定割増賃金率を超える率とするよう努めること。

ここでなんですが

    労基法は、時間外労働の上限を年間360時間としているが、労使双方が合意すればこれを超えて上限を決められる。
これはあくまでも原則ではありますが、時間外労働の限度時間は労使さえ合意すれば青天井とはされます。では原則に従って実態も青天井かと言えばそうではありません。36協定の承認を行なうのは労基署ですから、労基署の承認基準は労働省告示第154号の限度時間を目安にして判断されます。原則は青天井であっても実際は強固な天井が設けられています。労基署の承認なしでは36協定は成立しないからです。

では年間360時間の壁はいかなる場合も越えられないかと言えばそうではありません。これは労働省告示第154号3条の但し書きの部分ですが、

ただし、あらかじめ、限度時間以内の時間の一定期間についての延長時間を定め、かつ、限度時間を超えて労働時間を延長しなければならない特別の事情が生じたときに限り、一定期間についての延長時間を定めた当該一定期間ごとに、労使当事者間において定める手続を経て、限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる旨を定める場合は、この限りでない。

「特別条項付き協定」と呼ばれるものです。これもいかなる場合でも特別条項が適用できるわけではなく、キチンと条件があります。これは神奈川労働局からですが、基準の元は平成15年10月22日付け基発第1032003号に準拠しています。まず前提条件として、

  • 原則として延長時間(限度時間以内の時間)を定めること。
  • 限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情をできるだけ具体的に定めること。
  • 一定期間の途中で特別の事情が生じ、原則としての延長時間を延長する場合に労使がとる手続を、協議、通告、その他具体的に定めること。
  • 限度時間を超える一定の時間を定めること。

これらをすべて満たすのが必要条件ですが、これだけで奈良の条件は「???」になります。奈良の条件は、

  • 協定では、医師の年間の時間外労働は、奈良が1440時間▽三室が1440時間▽五條が1300時間を上限
  • 「特別な事情」があれば協議のうえさらに360〜460時間延長できる

これはどう読んでも特別条項を適用した36協定であるのはわかります。それでもって「原則として延長時間(限度時間以内の時間)を定めること」が特別条項に必要です。限度時間は年間360時間の労働省告示がありますが、これが驚きの1300〜1440時間と判断できます。その上で特別条項として360〜460時間を協定として設定している事になります。つまり奈良の協定は、
  • 時間外限度時間が1300〜1440時間
  • 特別協定時間外が360〜460時間
ここでなんですが特別協定はどれぐらいの時間を設定できるかです。これが時間は具体的には書かれていませんが、適用条件が書かれています。

  • 「特別の事情」は、臨時的なものに限ること。


      この場合、「臨時的なもの」とは、一時的又は突発的に時間外労働を行わせる必要があるものであり、全体として1年の半分を超えないことが見込まれるものであって、具体的な事由を挙げずに、単に「業務の都合上必要なとき」又は「業務上やむを得ないとき」と定める等恒常的な長時間労働を招くおそれがあるもの等については、「臨時的なもの」に該当しないものであること。


  • 「特別の事情」は「臨時的なもの」に限ることを徹底する趣旨から、特別条項付き協定には、1日を超え3箇月以内の一定の期間について、原則となる延長時間を超え、特別延長時間まで労働時間を延長することができる回数を協定するものと取り扱うこととし、当該回数については、特定の労働者についての特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えないものとすること。

臨時的な特別の事情でなおかつ6ヶ月以内の適用である事がわかります。奈良の場合の特別条項の延長時間は、これを仮に6ヶ月とし、さらに平均して分布したとして、1ヶ月あたり60〜77時間程度と言う事になります。特別条項の時間外の上限はどうやらなさそうなので、360〜460時間はとりあえず良いとして、特別な事情の具体的適用も書かれています。

  • 「特別の事情」の例(臨時的と認められるもの)


    1. 予算、決算業務
    2. ボーナス商戦に伴う業務の繁忙
    3. 納期の逼迫
    4. 大規模なクレームへの対応
    5. 機械のトラブルへの対応


  • 臨時的と認められないもの

    1. (特に事由を限定せず)業務の都合上必要なとき
    2. (特に事由を限定せず)業務上やむを得ないとき
    3. (特に事由を限定せず)業務繁忙なとき
    4. 使用者が必要と認めるとき
    5. 年間を通じて適用されることが明らかな事由

この特別な事情は、

「特別の事情」については、できる限る詳細に協定を行い、届け出るよう指導することとしている。

簡単に言えば回数と必要時間を具体的に記載して提出する事だと考えます。どんな内容を書いて奈良県が提出したのか、まさに興味津々です。


それにしてもです。年間労働日数は250日ぐらいとされています。1日8時間労働として年間2000時間です。この上に1300〜1440時間の時間外労働が乗っかり、さらに特別協定の360〜460時間が上乗せされる可能性があると言う事です。フルに適用されたとして最大で年間3900時間、最小でも3660時間です。また月間の過労死基準が80時間です。フルに時間外労働を行なったとして1660〜1900時間です。平均しても月間の残業時間は138〜158時間になります。

月間の残業時間をもう少しだけ詳しく概算すると、特別協定の適用は6ヶ月までですから、

月間時間外勤務 特別協定非適用月 特別協定適用月
最小 最大 最小 最大
通常の限度時間 108時間 120時間 108時間 120時間
特別協定の時間外勤務 0時間 0時間 30時間 37時間
合計 108時間 120時間 138時間 157時間


凄そうな時間ですが、実態としては、
    勤務実態に基づいて上限を決めたという
こんだけ働いていると言う事です。低い可能性ですが、まともに時間外手当を本当に払ったら、どれぐらいになるんだろうと思ってしまいます。実態の補足情報としてはssd様に寄せられたtadano-ry様のコメントが宜しいかと思います。

地元では有名な噂ですが、M病院のある先生は「家に帰れるのが月60時間」。
嘘でしょ?と思って地元のコネをフル動員して調べたらこれがホントだった。
毎日12時間、年4000時間超…
今はもう少しましらしいですよ。

久しぶりに労基法を扱ったので、もし間違い、思い違いがあれば優しく御指摘下さい。そいでもって今回の問題点ですが、いくら労使の合意があるとは言え、年間の労働省告示に定められた限度時間の3.5〜4倍もの時間外労働時間を労基署が公式に認めるかです。実態と建前は乖離するとは言え、36協定は労基署の公式承認が必要です。

よくは知りませんが、36協定の限度時間で、これほどの時間数を平然と提出したケースは珍しいじゃないでしょうか。非奈良県人の感覚としては、労働省告示があればそれを遵守しようとまず考えるはずです。遵守の仕方も色々で、書類と実態(運用)が異なるみたいなのはあるとしても、提出する協定書の「中だけ」ぐらいは遵守しようとするものです。この辺の感覚はやはり奈良だからでしょうか。

もう一つ、これはあくまでも老婆心からなんですが、奈良病院、五条病院は刑事起訴(まだ送検段階のようです)されています。告訴状では36協定が無く、正しい時間外手当が支給されていない事が理由となっていましたが、これを受けてかどうかまでわかりませんが、奈良県が提出した36協定の内容は裁判所の心証に少しは影響を与えそうな気がしないでもありません。

それでも理由はすべて「奈良だから」の一言で済みそうなのが怖いところです。

そうそう「奈良だから」とか「奈良県だから」とすれば、奈良県人すべてへの侮辱になりますから、「奈良県庁だから」が正確な意味と注釈を入れさせて頂きます。非奈良県人も正確には「非奈良県庁人」ですから宜しくお願いします。個人的に知っている範囲の奈良県人はどなたも尊敬に値する方ばかりなんですが・・・。



最後に蛇足ですが、この36協定はさすがに労基署から是正指導を受けたようです(そりゃ、そうだろ)。でもって「どうするんだろう」があります。奈良病院なんて民事も刑事(まだ送検段階のようです)も労働問題で訴訟中ですから、書類だけ通して運用でカバーする手法がばれると、あんまり嬉しくないと非奈良県人なら考えます。監査が入る可能性が通常より高いと判断されるからです。
そうなると36協定の内容の前提は監査に耐えるものが必要になります。難しい話ではなく、時間外労働実態と36協定の内容を出来るだけ一致させておきたいです。その前提で考えると総時間外労働時間は譲り難いと考えられます。人手が足りないから業務縮小の選択は考えそうにないからです。つまりと言うほどではありませんが、

  1. 業務は現状を維持するのは譲れない(これは労基署も同じ考えだろう)
  2. 現状を維持するにはこれだけの時間外労働を労基署に公認してもらう必要がある(形式上の問題)
奈良に好意的に考えると、特別協定時間をあんまり大きくするのは拙いと考え、割り振りを通常の限度時間の無視を選択したのだと思われます。ところが労基署は限度時間は労働省告示で明記されていますから難色を示したんじゃないかと考える事も可能です。こんなものを認めたら労働省告示が意味を成さなくなります。そうなると次に残された選択は、時間外労働時間の割り振りの変更です。あくまでも推測ですが次に出されるのは、
    時間外限度時間が360時間
    特別協定時間外が1440時間
これも相当無理がありそうな気がしてならないのですが、私が調べる限り限度時間の上限は明示されていても特別協定の上限は示されていません。労基署が認めるかどうかは別として法令上はクリアしていると見えない事はありません。ただそうなると、あくまでも36協定に忠実に従っての仮定ですが、

月間時間外勤務 特別協定非適用月 特別協定適用月
通常の限度時間 30時間 30時間
特別協定の時間外勤務 0時間 240時間
合計 30時間 270時間


こういう時間外労働時間が、労基署の公認となるかどうかが問題の本質だと感じます。こういう36協定は厚生労働省告示第108号に反していると思うのですが、場所が奈良ですから、どうなるんでしょう。なんとなく新たな条例でも制定しそうな気がするのは私だけでしょうか。